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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛唄ー君だけに贈る歌ー

作者: 腹黒兎

途中、暴力を匂わせる表現があります。ご注意ください。



オレの歌が大好きだって言ってくれた彼女はもうずっと目を覚さない。

こうして、病室で眠る彼女の手を握りしめて、歌を歌うのも何度目だろう。

君が大好きだと笑ってくれた歌を歌うよ。

君の為だけに何度でも歌うから。


だから、目を覚まして。


オレに笑いかけて。


––––––––– もう、君のためにしか歌わない。



 ◆◆◆◆◆



夢を諦められないオレは、親と大喧嘩して家を飛び出して1年が経った頃に彼女と出会った。


路上やライブハウスでギターだけで歌うオレは何人かのファンがいるだけで、なかなか芽が出ない日々だった。

苛つきと諦めを何度も繰り返して、才能がないんじゃないかと打ちのめされたりして、それでも歌う事は諦められなかった。

いつも歌いたいという気持ちに何度も戻ってしまう。


曲を持って事務所に売り込みに行った事もある。けど決まって「悪くはないんだけどね、深みが足りないんだよ」と言われる。

なんなんだよ。どうしろって言うんだよ。

誰も詳しいアドバイスなんてしてくれない。

足りない。

ただそれだけ。

分からなくて、毎日ため息ばかり。

アルバイト先の喫茶店でも上の空だったら店長に叱られて、気を引き締めて注文を取りに行く。

「ご注文はお決まりですか?」

彼女は友達と来ていて、オレを見て目を丸くして口に両手をあててとても驚いていた。

「うそっ!大河くんっ!?」

彼女はオレのファンだと言って、顔を真っ赤にして握手を求められた。

正直、嬉しかった。

凹んでいたから尚更に嬉しくて、彼女の事はとても印象に残っていた。


ライブハウスで見つけると嬉しくて手を振ってみたり、ちょっとした交流から連絡先を交換して友達になるのに1年もかからなかった。

会社で悩みが多かった彼女は、恋人になったのをきっかけに会社を辞めてオレのマネージャーをすると宣言した。

嬉しかったけど、まだ売れないオレの人生に彼女を突き合わせるのは申し訳なくて断ったんだけど、彼女は頑として聞き入れなかった。

「私がやりたいの!大河くんの歌を声を色んな人に聞いて欲しいのっ!」

彼女の必死の説得に折れたのはオレの方で。

今までみたいに歌いたいだけじゃダメだと痛感したんだ。


オレ1人なら気楽だった。だけど、彼女を露頭に迷わせるワケにはいかない。

バイトも頑張ったし、作曲も作詞も脳みそを限界まで使ってた。

2人でオンボロアパートに住んで、お金なくて喫茶店で廃棄物をこっそり貰ったり、貧乏で辛くて悲しくて、でもすごく楽しかった。


彼女がいたから。


彼女がいてくれたから。


泣いて、笑って、ずっとこんな日が続くと思ってた。



 ◆◆◆◆◆



ある日、ライブが終わってから声をかけられた。

中堅の音楽事務所のスカウトの人だった。

彼女が何度も売り込みに来て「ぜひ生の彼の歌を聴いてくださいっ」と必死に頼むので足を運んでくれたらしい。

結果的にオレはそこでデビューする事になった。


スカウトしてくれた人が言うには、オレの歌はCDなどの録音よりも生歌の方が断然いいらしい。

だから、オレが歌うのは音楽フェスだったり、ネットだったり、前みたいにライブハウスだったりしたが、色んな場所で歌えるのは嬉しかった。

それと苦手な作詞を他の人にお願いできるようになったのは良かった。これで作曲と歌に専念できる。

事務所に入っても彼女はマネージャーを続けてくれる事になった。

前とは環境も何もかもが違うけど、彼女が側にいて歌えるならオレはそれだけで良かった。


