きさらぎ駅から帰らない
私は、ふと目を覚ました。
どうやら寝落ちしてしまったらしい。
『きさらぎえき~きさらぎえき~』
独特な抑揚がついたアナウンス――――――――――はっ!
(降ります降ります)
と内心叫んで私はとっさにドアに向かい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(いや、挟まって迷惑をかけるなら、次の駅から引き返せばいい)と思ったのは、ホームで電車を見送った後だった。
周りを見回すと、クソマスクどもがいない。
つまり、人っ子ひとりいやしない。
満天の星空を見上げると、まあ、星座の知識が無くても綺麗だと思う。
誰もいない駅
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・終電か。
ため息一つ。
いや、久しぶりの、ため息だ。
息をつけたということか。
珍しい。
私はまた、辺りを見回す。
ホームの中央。
近くの柱を見ても駅名はない。
路線の各駅到着目安が設置してあれば、ここがどこだか判るのだが。
でも三歩先に看板があった。
き・さ・ら・ぎ。
平仮名だったのか。
ため息。
今いる駅名が判っても、今いる路線が判らない。
駅名看板、まあ正式に看板と呼ぶのかどうか、今となっては聞く相手もいないが。
――――――――――わたしは、ずいぶん立ち直った、のか?
まあ、看板でいい。
《きさらぎ》
と書いてある駅名。
その左右、上下を見た。
ない。
隣接駅の表示なし。
改めて見回すと電光表示板もなし。
次の電車がいつかも判らない
――――――――――朝までないか。
なら、表示板があっても表示されまい、明日までは。
私は携帯を取り出した。
ポータルサイトを呼び出し、路線検索に
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違和感。
サイトの大半を占める広告。
それを誤魔化す為のニュース。
工夫の欠片もない見慣れたページ。
《インフルエンザによる大量死。トランプ大統領弾劾》
《イタリアで院内感染死者多発。内閣総辞職》
《高福祉が仇に?老人介護施設で多発する院内感染/北欧》
《武漢市戒厳令。香港デモが飛び火》
《フランス反政府デモが再び暴動化。大統領府は公共料金値上げ案を完全撤回》
《EU離脱強行。ロンドン市場閉鎖》
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最期に見た海外速報タブが選ばれてる?
まあいい、路線検索を開く。
駅名検索で《きさらぎ》と入れる
――――――――――<乗車駅「きさらぎ」駅のデータはありません。>。
いや、複数あったら路線に当たりがつかないけどな。
まあいい。
データの不足なんぞ、検索サイトの日常茶飯事。
つまり人に聴くしかない。
私は夜の街をさまよっていた。
終電過ぎの駅は、すぐに明かりを落とし始めたのだ。
駅員を捕まえる暇もなく、窓口は閉ざされたまま。
順次落ちる照明には、螢の光以上に効果的。
客を追い出してから、構内チェックして残留者がいないか確かめるわけか。
――――――――――さて、朝までどーする?
満喫はイヤだ。
マスクバカ、いや、風評被害対策の強制お願いがありやがるだろう。
ファーストフードは店内飲食を禁止してやがるし
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・場所代でしかない豚の餌を、誰が持ち帰るのやら。
同業だった身には悲しくなる。
ネオンに輝く街を見て、開いてる店を探すのは絶望
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
私は数ある店の中から、一軒のバーを選んだ。
風俗店の呼び込みをあしらいながら、だ。
朝までやってる居酒屋チェーンの方が安くついただろう。
満喫を含めて、ギラギラした広告が目に付いたんだが。
しかし今は、考える場所と確認出来る他人が必要だ。
バーテンは30~40代の男。
多少おかしな話でも、酔っ払い相手の客商売。
適当にかつ正確にあしらってくれるだろう。
カクテルを3杯のみ、話をふる。
「景気はどうだい」
「おかげさまでやっていけます」
「朝までやってるの?」
「始発の時間までは」
「毎日?」
「日曜日、年末年始、GWはお休みです」
「マスクしないの?」
「インフルエンザにかかったら、休みます」
「マスクはしない?」
「こういう商売ですから」
「花粉症には出来ないバーテン」
「雰囲気が壊れますから」
「まったく。病気のことは聴いた?」
「インフルエンザは毎年のことですから」
「インフルエンザ?」
「はい。予防接種済みです」
「アメリカは大変らしいね」
「そうでしたか?」
「数万人がインフルエンザで死んだって」
「それはそれは
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アメリカのインフルエンザは、そんなに?」
