もう一人の主人公
地球の、日本の、愛知県の、名古屋市の、伏見駅の、高層ビルの、会社の、三階の、営業部3課の、サラリーマン。まだ新卒そこそこの、まぁ、普通の若手社員だった。俺は。
先輩と呑みに行った帰り……だったよな。終電で最寄りに着いて、人のいない、街灯もない暗い道を、歩いていたんだっけ。後ろから、車が来た。そこまでは覚えている。
まさか、23にもなって、誘拐だなんて。考えてもみなかった。
あぁ、寒いな。ホントにさ。
吹雪いていた。ここがどこかはわからない。まだ冬の入り口だというのに、体の下は埋もれるほどの雪が積もっている。仰向けになっている俺の体は、すぐに雪が覆い尽くしてしまうだろうか。
スーツしか着ていなかった。
寒い、寒い、寒い。
痛みを感じたのは、少し前までだった。今はもう、感覚がなくなってしまっているのだろうか、むしろ逆に熱すら感じている始末だ。
声は出ない。乾いてしまっているのか、寒さで凍り付いてしまっているのかわからないが、とにかく、息をするのも困難だった。
目もあまり開かない。涙が、吐いた息の水分が凍り付いてしまっていて、というか、もう眼球もイカれているんじゃなかろうか。
寒い。
あぁ……死ぬのかな。いやだな。いやだ……な。いやだよ。いやだ、いやだ。怖い。コワイコワイコワイ。
背筋が寒くなる。気温としてではなく、確かに寒さを感じた。底知れない不安と恐怖が襲ってくる。
パニックなどとうに過ぎた。一周回って落ち着いて、あぁ死ぬのかという確信とともに、今度は黒い黒い恐怖が顔を現したのだ。
突然、暖かくなった。
あれ、なんだろう。そう思った。不安が、恐怖が消し飛んだ。どんどん暑くなって行く気がした。暑かった。熱かった。体がすごく熱くて、テンション上がって、俺は服を脱いだ。起き上がってスーツを脱いで、ほぼ裸になって、でも熱さは変わらなくて、あれ、でも俺雪山にいるんだような……?
そこで、目の前が真っ暗になった。
あぁ、死ぬのか。
――――死ぬ直前に、雪山では脳の錯覚から強烈な熱を感じることがある。だから凍死者はしばしば、薄着で発見される。そうテレビで見たのを思い出したのは、死んで“から”だった。つまるところ俺は、地球ではないどこかで、産まれ直すことになる。