帝国の大勝利?
帝国軍と骸骨軍の激突する場面です。
帝国では軍大将が期日を切った日が近づいていた。
先鋒隊の出撃を三日に控え、大臣達に不安が広がっていた。帝の治世と政治のことしか分からない大臣では致し方ない。
まして今までに無い大艱難だ。少しであっても安全性が増すのであれば、藁をも掴む気持ちでしがみつきたくもなる。
それで宰相が帝の前に進み出て大臣の総意をこう告げた。
「軍大将は近日には出撃します。つきましては我ら、内閣としても手を打ちたいと思うのですが帝からもお言葉を頂きたいと思うのですが」
と、そこまで話し口をつぐんでしまった。
そう言われても困るは帝だ。それで探りを入れてみる。
「軍に関しては大将に委ねるとして、大臣達になにか命ずるところがあろうか?」
宰相は嬉嬉とし目を輝かせて言う。
「ありますとも、相手が人間外なのです。ここは人類として我が帝国が毅然として立ち向かう雄志を諸外国に示す必要があるものと具申いたします」
「おぉ、諸外国に、雄志をな! うむ、そうだの!」
「そこでですが、単なる客寄せのように諸外国を招こうとしても、諸外国にも面子というものがありましょう。そこは諸外国の体面を立てつつ、招待するのが得策かと」
「そうだな。気位ばかり高いランクル共和国などでは、招待しても来ぬであろうな」
「そこで我らが誇り高くも人外を粉砕し英姿を諸外国に見せつけるには、諸外国にも一部の功績を与えればよいのです」
帝は良く分からないと言った顔つきで、
「一部の? いやいや、その前に、功績とは? 我が帝国の経済は宰相も知っていよう」
「陛下にはご心配をおかけいたしません。共和国の一地方都市から援軍という形を求めるだけですから。滞在費をもつくらいで済むのではないでしょうか」
「おぉ、話を通しておくというだけなのだな。それなら共和国とて文句はなかろう。よし、宰相、そのように取りはからえ!」
こうして宰相は隣国のランクル共和国に堂々と旅立つことが出来た。
それを聞きつけた大臣達は大きな怒りを抱きながら、
「宰相! あなた一人だけ助かろうとは卑怯ですよ!」
これは財務大臣だ。彼はどうあがいても国外には出られない身分だ。
「これ!言葉が過ぎるぞ! わしは援軍をお願いしに行くのだ」
「では、援軍と共にお帰りくださるのですね」
「当たり前ではないか。隣の城塞都市ならすぐそこではないか!」
本当を言えば、共和国の首都に赴き、当分帰ってくるつもりはなかったのだが、ここまで詰め寄られれば、援軍の要請だけで諦めざる得なかった。
宰相が出立した後、先鋒隊も出陣し、帝都も緊迫した雰囲気に飲まれていった。その中でも奇声を発していたのは軍大将であった。
「大盾だ! 無かったら一枚張りの扉でも良い。それに耐久度を増す魔法をかけろ。あればありったけ準備しろ!」
と、命じたかと思えば、
「弓に槍は無用だ。それより投石機、それにこぶし大の石を荷馬車に積み上げろ」
そして、その石にまで魔法をかけろと言い出した。
さすがに魔法省の大尉が困惑しながら、
「軍大将、お言葉ですが投石用の石にまで魔法をかけるというのは、些か無理があるようですが?」
「大尉は生きるのと死ぬのとではどちらが良いのだ?」
そう言った軍大将は笑っていた。それはまるで冗談のようにだ。なのに、
「これから我らが向かう敵は未知なる化け物と聞く。そんな相手に手ぬるい常識で立ち向かおうって言うのか? もし、強敵であの時、魔法さえかけていれば死ぬことはなかったのに、と、後悔するのと、やっておいて良かったと悔いを残さないのとではどっちが良いのだ? 労力を惜しみ悔やむ道を選ぶのか、それともやって良かった道を選ぶのか?」
大尉は顔面蒼白になって、
「やり遂げさせます。今しばしお待ちください!」
軍大将は付け加えたように、
「大小の岩石とかもあるからな。頼んだぞ!」
こうして決められた日時がやってきて全軍の出陣となった。
その頃、宰相がエドワードのいる城塞都市に到着した辺りでのことだ。かれはすぐさま伯爵家に挨拶と称し接触した。
