14 ホーリーナイトはじめます⑦もう一本
「はぁ、はぁ……」
息を荒げる俺に、サリーがおずおず聞いてくる。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない……。
ま、大丈夫だろ。こんなでも魔剣は魔剣だ」
魔力容量が大きいというのも利点ではある。
剣として使いにくいのは言うまでもないけどな。
「こんな魔剣は初めて見ました」
「俺もだ」
『ふむ。やはり、われのような存在は稀有か』
「この拝剣殿の記録にはないでしょう」
「気になるのか?」
『気になる……と思うのだがな』
「なんだ、曖昧だな」
『記憶がないのだよ。気づけばわれはここにいた』
「じゃあ、前の持ち主のことも?」
『わからぬ』
「それは拝剣殿の記録でわかるかもしれませんね」
「ああ、魔剣奉納の記録はあるはずだよな」
『そうか。
知ったところでどうなるかはわからんが……』
「俺も気になる。調べてもらおう」
安息所のど真ん中に突っ立ってた剣だ。
なんらかのいわれがあるのだろう。
折れた理由もわかるかもしれない。
「ひょっとして、記憶がないのは折れたせいか?」
『その可能性はあるな。
魔剣は、その全体で一個のものだ。
刀身の大半を失えば、記憶も混乱しよう』
「魔剣に記憶があるというのは驚きです」
と、サリー。
「俺は、そこには驚かないけどな。
魔剣は、使い手の呼吸を覚えてる。
それを記憶と呼べるかはわからんが」
『そうだな。多くの魔剣はそうだ。
むろん、自我を持つに至ることは稀だろう』
「自我ねえ。そんなもんより刃の方がほしかったぜ」
『クハハ、残念だったな』
魔剣は気にした様子もなく笑った。
と、そこで、俺は忘れてたことに気づく。
ルディアだ。
「あれ、ルディアは……そこか」
蒼銀の少女は、ちょっと離れた場所にいた。
そこには、一本の魔剣が突き立っている。
(いや、「立ってる」ってのは語弊があるな)
長大で重そうな剣は、自重で斜めに傾いていた。
すり鉢の外側にある円柱にもたれかかる格好だ。
「でかい剣だな」
柱の陰になって、さっきは気づかなかった。
「ルディア、どうしたんだ?」
「この剣に呼ばれました」
ルディアの答えに驚いた。
「ええっ!? 魔剣の適正があったのか!?」
特殊な生い立ちだけに、その可能性を忘れてた。
だが、
(聖竜――光の魔竜に育てられたんだ。
光の魔剣に適正があっても不思議じゃない)
ルディアを魔剣士にするつもりはなかった。
というか、その発想自体がなかった。
(ルディアは守る対象。
いつのまにかそう決めつけてしまってたな)
だが、ルディアに魔剣を教えるのはアリだ。
(自分で自分の身を守れる必要はある。
魔剣士なら自分で稼ぐこともできるしな)
いずれ一人の人間として生きていくのだ。
俺にただ守られるよりその方が望ましい。
サリーが、すり鉢を回り込んで剣に近づく。
「ルディアには大きすぎませんか?」
サリーが剣を見て言った。
「たしかにな」
露出してる分だけで、ルディアの背くらいある。
地面から引き抜いたら、俺の背にも届くだろう。
それに、
「やたらゴッツいな」
無骨な六角柱の握りは、拳七つ分はある。
コの字型の鍔は、ハンドル代わりになりそうだ。
「両手で柄を握りしめてぶん回す。
そういう設計の剣だな」
技ではなく、力と重量で押し切る剣だ。
「むしろアースナイト向きに見えますね」
「たしかにな。
すくなくとも光の魔剣にはあまり見えない」
なにより、その刀身が異様である。
反り返った分厚い刃が片側にあり、
峰の側には、凶悪なノコギリ刃が付いている。
重く、分厚い刃で押して斬り。
それでも、ダメならノコギリ刃で削り切る。
何が何でも相手を切断したい。
そんな嫌な意気込みの伝わってくる魔剣だった。
「斬首刀……を凶悪にしたような感じだな」
罪人の首を一太刀で落とす斬首刀は重くて鋭い。
とはいえ、ここまで大きなものは初めて見た。
人の首を落とすのに、こんなサイズは必要ない。
では、何の首を落とそうと言うのか。
落ちなかった時にはノコギリまで使って。
「それこそ、竜……とかな」
だとしたら、たとえ惹かれてもやめた方がいい。
「ルディア、その剣は――」
だが、遅かった。
ルディアが、つま先立ちして手を伸ばす。
ルディアの手が剣を握る。
柄が高い位置にあるから逆手である。
「んっ……抜きにくい、ですね」
ルディアがそう零しながら足を踏ん張った。
ずぞぞ……という音とともに、剣が抜ける。
ノコギリ刃が地面を削る音だろう。
「もう少しで……えいっ」
ルディアが仰け反りながら剣を抜く。
「うぉっ……!」
ルディアの手の中にある剣を見て驚いた。
抜いてみると、俺が見上げるほどに剣先が高い。
剣がそびえてる。
そんな言葉が浮かんだほどだ。
ルディアは、抜いた剣を片手で持っている。
手首でひっくり返し、裏表を確かめた。
「か、片手で扱えるのですか!?」
サリーが、ルディアの力に驚いている。
俺は思わず顔に手を当てていた。
『ほほう。そやつに選ばれるとはな。
ただのお嬢ちゃんではなかったようだ』
俺の抜いた魔剣がそう言った。
「何か知ってるのか?」
『魔剣は言葉を持たぬ。
だが、その記憶は伝わってくる。
あれは大物殺しの剣よ。
自分より巨大な運命と対峙する意思。
そうでなくてはあの剣には認められぬ』
「それなら俺でもよさそうなもんだが」
『おまえは強すぎるのだ。
おまえより巨大な運命などそうはあるまい。
おまえは本来、踏み躙る側。
強者の側だ。
あの剣は、そうではない。
弱者が、強者に食らいつくための剣なのだ』
「弱ったな……」
ルディアにそんな魔剣を握らせていいものか。
いや、もう握ってしまったのだ。
それも含めて、俺が守っていくしかない。
『彼女は、一方的に守られることを望んでいない。
あの剣を取ったというのはそういうことだ。
おまえの「守る」という気持ちは一方通行だな』
魔剣が、俺の気持ちを読んだように言ってくる。
「……かもな」
あの誇り高い聖竜の娘なのだ。
(守ってやろうなんておこがましい発想だったな)
ルディアが剣を持って、俺の方にやってきた。
剣を俺に見せて、ルディアが微笑む。
「これでおそろいですねっ!」
俺は虚をつかれた。
「ははっ……そう、だな。
おそろい……うーん、これがおそろいか?」
俺は、折れた剣を見て首をひねる。
「そっちの剣の刃を分けてほしいぜ」
「ダメです。これはわたしの剣ですから」
ルディアが大事そうに剣を抱えた。
「わかってるって。冗談だ」
こうして、新たなホーリーナイトが誕生した。
一度に二人も、な。