襲撃:ロスター
その男は、名を、ローベスタ=アレクサンドロリアータといった。通称、ロスターと呼ばれる彼は、呪術師である。この時代ではそれなりに有名な、呪いを祓うことを主な仕事とする旅人だ。
龍の祟りが突然の流行を見せだしてからしばらくの時が経っていた。ロスターは、その呪いを解くために招集される国家会議に呼ばれ、そのために都へ向かっていた。
もとはと言えば、護衛も付けずに森の中を移動していたのが悪かったのだ。この頃は、祟りの影響で治安が悪化し、決して安全と思われる道中では無かった。旅人としてずっと生活してきたロスターのおごりが、それを招いた。
ロスターは馬車に乗って、同乗者の数人とともに移動していた。突然馬車が止まったのでなにごとかと外を覗いてみて、すぐに異常に気付いたのだ。
ロスターは馬車から飛び降りたが、間に合わなかった。既に、周りは黒ずくめの男達に囲まれていたのである。騎手は脳天を矢で射貫かれたようだ。馬はというと、呪いで眠らされたようである。音ひとつ立てずに、じっと地面にうずくまっていた。
「ローベスタ=アレクサンドロリアータ、だな?」
狙いは、不幸にも自分だった。後ろをチラと振り返るが、逃げられそうな様子ではなかった。視線を前に戻したそのとき――馬車が燃え上がった。
「な……ちょっと待ってくれ、まだ中には人が――」
「お前以外の人間には用がないんだ。都合が悪いので、死んでもらった」
眼前の、口元の見えない男が笑った、ような気がした。ロスターはなにも、言い返すことが出来なかった。この世界はそもそも、そうたやすく人の死ぬ時代ではない。殺人は、おいそれとその辺で起こるものじゃない。
起こるとしたら、盗みや強盗。だから今回も、呪術師の自分を狙った、ただの強盗だと思った。もちろん殺される可能性がないことはない。だが、こうも簡単に人を燃やせる人間は……そうはいない。
どこか、海の向こうで起きる戦争のような、そんな、遠い場所の話なのだ。人を躊躇なく燃やす、というのは。
故に、ロスターは動けなかった。足がすくんだ。声も発せなかった。汗をかいた。たくさん。背筋が、驚くべき速度で冷え切っていく。
「さて……おい、陣を用意しろ」
目の前の男がそう叫ぶと、周りにいた奴らがすぐさま動き出した。黒い粉を使って、地面に円を描いていく。
それが何かは知っていた。魔方陣だ。呪術を施すときに使うもので……だが、途中でロスターは目を疑った。最初は、相手に真実を吐かせる時に使う術式だと思っていた。描き方が同じだったからだ。
だが途中で、それが変わった。ロスターが驚いたのは、その陣が、自分の知らないものだったからではない。この世に、知らない呪術など腐るほどある。治せない呪いならなおさらだ。だがしかし、魔方陣には絶対的なルールというものがある。
すなわち、“最初に描いた円からはみ出して何かを描いてはならない”である。
あろうことか目の前の集団は、その円を大きくはみ出すようにして模様を描いていた。既知か否かといった問題ではない。それはいわば、絶対的常識を逸脱した行為。
普遍の法則を、ぶち壊す所業だ。
「…………」 黙って、リーダーとおぼしき男を見やった。
「まぁ、見ていろ」
そう返ってきた言葉には、笑みが隠れていた。まるで、『お前にはわからないさ』という嘲笑のような。
描き終わった、のだろう、多分。次いで、男たちは、何か知らない物を、円からはみ出た図形の角(6つある)に、おいていく。
ロスターを包んだのは、恐怖だった。何が行われているのかわからない、どうなるのかもわからない。ただ未知への恐怖が、彼を襲った。無論、動くことなど出来ようはずもない。訓練1つ受けていない人間が、この状況で平静さを保てるわけもなく、もはや、この状況をどうにかしようと考えることすら、難しい状態だった。
6つの何かに、火が灯された。よく、燃えた。
呪いによるものなのかは、わからない。ただロスターは、その火がとても、神々《こうごう》しいものに見えた。気付けば、自ら円の真ん中まで、歩いて移動していた。
記憶は、明瞭だった。意識もまた。
だが、結果として彼はもう、術中にいたと、いうことなのだろう。
リーダーと思われる男が、何か叫んだ。それが何語なのかさえ、ロスターにはわからなかった。
魔方陣が、光を放った気がした。火がより一層高く燃え上がる。そしてその火に、それぞれ全く同時に白い粉が振りかけられた。
火が――、青くなった。
そうするとそこで急激な、落下するような感覚がロスターを襲った。
次の瞬間、ロスターの意識は、途絶える。
毎週日曜日に投稿できたら良いなぁ