その時の手土産を忘れてはいない。宰相家にある一番の工芸品を差し出した。
「これは!!!!!!!!!!!!」
と、伯爵は目が飛び出るほどに驚異的な感情を爆発させた。
「左様、これはミケランジが世界でただ一つ作られた万年時計です。芸術的にも優れている逸品です」
「初めて見ますよ。これはすばらしい! これ一つで国が買えると噂されるのも頷けますな。う~~~ん、どこからどう眺めてもすばらしい。一説には魔力が込められているという話ですが、それは本当ですか?」
「さすがです。伯爵様の博学には敬意を表しますぞ。まさしく、この万年時計には魔力が込められております。ですから、我が家でも手を加えなくとも動き続けております」
「おぉ、それはすごい! さすがに万年時計と言われるだけは有りますな」
と、ここで伯爵の鋭い目が光った。
「それで、宰相殿はこれを私にみせて、いかがなされるおつもりです?」
「勿論、お近づきの印として献上いたしたく……」
と、宰相がそこまで言いかけたとき、伯爵は待っていられずに、
「おぉ、あそれはありがたい誉れ!」
と区切ってから、
「しかし、これほどのものを受け取るとなれば……」
と、再度、眼光を放って宰相を見る。
その宰相、さすがに年の功だけあって、
「伯爵様のお手を煩わせるようなことは決してありません。ただ……」
「ただ? 私に出来ることならなんなりと仰ってください」
宰相はその言葉でニタッと笑みを洩らし、
「ランクル共和国では学院があるそうではないですか」
「勿論ありますとも、重装備軍団を、そして魔法特化集団を、そして軍師として指揮統轄するべき集団を、それぞれ育成する学院があります、が、それが?」
「ちょうど我が帝国に人外の化け物どもが、何をとち狂ったのか攻めてきましてね」
「それは大変な事ですね」
「いえ、帝が迅速に兵を招集しまして、先頃、軍大将が出陣されたので程なく鎮圧し終えるでしょう。化け物どもはそれで良いのですが、そこでいかがでしょうか。学院の生徒さん達に実戦の戦いを見学させるというのは?」
「実践ですか!? それも悪くはないでしょう、が、危険ではありませぬか?」
「ご招待するのは我が帝都であります。戦場はかなりの遠方です。勝利を得て帰還した軍大将から戦況を聞かれるだけでも後学になると思うのですよ」
「帝都に?! それなら危険はなさそうですな。よし、では、我が城塞からも幾分の警護兵を出しましょう。それで学院の生徒には両国の親善大使という名目で行かせましょう」
伯爵の発令はすこぶる早かった。一両日には全生徒が隣国の帝都目掛け出発することになった。
もっとも、それには男爵とかが反対したのだが、万年時計が効力を発揮したのだろう、伯爵の決意は堅かった。
それで男爵はエドワードを抱きしめながら、
「お前のことだ、危険はないとは分かっている。が、どうにもお前には自惚れ的なものがある。いらぬ危険を背負い込むところもある。だから父に誓ってくれ、決して自ら死地に飛び込むことはしないと!」
それに対しエドワードは、
「父上、それはできません」
「何故だ? お前はまた?」
「いえ、そうではありません。時には臨機応変という言葉があります。最後の最後まで尻込みしていては勝機を得損なうこともあります。退くも残るも出るも、蟠り無く望みたく思うのです」
こうしてエドワードは家を後にしたのだが、ラーラが側から離れることは無かった。
そして護衛兵の中にはアンソニーの姿もあった。彼女は志願したようだ。
エドワードの学院生が城塞都市から出発した頃には、帝国軍の先鋒部隊が、最前線の城塞都市に入城していた。
しかし、その兵達は薄気味悪い気分に支配されていた。何しろ、生き物の気配がしないのだ。それは国民に避難命令が出されたから、人気が無くて当たり前なのだ、が、それとは違った違和感が半端ない。
それは生き物だけが姿を消した、そんな妄想すら起こさせるからだ。
(もっとも、それは妄想ではなく、骸骨集団によって襲われたこの城塞都市は、生きるものすべてが血肉を食い尽くされ、生気を吸い取られ、哀れな骸骨と化し朽ち果てるか、それとも奴らの仲間として骸骨のまま動き回るかのどちらかの運命を辿っていた)
