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7 ホーリーナイトはじめます①初心

「邪魔が入ったが、ショッピングだな」


 通りに戻って、俺はルディアにそう言った。


「ショッピング……買い物、ですか?」


「ああ。ルディアの服も買ってやる」


「服、ですか。

 今のものでも不都合はありませんよ?」


 喜ぶかと思いきや、ルディアはただ首を傾げた。


(女の子なら服を買ってやれば喜ぶ……。

 われながら浅はかな考えだったかな)


 ルディアの育った環境を思えば当然か。

 聞きかじりの恋愛論をあてにしたのが間違いだ。


(戦いでは、先入観は時に命取りになる)


 この子を「守る」と決めたのだ。

 先入観を捨ててこの子のことを知らなくちゃな。


 だが、今は先に済ませる用事がある。


「悪いが、先に俺の買い物を済ませるからな。

 そのあと、ホーリーナイトの拝剣殿。

 ルディアの服は帰りに買おう。

 替えの服も必要だ」


「わかりました」


 俺たちは通りを進む。


 行商人の露店。

 旅芸人と、それを囲む見物人。

 道の真ん中を行く、拝剣殿の紋章のついた馬車。

 あるいは、何の変哲もない通行人。


 あらゆるものを、ルディアは目で追っている。


「めまいがします」


 ルディアが言った。


「体調不良か? どこかで休むか」


「いえ、体調は問題ありません。

 ただ、人が多くて驚きました。

 途中までは数えていたのですが、もう無理です」


「セブンスソードはまあまあ大きな街だからな」


「まあまあということは、もっと大きな街も?」


「いくらでも……は言いすぎか。

 大国の首都クラスならここよりは大きいさ」


「はぁ〜。人間はそんなにたくさんいるんですね」


「おまえも人間だけどな」


「いえ、わたしは竜です。お母様の仔ですから」


「……そうだな」


 入り組んだ街だが、真っ直ぐな通りもある。

 七つの丘から中央に伸びる、七本の大通りだ。

 今、俺とルディアがいるのもその一本である。


 大通りの集まる付近が、繁華街になっている。

 セブンスソードは、交通の要路にある街だ。

 四方から人やものが集まってくる。


「わ、わっ……」


「はぐれるなよ」


 俺はルディアの手を握り、人混みを抜ける。

 

 中央街を抜け、反対側の大通りへ。

 ホーリーナイトの拝剣殿へ伸びる大通りだ。

 繁華街の拝剣殿寄りの一画を歩き回る。


「白い建物が多いですね」


 ルディアがきょろきょろ辺りを見回して言う。


「ああ、白はホーリーナイトのシンボルだ。

 拝剣殿に近づくと、白い建物が多くなる」


 白い壁、白い屋根、白い石畳。

 そこまで白くしなくてもよさそうなもんだ。


「たしかこの辺に……

 お、あったあった」


 魔剣が描かれた、白銀色の吊り看板。

 ホーリーナイト御用達の武具屋である。


 軒先には、各種の武具が並んでいた。

 その点はダークナイト用の武具屋と変わらない。


 だが、受ける印象はだいぶ違う。

 ダークナイト用の武具屋は黒一色。

 見るからに陰気な雰囲気が漂ってる。


 一方、この店は白と銀。

 昼の陽光を受けて、白銀の武具が輝いていた。


「……この服で来たのは失敗だったか」


 甲冑こそ外したものの、俺の服は黒一色。

 昼日向(ひるひなた)を行くホーリーナイトには合ってない。


「まあ、服の色が指定されてるわけじゃないし」


 ホーリーナイトが白を好んで着るのは事実だ。

 とはいえ、白でないといけないわけではない。

 光の魔剣が白いから、白が合うというだけだ。

 所属を色で誇示したいって奴はいるけどな。


 ともあれ、店前に突っ立っててもしょうがない。


「邪魔するぜ」


 声をかけ、店の中に踏み込んだ。

 後ろからはルディアもついてくる。


「らっしゃい。

 ……ん? いやに黒い奴だな」


 赤ら顔の店主が眉をひそめてつぶやいた。


「あいにく白い服がなくてな。

 ホーリーナイトになろうと思う。

 初心者向けのを一式見繕ってくれないか?」


「一式って……金はあるのか?

