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赤子の救出劇

草原に残された赤子の救出です。

 そんなある日、両親の骸骨の努力が報われたのか、この草原で赤子を見たという噂を聞きつけたある者達がやってきた。


 彼らは、この草原からかなりの距離がある城塞都市に住む比較的裕福な夫婦だった。この夫婦に赤子の話が届いたのは、ちょっとした周旋人の働きがあった所為だ。彼らは二歳ほどの子供を失ったばかりだという情報をどこからか聞きつけていたのだろう。その情報と、偏狭な村から届いたという曰く付きの噂を結びつけたのだ。


 周旋人が、

「身寄りの無い子供は多いけれど、ね、奥さん。しかし、赤子となると滅多に出るものじゃないんですよ。その上、何かしらの面倒事を抱えているのが常でしてね」


 奥さんと呼ばれた女性が怪訝そうな顔で、

「その面倒事ってどういったことですか?」


「なに、業者の質ってやつですがね。どうしても調達しなければならない場合だってあるんですよ。そんな時の話なんですがね……、その先をお聞きになりたいですか?」


「もう、結構よ。それよりその子の話を聞かせて頂戴」


「目撃談はここよりかなり離れた辺境の村なんですがね」


 と、ここまで聞いていた女性が突然遮って、

「ちょっとまって、目撃って、その子は誰かから保護を受けていないってこと?」


「そうなります。噂では草原に一人でいるらしいのですよ」


 女性は絶望的な表情で、

「そんな……、今頃は……」


 それでも周旋人は諦めずに、

「しかし、その目撃談は一人や二人ではないんですよ。最初の目撃情報があってから、しばらくして他の者も見たって言うし、それならってことで複数人で見に行ったらしいのですが、その時にも生きていたと言う話です」

 と、儲け話がふいにならぬように必死に弁解じみた言葉を並べた。


 これにも驚きの表情で、

「なに? どうして保護しに行かないの? 村人にだって赤子を養うだけの余力はあるでしょうに?」


「それがですね。おいそれといけない場所なんですよ」


「行けない場所? って、崖の上、山の頂って分けでもないんでしょ。なんの変哲もない草原でしょ。だったらすぐにでもいけるんじゃなくって?」


「それが辺境の村にも禁忌ってのがありましてね。その草原が禁忌に当たるらしいのですよ。それで村人が近づく事も出来ず、赤子を保護することも出来ずと。でもね、それは村人にとっての話の分けで……」

 と、ここでも言い訳が入る。


「早い話があなた方に依頼すれば問題は無いと言うことね?」

 そう若い婦人が詰め寄った。


「そう言うことです。で、どうしやす? 依頼しますか?」


 女性ははっきりとした口調で、

「依頼しましょう。前金で銀貨一枚、後金で同じく銀貨一枚でどうかしら?」


(庶民が一日働いた報酬が銅貨一枚相当からすると、この銀貨一枚は三四ヶ月分の仕事量に相当した。今で言う銅貨一枚が一万円相当とすれば、銀貨一枚は百万円となる。そう考えれば破格の好条件とも言えるのだが、ここでの危険度とは命の危険を意味し、失敗したら死に直結することを考慮しなければならなかった)


「銀貨二枚か……」と、少し考えた後、「奥さん、もう少し色を付けてもらえませんか? なにぶん未開の地のことですから、用心棒に魔法使いを雇おうと思うんですよ。それでね、その分をお願いしたいと……」


