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アンダース&アンダーズ  作者: 卵抜きご飯
序章 廃材都市オート
8/12

第八話 廃材都市、脱走

「……よし、この辺りで一旦休むか」

「了解っス。や〜、これ押すのもしんどいっスね」



 例の乗り物型の遺物を手で押しながら進んでいた一行は、オートから暫く離れたのち、大きな廃墟へと身を潜めて休息を取ることにした。レンコは大きく仰け反って伸びをし、ミカは汗を拭いながら水を飲んでいた。ハルは瓦礫の陰から後方を窺うが、追っ手がきている様子はない。


「セイフの連中、追ってこないっスね」

「まあ、そのために管理塔も爆破したんだ。これで変わらずに追ってこられても困る」


 工房を爆破したのは、修復済みの遺物をセイフの手に渡さないため。管理塔を爆破したのは、追っ手を付けさせないようにするためだ。発掘で殆どの人間が管理塔にいたというのなら、あの爆破で暫くは身動きが取れないはず。そう考えてのことだった。



「はぁ……にしても……」



 レンコは大きな鞄から非常食を幾つか取り出しながら、何処かを見た。その目に光はない。




『……あれ、なんかこれ、スピード落ちてないっスか?』



 これは回想である。オートを離れ、門の上空を越え、暫く進んだ頃。中立都市サタまで続く瓦礫だらけの道のその上を飛行していた時だった。今まで順調に飛行していた『エアライダー』——ハル命名——が、突然、その速度を落としたのだ。レンコが意図的に遅くしたのではない。



『嘘だろ……もう限界か?』

『限界……?』



 ミカが首を傾げる。



『……この遺物はな、損傷が激しくて直すのに苦労したんだ。しかも、完全に直すこともできてなくて、いつ動かなくなってもおかしい状態だった。だから、今回の脱走計画には、最初からこいつを含めていなかった』



 エアライダーを発掘した時には既に、機体の大部分が破損していた。元は今の大きさの倍はあったものを、今の大きさまで小さくし、余ったパーツを使ってハルが修復したのだ。

 しかしそれでも完全な修復とまではいかず、かつて試運転した際にも動作が安定していなかった。肝心なところで止まられては困るため、今回のオート脱走計画にも、最初から練りこんでいなかったのだ。


 そしてまさに、今、その懸念が現実となっている。



『えっと……つまり?』

『落ちる』

『そういうことは先に言いましょう! レンコさん!?』

『今急いで降りてるっス!!』



 大慌てで着陸の準備を始めるレンコ。その途中、機体がかなりの勢いで傾き始めた。



『『『おぉっ、おおぉぉっ!?!?』』』





「落ちるなら落ちるって、最初から言っといてくださいっス……下手したら、お空で仲良く爆散っスよ」

「いや、上手いこといってたし、それどころじゃなかったし……忘れてた、悪い」

「まあ、結果的に全員無事だったから良かったっスけどね。どの道、危険だと分かってても、あれ以外にやり方なんて無かったっス」



 ただ脱出するだけなら使わずとも良かったが、管理塔からミカを連れ出さなくてはならないという条件下では、使わざるを得なかった。何せ、あれだけ高い場所に軟禁されていたのだ。何も無しに飛び降りれば死んでしまう。



「あ、あの……」



 突然、ミカが暗い顔をしてそう言った。何か言いたげで、ハルとレンコは言い合うのをやめた。


「どうしたんスか、ミカさん」

「……ハルさん、レンコさん。本当に、助けていただいてありがとうございました」


 ミカは二人に向け、深々と頭を下げた。


「お二人が来てなかったら、今頃……」

「頭上げろ、ミカ」


 頭を下げたままのミカに、ハルはそう声をかけた。ハルとレンコの二人は適当な高さの瓦礫に座り、俯いていた。


「今回の件は、ミカのせいじゃない。俺たちに非がある。危険があるのに、一人で外に出した」

「そうっス。元はと言えば、わたしが偽の情報を摑まされたのが原因なんスから」


 彼らの言葉は事実だ。ハルが安全だと判断したのはレンコの情報があってのことだったが、そも、その情報に誤りがあった。少なくともハヤミは通報を受けてこのことを知っていたし、町は安全ではなかったのだ。その状況で、一人で買い出しに行かせたのはハルであって、ミカ誘拐の原因の主な部分はこの二人にあった。


 二人は立ち上がり、先程のミカと同じくらい、深く頭を下げた。


「すまなかった。俺たちがもっと警戒していれば、あんたが攫われることもなかった」

「ハルさんに同じっス。すみませんでした、ミカさん」

「い、いえ……捕まったのは私がドジだったからで……お二人は、先に逃げるだろうと思ってました……」


 大きく手を振ってそれを否定するミカ。


「ハルさんもレンコさんも、私が捕まろうと関係ないですし、そこまで……危険を冒す利点が、ないじゃないですか」


 それは、管理塔で囚われている間にもずっと考えていたことだ。たとえミカが捕まったことが彼らの不注意が原因だとしても、元は無関係の人間。多少気分が悪いことを除けば、助ける利点はない。


