1 ダークナイトやめます
「……本当に、いいんですか?」
あどけない顔の大人しそうな女性が聞いてくる。
ダークブルーの髪をおさげにし、
野暮ったい丸眼鏡にアメジストの瞳を隠してる。
パッと見では、陰気で内気そうに見えるだろう。
が、よく見れば、あどけないなりに美人である。
おさげのかかった胸は大きく、腰回りも豊か。
盛り上がったローブが、男の視線を吸い寄せる。
そんな容姿だ。
気弱さにつけこもうとする男は後を絶たない。
だが、そんな連中はすぐに後悔することになる。
彼女の腰にある剣は飾りではない。
刀身こそ細いが、れっきとした魔剣である。
彼女と同じく、一見すると野暮ったい。
だがその真価は、見る者が見ればすぐわかる。
彼女はテーブル越しに、心配そうに俺を見る。
異例づくめのことだ。
こういう反応は予想してた。
「ああ、構わない」
俺は彼女――リィンに告げた。
ただでさえ薄暗い、ダークナイトの拝剣殿。
その中で、リィンの顔が暗さを増した。
「そんな顔するなって。
俺にとっては門出なんだ。
リィンには迷惑をかけるけどよ」
「め、迷惑なんて、そんな……。
ナインさんのこれまでの貢献を思えば……。
でも、それにしたってホーリーナイトなんて。
適正、ないんですよね?」
「ああ、残念ながらな」
「ナインさんはダークナイトの適正がSSSですし。
ホーリーナイトの適正は低いんじゃ?」
「Cだな」
「し、C!? そんな、もったいなさすぎます!」
「だよな。適正SSSを捨ててCなんてどうかしてる」
「だったら、考え直してください!
ナインさんは傑出したダークナイトです!
較べられる相手が史上他にないほどの……!」
「ああ、知ってる。
でも、ダークナイトじゃダメなんだ。
守るものができちまったからな」
俺の言葉に、リィンが息を呑んだ。
「そ、それは……女のかた、ですか?」
「ん? ああ、女だな」
まだ「女のかた」って感じじゃないが。
性別でいえば女ではある。
俺の答えに、リィンががくりと肩を落とす。
「……はぁぁぁ。そうですか……。
それなら、仕方ないですね。
うぅ……。
こんなことならもっと積極的にいくんでした」
リィンの言葉の後半はよく聞こえなかった。
「ん、なんだ?」
「……なんでもありません。
朴念仁のナインさんには関係ないことです」
「どうしてそこで朴念仁が出てくるんだ?」
「……この魔剣バカ……」
「小声だと聞こえん。
『魔剣』だけは聞こえたが……」
「ふんっ、もういいです。
勝手にどこへなりと行ってくださいっ」
リィンがヘソを曲げたようにそっぽを向く。
俺は内心で首を傾げた。
(さっきまでは必死で引き止めてたのに……。
なんなんだ?)
リィンと話してるとこんなことばかりだ。
たまに、他の女性でも同じことが起こる。
(女性の機嫌はよくわからん。
魔剣の気持ちのほうがよっぽどわかる)
リィンがため息をついた。
「たしかに、ホーリーナイトは守護の剣。
誰かを守ることに最も向いた魔剣です。
家族ができて乗り換える人もたまにいます。
ですが、他の魔剣士でもいいじゃないですか?
そりゃ、ダークナイトはダメでしょうけど。
他の魔剣士でも守ることはできます。
もっと適正のある魔剣があるのでは?」
たしかに――
他の魔剣のほうが、適正はあった。
俺がダークナイトの門を叩いた時の検査では、
ファイアナイト S
アクアナイト A
ウィンドナイト S
アースナイト B
サンダーナイト S
ホーリーナイト C
ダークナイト SSS
……である。
(よりにもよって、一番適正がないとはな)
適正はSSSからDまで。
Dは「魔剣の適正なし」だ。
適正Cはギリギリの底辺となる。
(一般人に毛の生えた程度の適正だ)
入門しようとしたら鼻で笑われるだろう。
だが、俺は決めたのだ。
「やるからには中途半端なことはしたくない」
「はぁ……ナインさんらしいですね。
本質は変わってなくて安心しました。
――わかりました。
ギルド脱会の手続きをします」
リィンが顔を改めてうなずいた。
「うん、頼むよ」
リィンがカウンターの上に用紙を置く。
「知ってると思いますが、諸注意を。
脱会したら、五年間は戻れません。
戻る場合にはランクが下がります。
ナインさんは現在Sランク。
五年後に戻ると、Bからの再開です。
……ナインさんがB……。
人材の無駄もいいとこです……」
「戻りはしないさ。悪いけどな」
「ナインさんが言うからにはそうなんでしょうね。
他にも注意事項として……」
リィンが細々とした注意を読み上げてくれる。
「以上です。
理解できましたか?」
「ああ」
「……最後にもう一度だけ聞きますけど……
本当に、いいんですね?」
「ああ」
「ほんっっっっっとうに、いいんですね?」
「俺に二言はない」
「……わかりました。
じゃあ、ここにサインを」
俺は羽ペンを取り、用紙にペン先を落とす。
その様子をリィンが悲しそうに見つめてる。
俺がサインを書き終えると、
「……はい、結構です。
ナインさん。
これまで、本当にお世話になりました」
見るからにしょんぼりした顔でリィンが言う。
「こっちこそな。
おいおい、これで終わりってわけじゃないんだ。
そんな顔をするなよな」
「だ、だって……う、うぇぇ……。
ナインさんがダークナイトをやめるなんて……
そんな、そんなの……あんまりですぅぅぅっ!」
「な、泣くなよ!
ほら、困った時は助けてやるからさ!」
「絶対ですよ?」
「ああ、絶対だ」
俺は、目を赤くしたリィンに背を向ける。
未練が、ないといえば嘘になる。
だからこそ、振り返らずに拝剣殿を出た。
こうして俺は、ダークナイトをやめたのだった。
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