 女性は忌々しいと言った感情を憚らずも顔に出し、

「それなら前と後で銀貨一枚に銅貨五十枚、合計で銀貨三枚、これ以上は無理よ!」


「では、今、銀貨一枚に銅貨五十枚を頂いてよろしいでしょうね? この足で行って参りますから!」


 女性は応接室から住居スペースに移りそこから約束の金額を携え渡り廊下に差し掛かった時、奇跡的に彼女の夫が帰宅していた。


 驚いたような彼女だったが手短に事情を話すと、夫は何か当てがあるようで周旋人に会いたいと言い出した。


 応接室に入った夫が、

「魔法使いを雇うという話だが、こちらからも魔法使いを出そうじゃないか」


「しかし、こちらでも手配してありますし……」


 周旋人は、口ではそう言ったが、実際は報酬が引き下げられたくないのが本音だ。


 それを見越して夫は、

「いや、報酬はこの金額で構わない。こちらの魔法使いは同行させてもらえれば、それで問題は無いのだから、君たちも魔法使いは多い方が心丈夫だろう?」


「そう言うことなら願ったり叶ったりですね。では、早速準備に取りかかります」


 その日のうちに魔法使いは合流し顔合わせとなった。


「私はアンソニー・ホプキンス。ラインザック男爵に依頼されてきた」

 彼女はぶっきらぼうに自己紹介を済ませると相手の反応を要求した。


 周旋人はそれに気が付き慌ててメンバーを紹介した。

「こっちが請負人のジョセフにケルトにランボー、そしてこっちが魔法使いのヨセフだ。みんなこの手の仕事には慣れている、で、そちらは?」


 と周旋人が、アンソニーの仕事歴を聞こうとしたのだが、彼女はそれを一切無視し、

「私の名を知っているものは?」

 と、整った顔立ちから発せられた言葉は支配的だ。


 ジョセフたちは、その言葉の圧力の意味が分からずきょとんとしていたのだが、ヨセフだけは顔面を紅葉とさせ、

「あなたがホプキンス魔道師ですか。かねがねお名前は聞き知っております」

 と、馬鹿丁寧にお辞儀をし礼を尽くそうとした。


 そこでジョセフが小声で、

『なんだ、お前は知っているのか? どんなやつなんだよ?』


『馬鹿、聞こえるだろ! この都市で知らないものがいないほどだぞ!? 知らないやつなんてもぐりって代物だ! って、お前ってもぐりだったよな。それなら仕方ないか』


『それって魔法使いの間だけじゃないのか?』

 と、ランボーが意にかえさない様なことを言えば、


「確かに私如きは魔法使いにしか必要とされませんからね」


「ほら、ホプキンスさんもそういっていなさる」

 と、ランボーは意気揚揚ととし怖いもの知らずを憚らない。


「では、顔合わせも済んだことだし出掛けるとしましょうか。辺境の村までは、三日の行程ですからね」

 アンソニーは涼しげにそう言いきって騎乗した。


 他の四名も遅ればせながら騎乗し出発していった。


 三日目に草原から一番近い村にたどり着いた、が、ジョセフたちは村を素通りして直接草原に向かおうと主張したのだが、アンソニーが自分だけでも立ち寄ると言うものだから、仕方なくそこで休息することになった。


 これはアンソニーの常軌なのだろう。こうして敵情を得ていたのだ。


 そのアンソニーが村人に近寄り、何かを交換しているようだった。そしてその際に草原のことを聞いたのだろう。急に村人が大声を上げ皆を呼び集めた。


「この人達が草原に行くっていうだ!」


 たちまちアンソニーたちは村人たちに囲まれ身動きできなくなった。


 そこで長老が強ばった顔で、

「本当にお前さんたちは草原に行くのかね?」


 勝ち気なランボーがそれに答えるように、

「そうだとも、俺たちは草原に行く!」

 と、剣の柄に手をかけてみせる。


「馬鹿を言うのはおやめなされ。あそこに行って生きて帰って来たものはいないんだから。命あっての物種と言うではないか」


 それにはランボーが、

「きっと草原を通り過ぎて向こうの村か町にでも行ったんだろうよ!」

 そう言ってせせら笑っている。


 そこで気になったのだろうアンソニーが優しく、

「長老さん、どうして草原に行ったらいけないんです?」


「何も知らないで行くつもりだったのですか? あそこには死霊が棲み着いているんですよ。姿は骸骨だったりですがね。遠くからでも見ることは出来ますが、近づいたら命はありません!」