CMの曲がきっかけで、映画の主題歌やドラマの主題歌を任せてもらえるようになり、オレは順調に売れた。

売れっ子っていうほどじゃない。でも、大抵の人が「あ、この曲知ってる」って気づいてくれるぐらいにはなれたと思う。

収入も増えて、そろそろ彼女と結婚も考え始めた頃に事件は起きた。




歴史もある年末の歌番組への出演が決まり、彼女の薦めもあって実家に数年ぶりに連絡したんだ。

うちは曾祖父さんのから続く任侠の家で、いわゆるヤクザという家業だ。

そんな家に生まれていずれは兄貴の補佐をする予定だったが、オレは音楽が好きになってしまった。

親父と兄貴と殴り合いの喧嘩を何度もして、ギターを叩き壊されたのにブチ切れて家を出た。


その実家に連絡をしたが、結果は散々。

結局、怒鳴って電話越しに喧嘩して終わった。

それを隣で聞いていた彼女はとても心配してくれたが、オレはもう二度と実家と関わる気がなかった。

縁を切って彼女と2人で新しい家庭を築くつもりでいたんだ。


それなのに。

プロポーズしようと決めて帰ると彼女がいなかった。

買い物かと思ったが、夜になっても帰ってこない。仕事かもしれないと事務所に電話したら今日は一日オフだと言う。

嫌な予感がして、彼女のスマホの追跡をすれば、うちの実家に寄ってから帰る途中から動いていない。

嫌な予感が止まらない。


急いで実家に向かうと出てきた奴を絞めて、兄貴か親父の居場所を吐かせようとすれば、兄貴が呆れた顔で現れた。

その胸倉を掴み彼女の事を聞けば、あっさりと手を外されて逆関節をきめられた。

「落ち着け。あのお嬢さんならさっき帰ったぞ。親父相手に見事な啖呵を切ってな」

兄貴を見返すと不敵な笑みを浮かべているが、何か悪巧みをしているような暗い影は見えない。

「兄貴じゃないのか?」と問えば「何がだ?」と不思議そうに返ってきた返事に違うと確信した。


慌てて家を出て、アプリが示した場所へ行けば彼女のスマホが歩道の端に落ちていた。

もちろん彼女らしき人影はない。

もう一度、実家に帰って、兄貴に事情を話して頭を下げて近辺の監視カメラの映像を見せてもらう。

なぜか彼女を気に入ったという兄貴と親父の協力の下、見つかった彼女は酷い状態だった。

数人の男たちに乱暴された彼女は怪我だらけで、切られた髪が痛々しかった。

薬を打たれたのか、ベッドの周囲には注射器が何本か落ちていた。


オレはそれからの記憶がない。

気がついたら組の奴等に羽交い締めにされていて、兄貴に殴られた頬がジンジンと痛んでいた。

「正気に戻ったか。お嬢さんは病院に行かせた。後始末しといてやるから、お前も早く行け」

吐き捨てた煙草が血溜まりに落ちて音を立てて消えるのを呆然と見ていたオレを誰かが車に乗せて病院へと連れて行った。

両手の拳の治療をされて、連れて行かれた病室で彼女は寝ていた。

殴られた痣はあるけど、さっきよりも綺麗になっている。

ふらふらと近づいて、そっと頬に触れる。

その温かさに涙が溢れた。


生きてる。


小さい声で名前を呼んだが、彼女は目を覚さない。

ああ、そうか。

ごめんね。疲れてるよね。

ゆっくり寝て。

オレはここにいるから。目が覚めたら一番におはようって言うから。


でも、彼女は次の日になっても目を覚さなかった。



 ◆◆◆◆◆



彼女を襲った犯人は、オレのファンの一人でどこかの金持ちの女だと聞いた。

彼女がオレの恋人だと知って、金で雇った奴等に彼女を拐わせたらしい。

兄貴が女をどうするか聞いたけど、興味なくて「任せる」と答えた。

兄貴は「そうか」と答えて帰って行った。

女がどうなろうが興味なんてない。

それよりも彼女が目を覚さない。そっちのが大事。


1週間経った。

怪我の痣も少し薄れた。

彼女の髪を櫛で梳いて、顔や手足に保湿クリームを塗る。

病室って意外と乾燥するんだね。

