9 ホーリーナイトはじめます③声
「足元にお気をつけて。
ナインには言うまでもなさそうですが」
若干気安くなった受付嬢が注意してくれる。
受付嬢はサリーというらしい。
年齢は二十代前半だろう。
肩口で切りそろえた亜麻色の髪。
ハシバミ色の瞳には、落ち着いた光がある。
実直で、口の固そうな印象を受けた。
サリーは、俺の担当をしてくれるという。
俺とルディアも改めて自己紹介をした。
「この先は暗いので、今ランタンをつけますね」
奥まった場所にある階段の前でサリーが言った。
階段は地下へと続いている。
さっきまでの階段と比べて角が丸い。
段差も不揃いで欠けている。
地上の建物より、かなり古い階段である。
「ルディア、気をつけろよ」
「大丈夫です。見えますから」
「見え……るのですか?」
サリーがランタンに火を灯しながら振り返る。
げ、と思いつつ、フォローする。
「ルディアは夜目が利くみたいですね」
ダークナイトだった俺も、暗い所は得意な方だ。
納得したのか、サリーが階段を降りていく。
俺とルディアもその後に続く。
左右の石壁に、ランタンの灯りで陰影が浮かぶ。
ごつごつした石壁だ。
整った石壁よりも、原初的な力を感じさせる。
階段は、螺旋状に降っていた。
そう長い階段ではない。
ほどなくして、階段の奥に鉄の扉が現れた。
閂の鍵をサリーが外す。
「扉が重いので、手伝ってもらえますか?」
サリーが扉に手をかけ俺に言う。
「もちろん」
俺は、両手で鉄の扉を押し開ける。
左右の手で、観音開きに。
ぎぎぎ、と軋むような音がして扉が開いた。
「両方いっぺんに。さすがですね」
サリーが感嘆してくれる。
どうやら彼女も、俺の正体を聞いてるらしい。
石の床には、鉄の扉の錆の跡が残ってる。
サリーのランタンが、その奥を照らし出す。
そこは、円柱に囲まれた円い空間だった。
地下にもかかわらず、かなり広い。
ランタンの光では、半ばまでしか見通せない。
床は、すり鉢状に窪んでいた。
その斜面に、いくつもの剣が突き立っている。
ここから見える限りでも数十本。
長さ。種類。意匠。
あらゆる要素がバラバラだ。
もちろん、そのすべてが魔剣である。
光の魔剣たちは、闇の中で淡い光をまとってる。
闇の中に浮かぶ無数の魔剣。
それはさながら、丘から見下ろす街の夜景。
あるいは、水面に映る星空か。
「すごいです……」
俺の隣でルディアがつぶやく。
「ここは、安息所と呼ばれる場所です。
役目を終えた魔剣が眠る安息の場所。
そして、次なる持ち手を迎える場所です」
サリーがそう解説してくれる。
ダークナイトの拝剣殿にも安息所はあった。
(あっちは、魔剣が闇に埋もれて見えないけどな)
見栄えの幻想性は、こっちの方が明らかに上だ。
「ナインさんはご存知ですよね?
魔剣の選び方は」
「ああ。一巡して、呼応する魔剣を探すんだろ?」
「その通りです。
あ、ルディアも一緒に回っていいですよ。
でも、魔剣には触らないでくださいね?」
「いいんですか? ありがとうございますっ」
サリーの気遣いで、ルディアが俺についてくる。
俺は、すり鉢の外側から回ってみる。
すり鉢は、渦を描きながら底に向かう格好だ。
「ルディア、足下に気をつけろよ」
ルディアに手を差し出し、そう言った。
「ありがとうございます、ナインさん」
俺の手を取り、ルディアが言う。
カタツムリの殻をたぐるように、斜面を進む。
道すがら、地に突き立った剣に目を凝らす。
豪華な柄の剣もあれば、質素な剣もある。
片刃の剣もあれば、諸刃の剣もある。
波打つ刃もあれば、直刀もある。
使い込まれた剣もあれば、まっさらな剣もある。
柄尻に宝石の埋まった金細工の剣。
剥き出しの粗鉄の柄を晒した剣。
握りが摩耗し、前の持ち主の手形を残した剣。
柄に茨を生やし、握られることを拒む剣。
「いろいろな剣があるんですね……」
ルディアが魔剣を覗き込みながらそう言った。
「あまり覗き込むなよ?
そいつらは生きてる。
魂を持ってかれるかもしれないぞ」
「そ、そうなんですか?」
「魔剣と魔剣士は惹かれ合う。
まるで、運命の相手みたいにな」
それにしても……反応がない。
ダークナイトになった時はこうじゃなかった。
俺が入るなり、安息所中の剣が鳴動したのだ。
あれには、職員も度肝を抜かれてた。
だが、ここではそういった反応がない。
近づいても、剣にそっぽを向かれる感じがした。
(まさか、適合する魔剣がないなんてことは……)
俺が不安になりかけた時、
『――ほほう。面白い輩がおるではないか』
安息所に、しわがれた声が響き渡った。