それで城塞都市に入った先鋒隊は、普通だったら偵察隊などだして次の行動に移すのだが、こうも気味が悪くてはどの兵も城から出るとは言わない。
その指揮官もひたすら防御を固めることに専念しだした。
「隊長、いつ本隊が来るのでしょうか?」
「すでに伝令を飛ばしたから数日にはこちらに来るだろう」
「それまで何事もなければ良いのですが?!」
「そうだな、そう願っているよ」
エドワードが帝都に到着した頃、軍大将も、先鋒隊がいる城塞都市にたどり着いた。
大将はすぐさま、近辺の状況を聞くのだが、先鋒隊の指揮官は答えられず、身が感じる危機感を延々と述べるのだった。
で、ついに大将が苛立ち、
「全軍に通達! 先鋒隊は城塞からの後方支援。残りは直ちに出陣せよ」
これには軍参謀も驚きを隠せずに、
「軍大将、これは一体どう言うことですか? ここは一度軍に休養を取らせるべきでは、その間に敵情視察が有効と判断しますが?」
軍大将は厳かに、
「先鋒隊の奴らを見たのか? 奴らは怯えきっている。そんな奴らと一緒にいたらこちらの主力兵までもが臆病風に吹かれてしまう。そうなったら戦うこともままならぬぞ」
そう言われ参謀も思うところがあったのだろう、
「さすが軍大将です。たしかにあいつ達は近辺の調査すら怠っていましたからね。戦力とするには危険すぎます、な」
「だろう、では兵の方を頼むぞ」
こうして魚鱗の陣形を整えつつ前進していく。まるで、そこが戦場だと言わんばかりの緊張した行軍だ。
その隊形のまま一両日が過ぎた頃、それは夜間になり軍は陣形を整えたまま食事を取っていたときのことだが、急に周囲に異変が漂ってきた。
そして兵士達がざわめき出す。
「一体なにが近づいてきているんだ?!!!」
鳥肌がたつものも、臭気を嗅ぎ吐き出すものも、見えぬ憎悪に痙攣を起こすものが続出したため、軍大将が一喝し、
「総軍、武器を持ち構えろ! 前衛は大盾を掲げ身を守り、前進せよ!!」
と、ただひたすらにまっすぐ進むことを命じた。が、隊列は常に密集するほど狭まるように隊長達に厳命していた。
すると、妖気の本体が突如に現れ、伝令が叫びだした。
「敵、骸骨部隊が現れました!! 総大将に報告! 骸骨部隊です!!!!」
軍大将は、
「そのまま前進せよ。前衛は防御に徹し、作戦通りに餌食にせよ!」
総勢五十万、その陣形に少しの変化が見られた。
真ん中が僅かばかり左右に開いたのだ。
大盾で骸骨軍を押しのけている前衛の脇を通る感じで、二列縦隊で骸骨部隊が魚鱗の陣形内に入り込んできたのだ。
その無造作に前に前に進む骸骨集団に、左右から棍棒のようなもので襲いかかった。
ガォシャン!! ガギィィ!!
と、骨が砕ける音が鳴り響く。
軍大将は前進を指示したまま、次の投石を命じた。それは、前衛に群がる骸骨の総数を減らすために有効な手段だった。
その様子から軍大将は骸骨軍の強さを推し量っていたのだ、が、自分の策が功を奏し、今以上の戦果を上げられそうだと欲を出し始めた。それで、
「全軍、師団規模に分かれ骸骨軍を粉砕せよ」
今までの魚鱗の陣形が動き出し、各師団に主導権が引き渡された。
師団と師団の間に距離が置かれたため、結束していた魚鱗の陣形が急激に膨れあがっていく。そしてその間に骸骨軍が雪崩れ込んでいった。
各所で骸骨を粉砕していく音が鳴り響きだした。
こうしてその日は暮れ、軍大将は撤退を指示した。
そして当然のようにこの日の勝利を伝令に託した。
その数日後に伝令が帝都に入り、大々的に触れ回っていた。
「軍大将の大勝利!!!! 軍大将の大勝利!!!!」
その知らせは帝にまで伝えられ、帝都では祝賀会まで開かれようとしていた。
と、その時、エドワードはアンソニーに耳打ちで、
「一刻も早く、援軍を送った方が良いですよ」
しかし、アンソニーにしてみたら、エドワードの発言の意味が分からない、で、
「どうしてだ? 伝令は大勝利と言っていたが?」
「聞きましたか? 戦い方が問題です。どんな戦い方だと言いました?」
