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第2話…ましろんの日々

 ましろんは毎日出かけて行く。

 ある日の事だ、紅葉は商店街で、ましろんを見かけた。

 ましろんは小さな棒と紅葉が汚れたビニール袋だと可哀想だからとプレゼントした古い地味な色の巾着袋を持って商店街を歩いている。

 本当にましろんの姿は誰にも見えないようだった。

 いや正確には、そこに何かがあるのは分かっているようだが、動くぬいぐるみと認識出来てないみたいだ。

 ましろんは自動販売機に近づくと棒で自動販売機の下を探る。

 次に自動販売機の釣り銭口を探る。

 なるほど、あの小銭は、ああやって手に入れたのか。

 小さな村だし商店街なんて言っても店は少しだけ、自動販売機も数は少ない。

 ましろんは商店街を歩いて小銭を探す、急にましろんが走り出す。

 走った先には破れたボロボロのタオルが一枚。

 どこかで誰かが捨てたタオルが風にでも流されてこんな場所に落ちていたのだろう。

 ましろんは満足そうにタオルを巾着袋に入れる。

 商店街を回る途中ましろんは、雑貨屋に寄った。

 村の小さな雑貨屋は店主の奥さんの趣味で手芸コーナーが作られていた。

 ましろんは手芸コーナーの布や綿を見て回る。

 そして一枚のハンカチの前で止まる。

「綺麗ですぅ…」

 それは花柄の綺麗なハンカチだった。

 ついている値札は450円。

 紅葉は思う、ましろんはあのハンカチが欲しくて小銭を集めているのだろうか?

 しばらくハンカチを見た後、ましろんは再び歩き出す。

 小さな身体と小さな脚で商店街を歩いて回る。

 落ちている小銭を探して歩いて回る。

 商店街の外れにある最後の自動販売機。

 ましろんは棒で自動販売機の下を探る。

 そして止まった…

「………」

 ましろんは、ゆっくりと…震える手で…それを自動販売機の下の隙間から取り出した。

 それは一枚の汚れた硬貨だった。

「五…五…五…五百円ですぅ!!!」

 ましろんは五百円玉を掲げてクルクル踊る!大きな尻尾を揺らしてクルクル踊る!

「尻尾♪尻尾♪欲しい物は尻尾なんです♪大きく立派な尻尾なんです♪」

 よほど嬉しいのか歌なんか歌ってクルクル踊っていた。

 商店街を一周し終わったましろんは再び雑貨屋に寄った。

 ましろんのお腹のポケットには五百円玉。

 あの綺麗なハンカチを買える五百円玉。

 ましろんは、しばらくハンカチを見ていた、キラキラした憧れの目で花柄の綺麗なハンカチを見ていた。

 紅葉は、ましろんに近づく。

 ましろんは大人には認識出来ないのだ。

 あのハンカチを買うには紅葉の手伝いがいる。

「ましろん、買い物するの?」

 紅葉が声をかける。

 ましろんのお腹のポケットには五百円玉、あの憧れのハンカチが買える五百円玉。

 ましろんは布を集めている。

 ぬいぐるみだから布が好きなんだろうか?

 でも、ましろんが持っている布はボロボロで汚れた布だけ、あんな綺麗なハンカチみたいな布は一枚も持っていない。

 紅葉から貰った巾着袋だって地味な色で、あの花柄のハンカチみたいに綺麗じゃない。

 ましろんは、紅葉に声をかけられて始めて紅葉に気づいたようだ。

 ましろんは、何回も何回も綺麗なハンカチと自分のポケットを見比べる。

 ポケットには五百円玉…綺麗なハンカチが買える五百円玉。

「とくに買いたい物は無いのです」

 ましろんは両手を握りしめて言った、未練がましい視線を花柄の綺麗なハンカチを向けながら言った。

「今日は、もう帰るのです」

 ましろんは帰っていく。

 綺麗なハンカチを買わないまま帰っていく。

(ましろん、じゃあ何でお金を集めているの?) 

