第3話…花柄の尻尾
「お終いですぅ…もう、お終いですぅ…」
紅葉は、ましろんを自室に運び込む。
ましろんは、虚ろな瞳のまま、お終いですぅと譫言のように呟き続けた。
ぬいぐるみの国では、立派な尻尾がモテる女の条件だと言っていた。
その尻尾がボロボロになって半分に千切れて、ましろんはショックで泣いている。
紅葉が悪いのだ。
ましろんは、ぬいぐるみだから濡れるのが怖くて部屋の隅っこに逃げていただけなのに、怒鳴りつけたりしたから、だから家を出たましろんは鼠に襲われて尻尾を囓られてしまったのだ。
だから紅葉は、ましろんを助けないとならないのだ。大切な友達を助けないとならないのだ。
自分の犯した罪を償わないとならないのだ。
紅葉は、雨の中を自転車で飛び出した!向かう場所は商店街!その雑貨屋の手芸コーナー!
雨でずぶ濡れの紅葉が店に飛び込むと店番の奥さんが驚いた顔をする。
紅葉は目的の物を探して走る!よかった!まだ売れて無かった!
それは花柄の綺麗なハンカチ、ましろんが憧れの眼で見ていた綺麗なハンカチだった。
ハンカチを買った紅葉は再び自転車に飛び乗ると全速力で家に走る!一刻でも速くましろんの元に帰るために!
家に帰ると、ましろんは眠っていた。
タオルを頭から被って泣きながら眠っていた。
タオルから出ている尻尾はボロボロで半分の長さしかなくて見る影もなかった。
涼華は慎重に、ましろんの尻尾を外していく。
ましろんの身体は、ぬいぐるみそのもので糸を外せばバラバラになって縫い合わせると元通りになる。
紅葉は、尻尾の布を1回バラバラにして千切れていた部分と合わせて型をとる。
型紙を作って、買ってきたハンカチを同じ形に切り始めた。
ハンカチは、かなり大きめで尻尾を作るのに十分だった。
ましろんが眠っている間に新しい尻尾を作る。ましろんの尻尾を作る。
「もうお終いですぅ…かやのんに会わせる尻尾がありませんですぅ…」
ましろんの寝言が聞こえる。
紅葉のせいで、ましろんは立派な尻尾を失ってしまった、だから絶対に!絶対にましろんに新しい綺麗で立派な尻尾を作ってあげるのだ!そうしないと紅葉は、もうましろんの友達ではいられなくなるのだ!
紅葉は徹夜で尻尾を作る。
急ぎながらも慎重に、綺麗な立派な尻尾になるように。
夜明けの少し前、やっと尻尾が完成した。
紅葉は泣きながら眠っているましろんのお尻の付け根に完成した尻尾をあてがってみる。
前より一回り大きい立派な尻尾が出来た、花柄の綺麗な尻尾が出来た。
朝がきた。
ましろんが眼を覚ます。
「ましろん、おはよう」
紅葉が挨拶しても、ましろんはタオルを被ったまま動かない。
「昨日は、ごめんなさい、私が悪かったの」
「もう、どうでもいいのです…どうせ、もう…ましろんは、お終いなのですぅ…」
ましろんは頭からタオルを被ったまま。
紅葉は、ましろんのタオルを取る、ましろんは許してくれるだろうか?新しい尻尾を受け入れてくれるだろうか?
紅葉は、ましろんに鏡を見せた。
「………」
しばらく鏡を見たまま、ましろんは動かなかった。
そして小さく呟いた。
「綺麗ですぅ…」
ましろんは見とれていた、新しい尻尾に見とれていた、綺麗な立派な尻尾に見とれていた。
ましろんは尻尾を動かす、鏡の中で花柄の綺麗な尻尾が動く、尻尾は元々のましろんの尻尾より一回り大きい。
「綺麗な尻尾ですぅ…これが…これが、ましろんの尻尾?」
ましろんは信じられないのか何度も何度も尻尾を動かす。
「この尻尾は紅葉が作ってくれたのですか?」
「うん、前の尻尾ほど立派じゃないかもしれないけど…」
「そんな事ないですぅ!こんな綺麗な!立派な!せくしぃな尻尾を持ってる娘なんて、国中の何処を探してもいないのですぅ!ありがとうなのです!本当にありがとうなのです!これで、ましろんは…ましろんは…国に帰っても惨めな思いをしなくてすむのです、かやのんもきっと褒めてくれるのです」
ましろんは尻尾を振りながら叫ぶ。
「ましろんですぅ!ましろんですぅ!ましろんですぅーっ!!」
鏡に向かって何度も何度も、自慢の尻尾を振り続けた。
ましろんと仲直りした紅葉は、前々から疑問に思っていた事を聞いてみた。
「ましろんは、何でお金を集めているの?」
ましろんは鏡に尻尾を映してポーズをとりながら答える。
「お金を貯めて沢山の沢山の布と綿を買うのです、そして、たまたまを治して国に帰るのです」
『たまたま』確か前にましろんが言っていた。
ましろんは、たまたまに乗って、ぬいぐるみの国から来たのだと、たまたまが壊れて帰れなくなったのだと。
なるほど、ましろんには国に帰る算段があったらしい。
しかし、たまたまを治すのにどのくらいの布と綿が必要なのだろう?
