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19 ルディアの理由

 翌日は、大事を取って休むことにした。

 朝のうちに拝剣殿に行って、訓練の延期を頼む。

 ルディアの体調不良という理由に、


「そうですか……。

 思わぬ形で魔剣を手に取りましたしね。

 そういうこともあるかもしれません。

 お大事になさってください」


 と、サリーが言ってくれる。


 帰りに、市場(いちば)で消化に良さそうな果物を買う。


「つっても、原因が原因だからな……」


 ルディアはもう大丈夫と言っていた。


「消化に良くて悪いことはないよな、うん」


 熱もないし、咳や鼻水もない。

 もしあったとしても下手に解熱剤など使えない。

 ルディアの体質は特殊だからだ。


「基本的には人間より頑丈だって話だったな」


 だが、竜にだけ効くような毒もある。

 思わぬものが毒にならないとも限らない。


「犬に玉葱を食わせてはいけないとかあるからな」

 いや、ルディアを犬扱いしてるわけではなく。


「まさか、昨日食ったものが悪かったか?」


 食い物とは限らない。

 人の多いところで興奮しすぎた、とか。

 自然の中と比べて、街は空気も悪いしな。

 

 加えて、昨日は魔剣を抜いてもいる。

 サリーの言った通りかもしれないのだ。


「……んなこと言い出したらキリがないな」


 今日は静養だ。

 食べ物は、少しずつ試していくべきだろう。

 聖竜のとこで何を食ってたかも聞いてみよう。


「これも『守る』ってことかもな……」


 戦うだけが「守る」じゃない。


「これからは剣以外の力も必要ってことか」


 ぶつぶつ言いながら、宿へ戻る。


 ルディアの部屋の扉をノックする。


「帰ったぞ。入っていいか?」


「はい、どうぞ」


 返事を待ってからノブを回す。


 扉を開けると、そこにはルディアがいた。

 服を脱いで、全裸で。


「なっ、なんで裸なんだよ!?」


 素早く後ろを向いてルディアに言う。


「汗をかいたので着替えようと思いまして」


「なら着替え中って言えよな」


「え?

 着替え中だと何か問題があるのでしょうか?」


「問題って……」


 そうだ。

 ルディアは竜に育てられた。

 そのあたりの常識がないのだろう。


「人間は服を着るものとお母様に教わりました。

 とくに女性は身なりに気を配るものだと。

 お母様は服を着ないので半信半疑だったのです」


「な、るほどな」


 聖竜なりに人間らしく育てようとしたのだろう。

 ただ、聖竜には人間の羞恥心がわからなかった。

 服を着る竜なんていないからな。

 竜からすれば、服を着る方が不思議なんだろう。


 実際、考えてみれば不思議である。

 なぜ全裸ではいけないのか。

 体温の保持?

 だが、服を着る意味はそれだけじゃない。

 その常識を、どうやってこの子に教えよう?


「人間は他人に裸を見せないものなんだ」


「そうなのですか?

 でも、服から露出してる部分もあります」


「それはいいんだ」


「どうしてですか?」


「ど、どうしてだろうな……」


 哲学的な難問に考え込む俺。


「一般に、女性は乳房と尻を隠すんだ。

 あと、下着が見えないようにする。

 これは男も同じだ。

 男は、胸を見せる場合もあるけどな」


「なぜ女性は胸とお尻を隠すのでしょう?」


「……ええっと。エロいから?」


 俺は、十四、五の女の子に何を言ってるんだ?


「エロいとはどういうことなのでしょう?」


 ルディアがさらなる難問を突きつけてくる。


「う、あ、せ、性欲を刺激すること、かな」


「なぜ、乳房が性欲を刺激するのでしょうか?

 子どもに栄養を与えるための器官ですよね?

 ナインはわたしの胸を見て性欲を感じますか?」


「うぇっ!? そういう目では見てないぞ!?」


「なら、見せてもいいのではないですか?」


「そういうのは好きな男にだけ見せるもんなんだ」


「わたしはナインのことが好きですよ?」


「そういう好きじゃない」


『くくっ。

 この興味深い会話はいつまで続くんだ?』


 折れた魔剣が、俺の腰からいきなり言ってくる。


『なあ、ひとつ聞いていいか?

 聞きにくいことなんだが』


「なんだ?」


『聖竜ハルディヤを討ったのはおまえだ。

 聖竜は、ルディアの親代わりなんだったな。

 それなのに、ルディアはおまえを好きだと言う』


「そのことか」


 俺が言葉に迷っていると、


「ナインはお母様を正気に戻してくれました」


 ルディアが言う。


「止めてくれたのです。

 部の民を殺され怒り狂ったお母様を。

 お母様はナインを認め、わたしを託しました。

 わたしはお母様の判断を信じます」


『だが、感情はべつなのではないか?』


「ナインは優しい人です」


『出会ってまだそんなに経ってないのだろう?』


「時間は関係ありません。

 一緒にいればわかります。

 わたしはナインが好きになりました」


「……だ、そうだ」


 俺だって、そのことは悩んださ。

 だが、本当にルディアはそう思ってるらしい。


 竜に育てられた、裏表のない娘だ。

 復讐のために嘘を吐いてるわけでもないと思う。


「こいつの正体は隠したい。

 俺が聖剣を隠し持ってることもな」


 ルディアにとって聖剣は生命線だ。

 人目にさらすことは極力避けたい。


『それで、最後にはどうするつもりなのだ?』


「さあな。

 人間の常識を教えたら、あとはこいつの判断だ。

 それまでは、命に代えても俺が守る。

 そうと決めた」


『おまえさんにどんな得がある?』


「わからん。

 おまえが言ったように、力がほしいだけかもな。

 だが、力がほしいのに理由なんてない。

 なら、守ることにも理由がなくたっていいだろ。

 理由なんてない方がすっきりしてる。

 剣を握るのに迷いは禁物だ。

 理由なんて追及してたら命取りになるからな」


『くくっ、やはりおまえは面白いやつだ。

 われの目に狂いはなかった』


「ルディアのことはくれぐれも内密にな」


『安心しろ。持ち手を困らせるようなことはせん』


「……おまえが喋るのも秘密にすべきか?」


『われも面倒は嫌いだ。

 言われんでも人前では喋らん』


「なんだか秘密ばかりが増えてくな……」


 以前に比べて、背負うものが増えたものだ。

 この心労も、守るってことの一部なのかもな。

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