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07 王都到着

一行は丘からダンダリア平原を見下ろす。


青々と茂った草の緑を青、赤、黄の花々が彩る美しい草原だ。ウサギなどの小動物に加え、大型の亀の魔物ランドニアがのっしのっしと歩いている。近くを流れるリーン川では鳥たちが水を飲んでいる。遠くのほうに目を向けるとかすかにぼやけた巨大な都市の輪郭が見えてきた。


はやる気持ちを抑え丘をくだり街道を進むと、やがて街道がいくつも枝分かれした場所にに出る。国中の街道が収束する場所だ。全ての道はここから始まり、またここに戻ってくる。


その地点には3mほどの岩があり、岩肌には紋様が刻まれていた。古代イェール語で「始まりの場所」という意味だ。


そしてそこから北上すると、たどり着く。


「これが王都イースタニア……!」


幾層にも張り巡らされた城壁についた傷はこの都市の歴史を物語っている。「全ての道が交わるところ」「最初の都市のひとつ」「聖竜に守られし地」「都市の女王」この都市に捧げられた称号を挙げればきりがない。メルが幼い頃に読んだ絵本や物語に出てきた都市についに入る時がきた。


跳ね橋を渡り、門の前までいく。御者とリズベルが門番といくつかやりとりを交わした後、門をくぐる。


「うわぁ、すごいたくさんの人……」


門をくぐった先の大通りには家々が連なり、軒先には露店が立ち並んでいた。石畳の道を多くの人が行きかう。今まで通った町とは密度がまるで違う。


黒のマントを羽織った魔術師、白のローブの司祭、槍を持った兵士。商人は自分の売り物の品の良さを通行人にアピールするため声を張り上げ、鍛冶屋からは鉄を打つ音が聞こえてくる。


人間種だけでなくスラっとした長身で耳の長いエルフに、ずんぐりしたドワーフ、小さくて獣耳のモフモフした半獣人コビット族など多様な種族がこの王都に集まる。


通りの脇に馬車を停め、そこで御者と別れた。リズベルとも別れの時だ。


「では私はここで。騎士団本部に報告に行きます。皆さん長旅ご苦労様でした」

「リズベルさん、本当にありがとうございました。よかったら家へ遊びに来て、また娘たちと仲良くしてやってください」


ザックスは新しい住所を書いた紙をリズベルに渡す。


「は、はい。ぜひ……。私も大体は騎士団本部にいますので、よかったら見学にでもいらしてください」

「リズベル。ありがとう。またね」


メルとリズベルは抱擁と再会の約束を交わし別れる。リズベルは人混みを器用にかわしていく。やがて角を曲がり見えなくなった。


「よし、新居に行くか。えーと『黒猫通り』の五番地だな」


ザックスが道と地図を交互に見ながら荷車を操作する。


「う、うーむ?この路地かな?ちょっと見てくるからお前たちはここで待ってなさい」


御者席から降り、路地へと向かうザックス。振り向きながらしゃべっていたので、右前方からやってきた通行人と衝突した。


「うおっ!?……いたた、す、すみません。大丈夫ですか」

「いえ、こちらこそすみません」


気弱そうな細目の青年は申し訳なさそうに謝り立ち去る。ふぅ、やれやれ、メルは独りごちると、指先をすぅっと青年に向けた。


「がはっ!?」


次の瞬間、青年は地面に叩きつけられる。見えない力に押さえつけられるかのように。


「お父さん!財布!その人がスッたよ!」


メルは青年の懐からこぼれた財布を指さし叫ぶ。ザックスは自分のふところをまさぐる。


「な、なに!?ほ、ほんとだ!財布がない!」

「ち、ちくしょ……な、んだこれ……!うぐっ……」


叩きつけられた衝撃で盗人は動けずにいる。メルが盗人の足下から石畳を素材にマッドゴ-レムの手だけを錬成し、足首をつかんで転ばせたのだ。そしてすぐに分解する。これなら誰にも魔術の使用をみとがめられない。


「ガード、来てくれ!盗人だ」


「スタアアアアアップ!!」


やたら声のでかいガードが駆けつけた。ザックスが盗人を引き渡す。すると再び暴れだした。


「スタアアアアアップ!!」


とにかくうるさかったが、ガードはメルが今まで見たどの戦士よりも強そうだった。犯罪は止めておこうと心に決めたメルであった。


騒ぎを見ていた通行人が解散するなか、男が一人だけ残って何やら思案顔をしていた。


男は金髪で鼻筋が通っていて、やや目つきは悪いが美男子と言っていいだろう。青い上衣(チュニック)にえんじ色のズボンという平凡ないでたちだが、引き締まった体つきのおかげで見栄えがする。


