22 ホーリーナイトはじめました③纏(まとい)と巡(めぐり)
「纏と巡の話に戻りましょう」
ボロが出そうだったので話を戻す。
「そうでしたね。
長話をしてしまいました。
ルディアの理解が早かったのでつい……」
サリーが咳払いして仕切り直す。
「では、纏と巡の話です。
魔剣は魔剣士の魔力を属性現象に換えます。
しかし、属性現象といってもさまざまです。
そのうちで基本となるのが、纏と巡なのです」
「マトイとメグリ……」
「纏とは、その名の通り魔力を剣に纏わせること。
巡とは、身体に魔力を通すことです。
説明するより、見せた方が早いですね。
まずは纏から」
サリーが抜刀する。
標準的な長さの直剣だ。
(へえ……馴染んでるな)
抜刀だけでも使い手の技倆はわかるものだ。
リィンといい勝負ができるくらいの力だろう。
リィン相手に十本中二、三本は取れそうだ。
「では、行きますよ。
――纏え、螺旋光」
サリーの剣を、白い光が包み込む。
螺旋状の光線が剣の周囲を回転している。
纏には、魔剣ごとにいくつもの種類がある。
その中でも比較的難しい部類のものだ。
「これが、纏です。
その名の通り、魔力を剣に纏わせます。
纏わせると、斬撃の威力が跳ね上がります」
サリーが訓練場の奥に目をやった。
そこにあった岩の塊にサリーが近づく。
岩は、サリーと同じくらいの高さがある。
横幅は言うまでもないだろう。
「断っ!」
サリーの剣が、残光とともに振り抜かれる。
岩に、光の斬線が刻まれた。
わずかに斜めになった線に沿って、岩がズレる。
ずずんっ……
と音を立てて、岩の上半分が地面に崩れた。
下半分の上面が、滑らかに切断されている。
ホーリーナイトの螺旋光は、敵の防御を断つ纏。
亜竜くらいまでなら相手の防御ごと断ち切れる。
もちろん、使い手の技倆によるけどな。
俺の見たところ、
(亜竜くらいなら斬れそうだな)
Aランクの中堅といった実力だ。
魔剣士の中ではかなり上位に入るだろう。
「……このように、本来斬れないものも斬れます」
「うわぁ……っ、すごいです!」
ルディアが歓声を上げ、岩に近寄る。
真っ平らになった切断面を撫でて驚いている。
「わたしにもできますか!?」
「訓練次第ですね。
最初からここまではできないと思いますが」
「見事なもんだな……じゃなかった。
見事なものですね」
敬語に苦労しつつ俺が言うと、
「ナインに言われると微妙ですね。
あなたにとっては児戯に等しいのでは?」
「そんなことはないですよ。
綺麗な纏だ……です」
纏は魔剣の基本だ。
だが、それだけにおろそかにする奴もいる。
若い奴ほど見栄えのいい技ばかりを練習する。
サリーの纏は、地道な修練を感じさせた。
実直そうな性格通りの堅実な剣だ。
奇をてらった所はないが、その分だけ隙がない。
「ふふっ、そう言ってもらえると自信が持てます。
それにしてもナインの敬語は気持ち悪いですね。
もういっそ、普通に話していいですよ」
「そうですか?
あ、いや、それでいいならそうさせてもらうぜ」
「でも、ナインはここでは新人です。
敬語も使えるようにしてくださいね?
お偉いさんほどそういうのはうるさいですから」
「わかってる」
ダークナイトの時はろくに敬語を使わなかった。
俺に敬語を使えと言う奴もいなかったしな。
(ちょっと傲慢になってたのかもな)
そう取られかねない態度だったかもしれない。
これからは気をつけよう。
これも含めて、新鮮な体験ではあった。
「次は、巡の話です。
ルディア、巡とはなんでしたか?」
サリーが、ルディアの記憶を確かめる。
「身体に魔力を通すこと、でしたよね?」
「正解です。
これもやってみましょう。
――巡れ、不退」
今度は、見た目には変化がない。
魔力が身体を通ってるのが俺にはわかるけどな。
これまた、綺麗な巡である。
下半身を中心に、地に根を張るような巡だった。
「光の巡にもいくつかあります。
今やっているのは不退の巡と呼ばれるものです。
ルディア、わたしを押してみてください」
「お、押す、ですか」
おっかなびっくりルディアがサリーの胸を押す。
が、サリーの体勢は崩れない。
「わたしは今、ただ突っ立ってるだけですね?
ルディア、腰を入れて本気で押してください。
わたしの重心を押すように」
「う、うぐぐぐぐ……っ!」
ルディアが懸命にサリーを押す。
サリーはびくともしなかった。
……のだが。
「ぐぬぬぬ……っ!」
「ち、ちょっと、ルディア!?
う、うわわ……きゃああっ!」
「あきゃああっ!?」
二人が、悲鳴を上げてすっ転ぶ。
尋常じゃない勢いだ。
空中で縦に回転し、二人の頭が地面を向く。
「――ちっ!」
俺はとっさに闇の巡で加速。
サリーの背後に回り込む。
二人をなんとか受け止めたが、
「どわぁっ!」
ものすごい力に押し倒されそうになった。
俺は闇の巡を解除。
今度は光の巡――不退。
なんとか、二人を受け止めた。
「あいたた……」
「ご、ごめんなさい!」
「ルディア、やりすぎだ」
受け止めたことでなんとか事故は防げたようだ。
二人に手を貸して起こしてやる。
「た、助かりました、ナイン。
それにしても、ルディアの力はいったい……」
サリーがルディアに不審の目を向ける。
「いやまあ、いろいろあるんだよ、いろいろな」
「そう、ですか……。
魔剣士には、人それぞれ事情があります。
詳しくは聞きませんが……」
窮する俺に、サリーが疑問を引っ込めてくれる。
「やれやれ、示しがつきませんでしたね。
ともあれ、これが巡です。
体内に魔力を流して、身体能力を高めます。
正確には、身体に現象を起こすということです」
「ああ、身体能力というには強すぎるからな。
さっきの不退も、身体の構造を無視してるし」
「高度な巡になるとそうなりますね。
ですが、それはまだ先のことです。
最初は身体を強化するイメージでいいでしょう。
具体的なほうがわかりやすいですからね」
「なるほど。
そういう教え方もあるんだな……」
「ここでは一般的な教え方ですよ?
ナインのような天才には関係ないのでしょうね」
「いやいや、俺もホーリーナイトの適正は低い。
一般的な教え方か……興味深いな」
「……ナインの面白がるツボがわかりません」
サリーが呆れた顔でそう言った。