13 ホーリーナイトはじめます⑥壊剣
「お、折れてるぅぅぅぅぅっ!?」
手の中の魔剣は、根元近くで折れていた。
刃の途中、ちょうど石で覆われてたあたりだ。
『ぷっ、くくくっ、ぎゃはははははっ!』
魔剣がいきなり笑い出した。
「な、なんだよ!?
てめえ、折れちまったのに大丈夫なのか!?」
『はははっ、これは傑作だ!
折れるも何も、われはもともとこうなのだよ!
気づけばその箇所で折れておった!
いつ折れたものか記憶にないがな!』
俺は、剣の生えてた岩を見る。
岩の上には浅い溝があるだけだ。
溝を確かめても、折れた刃先は見当たらない。
「てめえ、何が『引き抜いて見せよ』だよ!?
抜くも何も最初から折れてたんじゃねえか!」
『くくっ、お茶目な悪戯ではないか。
ここにおるのは退屈でな。
なにしろ、話す相手とておらん。
そこに、適正のない阿呆がやってきおった。
退屈しのぎに、ちょっとからかってやったまで。
残念だったなぁ、人間!
「ひょっとして凄い剣かも!?」
「引き抜けちゃったら俺って天才!?」
「ホーリーナイトでも無双しちゃうかも!?」
ねえ、そんな風に思っちゃった?
思ったよなぁ?
なあなあ、どうなんだよ?』
「ぎおおおおっ! この腐れ剣がっ!
本気で叩き折ってやるぞ!」
『ふん、できるもんならやってみろ!
言っとくが、われは魔力容量だけは大きいぞ!
おまえの馬鹿力でもそう簡単には折れんわ!』
「ほぉぉぉう!
そこまで言うなら試してやろうじゃねえか。
行くぜ――」
そう言って魔剣を握りしめる俺に、
「ま、待ってください、ナイン!」
すり鉢の上から、サリーが叫んできた。
「なんだよ、俺は今このクソ魔剣をへし折ろうと」
「それは、やめたほうがいいです!」
「なんでだ!? 拝剣殿の剣だからか?」
「それもありますけど……規則なんです」
「規則ぅ?」
「はい。その、ナインはその剣を引き抜きました」
「引き抜いたかっつーと微妙だけどな」
折れてたのを「取った」だけだ。
抵抗がなかったせいで転んじまった。
「なら、その剣があなたの魔剣になるんです」
「……は?」
「闇の拝剣殿でも同じだと思いますが……。
最初に引き抜いた剣が、その人の魔剣です。
あとからの変更はききません」
「そ、そうだったか……?」
なにせ、随分前のことで覚えてない。
「安息所以外で手に入れる分にはいいんです。
強力な魔物や堕ちた魔剣士から手に入れるのは。
でも、安息所で授かれる剣は最初の剣だけです」
「えっ、じゃあ、俺の魔剣は……」
「はい。その魔剣で決まりです」
「……マジ?」
「はい、マジです」
俺は手にした魔剣を改めて見る。
柄の拵えは立派だが、刃は折れてる。
大事なことだから二度言うが、刃が折れてる。
魔剣は、鍛治では打ち直せない。
つまり、後から刃を接ぐこともできないのだ。
「他の剣が共鳴しなかった以上代わりもないです。
その剣を折ったらホーリーナイトになれません」
「じゃあ、俺はこの折れた魔剣で戦えと?」
「そ、そういうことになります……」
『ふん、ようやく気づいたか、愚か者め。
われが使われてやるのだ、感謝するがいい』
「てんめええ、ハメやがったな!」
『フハハハ! ハメられるほうが間抜けなのだ!』
「くそがっ!
だが……まあいい。
とにかくホーリーナイトにはなれたんだ。
さっさと他の魔剣を手に入れてやる!」
「……いえ、簡単に言いますけど……
そうそう手に入るものじゃないですよね?」
「う、まあな」
魔剣を落とすレベルの魔物なんて滅多に出ない。
出たとしても、新人魔剣士の出る幕じゃない。
(ダークナイトの時は余るくらい持ってたんだが)
それも、適正やランクがあってのこと。
今回もそう上手く行くとは思えない。
(まあ、一本だけならあるんだけどな……)
まさかあれをおおっぴらに振り回すわけにもな。
「はぁぁぁっ……
まさか、刃の折れた魔剣を掴まされるとはな」
「す、すみません。
わたしが事前に注意していれば」
「サリーのせいじゃないさ。
俺が先走ったのが悪い」
「ですが、その剣では……」
「まあ、なんとかなるだろ」
「なんとか……なるんですか?」
「折れてようが魔剣は魔剣だ。
使いようはあるさ」
魔剣は、ものの良し悪しより適合度だ。
適合した弱剣は、適合しない強剣に勝る。
心身と一体化できてこそ魔剣は真価を発揮する。
(って、こいつと一体化するのか……)
この性格のぶっ壊れたオンボロ剣と?
喋るのは凄いが、いっそ黙っててほしかった。
魔剣の意思は、握ればすぐにわかるのだから。
『まっ、よろしく頼むぜ、相・棒』
「ぬがああああっ!」
俺は思わず、魔剣を地面に叩きつけた。