 その表情が真剣そのものだったためさらにアンソニーが、

「その死霊とは? 骸骨とはどう言う意味なんです?」


 長老は体を震わせ怯えきって、

「見たら分かる、しかし、遠くからにしなされ! 見つかったら命はないでの!」


 そう言うと村人たちは家の中に入っていってしまった。


 後に残ったジョセフが仕切るように、

「それじゃ向かうとするか。それでもランボー、無茶なことはするなよ。これはあくまでも偵察だからな! 何か見つけても動くなよ!」


 ランボーは何も意にかえさずに、口先だけで、

「分かっているよ。何度もいうなっての!」


 その中でアンソニーが一番警戒心を働かせていた。


 森林と草原の境目まできた彼らは、村人から教わった目撃した場所に移動していく、と、真昼だというのに嫌な気配が漂ってきた。


 真っ先に彼らの鼻を刺激する腐敗臭と表現したら良いのか、死臭と言った方が正解なのか、とにかく生きているものに取ったら毛嫌いするような匂いだ。それは体に、服にへばりつき自身すらも腐らせてしまうような本能的な嫌悪感が働くためだ。


 次に一面に生えている草からも神経を逆立てる何かが、蒸発なのか湧き立っているのか、とにかく嫌忌が立ち上っていた。


 多分、どんな脳天気なやつでもこの草原でピクニックはしないだろう。それほど別世界的なほど無機質なのだ。


 その上に生えている草に問題があった。この草には生気が全く感じられないのだ。それは人骨か獣の骸骨かたちの慰めとして、草も生気を吸われているからかも知れない。


 その生気の代わりというのか、ここの草は別なものを発酵していた。それは死出の匂いと言ったやつだ。生気を吸われた草が、自分だけではなく別なものまでも道連れにしようとしているかのような臭いだ。


 ただ、前述の肉が腐った時の死臭とは全く次元が異なった嫌気がさすものだ。


 この二重に嫌気がさす臭いが充満する草原にあって二人の魔法使いが騒ぎ出した。

「これはやばいですよ!」

 と、ヨセフが警笛を鳴らした。


 アンソニーも同意し、

「これは迂闊に近づかないでくださいね。何が出てくるのか分かりませんよ」


「そうですよ。それに赤子を見つけるのが先決ですからね」

 と、もう一度ヨセフが念を押す。


「えぇ、そうですね。村人の話だと草原との境界からでも見えるそうです」


 こうして危険を察知したもの同士が話し合っていると、

「ここからじゃみえねぇじゃないか。俺はちょっと行ってくるから見張ってろ!」

 と、ランボーが剣を抜き盾を構えて進み出した。


 アンソニーは言っても聞かないとすぐさま諦め、自分の馬の位置を確認した。


 ヨセフの方は同じチームと言う事もあり、最初はジョセフの判断を待とうと思ったのだが、危機感が半端なかったため、

「ジョセフよ。これはやばいから、逃げ出す準備をした方が良いぞ」

 と、彼も馬の手綱を握りだした。


 草原を進み出したのが自分だけとあって、急に面白くないと思ったのだろう、

「おい、お前ら、赤ん坊を見つけたって、お前らに分け前なんてやらないからな」


 それにはジョセフが反応し、

「ちょっと待てよ。俺たちも行くから」

 と、ケルトまで連れ立とうとし、

「ヨセフはどうする? このままだと分け前はなしになるぞ!?」


 その脅しにもヨセフは自分の恐怖の方が勝り、

「俺はそれで構わない。お前たちだけで行ってくれ。しかし、逃げ帰ってくる時は、こっちの方には来ないでくれよ。それだけは頼んだからな」


「へっ! 勝手にしろ! この臆病者!!」

 そう言ってランボーは剣を肩に乗せ歩いて行った。


 少し進めば雑草の高さで彼らが見えなくなった。

(ヨセフもアンソニーも境界外の木の陰に入り身を潜めていたからだ)