「全軍をあげての勝利だと言いましたよね。しかし、それが?」
「人間対人間ならそれでも乗り越えられるでしょう、が、奴らはだめでしょう」
「どうしてだ?」
「思い出してください。骸骨は不眠不休で戦えるんですよ。なら、人間は何時休み、何時食事を執れば良いんですか?」
それには絶句したアンソニー、
「そうなれば、今頃は?」
「機転が利けば、防衛に徹し安定するのを待つでしょう。しかし、大勝利などと言っているようでは、力任せに戦っていると思います。そんなことしたら保って五日、今、援軍を出せばギリギリ間に合うかといった感じでしょう」
アンソニーは宰相を探して面会を求めた。
「どうしてもお会いしたいのです! なんとか取り次ぎをお願いします。事は差し迫り一刻の猶予もありません」
しかし、取り次ぎはけんもほろろで、
「宰相は今は忙しいと仰せだ! またにしてもらおう」
と、追い払ってしまった。多分、祝勝会にでもありつこうとした無頼漢だと思ったのだろう。そんな輩が多く集まっていたのも事実だ。
どうあがいても会えそうになかったためアンソニーは肩を落とし宿屋に向かっていた。
と、この国でも顔が利く老人に呼び止められた。
「そこのお人、この帝国の魔法使いではありませんね。もしや隣国の?」
後は帰るだけとなったアンソニーは、無駄口も利きたくなかったが、
「そういです。しかし、すぐにも帰らねばならなくなるでしょうね」
「はて? それはどうしてですか? 祝勝会が開かれるというのに?」
「今頃、主力軍は不眠不休の骸骨軍に蹂躙されているでしょう」
その老人は、『不眠不休』と言う言葉で直観したのか、
「我が軍は五十万もいるのですぞ。それが……」
「初戦の五十万は強いでしょう、が、人間には休みと食事が欠かせません。もしそれを欠かしたとなると戦力が日が経つに従いどんどん低下していきます。そうなったとき、骸骨軍と戦えるのでしょうか? ですから五十万の軍なら十五万を戦力兵、十五万を予備兵、残りの二十万を待機兵にして三交代制にすべきです」
「それを貴公は誰かに話したのか?」
「いえ、宰相に話そうと思いましたが、会ってもらえませんでした」
血相を変えた老人は、アンソニーの手を取って帝城に向かって走り出し、
「お願い申す。先ほどのことを宰相に話してくだされ!」
老人でも一大事とあってか、必死に走って行った。
そして門番のところに来て、
「この馬鹿者! 早く門を開け宰相を出さぬか!!!!」
と、持っていた杖で門番を叩き回った。
門番は大慌てで奥に走って行き、すぐさま戻ってきた。
「宰相がお待ちです。しかし、大殿様! どうしてこちらに?」
「そんな話はどうでも良いわ!」
と、この老人は宰相の父親のようだった。
宰相は改まってアンソニーの話を聞き、
「そうなると軍は大々的な損害を受けているかも知れない。しかし、軍大将が機転を利かせ、そつない戦法で善戦しているかも知れぬ、と仰るのですな?!」
「左様です。事を最悪と想定しての善後策を練るのが定石かと。ここでは戦況が分かりませぬ故」
「本来なら伝令を待つのが一番でしょう、が……」
と言って宰相は決めかねている。
「そうなれば、軍大将にとって知らない部隊を使うのなら問題無いのでは?」
「なるほど、軍大将が想定する戦力を動かすことは出来なくても、知らない軍勢なら問題ありませんな。しかし、そのような軍勢がどこにありますか?」
「宰相がお連れになった共和国の軍があるではありませんか!」
宰相は大喜びしながら、
「そうでした。しかし、指揮官が良いと言うでしょうか?」
「なに、その指揮官は自分ですから! それに、多分ですが、すでに出陣の準備は整っていると思いますよ」
きょとんとする宰相は、
「どうしてです? まだ、なにも決まっていなかったのに?」
「うちには先読みするやつがおりましてね。では、帝から出陣の許可を取ってください」
「それはもう、小一時間後には持って参ります!!!!」
宰相の頑張りで迅速に処理されたものの、アンソニーが指揮する部隊が帝都を離れたのは翌朝のことだった。




