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アンダース&アンダーズ  作者: 卵抜きご飯
序章 廃材都市オート
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第四話 脱走計画

 この世界に『時間』というものがあったのなら、きっと、『ミカがハルと暮らすようになってから数日』とでも記されるのだろう。そんなある時、ハルたちのもとに、珍しい来客があった。黒い髪の小さな女の子。情報屋を営んでいるレンコだ。

 レンコはハル宅の扉をノックすると、彼らが出てくるのを待った。否、『彼が』出てくるのを待っていたのだが、それに応答したのは予想外の人物だった。


「……あっ」

「んぇっ」


 前者がその予想外の人物、ミカ。後者がそれを予想していなかったレンコだ。


「あ、あの……どちら、様、でしょうか……」

「いや、あの、こっちのセリフなん、スけど……」


 お互いがお互いのことを知らないため、非常にしどろもどろな対応となってしまう二人。いや、レンコに関してはミカのことを『話の上では』聞いていたが、予想外の出来事にそのことがすっかりと抜け落ちていた。予期していたならば、きっと、それ相応の対応をしていただろう。


「あの、ハルさん、いるっスか……?」

「えっ、あっ、はい、呼んできます……」

「た、頼むっス……」


 ぎこちない動作で、けれど素早く扉を閉めると、ミカは階下へと向かった。ミカの姿が見えなくなったところで、レンコは漸く思い出した。暫く前に、ハルが言っていたことを。


「……あ、例の記憶喪失の女って、あの人っスか」


 無論、時既に遅かったが。






「や、コミュ障かよ」

「違うっス! 知らない人間が出たら、誰だって驚くっスよ!」


 話を聞いたハルが一人で盛大に笑っていると、レンコは泣き出しそうな勢いで喚き出した。それから、背後の殺気。言葉は分からぬが馬鹿にされていると直感で察したミカが放っているものだった。


 それに気付き、すぐさま小さな咳払いをしたハルは、姿勢を正して座り直す。


「そ、それで……珍しいな。レンコがこっちに来るとは」


 若干誤魔化すように進められた話だったが、レンコもあれ以上話を掘り下げられたら敵わないと、それに乗った。


 ハルの言う通り、普段、レンコが彼の家を訪ねることはない。基本的に情報を得たいときはハルがレンコのもとを訪ねている。それがレンコの面倒臭がりな性格故なのか、セイフを警戒してのことなのかは不明だが、ともかく、これは珍しいことなのだ。

 にも関わらず、レンコがここを訪ねたのには、当然ながら理由があった。


「いや、セイフのことで大事な話があるから、態々こうして来てあげたんスよ。それなのにハルさん、コミュ障はちょっと酷いんじゃないっスか? このまま帰るっスよ?」

「あ、いや、悪い。すまん。ごめんなさい」


 ひれ伏した。この瞬間、彼にプライドなどという概念は存在していなかったのだろう。


 頬を膨らましていたレンコだったが、その態度を見て、『まあ、いいっスよ』などと言ってハルを許すと、余計な話などせずに本題に移った。


「……セイフの連中、動き出したみたいっス」

「……ミカか?」


 その言葉にピクリと眉を動かしたのはハルだけではない。ミカもだ。自身が狙われていることを知っているミカは、この手の話題に強い反応を示す。


「ミカさんではないっスね。いや、完全に無関係とは言えないっスけど、それとは別のものっス」

「別の?」


 一先ず、動き出した理由が自分ではないと知って安心したのか、ミカの緊張が和らいだ。だが、完全に油断はできないものと、再びその表情が強張る。


「ハルさん。どうしてセイフは、町の崩壊を気にもとめずに、遺物の発掘をしてると思うっスか?」


 レンコはそう問いかけた。


 ハルはその問いに対し、少し考える素振りを見せ、


「俺は……オートに、この町に、何かそれだけ価値のある遺物が眠っているんだと思ってる」


 そう答えた。薄々は勘づいていた。セイフがあそこまで躍起になっているのは、この町が……いや、この町に眠っている何かが重要だからだ。そして、そのためなら、この町を犠牲にすることも厭わない。


 ハルの答えに、レンコは小さく頷いた。


「わたしもそう思うっス。そして、それは恐らく当たってるっスよ」

「セイフが何か見つけたのか?」

「何を見つけたのかまでは。ただ、セイフの動きがおかしい。近々、その『何か』の大規模な発掘が始まるみたいっスよ」


 レンコは確実性のある情報以外を決して提供しない。この情報をハルに提示しているということは、それは間違いない事実なのだろう。


「でも、何故それを俺に?」


 今度はハルがそう問いかけたが、レンコの答えは大きなため息だ。まるで、何を言っているんだ、と馬鹿にしているようだ。


「ハルさん、忘れたんスか? 廃材都市オートは、『一級崩落指定都市』っスよ?」

「……なるほど、そういうことか」


 そこまで提示されて、漸く彼も理解した。その真意を。

 廃材都市オートは、その管理組織であるセイフによる遺物の発掘のおかげで、現在『一級崩落指定都市』に認定されている。いつ崩落してもおかしくはない。


 そんな状況で、仮に大規模な発掘など行われればどうなるだろう。オートは間違いなく崩落する。そうなれば、この町に暮らす人々も無事では済まないだろう。それは、ハルやミカ、レンコでさえも同じだ。