 ほんの少し時間が経っただけで悲鳴らしき男の叫び声が聞こえた。


『遭遇したみたいですね』

 と、ヨセフは淡々としている。


『こっちに来ないと良いんですがね。でも、きっと来ますよ』

 そう言ってアンソニーは苦笑している。


『だったらこちらが移動しましょうか? そうすれば出会わなくて済みますよ』

 仲間を見切った男の考える事はえげつなかった。


『そうですね。右側に回り込みましょう』

 と、アンソニーが提案した。


 二人で背を低めながら早足で進んでいき、

『ホプキンスさんは、どんな敵だと思いますか?』


『それなんだが、村人の話が正しければ、あいつらは生きて戻ることは出来ないだろう』


『でも、ホプキンスさんは、そうならないと思っているんでしょ? それは何故です?』


『よく理解しましたね?』


『だって、それでなければ移動する意味がないでしょ。彼らは戻ってくるのでしょう。しかし、どうして戻れるんでしょうね?』


『そこに疑問の余地がある。大凡村人が言ったことは正しいのでしょう、が、今回ばかりは外れたようだ』


『それは何故です?』


『赤子の話さ。赤子を抱いていた骸骨はどうして村人に見えるようなところにいたんでしょうね? その骸骨は見せるために森林との境界線まで近づいたと、考えればつじつまが合うでしょ。だったら、その骸骨は村人が恐れている怨霊骸骨とは違うように思えるんですよ。それなら単体か数体の骸骨となれば、あいつらも帰ってこれるでしょうね』


『なるほど、単体って線もあるんですね。それならこっちも勝てそうですが?!』


『だと良いんですが、強敵かも知れませんよ』


『それはやばいな!』


 そこにランボーが全力で走っている姿が見えた。


『やっぱり、私たちのいた場所に戻ってきましたね』


『だろ! あいつはこっちを巻き込んで自分だけ助かろうとしているんだろう』

 こう言ったのはアンソニーだ。


 そのランボーは狂乱状態で、

「おい! どこに隠れてやがる? 早く出てきて俺等を助けろ!」


 ヨセフが首を傾げながら、

『俺等って言ってますね?! ジョセフとか生きているんでしょうかね?』


『もうじき化け物が姿を見せるだろう、な。そうなったら生きてはおるまいよ』


『そうでなければランボーが懸命に走って逃げ出してはこないか! あいつ、仲間を見殺しにしてきやがったんだな』

 そう言ってはヨセフが悔しがった。


『と言うより仲間を餌にして自分だけ助かろうとしたんだろう』

 そう言ってアンソニーはもっと厳しい現実を突きつけた。


『腐ってやがる!』


 そんなことを言っている間にも骸骨が追いかけてきては魔法を放つ。


「ファイヤーエレメント!」


 アンソニーは耳を疑った。

『??? 今、なんと言った?』


 ヨセフはうろ覚えながらも、

『今、ファイヤー、確か、エレメントと言いましたよね?』


『やっぱりそう聞こえたよな? ちなみにだが、ヨセフ殿にはその魔法が使えるか?』


『いや、今、始めて聞いた魔法ですし、どんな魔法なのかも分かりません』


 骸骨が放った、『ファイヤーエレメント』はランボー目掛け放ったのだが、そのランボーは勘が良いのか素早く身をかわし、

「どこにいるんだ? 俺たちを助けろ! お前たちは魔法使いじゃないか!」

 と、懸命に叫んでいる。


『行ってはいけませんよ! どうせ身代わりにするつもりでしょうしね』


『あれは何という魔法なんです? 地表上を一直線に焼き尽くしていきましたが』


『この国に十二魔道師がいたのを知っているか?』


『知ってますよ。魔法使いの憧れじゃないですか。しかし、いたってどう言う意味です? 今も確かいますよね? 十二人が』


『一人、入れ替わったんだよ。だから昔の十二魔道師じゃない……。それよりエレメントだったな。ファイヤー、ファイヤーボール、ファイヤーシューティングなどは炎の魔法で形状の違いだよな?』


『そうです。炎のノズルを小さくしたり大きくしたり玉上にしたりって感じです。ですから私にも可能です、が』


『しかし、エレメントは質が違うんだ。ファイヤーボールなんかは周囲に火の手が回らないように注意すれば盾でも防げるが、エレメントはそうはいかない。盾自体ですら燃え上がってしまう』