 ハルはずっと黙っていたが、レンコは少し頬を赤く染め……照れながら、それに返答した。


「わ、わたしは、さっきも言ったっスけど、その……旅仲間が減るのが嫌だったんスよ」


 ミカの知らないところで既に仲間扱いされている。けれど、特に不快に感じることはなかった。


 更に照れを強めながら、レンコは大きく手振りをする。


「そ、そそ、それに……ハルさんにあんなに頼み込まれたら、流石に断れないっスよ……」

「ハルさん、が……?」


 ハルがピクリと肩を震わせる。心当たりあり、といった様子だ。





 それは、町の人間に取り押さえられ、例の男に頬をぶたれた直後のことだった。ハルはそのまま管理塔へ向かわず、真っ先に、レンコの住処へと向かった。



『レンコっ!』

『にゃはぁっ!? ……って、何だ、ハルさんっスか』



 彼女の名を叫びながら勢いよく飛び込むと、彼女はいまだ準備中で、潰れたような声を出して驚いた。そして振り返ってそれがハルであることを確認すると、呆れを含んだため息をこぼした。



『どうしたんスか。今来たら、わたしが格好付けて立ち去った意味が……』

『助けてくれ。ミカが攫われた』



 レンコの言葉が終わる前に、ハルはそう切り出した。その場に正座をし、深く頭を下げ……地面に額を擦り付けてまで。



『……えっ?』

『管理塔にいる。俺一人じゃ助けられない。協力者が必要なんだ』


 最初、彼女はハルのその勢いに呑まれ、状況を上手く整理できていなかった。落ち着いて一から全てを整理し直すと、荷物をその場に置いてハルのそばへ向かい、その前に座り込んだ。


『攫われたっていうのは確かっスか?』

『ああ。見たやつがいる』


 その言葉を聞いて立ち上がり、その場をうろつきながらぶつぶつと、小さく何かを呟いているレンコ。ハルらに安全だと情報を与えたのは他ならぬレンコであり、それが間違っていたことに困惑しているのだろう。


『わたしの情報が間違ってた……まさか、そんな……』

『頼む、レンコ。ミカを助けるために協力してくれ』


 ハルは一度頭を上げてから、もう一度、擦り付けるように下げた。自分でも何故それだけのことをしているのかは分からなかったが、『助けたい』、その気持ちだけは確かだった。


 対するレンコは、ミカとこれといったほど面識があるわけでもない。ハルの家に向かった先、入り口で少し話した程度だ。間違った情報を渡したせいで捕まったという罪悪感はあるが、それでも、態々危険な管理塔へ向かうメリットはなかった。



『……わたしが、それを助けるメリットはあるんスか?』



 土下座するハルの背に、そう投げかけるレンコ。ハルの答えは……、






「『……格好悪い話だけど……この町で俺が信頼できるのは、レンコだけなんだ』……なんて言っちゃってたんスよ、ハルさんってば」

「……何の話だか」


 惚けるように空を仰いだハルの頬をプニプニと突くレンコ。


「またまたぁ、とぼけちゃって」

「やめろ」


 冗談交じりに少し突いていたあと、急に真顔に戻って、その行為を中断すると、再び俯いた。


「……それに、わたしに落ち目があったのも事実っス。その……ハヤミ、っスか? その男に一杯食わされてたわけっスしね」


 ハヤミの徹底した秘匿ぶりに、レンコはまんまと引っかかってしまったわけだ。


「レンコさん……」

「さん付けはよすっス。歳上にさん付けされるの、なんかむず痒いんスよ」


 いーっと言いながら体を搔き始めるレンコ。それを見て、ミカは思わず笑ってしまった。



「じゃあ……レンコ、ちゃん?」

「ちゃん付けされる歳でもないんスけど……まあいいっス」



 『レンコさん』という呼び方よりはマシだろうと、妥協した。


 そんな彼女らのやり取りが微笑ましくて、ハルは密かに微笑んでいた。そんなハルにも、ミカは疑問を投げかける。


「……あの、それで、気になってたんですけど……」

「何だ?」

「ハルさん、どうして私が捕まってる場所が分かったんですか……? それに、最後の、あのレンコちゃんのタイミングも……偶然ではない、ですよね?」


 あのタイミング、というのは、レンコがエアライダーで彼らがいた部屋に突撃してきた事案のことだ。レンコは彼らが飛び降りたそのタイミングで、あの場にやってきた。まさかそれが偶然だとは思えない。