「いや、同じ同じ、日本と同じ」
「同じ病気でそれだけ差があるとは
・・・・・・・・・・・・・・・・・住みたくない国ですね」
そこで背後から割り込み。
客筋は悪くない。
「同じ風邪でも犠牲が桁違い、ってくりゃアメリカの医者がなにしてんだってことだね」
「はじめまして」
「よろしく一夜の御同房♪」
「俺も加えてくださいよ」
「「「「はじめまして」」」」
「終電で?」
「ええ」
「懐かしいねぇ」
「もう電車乗らないし」
「どちらから?」
「現在位置も不明でして」
「運良く乗り過ごせた」
「おかげで皆さんとのめます」
「わたしは医者でね、ベルリンから来たんですよ」
「えらい乗り過ごしだな」
「ニュルンベルク法が出来た後」
「なんですそれ」
「人間じゃない者の基準を決めて、みんなで糾弾しよう」
「理屈も何もない」
「政府と専門家が言えば、理屈なんかいらんですよ」
「ドイツ帝国って、そんな国でしたか?」
「人間の専門家ってなに?」
「何を言ってるか、なんて気にしない」
「どんな肩書きがいってるか、そればっか」
「みんながそっぽを向き、バカが糾弾する
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・首を括りますよ、そりゃ」
「「「そりゃ」」」
「自分は北京からです」
「北京ってどこです?」
「今は北平って言ってますね」
「中国か」
「北清の真下、天津の左」
「毛沢東、四人組、紅衛兵
・・・・・・・・・・・・・・・・ある日突然、みんながそっぽを向き、一握りの連中に吊し上げられる」
「なんで」
「さあ?」
「偉い人が、言い出したんだろ」
「ふつー信じる?」
「信じなくても、止めやしない」
「店も人生も失ったら、橋から飛び降りますよ、そりゃ」
「「「だな」」」
「俺はサラエボ、オリンピックの後」
「次どこだっけ」
「きいてよー」
「そこ何処サラエボ」
「バルカン半島」
「だからどこ」
「イタリアの海を跨いだ東」
「で、乗り過ごし」
「エスニック・クレンジングの後にね」
「旨いの?」
「上手かったよ」
「数十年越しの隣人を、殺すか殺されるか選別」
「なにそれ怖い」
「頭のキタ奴らが先導」
「理屈はなし」
「みんな反対しないいつも通り」
「俺は馬鹿にして嗤ってたら、キチガイ扱い」
「よく殺されなかったな」
「バカに殺されるなんてプライドが許さない、死んだ方がマシだ」
「「「せやな」」」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
皆、この近所に住んでいるらしい。
夜明けと共に帰っていった。
「アナタは何処から乗り過ごしたんです」
「疫病が流行ったらしい日本の、東京から」
「東京って何処です」
「関東」
「何県で」
「何処だったかな」
「どんな病気です」
「どんな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見たことない」
「流行ってないんですか?」
「肺炎になることあるって」
「今年の風邪みたいですね」
「そーなの?」
「老人か重病持ちだと悪化するときがあるとか
――――――――――イタリアで事件になったじゃないですか。
老人ホームか病院で管理杜撰で院内感染。
たくさん死んだって
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・過失致死で警察が入ったとか」
「それだ」
「警察?」
「疫病」
「院内感染?」
「えーと風邪のほう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今年の風邪は肺にくるって、普通に言われてますよ」
「それが流行った」
「風邪?」
「うん、インフルエンザじゃない」
「毎年流行りますが」
「それ」
「そうですか」
「おかわり」
「かしこまりした」
――――――――――流行ったんだよな~ここと同じように、風邪が。
自粛、緊急事態宣言、自粛、三密回避にソーシャルなんとか。
私が開いたばかりのお店。
営業不可能でも家賃はかかる。
開業資金の利息も続く。
見通しがないまま、自粛自粛自粛延長延長延長、決定は毎回ギリギリ。
店を開けば嫌がらせ。
脅迫、怒鳴り込み、村八分。
そりゃ、ホームから跳びたくなるよねぇ。
「乗り過ごして帰れたら《みんな》に殺される」
「これからは電車に乗らないことですね」
「背景が解りにくい」という声があったので追記。
ひと~つ。
1935年のドイツ。
ニュルンベルク法成立でユダヤ人迫害が開始した時代。
ふた~つ。
1967~1977年の中国。
文化大革命で中国人同士が嘲り合い殺し合った時代。
み~っつ。
1991~2001年のユーゴスラビア。
民族紛争でかつて一つの国を為した同胞同士が民族浄化に狂奔した時代。
よ~っつ。
2020年の日本。
コロナ対策と称するインフォデミックに便乗した日本人の手で、大勢の日本人が生活の糧を奪われ自殺に追いやられる時代。
そして最期に行きついたのは、そのどれもが起らなかった世界。