『え? 盾がですか? それじゃ防ぎようがないじゃないですか?』


『だから、あれはやつしか使えなかったんだよ』


『やつ? それは誰です? 十二人のなかの一人ですか?』


『そうだ、多分だが、あれがやつなら赤子はやつの子供だな、確か名前は……』


 ランボーが骸骨の魔法から逃げ回っていると、ついにはサンドウォールで行く手を塞がれた。


「ぐ!!! おい、ヨセフ! 仲間を助けろ! でないと呪って取り憑くぞ!」


 万事休すの様子をみてついにヨセフが立ち上がった。


 それを見てアンソニーが止めに入ったが間に合わなかった。


「ライトニングシューティング!」


 ヨセフが放った電撃で骸骨の骨の一部分が弾け散った。


「グガァ???」

 振り向いた骸骨は瞬時に反撃に出た。当然、無防備だ。


「ファイヤースコール!」


 ヨセフには逃げ場がなかった。


「ぎゃ!!!!」


 一面の火の海で姿を硬直させ黒炭、そして灰となって消えていった。


 ランボーはそれを凝視し恐れをなしその場にしゃがみ込んでしまった。

 それでも口だけは動くと見えて、


「助けろ! 助けてくれ! た、た、助けて!」


 多分、小便を漏らしているのだろう、その場から動こうとしない。


 その時、アンソニーが木の陰からでてきた。


「十二魔道師の一人! ヘンリー・J・グリンガム!」


 骸骨はその呼び名に反応し、ゆっくりアンソニーに向き直った。


 そして対峙した瞬間に、

「ファイヤーエレメント!」を放った。


 それは高温な炎なのだが、それよりも恐ろしいのが防御壁などでは防げないと言う事だ。それなのにアンソニーは回避行動も取らずに、

「プラズマウォール!」


 アンソニーが構築したコロナ化した放電体が壁となって出現し、骸骨が放ったファイヤーエレメントの効力を相殺した。


「ガァグゥゥ?」

 と、骸骨は顎の骨を動かし不気味な音を出した。


「お前はヘンリーだな? ヘンリー・グリンガムだな?」


 骸骨の動きが止まった。


「私だ、アンソニー・ホプキンスだ! お前の友人のアンソニーだ!」


 骸骨が抱いていた赤子がむず痒だし手足をばたつかせ出した。それであやすためか骸骨が両手で持ち上げたり抱き抱えたりしだした。


 それを隙と捉えたのだろうランボーが襲いかかった。

「トゥリャーー!」

 剣をがむしゃらに振り回し突っ込んだ。


 骸骨はそれを背中の骨で受け止め、返しに、

「ライジングサン!」


 瞬間的に骸骨の全身から電流が発したかのようになった、が、電流はランボーが持っていた剣に流れ、そのまま彼は感電死した。


 そして静寂が訪れた。


 そこにはアンソニーと、赤子をあやしている骸骨だけが存在していた。


「その子を私に託してくれないか?」

 と、アンソニーは唐突に言い出した。


 それは骸骨に聞き分け、或いは理解が及ぶのか定かではないときにだ。


「それにだ。そろそろ人間の言葉を覚えなければならない時だろう。このままでは話せない子になってしまうぞ!?」


 ほんの僅か、骸骨がピクリと動いた気がしたアンソニーは続けた。


「私が育てるのではない。ライザック男爵だ。ほら、ビクトリア城塞都市のハインリッヒ伯爵に仕えているライザック男爵!」


 その骸骨は何かを理解したのか、

「ガッガガガガァァ」

 と、顎の骨を打ち鳴らし、何事かを伝えている。


 アンソニーは、何を言いたいのかは分からなかったが、その骸骨がヘンリーであり、そしてその子が彼の息子であることを確信したため、

「分かった。男爵と男爵の奥方を連れてくる。君も彼らを見れば、その子の行く末に安堵することだろう」


 アンソニーは急いで馬に乗りビクトリア城に戻って行った。丁度、馬が四頭も余っていたため帰りはかなり早く着いた。


 戻った早々に周旋人が駆け寄ってきて、

「赤子はどうしなさった?」


 アンソニーは嫌な顔をしたが、それでも周旋人の仕事を認め、事実を話すことにし、

「今から男爵家に向かうから、丁度良い。あなたも来てくれないか? 話は、その時にしよう。良い話半分、悪い話が半分ってところだ」


 周旋人は報酬だけに興味があるようだが、ここは請負人のことを聞かねばまずいかと、

「ところでお一人なんですか? あいつらは?」


「死にましたね」

