39 片をつける③月下美刃
「ぐぎゃああっ!?」
悲鳴は、ゼナンの背後から上がった。
「なにっ!?」
慌てて振り向くゼナン。
背後には、背から血を噴き、倒れる部下。
最後尾にいた一人である。
その背後に、いるべきはずのリィンがいない。
「ぐがああっ!?」
今度は、横。
振り返ったゼナンの前に、部下の片腕が転がった。
片腕を斬り、わざわざ投げた。
そうとしか思えないが、またしても姿がない。
「ぎぃやああっ!?」
背後。
振り返る。
両足の腱を斬られ、転がる部下。
そこにも敵の姿がない。
「まさか……伏兵か!?」
ダークナイトといえばナイン。
それに次ぐのがリィン。
セブンスソードではそれが定評だ。
だが、ゼナンとてAランク。
一時はSに近いとも言われた。
ゼナンに気取られずに伏兵を置くのは不可能だ。
「ぐがっ!」「ぐあああっ!」
騎乗していた部下たちが、斬られ、蹴落とされた。
敵の姿はまだ見えない。
そこで、ゼナンは気がついた。
「なぜ殺していない!?」
完全な不意打ちだった。
いきなり部下の首を刎ねることもできたはずだ。
それをせず、あえて急所を外してる。
ただ行動不能にすることにどんな意味がある?
「まさか、逮捕のために、か?」
抵抗させ、抵抗したという事実を得てから逮捕。
裁判での心証はこちらに不利になるだろう。
「いや、襲ってきたのは向こうだろうが!」
ゼナンの証言とリィンの証言。
状況からしてゼナンが不利ではある。
だが、拝剣殿の代表同士で発言権は互角。
まだ若いリィンよりゼナンの方が有利でもある。
「――ひぃ、ふぅ、みぃ……七人ですか。
まあ、多すぎても目立ちますしね。
ゼナンさんの人望の限界という気もしますが」
変わらぬ声に振り仰ぐ。
リィンは一頭の馬の鞍に立っていた。
満月を背後に、ひとかたまりの影となって。
「なんの……つもりだ?」
「言ったじゃないですか。
ナインさんとは違う、と。
死ねばいいと思ってる人たちがいて。
その人たちを殺せる絶好の機会がある。
そんなチャンスを見逃すわけがないんです」
リィンの酷薄な言葉に、ようやく気づく。
「まさか……嬲り殺しにするつもりか!?」
「ご名答」
リィンが消えた。
巡――朧月夜。
ぼやけた月の暈のように気配を殺し。
差し込む月光のように移動する。
「ぐあああっ!」「ぐぎゃああっ!」「やめろっ!」
「があああっ!?」「ぐがあっ!」「ごはぁっっ!」
纏――凛月。
冴え渡る月のごとき冷たき刃。
夜闇を月光が切り裂くように。
リィンの魔剣が魔剣士たちを切断する。
「ぎゃああっ!「やめ、やめてくれ!」「ぐぎっ!」
「やめろ、やめ――」「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ――!」
「ちくしょ、どうしてこんな目に――ぐあああっ!」
月夜に、部下たちの悲鳴がこだまする。
絶えることなく。
狂った楽器の奏でる分散和音のように。
魔剣を握る指揮者はリィン。
血と悲鳴のオーケストラ。
部下たちの耳が、指が、四肢が、目玉が。
ちぎれ、飛び、ゼナンの周囲に山を築く。
「あ……あ、あ……」
ゼナンは放心していた。
目の前にうず高く積み上がる部下たちの「部品」。
満月が照らす赤い肉塊の山を呆然と見る。
「バカな……強すぎる!
Aランクの域ではない……!
これではまるで……ナインではないか!」
「ナインさん、ですか……。
過分なご評価ですね。
それともナインさんへの過小評価でしょうか。
わたしなど、ナインさんの足下にも及びません。
ナインさんはわたしなどより遥か高みにいます」
満月を見上げ、リィンが陶然とつぶやいた。
「ぬ、うおおおおおおっ!」
ゼナンとて、Aランク。
ファイアナイトの代表にまでなった男だ。
リィンの恍惚を隙と見て。
巨躯を走らせ、斬りかかる。
纏は、業火。
巡は、爆速。
技は、爆ぜ。
さらに、磨き上げた秘技・重爆殺。
最速。
最強。
最大火力。
おのれすら傷つけかねない文字通りの必殺剣。
それほどに、ゼナンはリィンを恐れた。
確実に仕留めなければならないと思った。
言うなれば、リィンに怯えたのだ。
「死っねえええええっ!」
ゼナンの剣がリィンを捉える。
燃え盛る剣は、影だけを斬ってすり抜けた。
剣は、そこに投げ込まれた部下の死体を斬った。
ゼナンの放った諸刃の必殺剣が爆発した。
「ぐは……っ!?」
ゼナンが、おのれの爆発で弾け飛ぶ。
振り下ろした右手が魔剣ごともぎ取られ。
身体は宙をきりもみし。
地面に転げ、部下の死骸を撒き散らし。
道の外れの木立にぶつかりようやく止まる。
その前に、ゆらりと、月の女が現れた。
ナインという闇の太陽。
その影で、その光を受けて、密かに輝く闇の月。
ナインの威光を隠れ蓑に、己の力を押し隠し。
影から影へと暗躍してきたのがリィンだった。
「あ、あ……あ……」
「うふふ……
簡単に死ねるとは思わないでくださいね?」
赤く染まった細剣が、ゼナンに向けて閃いた。




