3 守るべき少女①ルディア
「ナイン!」
美少女が顔を上げてそう叫ぶ。
エメラルドの大きな瞳が俺を見た。
十四、五歳くらいの少女である。
腰まで届く長い髪は、青みのかかった銀髪だ。
――蒼銀。
そう呼ばれる、かなり特殊な色である。
もっとも、目立つ見た目を除けばただの少女だ。
少なくとも、俺はそう思うことにしてる。
(いや、「ただの少女」ってのは無理があるか。
でも、内面だけなら、ただの少女だ。年頃のな)
だからこそ、扱いに困るのだが。
複雑なんだ。
いろんな意味でな。
「遅かったですね。御用は済みまして?」
少女が言った。
この子は歳に見合わない古風な言い回しをする。
(生育環境が特殊だからな)
おいおい直してかなきゃいけねえな。
だが、
(若い娘の自然な喋り方なんてわかんねえぞ)
ある意味で、この子はかつてない強敵だ。
(常識が通じないってのもある)
少女は、質素な麻のワンピースを着てる。
頭には、つばの広い麦わら帽子。
安全のためになるべく地味な格好をさせたのだ。
だが、素地の良さは隠せてない。
服が質素な分、むしろ際立って見えてしまう。
(着飾っても着飾らなくても美人は美人……か)
美人というにはまだ早い歳なのだが。
だからこそ、寄ってくる虫もいる。
(少しでも目立たないように……
そう思って着せたんだが……)
俺の配慮は無駄だったようだ。
俺は少女に言った。
「ああ。待たせて悪かった」
「仕方ありません。
恩義のある方がいらっしゃったのでしょう?」
「うん、そうだ」
「友情は大切にせよ、とお母様が仰ってました」
「そうだな。君のお母さんは立派だった」
「えへへ……ありがとうございます!」
パッと顔を輝かせて、少女が言った。
(俺に、それを言うか)
彼女の「母親」を討ったこの俺に。
(やっぱり、なんかズレてんな)
「母親」が心配してた通りだ。
このままでは、彼女は人間社会に馴染めない。
庇護する者が必要なのだ。
それも、生半可な人間では務まらない。
(ダークナイトに人を守れとは……。
あの「母親」も、世間音痴極まりない)
まあ、彼女たち親娘の素性からすれば当然か。
「それで……」
俺は、少女の左右に立つ二人の男に目をやった。
いかにもチンピラ然とした若い男たちだ。
俺の視線に、片方が忌々しそうに舌打ちする。
「こいつらは?」
俺は少女に聞いた。
「ええ。とても親切な方たちです」
「親切? こいつらが?」
「はい。この辺りを案内してくださるそうで。
面白い所に連れて行ってくれるんだそうです」
「ほほう。面白いところね」
俺がチンピラたちに目をやると、
「へっ、なんだ兄ちゃん、文句でもあんのか?」
と、片方が言い、
「魔剣も提げてねえ一般人が。
魔剣士様のすることに逆らうつもりか、え?」
と、チンピラのもう片方が腰を叩く。
そこには、一振りの魔剣が提がってる。
標準的な長さの火の魔剣だ。
(最初から気づいてたけどな。
だが……)
魔剣の重みで、ズボンが斜めに下がってる。
魔剣を持ち慣れてないのが丸わかりだ。
「やれやれ……。
魔剣士様が白昼堂々女の子を誘拐か」
「誘拐とは人聞きが悪ぃな?
ちゃぁぁんと本人の同意は取ったぜ、な?」
「え、はい。面白いところに行くんですよね?」
「ああ、とぉぉぉっても素敵なところさ。
気持ちよくて、天国みたいなところだよ」
「それは素敵ですね!」
「だろうが。
じゃ、兄ちゃん、悪いな。
ことが済んだら迎えに来てくれや」
チンピラがニヤケ面で言って、少女を見る。
俺は、盛大にため息をついた。
「……ルディア。
知らない人についていくなと言ったろ?」
「えっ、ひょっとして、悪い人たちなんですか?」
少女――ルディアが首を傾げて聞いてくる。
「覚えとけ。
人間は嘘をつく。
人間は人間を騙そうとする」
「初耳です」
「おまえの母ちゃんは嘘なんてつかんだろうがな。
残念なことに、人間はそうじゃない」
「そうなのですか……。
悲しいことですね」
「ああ、悲しいことだ。
でも、自分の身は自分で守らないとな。
ナンパされたらきっぱり断る。
知らない人にはついてかない。
力づくで連れてかれそうになったら抵抗する」
「なるほど……わかりました!」
ルディアが、明るい顔でうなずいた。
一方、チンピラ二人は俺を睨む。
「おい、兄ちゃん、邪魔する気か?
こいつが見えねえってのか?」
チンピラが腰の魔剣を叩いて言う。
「その粗末な魔剣がどうしたって?」
「なっ……てめえ、なんて言いやがった!?」
「粗末な魔剣、と言った。
成り立ての魔剣士が調子に乗ってナンパとはな。
ファイアナイトの拝剣殿に問い合わせてやろう。
そっちじゃ婦女暴行を教えてるのかってな」
「てめえ! 言わせておけば!」
俺の露骨な挑発に、チンピラが魔剣を抜き放った。