 と、アンソニーは虫けらでも死んだかのように言い切った。


「死んだって? どう言うことですか?」


「それはあなたが一番分かっていたことでしょ? あそこがどれだけ危険なところなのか、知った上で計画したんだろ?」


 そのアンソニーの気味が悪い気迫に負けて周旋人は押し黙ってしまった。


 それで男爵家に着いた早々にアンソニーは応接室に通され男爵夫人が待ち構えていた。


「それでアンソニー、赤ちゃんは?」


「いました。確かに男の子です」


「おぉ、良かった。それで今はどこに?」


「それなんですが、男爵は?」


 夫人は横に立っている周旋人に目をやりながら、

「報酬のことでしたら、今すぐにお持ちしますが?」


「いえ、そのことではないのですが……」

 と言いかけたアンソニーは、思い直し、

「そうですね。報酬を前もってお支払いした方が良いかも知れませんね」


 そう言われ大喜びの周旋人が、

「そうして頂けるとありがたい!」


 それなのにアンソニーは苦渋の表情を浮かべ、

「それなんだが、君が手配した請負人たちは全滅したことを最初に伝えておく。私が見たのはヨセフの死とランボーの死に様だけだ。ジョセフにケルトの状況は分かっていない。その経緯を君は知りたいか? それとも彼らの遺族に私から話そうか?」


 周旋人はどこ吹く風といった感じで、

「聞いたって仕方ないでしょ。もう、生き返らないんだから。しかし、そうですね。遺族ですか? ヨセフにはいるにはいますが、会ってもらえますか?」


「ヨセフ殿だな。分かった、で、他の方々は?」


「後は風来坊だから私は知りませんな」


「それならヨセフ殿のご遺族には私から話そう」


「そう、お願いします」


 そこでアンソニーは左の手の平をだして要求する。

 しかし、周旋人が無視をするものだから、

「早くよこしなさい。彼の取り分です。前金は良しとして、後金の分は出しなさい」


 周旋人は特別に嫌な顔をしたが、ブツブツ文句を言いながら懐から皮袋を取り出し、

「五人で平等だから一人三十銅貨だ!」


「いや、死人の分け分はないから二等分だ。だから七十五銅貨だ」


 力尽くでも取り上げる気のアンソニーに負け、周旋人は嫌々ながら七十五銅貨をだし捨て台詞に、

「あんただって実際にあの子に渡すって保証がないだろう?」


「それだったら、お前の手から渡せば良い。私が同行してやる、ただし、逃げようなんて思うなよ。そうなったら生きてこの城から出られないぞ!」


 アンソニーは長くて金色に輝く髪をたくし上げた。


 そこに夫人が報酬を手にし戻ってきた。


「あの、これでよろしいのでしょうか?」


 周旋人がなにか言う前に、アンソニーが、


「夜にもう一度伺います。その時、男爵にお話しするつもりです」


 そう言ってアンソニーは周旋人を急き立てながら出て行った。


 男爵家をでてかなり歩いたが、まだ目的地に到着しない。ヨセフの遺族が住んでいる場所は城の中でも辺鄙なところにあるらしい。

「これだったら馬で来るんだったな」

 と、アンソニーがぼやくほどだった。


 それでも城の日が当たらない陰鬱とした、通称貧乏長屋にたどり着いた。


「ホプキンスさん、ここがそうですよ。どうしてこんな場所にやつが住んでいたのかは分かりませんがね。ほら、そこです」


 アンソニーがドアをノックしているといつの間にか周旋人は消えていた。


「ヨセフ魔道師からの使いですが、誰かいませんか?」


 それを聞いた幼児と言った感じの、性別が女だと思われるものがドアを開けた。


「ヨセフはなんと言ってました?」


 アンソニーは取り分を渡すだけと思っていたのだが、どうやら様子がおかしいと、

「これを」

 と言って七十五銅貨を手渡し、

「それはヨセフの稼いだ金だ。君が家族なのか?」


 差し出された銅貨を懐にしまって、

「間抜けなやつだ。金を渡してから身分を確認するなんてどうかしている!」


 そう言われ、『確かに正論』と判断できたのだが、幼児に言われたのが癪に障ったのか、「私は確かにこの家の人に渡したんだ。それで文句はないだろう?」


「いや、あるね。あんたはヨセフから頼まれたんだ。なのにその勤めを果たさずに、関係の無いものに渡してしまったんだ。つまり、それはあんたの落ち度、だったらその罪を償ったらどうなんだ?」