 

 ましろんは、ぬいぐるみの国のお姫様なのに働き者だ。

 雨の日以外の毎日の日課である商店街での小銭探し以外の時には紅葉のお手伝いをする。

 小さなぬいぐるみのましろんには出来る事は限られているけれど、ましろんは何でも一生懸命お手伝いする。

 ましろんは、雑巾を持って台の上の金魚鉢を磨いている。

 金魚鉢の中には涼華の祖父が可愛がっている大きな赤い金魚が優雅に泳いでいた。

「大きな金魚だよね」

「立派な尻尾ですぅ!」

 ましろんは尻尾の大きさに、こだわりがあるようだ。

「ましろんの尻尾も大きくて立派なのですぅ!!」

 ましろんは身体の半分もある大きな尻尾を振ってみせる。

「ましろんの国では、大きな尻尾を持つ女が魅力的なんですぅ!尻尾が立派なましろんはモテモテなんですぅ!かやのんも大きな尻尾だって立派な尻尾だって褒めてくれるんですぅ!」

 人間だと男性は背が高いとモテるみたいな物なのだろうか。

 ぬいぐるみの国では立派な尻尾がモテる女の基準のようだ。

 次に、ましろんはキャットフードをお皿に入れて用意する。

 この村では数匹の野良猫が村人から愛されていた。

 単純に可愛いとかではなく害獣の鼠を捕まえるからだ。

 だから、紅葉の祖父母の家でも野良猫に餌を上げる。

 ましろんは、庭に野良猫が来る時間にドライタイプのキャットフードを乗せた皿を庭に置いた。

「ましろん、ご飯にしようか」

 紅葉はテーブルに冷蔵庫に作り置きされてた料理を持ってきた。

 ましろんの前には皿が一枚、その皿にはドライタイプのキャットフード。

 とくに食べなくても問題ないのだが嗜好品として食べている。

「カリカリして美味しいですぅ!」

 キャットフードな理由はイジメや嫌がらせではなく水分が多い人間の食事は、ましろんには食べにくいから。

 ぬいぐるみのましろんは、水に弱い、濡れると重くなっていき、最後には動けなくなる。

 だから、ましろんは雨の日は日課の小銭探しにも出かけない。

 

 ましろんは、紅葉に与えられた部屋の隅っこに寝泊まりしていた。

 そこに置かれた座布団が、ましろんの寝床。

 紅葉から貰ったお菓子の空き箱に大事なソーイングセットと小銭を入れていた。

 集めたボロ布は、ある程度増えると何処かに持っていく。

 毎晩、ましろんは小銭を数えて、一枚一枚大切に磨く。

 紅葉は思う。

 外国に旅行に行った人が現地のコインを記念に持ち帰るみたいな物なのだろうか?

 ましろんは、小銭をお土産に国に持って帰りたくて集めているのだろうか?

 ましろんが一番大事にしているのは、一番大きな五百円玉。

 一枚しかない五百円玉、他に百円玉が二枚、十円玉が三枚、五円玉と一円玉が二枚づつ。

 ましろんは毎晩毎晩ピカピカに磨く。

「お休み、ましろん」

「お休みなさいですぅ」

 紅葉が布団に入って、しばらくすると、毎晩嗚咽が聞こえてきた。

 小さな小さな声だけど泣き声が聞こえてきた。

「帰るのです…絶対絶対帰るのです…かやのんの所に帰るのです…ましろんは…ましろんは…かやのんのお嫁さんに…お嫁さんに…なるのですぅ…絶対絶対なるのですぅ…」

 ぬいぐるみの国のお姫様。

 たった一人で異世界で遭難してしまったお姫様。

 ましろんは婚約者を、故郷を思い出して泣いていた。

 帰りたくて泣いていた。

 

 その日は、どんよりした曇り空で、ましろんは小銭探しを諦めて家にいた。

 紅葉は窓を大きく開けて掃除をする。

 ましろんは今日も金魚鉢を磨いていた。

 いつ入り込んだのだろうか?

 紅葉の目を盗んで野良猫がリビングに入ってきていた。

「ダメですぅ!ダメですぅ!止めるのですぅ!」

 ましろんの声に紅葉が振り返ると、野良猫が金魚を狙って金魚鉢に前脚を入れようとしていた!

 ましろんは、必死で金魚鉢を守ろうとして…ましろんは、金魚鉢ごと床に落下した!!

「ひぎゃぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぉぁーっ!!!」

 割れた金魚鉢!跳ねる金魚!逃げて行く野良猫!飛び散る水!

 そして、ましろんの絶叫が響いた!

「金魚が!お爺ちゃんの金魚が!」

 涼華は金魚を救おうとする。

「ましろん、金魚を助けて!私は洗面器を持ってくるから!」

 涼華が洗面器を取ってリビングに戻ってくると…ましろんは金魚を助ける事もなくリビングの隅にいた、何もせずに隅っこに居た。

「ましろん!金魚助けてって言ったよね!!」

 紅葉は怒る!お爺ちゃんの金魚が死ぬところだった!

