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第1話…ぬいぐるみのお姫様

 いきなりの事だった。

 少し大きな地震で家中が揺れた。

 紅葉(もみじ)は咄嗟にテーブルの下に隠れた。

 地震は思ったより長く揺れたけど、きっとすぐに揺れは収まる、そんなに強い地震じゃないからと安心していた。

 そして揺れが収まった次の瞬間だった!!いきなり天井が崩れた!!

 悲鳴を上げる間もなく…大量の瓦礫がテーブルに降り注ぐ!!

 逃げ出す事も出来ないまま…瓦礫に埋まる紅葉は走馬灯のように、あの日の事を思い出していた。

 『ましろんですぅーっ!!』

 あの身体に不釣り合いな程に大きな尻尾を振る小さな友達の事を思い出していた。

 

 もう二十年も昔の事だ。

 当時、紅葉は小学生だった。

 紅葉は、両親の仕事の都合で夏休みの間だけ田舎の祖父母の家に預けられた。

 祖父母は優しい人たちだったが仕事が忙しくて紅葉と一緒にいられる時間は少なかった。

「寂しい思いをさせてゴメンね」

 そんな事を言う祖母。

 でも、紅葉は寂しくなんて無かった。

 祖父母には見えないし話す事も出来ないけれど、紅葉には友達が一緒にいたからだ。

 彼女の名前は、ましろん。

 緑色のトカゲをモチーフにした二足歩行の怪獣をデフォルメした様な外見の小さなぬいぐるみだった。

 ましろんは、ぬいぐるみの国のお姫様だった。

 ましろんは、紅葉の大事な大事なお友達だった。

 

 紅葉の祖父母の家は、とても古くて凄い田舎の村にあった。

 家の周りには、要らなくなった物が乱雑に納められた半分壊れた納屋がポツンとあるだけで、他は畑しか見えない。

 家の前の道を右側に歩くと商店街と呼ぶのも憚られるような数少ないお店と自動販売機が並ぶ村の中心部。

 反対側に歩くと十年以上も前に廃校になって誰も寄りつかない小さな小学校。

 紅葉が、ましろんと出会ったのは、商店街に続く道の途中だった。

「止めるのですぅーっ!止めるのですぅーっ!」

 自転車に乗って商店街に向かう途中で紅葉は、小さな悲鳴を聞いた。

 舗装もされていない田舎道の真ん中で何かがカラスに襲われているのだ!!

 小さな何かは身体を丸めて転げ回って逃げるがカラスの爪と嘴からは逃れられない!

 何かは分からないが言葉を発する生き物がカラスに襲われている!!紅葉はカラスに石を投げて追い払う!!

 石はカラスに当たらなかったものの、驚いたカラスは逃げていった。

 道の真ん中に丸まるように蹲る何かは、大事そうに両手で掴んでいた物を見る、それはピカピカ光る5円玉だった。

「良かったのです、無事ですぅ」

 5円玉を確認してホッとした何かは、汚れたボロボロの小さなぬいぐるみだった。

 緑色のトカゲのような二足歩行の怪獣のぬいぐるみ。

 身体に不釣り合いな程に尻尾が大きくて、尻尾が身体全体の半分くらいはある。

 顔は可愛いとも格好いいとも言えない、何とも微妙な造形。

 ぬいぐるみは、紅葉がカラスを追い払った事に気づいたのか、ペコリと頭を下げると5円玉を大事そうにお腹のポケットに入れて、歩き出した。

 身体は土まみれの埃まみれで汚れていて、あちこち糸が解れて綿が覗いている、さっきカラスに突かれた背中は特に酷くて穴が空いていた。

 ぬいぐるみは紅葉の横を通って進む、商店街から小学校の方へ。

「ねぇ、貴方は、ぬいぐるみなの?」

 すれ違うぬいぐるみに紅葉は声をかけた。

 ぬいぐるみは、ひどく驚いて文字通り跳び上がった!

「ましろんが見えるのですか?」

 恐る恐る聞くぬいぐるみ。

「ましろんが貴方の名前?」

「ましろんですぅーっ!!!」

 ぬいぐるみは大きな尻尾を立てて叫んだ!

「初めて…初めて、ましろんが見える人に会えたのです。よかったです。よかったのです。」

 ましろんは感動して泣いているようだ。

 ぬいぐるみは涙を流さないのに泣いている事が分かった。

「ましろんは、どこから来たの?この辺りに住んでいるの?」

 喋るぬいぐるみ、この奇妙なぬいぐるみに紅葉は矢継ぎ早に質問する。

 好奇心のまま話しかける。

「ましろんは、『ぬいぐるみの国』から来たのです、ましろんは、『ぬいぐるみの国のお姫様』なのです」

「ぬいぐるみの国は、この近くにあるの?」

 ましろんは小さなぬいぐるみだ、あの脚では遠くまで移動出来ないだろう、だから『ぬいぐるみの国』とやらは近くにあるのだろうか?