「わたしは、もうすぐここを離れるつもりっス」

「町から出た人間は、確か、例外なく死刑になっていたはずだ」


 オートは、オートから逃げ出す人間を許さない。遺物の持ち逃げ等が多発するためだ。そのため、オートからの脱走がセイフに知られれば、即座に死刑となる。オートから最も近い都市、中立都市サタまで逃れられればセイフによる法も届かないが、いかんせん、遠すぎる。そこまで逃げる前に殺されるのがオチだろう。


 だが、レンコは指を横に数度振って、それを否定した。


「セイフが遺物の発掘に躍起になっている今、門の警備は薄くなってるっス。タイミングを見計らえば、バレずに脱走することも可能っスよ」

「そのタイミングとやらは?」


 ハルがそれを言うのとほぼ同時に、レンコは懐から一枚の紙を取り出した。貴重であるはずの紙に、びっしりと、図形や文字が記されている。


「勿論、把握済みっスよ。これがそうっス」


 それをハルに手渡すと、立ち上がった。


「わたしはね、ハルさん」

「なんだ?」

「ハルさんのこと、結構好きなんスよ。優しいし、冴えてるし。正直……オートで一番信頼してるっス」


 彼女がここまで素直に感情を吐露するのは珍しい。それは、彼女をよく知るハルだからこそ知っている。今までそんなセリフを聞いたこともないハルは、それ故に、事態の深刻さを理解した。


 仮に、セイフによる大規模な発掘作戦でこの町が崩落せず、残っていたとして。そんな都市に残る意味など何処にある。


 否、存在しない。結局のところ、これは最初にして最後の、この町から無事に逃げ出すチャンスかもしれない。


 レンコは扉に手をかけた。開くのを、少々躊躇っている。


「だから……死んでほしくないんスよ。それを渡した意味、分かるっスよね」


 理解の早いハルならば、たったそれだけのことで理解できる。レンコは彼をそう評価していた。だからこそ、多くを望まなかった。望まなくとも、彼ならば、その結末へと辿り着いてくれると信じていたからだ。


「生きて、必ずまた会いましょうよ、ハルさん。勝手に死んでたら、許さないっスからね」


 そうして、扉を開いた。立ち去ろうとするレンコの背に向け、ハルは彼女の名を呼んだ。


……レンコ。


 彼女は振り返ることなく、ぶっきらぼうに返事をした。



「俺も、レンコのことは信頼してる。この町で一番な。そして……一番の友人だ」

「……そういうとこも、ハルさんらしいっスよ、ほんと」



 その時、彼女が小さく笑ったように思えた。そのまま立ち去る彼女の背を、彼らは今度こそ見送った。言葉など最早不要で、決意も既に固まっていた。




「ミカ……オートを出るぞ」







 それからの彼らの行動は早かった。レンコの用意した計画表によれば、オートの門の見張りは本来であれば五人用意されるべきところを、現在たった二人で警備している。しかも控えの組織員はその近くには滞在せず、一定周期でセイフ管理塔からやってくるらしい。

 ならば、チャンスは交代の直後。警備兵が二人しかいない間に、隙を窺うか作るかして脱走する他ない。


「幸い、俺たちにはレイガンがある。警備が二人なら、応援を呼ばれる前に倒しきれるだろう」

「はい……でも、レンコさんは……?」

「レンコのことだ。二人程度なら、見つからずに脱走するだろう」


 レンコの逃げ足の速さと隠密性はオート随一だ。五人ならともかく、二人ならばまず見つからずに逃げきれる。でなければ、情報屋など務まるまい。


「問題は、タイミングだな」

「タイミング?」

「ああ。俺たちは必ず、レンコが逃げた『後』に脱走しなくちゃならない」


 理由としては単純。レンコには恐らく警備兵たちを倒すほどの力はない。故に、彼女は隠れながら逃げることになる。そうなれば、見つからない限りは、セイフはその異常に気が付かないだろう。

 対するハルたち二人はセイフの見張り二人を倒して脱走する手はずだ。そうなれば、交代の見張りがやってきた際、その異常に気が付いて外まで追ってくるだろう。そうなった後、門の警備は元の通り厳重になる可能性が高い。彼らが先に逃げると、後からやってきたレンコは恐らく町から出られなくなってしまう。故に、レンコの脱走を確認した後に、ハルたちは脱走しなくてはならない。