オレはほぼ毎日病室にいる。

彼女はまだ目覚めない。

暴行を受けた時に後頭部を打ったせいか、薬の影響か、精神的なショックなのかは分からないと医者は言った。


事務所からはオレをスカウトした田崎さんがやってきて事情を説明してしばらく休みをもらった。


その後も何故か兄貴や田崎さんが頻繁にやってくるようになった。

兄貴は簡単な報告をしたが興味ないので忘れた。もうオレや彼女に関わらないならそれでいい。

彼女は何度もオレの実家に行っていたらしい。あの日は業を煮やして、兄貴や親父相手に啖呵を切った。それはとても切符のいい啖呵だったという。

ちゃんとオレの歌を聴きもしないで否定するなと、1度でもいいから聴いて欲しいと土下座され、折れた親父にライブのチケットを贈る約束をして帰った矢先に拉致された。


田崎さんとは今後の話をしている。もう歌手は辞めようと思うと伝えれば何度も引き止められたが、引退する意思は変わらなかった。

だって、もう歌えない。

彼女がいないのに、歌えない。

オレの大事な人を傷つけたのがよりにもよってファンの1人だった。

全員がそうじゃないのは分かっている。

そんなイカれた女はアレぐらいかもしれない。

でもダメなんだ。

好きで歌っていたけど、いつのまにか彼女に向けて歌うようになっていた。

田崎さんと社長も交えて何度も話し合って、歌手は引退する事にした。

その代わりに作曲に徹する事にした。

事務所の新人の作曲を任される事になった。


年末の歌番組も歌えないと言えば兄貴に殴られた。

田崎さんにも泣かれた。

彼女がどれだけ楽しみにしていたのか、その為にどれだけ奔走したのか、懇々と聞かされた。

多分、年配にも人気が高いその番組に出演が決まれば、仲直りのきっかけになると考えてくれたのだろう。


オレはその番組を最後にする事に決めた。

リハーサルも打ち合わせも真面目にやった。時間があれば病室に行って彼女に報告をする。

そうして、カメラを通して彼女に向けて歌った。

精一杯、心を込めて。

彼女に聞こえるように。

そんな気持ちは歌手としてはダメな事なんだろうと思う。

だから、もうダメなんだ。

歌手でいられない。

生放送が終わって、日付が変わってから親父から電話があった。

「良かったぞ」と言われて涙が出た。

少しだけ話して切った後に、口喧嘩をしなかったのは数年ぶりだと気がついた。

新年からもほぼ毎日彼女の病室に通っている。

親父と兄貴に新年会に呼ばれて仲直りをした事も報告した。

そうして新年を迎えて、春が過ぎた。


大抵の仕事は彼女の病室で行う。

曲を作りながら歌う。

もうここでしか歌わない。

彼女の為にしか歌わない。


歌えない。


彼女の枕元で子守唄のように優しく歌う。

これは彼女の為の歌。

ライブでは歌ったけど、なんとなくメディア化はしなかった。

彼女が大好きだと笑ってくれた歌だから特別だったんだ。


ねぇ、目を覚まして。


オレを見て。


笑って。


一緒にいる時は恥ずかしくて、照れ臭くて、歌でも言えなかったけど、ずっと、ずっと


「愛してるよ、梨菜」


ずっと、ずっと。


声が枯れるまで、君に愛の歌を捧げるよ。





握っていた彼女の指がほんの少しだけ動いた気がした。


昔書いたものを元に書き直した作品です。

イメージを崩したら申し訳ないですが、BGMはあの曲です。


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[良い点] やけに話がリアルで、良い意味で気持ち悪いといった感想です。すんません、自分でもなに言ってるかわからないですが誉め言葉です。 [一言] これと「夜明けの絶望」は自分の中では「読みたい」に分類…
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