 金魚鉢を落としてしまったのは仕方ない!でも、その後に何もしないで、金魚を助けもしないで!ましろんは何をしていたのか!!

 お爺ちゃんが大事にしてる金魚なのだ!お爺ちゃんが可愛がってる金魚なのだ!

 それなのに!ましろんは何もしないでリビングの隅っこに居ただけなのだ!

「お爺ちゃんの金魚が死んじゃったらどうするの!!ましろんのバカーっ!!」

 叫ぶ紅葉に…

「ましろんは…ましろんは…」

 ましろんが何か言おうとした。

 でも、紅葉は言い訳なんか聞きたく無かった!

「うるさい!バカましろん!お前なんて出ていけーっ!!」

 紅葉は感情のままに叫んでしまった、怒鳴りつけてしまった。

 紅葉は、まだ小学生の子供だ、感情を抑えられなくても仕方なかった。

 紅葉は、ましろんの方を見ないまま金魚を洗面器に移して割れた金魚鉢を掃除する、水に濡れた床を掃除する。

 ましろんはトボトボとリビングを出た…寝床からソーイングセットと小銭を持ち出し巾着袋にいれて、数枚のボロ布を抱えて…

「お世話になったのです…」

 小さな声で、そう言って…ましろんは…家を出た…

 

 ましろんが紅葉の家を出ると小雨が降り始めた。

 ぬいぐるみのましろんは雨に弱い。

 一瞬だけ紅葉の家に帰ろうかと思ったけれど、紅葉があんなに怒っていた、もう帰れない。

 ましろんの昔の寝床であるお地蔵様まで距離がある。

 この雨では、とてもたどり着けないだろう。

 ましろんの視界に半分壊れた納屋が見えた、雨が止むまでの間だけ、あそこを使わせてもらおう…

 納屋の壁には幾つも穴があって、ましろんは納屋の中に入る事ができた。

「紅葉…怒ってたのです…」

 ましろんは、お姫様だったから、他人に怒られる事が無かった。

 だから紅葉が怒っているのを見て、ショックで逃げだしてしまった。

「また…お地蔵様の後ろに住んで…お金を探して…そして…そして…たまたまを…ひぐっ!ひぐっ!」

 紅葉は、この人間の世界でたった一人の友達だった。

 その紅葉を怒らせてしまったから…ましろんは独りぼっち…この誰も仲間がいない世界で…独りぼっち…

「かやのん…かやのん…会いたいです…ましろんは此所にいるんです…ましろんは此所にいるんですぅ」

 その泣き声は、誰にも届かない…

 いつしか、ましろんは泣き疲れて眠ってしまった。

 

 掃除を終えた紅葉は、まだ怒っていた。

「金魚を助けてくれてもいいじゃない!!なんで隅っこに逃げて…」

 紅葉は、ふと考える。

 ましろんは、ぬいぐるみだ。

 そうだ、ましろんは言っていた、濡れたら重くなって…

「動けなくなる…」

 そうだ、ましろんは人間とは違うのだ!濡れた床は、ましろんには恐怖でしか無いのだ!

 濡れる事は、ましろんには死活問題なのだ!

 それを…怒ってしまった、怒鳴りつけてしまった、ましろんは…何も悪くないのに…

 悪い予感がした。

 紅葉は部屋に走る、ましろんの寝床にあるお菓子の空き箱!空き箱は空っぽだった!ましろんが大事にしていた小銭もソーイングセットも無い!

 ましろんは本当に出て行ったの?

 外を見る!外は雨だ!ましろんは濡れたら動けなくなる!

 紅葉は傘を持って家を飛び出す!

「ひぃぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 悲鳴が響き渡った!ましろんの声!場所は?納屋の方だ!紅葉は走る!友達のために走る!せめて一言謝りたくて!でも、それよりも!ましろんに何かあったのだ!あの悲鳴はいったい何が?!

 納屋の扉を開けると多数の鼠が飛び出していった!

 そして納屋の中では、ましろんが…

「ましろんの!ましろんの尻尾がぁ!尻尾がぁ!もう!もうお終いですぅ!こんな尻尾じゃ!こんな尻尾じゃ国に帰れないですぅ!かやのんにも嫌われますぅ!もうお終いですぅ!」

 泣き叫ぶ、ましろんの尻尾は…ましろんの大事な大事な尻尾は…鼠に囓られボロボロになっていた…半分に千切れていた…

 

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