「で、でも、打ち合わせも何も無しじゃ……」

「いや。ちゃんとその辺りは考えてるみたいだぞ」


 ハルが指差したのは計画表のある部分。そこには、レンコが大体どのタイミングで脱走するのかという記述と、脱走する際に目印を残しておくという記述の二つがあった。


「俺たちは、レンコが脱走する際に残す目印を確認する。それがあれば、脱走開始。無ければその場で待機。タイミングが合えば三人同時に脱出することも考えよう」

「それなら、最初から皆で脱出すれば良かったんじゃ……?」

「いや。俺にもレンコにもそれなりに準備がある。ちんたらして三人揃って全滅ってパターンが一番避けたい。バラバラに脱出するのは無難とも言える」


 だから、三人同時に脱出するのは、本当に運良く鉢合わせた時だけだ。彼女もそれは理解しているだろう。



 そうとなれば、まずは準備だ。成り行きで脱走することにはなったが、ハルにはまだまだやり残したことがある。それを終えるまではここを離れるわけにはいかない。それと同時に、脱出した後の支度も整えなければならなかった。


「ミカ。悪いが、外に行って買えるだけ食べ物を買ってきてくれるか。あと水も。ここから一番近い都市まで、食糧も無しに進むわけにはいかないんでな」

「わ、分かりました……! すぐに行ってきます!」


 有り金の殆どを持ったミカが飛び出していくのを見て、ハルも、自身の身支度を始めた。
























……それから少し経ち、ミカが食糧を買いに町に出た頃。


 少しずつ外にも慣れ、外出しても怪しまれなくなったミカは、堂々と、けれど急ぎ足で食糧を買い漁っていた。両手に持つ袋には、日持ちする芋やキノコ、水が大量に入っていた。



「すぐ、戻らないと……」


 これ以上持てぬほどに食糧を買い込み、一旦家まで帰ろうとした。



——その時だった。



「あぁぁっ、あんた、お恵みをっ……」

「ひぁっ……!?」



 突然飛び出し、彼女の前を塞いだのは、彼女がここにやってきた時にも現れた、あの老婆だった。あの時と同じ手口を使い、彼女の荷物をスリ取る。

 ミカも馬鹿ではない。一度目はハルの手で阻止された。二度も同じ手を食うほどではない。



「私、急いでるので!」


 横に抜け、そのまま通り過ぎようとした。しかし、老婆はその見かけによらず素早い動きでそれを阻止した。


「ああ、ああ、待ちなされ。そんなに急がないでおくれ」

「本当に、急いでるんです……!」


 今度は老婆を押しのけ、強引に突破しようとしたミカ。しかし、次にそれを阻止したのはその老婆ではなく、中年らしき男の声と、口元に添えられた奇妙な匂いのする布だった。



「そう焦らずとも良い。すぐに済むのだから」

「……え……?」



 思わず困惑し、振り返ろうとするミカ。だが、その時には何もかもが手遅れだった。


(あ……う……力、が……)


 全身から力が抜けていくのが分かった。手にも力が入らなくなり、持っていた袋は落ち、中の芋や水は辺りに散らばった。

 必死の思いで振り返り、それを成した人物を確認する。顔に見覚えはない。が、その衣装には確かに見覚えがあった。特徴的な青い制服。セイフの人間だ。



 ミカの意識はだんだんと暗闇の底へと沈んでいく。僅かに見えていた光さえもやがてその姿を失い、輪郭だけになり、そして、完全に無となった。


 そして、完全に意識を失い、その場に倒れそうになったミカを支えたのは、他でもない、そのセイフの男だった。彼はミカを静かに寝かせると、その口元を覆っていた布を胸ポケットにしまい込んだ。


 そんな彼に這い寄ったのは、あの老婆。老婆はあわあわとした様子で彼の左足に縋り付いている。


「ああ、これで、報酬を頂けるんでしょうね……!」

「うむ。よくやった、ご老体。約束通り、今後生活に困らぬよう、褒美をやろう」



 満面の笑みに包まれる老婆。しかし、その顔面を、男は容赦なく蹴った。右足で。


 骨が砕ける音と、噴き出す鮮血。老婆は数メートル吹き飛び、離れた場所で痙攣し、そのまま息絶えた。


 男はため息をこぼすと、もう一度あの布を取り出し、右の靴を拭き始めた。


「やれやれ。クズ如きが私の靴を汚しおって」


 その布を投げ捨て、代わりにミカを抱え上げる男。そのまま立ち去っていく彼を、町の人間は、ただ見送っていた。

次回更新は8月15日午前10時です。

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