12 ホーリーナイトはじめます⑤引き抜け魔剣
「『力』を得るために守るのか――
そう言ったな、魔剣」
ホーリーナイト拝剣殿、安息所。
俺は、すり鉢の底で光る剣に向かって言う。
『違うと言うのか?』
「どうだかな。正直、答えは出ていない」
『ほう?』
「俺なりに、『守る』ってことを考えた」
『その結果は?』
「力を得るために『守る』。
それじゃ、本当に守るとは言えないだろう。
何をおいても守りたい。
そう思った上でなければ、守る力は得られない」
『そうであろうな。
ただ形ばかり「守る」のでは変わらぬであろう』
「でもな、それじゃ問題は解決しねえんだ。
守るための手段として力を求める?
そんなのは綺麗ごとだ。
そんな半端な考えで、力が手に入るわけがねえ。
力を、なんとしてでも手に入れる。
そのためなら自分の命だって賭ける。
強くなるには、そんな渇望じみた執念が必要だ」
『それもまた、事実であろうな。
目的のための手段。
そう割り切っては、手段に全力が注げんだろう。
それでは力を渇望する狂人には勝てぬであろう』
「力を目的とすれば、破滅する。
守るを目的とすれば、力が得られない。
力のなさが破滅につながることもあるだろう。
つまり、いずれにせよ破滅が避けられない」
ちらりと、ルディアを見た。
ルディアは難しい顔で話を聞いている。
(どこまで理解してんのかな)
ルディアは賢い。
聖竜は教育熱心だったようだ。
竜の元で暮らしていたのに、人語も使う。
(いつか人間社会に戻れるように。
聖竜はそう願ってたってことだ。
仔を愛しながらも、仔が離れる時に備えてた)
俺はふと、安息所の入り口を見る。
そこでは、サリーが息を呑んで立っている。
闇を極めたダークナイト。
人を仔として育てた聖竜。
喋りだした魔剣。
すり鉢の底は、まるでお伽噺の世界だった。
サリーと俺たちを隔てる安息所の斜面は。
ルディアが越えなければならない壁でもある。
(この壁が、いつ崩れてこないとも限らない)
その時、生き埋めにならないためには力がいる。
『さすれば、どうする?』
魔剣が俺に聞いてくる。
「俺はな、欲張ることにしたんだよ」
『ほう?』
「守ることも、力を得ることも大事だ。
どっちかだけを優先はできん。
なら、両方を追求するのみだ。
だから俺は、ホーリーナイトになった。
守る戦いはホーリーナイトの専売特許だからな」
『だが、貴様には適正がない。
先程から、他の魔剣どもが失笑しておるぞ。
よくもまあ、ここに足を踏み入れたものだと』
「……んだと? まとめてへし折ってやろうか?」
そう言って、俺は安息所を見回した。
『くくっ。そうイキるな。
今度は皆が怯えておる。
貴様にはそれができるのだからな』
「調子のいい連中だな」
『しかし、実際どうするつもりだ?
おまえに従いたがる魔剣はここにはないぞ?
闇に手は貸せぬと言っておる』
「そいつは困ったな。
普通、適正Cでも何か反応があるもんだろ?」
『おまえの苛烈な信念が、皆を怯ませるのだ。
おまえの要求に応えられねば、へし折られる。
それは、あながち杞憂でもない。
おまえに耐えられる光の魔剣は限られる。
だからこそ、おまえはCなのだ』
「じゃあ、おまえはどうなんだよ。
俺が握ったらへし折れるのか?」
『くくっ。そう来なくてはな。
ならば、試してみるがいい』
「おうよ」
俺はすり鉢状の地面を降り、喋る魔剣に近づいた。
「ち、ちょっと待ってください!
魔剣を選ぶのは慎重に――」
サリーが上から何かを言ってくる。
俺は、魔剣に向かって左手を伸ばす。
だが、左腕が抵抗した。
気づけば俺は、右手を伸ばしていた。
俺の手が、喋る魔剣の柄を握る。
『さあ、引き抜いて見せよ、ダークナイト。
おまえがホーリーナイトに相応しいと証明せよ!』
「うおおおおおっ!」
俺は右手で力一杯剣を引く。
手応えはなかった。
俺は力の込めすぎでひっくり返った。
尻餅をついて地面に倒れた。
こんな無様は何年振りか。
首を振りながら右手を見る。
するとそこには――
根元でぽっきり折れた魔剣があった。