一話
子供達の騒ぐ声で目が覚めた。昨日夜更かしをしていたからか、太陽はもうすでに真上にあった。
開けっ放しにしておいた窓からは、夏が来たことを感じさせるその季節独特の空気を私の部屋に流し込んでいた。
ギラギラと輝く太陽光も一緒になって部屋に射し込んでくる為、水銀温度計を見るとその数値は38℃を指している。
窓を締めようとして、そこからの景色を見た。
このアパートの隣には孤児院がある。どの孤児も先の大戦によって親を亡くしたらしい。
らしい、というのも孤児院に頻繁に顔を出している教会のシスターがそう言っていたのだが、私はあのシスターを信用していないので彼女の話がどうも本当だとは思えなかった。
とは言え、実際に大戦によって大量の孤児が産み出されたのも事実であり、シスターの話の全てを否定する事はできない。
「・・・・・・まあいいか、そんな事は」
ピシャリと窓を閉めて、扇風機の前に氷柱を幾つか置いて電源をつける。
これで数分後にはいくらか涼しくなる筈だ。
何も付けていない二枚のトーストを珈琲で胃に流し込むと、玄関に溜まっていた手紙を自分の部屋に持っきて、机の上に置く。
机の上には真っ白なままの原稿用紙が百枚ほど積み上げられていた。
それを退かし、手紙を片っ端から封切っていく。
一週間程で家に来た手紙の量は多いのだが、その殆どは自分には関係のない、イタズラ目的の手紙だ。
「・・・・・・・『s○x相手募集中』『主人がオオアリクイに殺されて一年が経ちます』・・・・・」
郵便局は暇なのだろうか。
と、一枚の封筒が目に留まる。
灰色の手紙。
中身を確認するまでも無く編集者からの督促状だった。
封筒を開く。
「やっぱりか・・・・・・・・・はぁ」
ため息をつく。
長々を綴られた文章を要約すると『さっさと作品を書け』との事だった。
私は小説家だ。
学生時代に書いていた小説を雑誌に投稿したところ、それがたまたま取り上げられてしまってデビューした、そんな小説家だ。
その後、短編を雑誌で連載した後に単行本を出版。それがそこそこ売れたのだ。
しかしそれは過去の話。
一年と半年。
それが私が小説を書けなくなってからの期間だ。
プロットは思い付く。しかし文章が思いつかない。情景描写が、キャラクターの台詞をどう書いていいのかが分からない。
そんなこんなで毎週毎週編集者からお怒りの手紙を貰っている、それが私の現状。
そんな手紙に対し私は『書けないものはかけないんだよ!』との返信を毎回のようにしているが、編集者は聞く耳を持たない。
いや、自分でも分かっている。
このままではいけない事を。
このままでは小説家としての私は死んでしまう事を。
「だからって・・・・」
どうしようも無い、と言いかけたが飲み込んだ。
鬱々とした気持ちのまま、残りの封筒を開けていく。
といっても編集者以外で私に手紙をくれる人間など殆どいない。
今週の手紙はこんなもんか、と最後の封筒を開いたとき。
何か嫌な予感がした。
見ない方がいいのではないか、と直感が告げてくる。しかし既に時遅し。私はその中身を見ていた。
「─────これって・・・」
一枚の原稿用紙。
それは私の、私が初めて書いた未発表の小説、その最初のページ。
それと小さなメモ。
そこに書かれている文字を見る。
『残りを受け取りに来てください』
裏には来て欲しい期日と、かつて私が過ごした大学の一室とが書いてあった。
「────っ!」
アイツしかいない。
これを持っているのはアイツだけだ。
急いで差出人を確認する。
予想通り、差出人の欄にはかつての友人の名前が書かれていた。