 初心者向けとはいえそれなりにするぞ」


「金の心配は……ないとは言わんが。

 まあ、それなりの金は用意してきた」


 俺は言葉を濁した。


 実は、金ならたんまりある。

 魔剣の奉納金があるからだ。


 魔剣士をやめる時には魔剣を拝剣殿に奉納する。

 その時に、まとまった金が出る。

 それが、魔剣の奉納金だ。


 魔剣士でなくなったものに、魔剣は要らない。

 持たせておくだけ危険でもある。

 だから、拝剣殿が取り上げる。


 だが、苦労して手に入れた魔剣を手放すのだ。

 奉納金はそれに見合った額になっている。

 引退する魔剣士への退職金という意味もある。


 俺は、所有するすべての闇の魔剣を奉納した。

 とんでもない金額になった。

 屋敷が買えるどころの騒ぎじゃない。

 セブンスソードの全ての屋敷を土地ごと買える。

 それほどの金額だ。


 拝剣殿も、そんな額を一括では払えない。

 必要な額だけもらい、残りは借用書を渡された。

 借用書には、少ないながら利息もつく。

 つまり、奉納金を拝剣殿に預けた格好だ。


 ともあれ、金は腐るほどあった。

 店主に言葉を濁したのは交渉のためだ。

 金があると思われたらふっかけられるからな。


「ふぅん……?」


 店主が、俺の頭からつま先までに目を走らせる。


「とても初心者って雰囲気じゃないがね。

 おおかた、転職組か」


「そんなとこだ」


「その腕で、か。もったいねえ。

 若いもんは辛抱が足らんな。

 ま、事情は人それぞれだがよ」


「はは……」


 俺は乾いた笑いで誤魔化した。


「じゃあ、あんまり厚ぼったいのはやめとくか?」


「そうだな」


 ホーリーナイトは、他に比べて重装を好む。

 鎧兜は分厚く。

 その上、盾まで持つ。

 ホーリーナイトの技も防御向きだ。


「絶縁加工も頼むぜ」


「ほう、玄人の注文だな。

 そんなら、こいつとこいつ、あとはこの辺か」


 店主がテキパキと武具を引っ張り出す。

 カウンターの上に、重そうな武具が並んでいく。

 俺はひとつを取り上げ、確認する。


「ちょっと重い気がするな」


「ホーリーナイトは重量も重要だ」


「そりゃ知ってるけど」


「おめえ、転職するんだろ?

 最初からそんなでどうすんだ。

 まずは前の職を忘れて試してみろ。

 それでも合わんかったら下取りしてやっからよ」


「……それもそうか」


 まだダークナイトの感覚を引きずってるな。

 俺はホーリーナイトになるのだ。

 店主の言う通り、まずは一通り試してみたい。


「ふふっ」


 思わず、笑みがこぼれた。


「どうしたんですか、ナイン?」


 ルディアが見上げて聞いてくる。


「ああ、いや、新鮮だなと思ってな」


 まるで駆け出しの魔剣士のような扱いだ。

 いや、まるでも何もない。

 実際に、駆け出しのホーリーナイトなのだ。


「新しいものを一から始めるってのはいいな」


「ナインにも知らないことがあるんですね」


「そりゃ、たくさんあるさ」


「わたしも、知らないことばかりで楽しいです」


「そうだな。たしかにそうだ」


 目を輝かせて言ってくるルディアにハッとする。


 ルディアは、新しい生活に不安だろう。

 俺は、そうとばかり思い込んでいた。


(大外れもいいとこだな)


 ルディアは、見るものすべてを楽しんでる。

 俺が今そうであるように。


 俺はルディアの頭を左手で撫でた。


「思いつめてもいいことはねえ。

 楽しめるもんは楽しんでいくか」


「遊びは精神の栄養だと、お母様も仰ってました」


「さすが、いいこと言うな」


 ルディアの言葉に俺は深くうなずいた。


「……どうでもいいが、早く選んでくれねえか?」


 置いてけぼりの店主が投げやりに言った。


 その後、何点か試した上で装備一式を購入した。


 黒い服の上に白い鎧。

 鎧は胸甲、手甲(ガントレット)脚甲(グリーヴ)

 重さに馴染まないが、動きに支障はなさそうだ。

 白い盾は背中に斜めにかけている。

 涙滴型の盾には十字のマーク。

 

「ほお、思ったよりサマになってるじゃねえか」


 店主が顎を撫でながら言ってくる。


「そうだな。もっとちぐはぐになるかと思ってた」


 黒服に白鎧だが、これはこれで悪くない。

 もともと髪も瞳も黒いしな。


「ナインが違う人になっちゃいました」


 ルディアの言葉に苦笑する。


「同じだよ。ルディアもいろんな服を着てみよう」


「わたしも違う人になれるんですか?」


「違う人にはなれないが、気分は変わる。

 こういうのもいいもんだな。

 俺も今日初めて知った。

 ルディアのおかげだ」


「えっ? わたしは何もしてませんよ?」


 小首を傾げるルディアを連れて店を出た。


 さあ、お次はいよいよ本丸だ。

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