31 初仕事⑥守りたいのは
奴隷の魔剣士。
街のチンピラ。
そして、粗末な身なりの五人。
蟻のように遠くに見える一行は、
「奴隷、か」
チンピラ魔剣士の持つ火の魔剣。
あれで、五人に烙印をつけたのだろう。
「拘置所から脱獄させたのもそのためか?」
烙印は魔剣の主が死ぬまで有効だ。
連中にとって、奴隷は大切な財産である。
それを使役できる奴が捕まっては困るのだ。
だが、
「……なんでこんな場所にいるんだ?」
奴隷をこんな所に連れてきた理由がわからない。
南へ向かうなら、南街道を使えばいい。
南街道はここからかなり西にある。
目立つ街道を避けたにしたって遠すぎる。
迂回したというより、はっきり道を逸れている。
「人目のないところで奴隷の取引をするのか?」
セブンスソードでは奴隷の取引は禁止だ。
その禁を破って奴隷を取引しようというのか?
「いや、ないな。
取引した後また連れていく必要がある。
そんなのは二度手間だし、危険でもある」
都市外の人間に渡すなら、禁は関係がない。
禁を気にしてるなら、相手はこの街の住人だ。
それなら、買った奴隷を連れ帰る必要がある。
奴隷を連れて出入りするのは目立ちすぎる。
それなら、市内のどこかで受け渡すはずだ。
「セブンスソードの人間を奴隷にしたのか?
それを都市外に――それもないか」
その場合、街道は避けるにしてもその側は通る。
他国への経路になってるから街道なのだ。
こんなあさっての方向に向かうのはおかしい。
そもそも、この街で奴隷を探すのは不合理だ。
南方に行けばもっと容易く奴隷が手に入る。
しかも、債務奴隷や戦争奴隷なら合法だ。
七剣のお膝元で危険を冒す意味がない。
「奴ら、どこに向かってるんだ?」
俺は荒野を進む蟻の行列に目を凝らす。
荒野は枯れてひび割れた大地が続いている。
岩くれの間を、タンブルウィードが転がってる。
草原の隣にこんな光景があるのは奇妙なことだ。
セブンスソードの周辺は、明らかに特別だ。
スプライトが湧くこととも関係があるのだろう。
ファイアスプライトを警戒しながら奴らが進む。
奴らは荒野の巨大なクレバスに近づいた。
そして、クレバスの急斜面を斜めに降りていく。
バフマンはしっかりした足取りで。
奴隷たちは何度も転げながら。
その度にギャリスが烙印で奴隷を痛めつける。
「あの下に何かあるのか」
だが、そうだとして、どうしたものか。
(決まってる)
俺は新人だ。
見たことを拝剣殿で報告すればいい。
場所さえ覚えておけば十分だ。
中まで立ち入る必要はない。
いや、むしろ、中に立ち入るべきではない。
もしやられれば、この情報が持ち帰れなくなる。
「属性妖討伐は中止だな。
ルディア、急いで街に戻って――
って、ルディア!?」
ルディアは、高台の斜面を滑り降りていた。
巡を使ってるらしく、滅法速い。
「お、おい!」
慌てて追いかけるが、ルディアはもう下にいる。
振り返りもせず、荒野に向かって走っていく。
呼びかけて制止しようとしたが、
「くそっ!」
障害物のない荒野は声が響くかもしれない。
気づかれてはかえって危険だ。
俺は呼び声を喉奥に呑み込んだ。
ルディアは草原を駆け抜け、荒野へ。
ファイアスプライトを迂回するくらいはしてる。
理性が飛んでしまったわけではないようだ。
ルディアはクレバス近くの岩に身を隠した。
遅れて、俺もその岩陰にたどり着く。
「どうしたんだよ?」
俺が聞くと、
「悲鳴が……聞こえました」
ルディアが振り返らずに言った。
「悲鳴? あの奴隷のか?」
「いえ、竜の悲鳴です」
「竜だって?」
「はい。竜鱗が、同族の悲鳴を聞いたんです」
「どこから?」
「地下のようです」
「……どういうことだ?」
竜鱗にそんな力があるとは初耳だが。
それはひとまず置いておく。
バフマン――あの奴隷の魔剣士。
ギャリス――拘置所から逃げた。
そしてギャリスに使役される五人の奴隷。
その行く先には竜までいるって?
(バフマンが連中を率いて竜を倒しに来た……
わけはないな)
バフマン以外、ろくな戦力にならないだろう。
(それとも、竜は別件か?)
たまたま奴らの行く先に竜がいたと?
そんな偶然があるものか?
(いやいや。今それを考えてもしかたない)
俺はルディアの肩をつかむ。
「悪いが、ルディア。
これは俺たちの仕事じゃない」
「そんなっ!?」
ルディアは非難するような目を俺に向けた。
「放置しろと言ってるんじゃない。
拝剣殿に戻って、応援を呼ぶべきだ。
それが、新人に期待される役割だ」
「で、でも……苦しそうなんですよ?
聞いてるだけでも胸が塞がるような……」
「連中を俺たちだけでどうにかはできない」
今の俺は駆け出しのホーリーナイトにすぎない。
ダークナイトの俺なら、どうとでもなった。
だが、今はルディアもいる。
俺は、ルディアを守ると決めたのだ。
(バフマン――あの奴隷魔剣士はかなりの腕だ。
慣れない光の魔剣でどこまでやれるか……)
俺だけなら誤魔化しようもある。
しかしルディアをかばいながらでは望みはない。
「だから、一度戻って――」
「違います。
そうじゃないんです!」
ルディアが振り返り、俺を睨む。
「な、何がだよ?」
「竜は、魔物。
魔物は、魔剣士の敵です。
拝剣殿に報告すれば、竜は討伐されます。
わたしは、あの竜を助けたいんですっ!」
「…………」
ルディアのセリフに、俺は言葉を失った。




