18 竜鱗②
「苦しいのかっ?」
問いかけに、ルディアがこくこくうなずいた。
(といっても、わけがわからん)
ルディアの胸の中心に、白銀の竜鱗があった。
三枚の竜鱗が、白い肌に食い込んでいる。
聖竜ハルディヤの竜鱗だ。
(ルディアは幼い頃に奴隷にされ、運よく逃げた)
奴隷にされた時点で運も何もないのだが。
ともあれ、ルディアは逃げ出した。
ルディアは、その後も強運だった。
逃げた先で、保護されたのだ。
心優しき聖竜に。
聖竜は、ルディアに自分の鱗を分け与えた。
今鱗がある場所には奴隷の烙印があったらしい。
(幼い子の心臓の上に烙印か……)
想像しただけで吐き気がする。
(俺がその場にいればな)
そいつに生まれたことを後悔させてやったのに。
ハルディヤは、烙印をえぐりとった。
ルディアに同情してのことだ。
だがそれで、ルディアが死にかけたらしい。
聖竜には人の身体の脆さがわからなかったのだ。
ハルディヤは慌てて、自分の鱗を分け与えた。
そのおかげで、ルディアは一命を取り留めた。
だが、人の身に竜鱗の力は強すぎる。
それ以来、ルディアは副作用に襲われた。
それを鎮めてくれたハルディヤはもういない。
全部、正気を取り戻した聖竜から聞いたことだ。
時折、ルディアが発作に襲われることも。
そして、その対処法もな。
「待ってろ」
俺はしゃがみこみ、自分の影に手を伸ばす。
ずぷりと、手が影に沈んだ。
影の中で剣の柄を握り、手を影から抜き出した。
俺の手には、一振りの魔剣が握られている。
聖剣ハルディヤ。
聖竜の遺骸から回収した光の魔剣だ。
すらりと長く美しい刃は白銀。
刀身は白金で縁取られ、†の形をしている。
優美だが華美ではない上品な鍔。
柄は手に馴染む曲線を描いている。
息を呑むほどに美しい剣だった。
ダークナイトだった俺には、この剣は扱えない。
いや、ホーリーナイトになった今でも無理だ。
魔剣の格が高すぎるのだ。
格の高い光の魔剣を聖剣と呼ぶ。
鑑定してないが、間違いなくこれは聖剣だろう。
『そ、それは……!?』
唐突に、俺の腰から声がした。
今日安息所で抜いてきた、折れた魔剣の声だ。
「おまえか。今は取り込み中だ」
『凄まじい剣ではないか。
美しく、高貴で、力強い』
魔剣の感嘆の声はとりあえず無視だ。
俺は、聖剣をルディアの胸の上に優しく置く。
聖剣から淡い光が溢れ出た。
「うっ、くっ……」
ルディアがうめく。
青白かった顔がわずかによくなる。
激しい動悸も少しだけだが落ち着いた。
だが、
「……効きが悪いな」
道中でも同じことがあった。
その時はもっと早く収まったのだが……。
『凄まじい剣だが、それだけでは限界があろう』
「何かわかるのかっ?」
『簡単なことだ。
ホーリーナイトの治癒の剣を使え』
「やったことがないぞ」
『われが教える。
右手にその剣を、左手にわれを握れ』
俺は左手を魔剣に伸ばす。
だが、引き攣れたように手が止まる。
「くっ……」
俺は歯を食いしばって手を無理やり動かした。
指先が魔剣に触れる。
手のひらが痺れるような感じがした。
それを無視して握ると、今度は腕が震え出す。
俺は、意志の力で、左腕の震えをねじ伏せた。
『むう、おまえ……まさか……
いや、そんなことが人間にできるはずが……』
「……今はそのことはいい。
治癒の剣を教えろ」
治癒の剣。
ホーリーナイトの使う、治癒の術だ。
魔剣は、それ以上追及しなかった。
『両方の剣を娘の胸に置け。
そうだ。
われが手本を見せる。
魔力だけ寄越せ』
「わかった」
俺は折れた魔剣に魔力を送る。
『ぶはっ!? 多すぎるわ! 半分でよい!』
「す、すまん」
『そう、これで十分だ。
では見ていろ。感じ取れ』
折れた魔剣から青白い光の雫が零れ出す。
液体のようにとろりと、雫が白い胸に垂れる。
だが、その光は、竜鱗に弾かれ霧散した。
『やはり、その魔剣でなければ無理なようだ。
今やったのと同じことをその魔剣でやってみよ』
「むちゃぶりだな……」
ホーリーナイトの秘伝を一発で覚えろとは。
『おまえにならできよう』
「……やってみるさ」
今の感覚を思い出し、今度は聖剣に魔力を送る。
聖剣から、光の雫が零れ落ちる。
雫は、竜鱗に馴染み、その奥へと染み入った。
ルディアの様子が目に見えてよくなった。
「どうだ、ルディア?」
「はぁ、はっ……ふぅ……。
ありがとう、ござい……ます」
「礼はいい。まだおかしなところはないか?」
「ええと……ほとんど鎮まりました。
汗をかいて気持ち悪いですが、それだけです」
無理してる様子はない。
顔色がよくなり、呼吸も落ち着いてる。
何より、魔力の乱れがなくなった。
「ふぅ……どうなるかと思ったぜ」