「お前、そんなことをどこから仕入れてきたんだ?」

 と、ついつい大人ぶった威圧で黙らせようとした。


「そんなことより、ヨセフはどうしたんだ? 出掛けるとき危険な仕事だと言ってはいたが?」


 アンソニーはこの時とばかりに仕返しのつもりで、

「あいつは死んだよ。黒焦げの消し炭、そして灰になって消えていった」


「嘘! そんなの出鱈目だ! ヨセフが死ぬはずはない」


「ヨセフも言ってたんだろ? 危険な仕事だって。その通り危険な仕事だったのさ。だから死んだ。ただそれだけさ」


 幼女は懐に仕舞った皮袋を取り出し、力一杯アンソニーに投げつけ、

「そんなの嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 頼むから嘘だと言ってくれ!」


 その声が泣き声に聞こえてきたアンソニーは、同じ女として放ってはおけない気がしてとりあえず家の中に入っていった。


「お邪魔するよ! 家にはあんただけか?」


 幼女は狭い室内で棒立ちしている。


 アンソニーは見た限りこの子だけと判断し、

「とりあえず、この皮袋をもっていなさい。今まで一人で暮らしてきたんだろ?」


「それで文句があるの?」

 と、幼女は皮袋を受け取り幾分落ち着いた言い回しをした。


「私にも用事があってしばらくここを離れなければならない」


「だから? なに?」


「話は戻ったらにしよう。ヨセフのことも伝えなければならないしな。それで良いか?」


 幼女は頷くだけだった。


 後ろ髪を引かれる思いだったが、アンソニーは思いきってその家を後にした。

 再び男爵家に戻った時には日は暮れ男爵も家に帰っていた。


「おぉ、ご苦労だったな。アンソニー!」

 と、男爵は上機嫌だった。どうも、夫人は好印象を伝えたようだ。


「ライザック男爵、その草原はかなりやばい場所ですよ」


 すると一瞬にして男爵の顔色が曇った。


「と言うと、赤ん坊は?」


「生きています。そしてその子は男爵も知っているヘンリーJ・グリンガムの息子です」


「おぉ、知っているとも、十二魔法師じゃないか。それで彼、ヘンリーは?」


「多分、あの草原でしょう。マリア夫人の消息も絶っていますから、二人してお亡くなりになったのだと思います。そして、亡くなってもまだ子供を守り抜いているのです」


「それはどう言うことだね?」


 話を聞いていた夫人はそこで卒倒してしまった。


 夫人を介抱する男爵は、その先の話を催促し、

「とりあえず、話を最後まで聞かせてくれ」


 アンソニーは夫人を労りながら、

「あの草原はかなりの化け物が、いえ、化け物たちが棲んでいるのでしょう。さもなければあれほどの魔道師がやられるはずはありません。しかし、やられても息子を守るために、自らを化け物に身を落とすとは子供への愛情は並外れています。そこで男爵にお尋ねしたい、その子を引き取って育て上げる自信はおありですか?」