「嬢ちゃん、今の技はお前の仕業か?」


荷台に乗ったメルのほうを見て男はたずねる。メルはこんなにすぐに自分の術を見破る者に出くわしたことに驚き、またうれしくも思った。王都の人材の豊富さを示している。だがしかし。


「ふぇ?お兄ちゃん、何言ってるか分かんない……」


発動:『少女の完全なる擬態』。


「なんですかあなた。ガード呼びますよ。メルちゃん、大丈夫よ。よしよし」


効果:シスコン姉がめんどくさい相手を追っ払ってくれる。


「ふっ、まあいい」


男は去っていった。


「王都に来てすぐにスリにナンパに遭うとは。だがウチの娘には指一本触れさせんぞ」


メルは憤慨するザックスとマリルをなだめ、歩みを再開させる。


ひと悶着あったが無事目的の場所へとたどりついた。新しい家は路地の通りに面した一画にあった。扉を開け中に入る。家の中は窓のすきまからわずかに差し込む光だけで薄暗い。


「まずは窓を開けましょう」


マリルの指令にしたがい、メルはとてとて階段を駆け上がり、部屋という部屋の窓を開けて回る。窓から入ってくる風と光が家に新たな命を吹き込むかのようだ。開いた窓から通りをながめる。ここでも多くの人が通りを歩いている。


コビット族の司祭や和装のエルフの侍なんて変わり種もいる。通りを見ているだけで飽きないなんて故郷との村とは大違いだ。


荷ほどきをし、夕食をとった後、メルは早めに寝床につく。これから始まる新しい生活への期待に胸をふくらませて。




翌朝、朝食をとった後、初出勤となるマリルを見送る。パヴァーヌ夫人が出資する仕立て屋で働くのだが、今日は顔合わせで夫人の邸宅に向かうらしい。流石のマリルも緊張しているようでボタンを掛け違えている。


「もう、お姉ちゃん、ボタン掛け違えてるよ」


直してあげるためにメルが近づくとマリルのいい匂いがしてくる。当然、メルの匂いもマリルに届いている。かつてマリルが『天界のお花畑に住む妖精さんのような可愛らしくも高貴な香り』と評した匂いが。マリルは鼻をすんすんさせ匂いを堪能している。


「ありがとう、メルちゃん」


マリルはヨソ向けの顔からいつものシスコン姉の顔になる。ボタンを掛け違えてたのもわざとだったようだ。やはりこの姉、底が知れない……!メルは姉への警戒意識を改めた。


マリルの次はザックスの見送りだ。


「今日は市役所に転入届けを出したり、メルの学校のこと聞いてきたり、色々あるから帰るのは昼を過ぎると思う。お昼ご飯はそこらへんの店でとってもらっていいかい?」


「うん、大丈夫だよ」

「じゃあ、10リベラ置いていくから好きなもの食べなさい」


ザックスはなんとしてもメルを学校に入れたいようだ。メルはその心遣いはありがたかった。精霊魔術その他の体系的な学問を修めるにはいい機会だ。


しかし自由時間が減るのは痛かった。この王都の散策や町の外の周辺スポットの探索などメルにはやりたいことはいくらでもあった。


「魔物学者になるのに最適な学校を探してくるから楽しみに待っていなさい」


ザックスはナイスな笑顔でそう告げると家を後にした。魔物学者にはならないと日ごろからメルが言っているのに、まだあきらめていなかった。


「よっし、散策タイムだ」


ザックスが机に置いていった銀貨を手に取る。この世界のほとんどの国ではイルマ教国が発行している『リベラ通貨』が流通している。


イルマ教国は国と言ってもわずか数十km² の領土しか持たない。しかしその影響力は甚大だ。それもそのはず、この世界の最大宗教である光神教(こうしんきょう)の総本山だからだ。教国が価値を保証しているからみんなが使用するという訳だ。


10リベラあれば昼飯だけじゃなくおやつも買い食い出来るな。メルはそう計算しながらお留守番ゴーレムを配備して家を出る。都市の案内図を見ながら行き先を考える。まずはあそこしかない。


「騎士だ。たくさんの騎士がいる……!」


坂道を登り町の高いところにある騎士団本部へ足を運ぶと、赤や白のマントをたなびかせ、白銀の鎧をまとっている騎士たちが多くいた。カチャカチャと鎧がこすれる音、庭の修練場から聞こえてくる刃と刃が交わる音。視覚に聴覚に、騎士の魅力を存分に訴えてくる。