「遠くに…とても遠くにあるのです…」

「そんな遠くに、どうやって帰るの?」

 何しろ喋るぬいぐるみだ、何か魔法みたいな力があるのだろうか?

 あるなら見てみたい!

 でも、ましろんはガックリと肩を落とす。

「帰れないのです…ましろんは帰れなくなったのです」

 ましろんは地面に手をついて泣く。

「帰りたいのです…ましろんは…ましろんは…帰りたいのですぅーっ!!」

 ぬいぐるみのお姫様ましろんは、人間の世界で遭難していたのだ。

 帰れなくなっていたのだった。 

 

 紅葉は、ましろんを連れて家に帰ってきた。

 行く場所の無かったましろんは道の途中のお地蔵様のある小さな小屋の後ろに住んでいたそうだ。

 お地蔵様の後ろから、ましろんは汚れたビニール袋を取り出す。

 中身は、どこからか拾ったボロ布が数枚と小銭が数枚。

 祖父母は畑仕事とか色々と忙しくて出かけたままだ。

 まずは汚れたましろんを洗ってあげようとしたのだが、ましろんは「嫌ですぅ!!濡れたら重くなるのですぅ!!動けなくなるのですぅ!!」と逃げ回る。

 仕方ないので綺麗なタオルで拭いて汚れを落としてあげる。

 すると、ましろんはお腹のポケットとビニール袋から小銭を出した。

 1円玉が二枚と5円玉が一枚、そして十円玉が二枚。

「お金は、これしか無いのです、どうか…どうか…これで針と糸を譲っていただきたいのですぅ」 

 ましろんは土下座して紅葉に頼み込む。

 27円、ましろんの全財産。

 紅葉は、机からソーイングセットを取り出す。百円ショップで売ってる小さなヤツだが、ましろんには全財産でも買えない高価な品。

「お金はいらないよ、これでいい?」

 ソーイングセットを渡すと、ましろんは跳び上がって喜んだ!

「ありがとうなのです!本当にありがとうなのです!」

 ましろんは、ぬいぐるみの手で器用に針と糸を使って自分の身体を直していく、でも背中には手が届かない。

「ましろん、手伝ってあげるよ」

 紅葉は、裁縫は苦手じゃない、むしろ得意な方だ。

 ましろんの背中を縫って穴を塞いであげる。

「ありがとうなのです!本当にありがとうなのです!このご恩は一生忘れないのです!」 

 ましろんは何度も何度もお礼を言った。

 

 ましろんの話を聞くと、ましろんの婚約者が、過去に人間の世界に来た事があったのだそうだ。

 結婚が決まった、ましろんは、人間の世界が見てみたくて、『たまたま』とやらに乗って人間の世界にやってきた。

 でも事故があって、たまたまは壊れて『ぬいぐるみの国』に帰れなくなってしまったのだ。

「たまたまには『ぬいぐるみの国』と『人間の世界』を行き来出来る力や、他の仲間に連絡する力があったのですぅ、でも…でも…たまたまは壊れてしまったのです!ましろんは、もう帰れないのです!国にも連絡出来ないのです!かやのんにも…かやのんにも連絡出来ないのです!かやのん…かやのんに会いたいのです!せめて一目だけでも、もう一度会いたいのです!」

 そう言ってましろんは泣いた。

 異世界で遭難してしまった、ぬいぐるみの国のお姫様。

 それが、ましろん。 

「かやのん?」

「ましろんの婚約者です、とても格好良くて優しいのです!せめて一目だけでも一目だけでも…もう一度だけ…もう一度だけでも会いたいのです」

 ましろんは、ぬいぐるみの国のお姫様。

 それなら国の仲間たちが、ましろんを探しているだろう、きっと探しているだろう。

「ましろんは行く所が無いのでしょう?」

 あるなら、お地蔵様の後ろなんかに住んでなかったはずだ。

「私は夏休みの間しか、この家に居ないけど、その間くらいは、ここに居ていいよ」

 ましろんは、大人には見えないそうだ、一部の極々少数の子供にしか見えない。

 だから子供が、ほとんど居ない村では、誰もましろんを見つけられ無かった。

 紅葉と離れたら、ましろんは独りぼっち。

 誰もましろんが見えない、誰もましろんの声が聞こえない。

「いいのですか?」

「夏休みの間だけね」

 ましろんは大きな尻尾を振って喜んだ。

 夏休みの間に、ぬいぐるみの国から迎えが来るだろうか?

 夏休みの終わり、紅葉が都会に帰る日まででも、この小さなお姫様を助けてあげよう、そう紅葉は思った。

霧宮白涼に捧ぐ

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