「十二魔道師の一人であるグリンガムの息子とは、マリア、お前の意見は? その子を我が子として迎え入れる気はあるのか?」

 と聞いた男爵は自分の意見を言う前に妻の気持ちを知りたかったようだ。


 夫人はソファーに横になりながら、頭には濡れたタオルを宛がい、

「あなた、早く私にあの子を抱かせてください」


 それで男爵は、

「聞いた通りだ。我が家はその子をあの子の替わりとする」


 それを聞いた上でアンソニーは、

「一つ条件があります。彼、ヘンリーに納得させなければなりません。その意味はお分かりになりますよね? 実の子を託するのですから、見極めようとするのは当然と」


「それは……、私だけではなく、妻もなのか?」


「多分、ご夫人の方が重要かと思うのですが、どうでしょうか?」

 と、アンソニーはマリア夫人の決心を確かめようとした。


「あなた、私が行きます。そしてヘンリー氏に納得してもらいます」


 それには男爵も躊躇する。

「しかし、そこはかなり危険な場所なんだろ?」


「そうです。だから化け物となったヘンリーは草原と森林の境界まで出向いてきています。彼としても誰かに託したい思いはあるようです」


 こうして男爵たちは馬車で赴くことになった。が、今回はかなりゆっくりの移動になった。その間に、アンソニーは依頼の報酬についてもちだした。


「本当にそんなことで良いのかね? もっと有効な条件でも構わないのだが?」


「子供たちの将来の方が大切ですから。それに私も影ながら見守らせてもらいますし」


「君が言うのなら、うちとしては構わないのだが、アンソニーとしても弟子とかを取らないのかね? 君ほどの魔道師なら立派な弟子が集まるだろうに?」


「彼に会えば分かるかも知れませんよ」


 今回アンソニーは草原近くの村には立ち寄らなかった。それは男爵たちに変に警戒されないためでもあった。


 草原に隣接する森林からヘンリー骸骨が見える場所に潜んで、

『ここで待っていてください。少し様子を見てきます』

 と言って、アンソニーは身を低くしながら進んでいくと、どこからか幼子のぐずる声が聞こえてきた。

 その声にいち早く反応したのは男爵夫人だった。

「ねぇ、あれって!? 子供の泣き声よね?」


「そうか? わしには聞こえなかったが?」


 そう男爵に言われ、逸る気から草原に足を踏み入れ、どんどん声の方に進んでいく夫人が幼子を抱いている骸骨を発見し、

『ぎゃぁぁ!』

 と、低い声で叫び声を上げてしまった。


 骸骨はそれに反応しゆっくり目だが駆け寄ってゆく。


 アンソニーの方も戻ってきて、

「ヘンリー、その人が男爵夫人だ! マリア・ラインザック男爵夫人だ」


 その言葉を理解したのか骸骨は突然と動きを止めた。そして夫人をじっと睨みつけるようにしている。


 男爵は夫人の身の危険を感じたのか、彼女の前に進み出て剣を構えた。


「男爵! 危険です!」


 と、アンソニーが叫んだのだが、骸骨は手を挙げ、まるで無用というように左右に振り出した。

 そして骸骨はおもむろに幼子を大地に下ろした。


 幼子にこの状況が理解できるはずもなく、ただ、地面に降り立ったことが嬉しそうに、おぼつかない足取りでも歩き出した。


 それをじっと見詰めている夫人が、

「坊や、こっちにおいで!」

 と、両手を差し出しおいでおいでをしだした。


 幼子はそれに興味を引いたように一歩一歩と進んでいく。


 骸骨はそれを黙ってじっと見つけている。


 そしてついに夫人までたどり着いた幼子は、この時忘れていた人の温もりを感じ取り、はしゃぐように手を打ち鳴らすのだった。


 その光景に満足したのか、骸骨は後ろに一歩一歩と後ずさりしていった。


 アンソニーはヘンリーの思いをくみ上げ、

「この子の名は?」

 と、最後の言葉を掛けた。


 すると骸骨は、首にぶら下げていたネックレスを外しアンソニーに投げてよこした。


 アンソニーは右手で受け取ると、ペンダントの裏側に書かれていた文字を読み、

「オスカル!? オスカルで良いんだな?」


 しかし、それには男爵が納得できないようで、

「いや、この子には我が子の名を継がせたい! これだけは譲れない、譲れないぞ!」


 アンソニーはそれを見込んでいたようで、

「この子の術者名をオスカルにすれば良いでしょう。私にも師が付けてくださった二つ名がありますから」


「おぉ、そうでした。では正式名を、エドワード・オブ・ラインザック!」


「そして二つ名をオスカル、と、しましょう」


 それに納得したのだろう、骸骨は草原の奥に向かって進むと、


 どこからか化け物どもに知れ渡ったのか、骸骨どもが群がってきた。


 アンソニーは危険を察知し、まず夫人に、

「森林にお戻りください。そして男爵も、さぁ、早く!」


 男爵は夫人と幼子を労りながら、森林に向かって早足で進む。


 アンソニーは時間稼ぎをしようと、ヘンリー骸骨の後を追おうとしたのだが、

 ヘンリー骸骨が、手を挙げ遮った。


 そして一気に、

「ファイヤーストーン!」

 で天から隕石に似た火の玉を骸骨集団に降らせていき、そして、

「ファイヤーボール」

 と、地面に無数の巨大な火の玉を出現させ、それを骸骨集団目掛け転がしていった。


 それを見て、今が逃げ時と判断したアンソニーも、男爵たちの後を追いかけていった。

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