 改まって聞くものだから何か大事なことかと身構えていたハルだったが、それがなんてことのない質問だったことで、肩を下ろす。



「ああ、そんなことか。場所なら、適当に孤立してるセイフを捕まえて吐かせた。タイミングは……」



 そう言って、腰から『何か黒いもの』を取り外したハル。それは、飛び降りる寸前、ハルが操作していたものだった。



「飛ぶ直前に、これを鳴らした」



 その正体を、ミカは知っている。修復作業を隣で見ていたのだから。



「それ……無線機……」

「そ。直したやつな」



 無線機だ。ハルがそのスイッチを押すと、同じようにレンコが取り出した無線機から、あの『ビィー』だか『ヴィー』だかいうノイズ音が鳴る。無線機は二つあった。一つはハル、もう一つはレンコが、脱出当時も持っていたのだ。



「場所を吐かせた後、予め決めてたんスよ。合図があったらその場所に飛んでいくって。最初から待機してたら、流石に撃ち落とされるっスからね」



 『ああ』とミカは頷いた。確かに、上空にあんな大きくて目立つものがずっといれば、セイフも撃ち墜とそうとするだろう。


 そのため、レンコは合図であるノイズ音が鳴るまで、地上で物陰に潜んでいたのだ。上手くセイフに見つからぬように。そして、飛び降りる直前にハルが鳴らしたノイズ音を聞いて、全速力で空を飛び、駆け付けた。



「だから、ミカが動かずにあの場所にいてくれて助かった。他の場所にいたらこの手は使えなかったからな」

「そん時は三回連続で鳴らすって決めてたんスけどねー」



 オートで最も潜入が難しいセイフ管理塔。プランは幾つか用意されていたが、結果的に、最も無難なプランで脱出ができたのだから幸運だった。もし、ミカの一度目の脱走の際、ハヤミが違う部屋に彼女を軟禁させていたなら、このプランは使えなかっただろう。運が良かった、と言える。



 そんな彼らの話を聞いて、ミカは目尻に雫を溜め、再び深々と頭を下げた。



「ハルさん……ありがとう、ございます」



 ハルは、案外まんざらでもなさそうだ。まんざらでもなさそうで、そして、からかうつもりで、レンコと同じ要求をミカに叩きつけた。



「レンコはちゃん付けなのに、俺はさん付けなのか?」

「え……ええっ!?」



 まさかそんな要求をされるとは思っていなかったのか、大きな声で驚くミカ。その様子を横から見ていたレンコは頭の後ろで手を組み、ニヤケながら右へ左へと身体を揺らしている。



「いまだに他人行儀な敬語なのも気になるっスよねぇ。わたしたち、もう生死の危機を乗り越えた仲間なんスから」

「えっ……あ、あの……」



 戸惑うミカを、二人がじっと見つめる。次第にミカの顔は真っ赤に染まっていき、彼女の脳は処理能力の限界を迎えた。恐らくは、彼女自身、既に思考することを放棄していたのだろう。カタコトながら発された言葉は、彼らの要望通りのものであった。



「た、助けてくれて、ありがとう……ハル、くん」



 『くん』の辺りであまりの恥ずかしさから、両手で顔を覆ってしまったが、他人行儀な敬語を使わず、『さん付け』をするなというハルの要望にも応えたものだ。


 彼女の顔は両手で塞がれ二人からは見えないが、耳まで真っ赤で、相当照れていることが分かる。



 そしてもう一人。それを言わせた張本人、ハルもまた、何とも言えない感情から右手で顔を覆っていた。無事なのはただ一人、レンコだけだ。



「あーれれぇ、自分から言わせておいてなぁに照れてるんスかぁ、ハ、ル、く、ん?」

「う、うるせえ! 撃つぞ!?」

「ちょまっ、レイガン抜くのは卑怯じゃないっスか!?」



 自業自得。まさしく、二人ともそんな言葉がよく似合う。そんな二人の『仲の良い』喧嘩を、両手を下ろしたミカは笑いながら見ていた。





 最後には……自分も混ざりたくなったのだろう。取っ組み合いになっている二人に向け、飛び込み、抱きついてしまった。



(二人とも……本当に、ありがとう……)



 心の中でひっそりと言ったその言葉は、案外、外にも漏れていた。











——かくして、記憶を失った少女ミカは、整備士の青年ハルと、情報屋の少女レンコ、二人と共に旅に出るのであった。彼女の目的は、『失った記憶を取り戻すこと』。それが果たして、どんな運命を呼び寄せることになるのか……彼女らは、まだ知らない。

次章予告



「ここが……中立都市、サタ……!」


「俺はユウマ。お前らは?」


「中立都市? 無法都市の間違いだろ」


「さあ……オレと一緒に踊ろうぜ」





「あんたを倒す理由は一つ。……個人的にムカつくからだ」




次章、『中立都市サタ』。




なんて風に次回予告しておきます。序章『廃材都市オート』はこれにて完結です。

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