紅葉は、ましろんを見る。
ましろんの大きさからして、たまたまも小さいのではないだろうか?
ましろんは五百円で、あれだけ喜んでいたのだから、もしかしたら千円くらいで買える布と綿で治せるんじゃないだろうか?
紅葉は自分のお小遣いを考える、千円くらいなら紅葉にも出して上げられる。
それで足りないならお爺ちゃんとお婆ちゃんに頼んでお小遣いを前借りしてもいい。
「ましろん、私にもたまたまを見せてくれる?」
「いいのですぅ、雨が止んだら案内するのですぅ」
そう言ってましろんは尻尾を振った。
翌日、雨は止んで空は快晴。
紅葉は、ましろんを前の籠に乗せて自転車で家を出た。
たまたまは廃校になった小学校に居るそうだ。
ましろんは集めたボロ布を小学校に持って行っていたそうで、たまたまを治すのに使うつもりだったとか。
家から小学校までは少し距離がある、舗装もされていない田舎道を自転車は進む。
「ましろん♪ましろん♪ましろん音頭~♪」
ましろんは籠の中で奇妙な踊りを踊っている。
盆踊りみたいな踊りだ。
ぬいぐるみの国にも盆踊りとかあるのだろうか?
小学校は、ずいぶん前に廃校になっていて誰もいない。
校門は閉まっているけれど、グラウンドを囲む柵はボロボロで穴だらけで簡単に敷地内に入る事が出来た。
そのグラウンドに、ソレはあった。
「えっ?」
紅葉は思わず声を上げる。
それはあまりにも大きかった。
お父さんの運転する車くらいある。
それは巨大な巨大な蛇の頭だった。
「たまたま~ましろんが来たのですぅ~」
ましろんが話しかける。
巨大な巨大な蛇のぬいぐるみ…たまたま…。
胴体は無い、首の直ぐ後ろから千切れて頭しか無かった。
「まっ…ましろん…たまたまって、どのくらい大きいの?」
紅葉は嫌な予感を覚えながら聞いた。
ましろんはグラウンドの端から端を両腕で指して。
「あそこからあそこまでいって、さらにもう一回いって、それからもう一回いって、もう一回いったくらいですぅ」
ましろんは、分かっているのだろうか?
グラウンドは、端から端まで100メートルはある。
そんな巨大なぬいぐるみを治すのに必要な布と綿。
それがどれだけ必要だろう?それを買うのにどれだけのお金が必要だろう?
「たまたま大丈夫ですぅ、どんなに時間がかかっても絶対にましろんが治して上げるのですぅ」
ましろんはお腹のポケットからボロボロの布を出す。
そして、たまたまに縫いつけていく。
よく見ると千切れた部分に何枚も何枚もボロ布が縫いつけられていた。
あんな小さな布でグラウンド何往復分もある巨大なぬいぐるみを治すのに何年かかるだろう?
それなのに、ましろんは諦めてなんていなかった。
毎日毎日、村中を歩き回って小銭を集めて、布を集めて、何時の日かたまたまを治すために、何時の日かぬいぐるみの国に帰るために、ましろんは諦めずに努力し続けていた。
ましろん…ぬいぐるみの国のお姫様。国に帰れなくなったお姫様。
「ましろん、私も…私も手伝う」
紅葉は針と糸を取る。昨日の雨で濡れている『たまたま』の千切れた首に布を縫いつけていく。
それしか紅葉には出来なかった…