メルが門の外から庭にいる騎士たちをうっとりとながめていたら、不審に思われて声をかけられる。


「お嬢さん。誰かの知り合い?呼んでこようか?」

「い、いえそう言うわけじゃ……」

「どうしたのですか?」

「あ、リズベルさん。こちらのお嬢さんが……」

「メルさん?」


リズベルが驚きと喜びが混じった表情で現れた。


「あ、リズベル。こんにちは」

「わ、私に会いに来てくれたんですか?」

「え?う、うん、まあね。町を散策してたらここに来ちゃって」


昨日別れてから一度もリズベルのことを思い出さなかったとは言えない雰囲気なので、メルは調子を合わせておく。


一方、リズベルは夢見心地だ。つい、先日まで護衛対象だった目の前の少女を惚れ惚れと見つめる。


銀髪に卵型の愛らしい顔、サファイアのような輝きを秘めた瞳、強く抱きしめたら折れてしまいそうな細い体。一目見た時から心を奪われていた。


さらにリズベルを引きつけたのは、メルが実は熟練の魔術師であると知った時からだ。異形の敵を前にした落ち着き、司令官のような信頼さえ感じた。と思ったら下町の男の子のような口調になる。こんなに小柄な子にいくつもの魂が内在しているかのようだった。そのミステリアスさが興味を惹きつけてやまない。



しかしリズベルも仕事中なのでいつまでもふにゃっとした顔をしているわけにはいかない。

普段のキリっとした顔に戻るとメルにこう説明した。


「そうですか。私が案内したいところですが、今度の式典の警固についての会議があるのでお供できません」

「ううん、いいの。お仕事がんばってね」

「はい。この剣にかけて」


家宝のスパスパとスライムを切れる剣の鞘に手を当てるリズベル。騎士団本部の建物に引っ込むリズベルをメルは見送る。もうしばらく他の騎士を鑑賞して、別の場所へ行こうとした時、後ろから声がかかる。


「ちょっと、きみ」

「はい?」


メルが振りむくと二人の少女が立っていた。鏡で映したかのようにそっくりな顔をしている。唯一の違いは赤髪のサイドポニーテールの結ぶ位置がそれぞれ左右逆にしているところくらいだ。


「きみだね。姉さまをたぶらかしたのは」

「ミルカ。いきなり失礼だよ」

「うるさい、リルカ。くやしくないの?ぽっと出の小娘に姉さまを取られて。ええと、このマ、マルグレーテ?だっけ?合ってる?」

「たしか、メル・レンシア……」


「姉さま?たぶらかす?」


「とぼけないで。リズベル姉さまってば長旅から帰ってきたと思ったら、きみの話しかしないんだから」


このリルカとミルカという双子はリズベルの部下らしい。年のころは十五、六歳か。リズベルと同じく軽装鎧に身を包んでいる。


「こっちから話しかけても上の空だし。今朝なんてパジャマ姿で食堂まで下りてきたし、その上、私とミルカを取り違えるし。とにかく全部きみのせいなんだからね!」

「いやあ、前からそんなものだと思いますけど……」


メルはリズベルの不器用っぷりを思い出す。うん、ありうるありうると、一人納得する。


「きー!何様なの、きみぃ!姉さまはね、その美貌とクールさから『氷の剣姫』と呼ばれてるの。 きみのような子がなれなれしく話しかけていい方じゃないの」


「リルカ。でもこの子すごく可愛いよ、お人形さんみたい。姉さまと並んでたら絵になりそう。正直、姉さまがこの子を可愛がってたら萌えるわ」


「ちょっと、ミルカ!どっちの味方なの?」

「萌えるほう」


双子の言い争いを眺めていると、別の騎士が双子を呼びに来た。会議が始まるから早く来いとのこと。


「今日はこのくらいにしておいてあげる。次会った時は……えーとどうすればいいと思う、ミルカ?」

「姉さまとのデートをセッティングしてあげて、それを陰から見つめてニヤニヤする」

「うおおい!?キューピッドか!」


ツッコミが入ったところで双子は先輩騎士に首ねっこをつままれて引きずられていく。


騒がしい双子だった。しかしリズベルが慕われてるみたいでメルはうれしくなる。世渡りが苦手そうな上、家名で苦労しているという話を聞いていたから心配していたのだ。


メルは気を取り直して次の目的地へ向かう。

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