06 柔らかな女王
それぞれ馬に鞭を入れ、一目散に逃げる。リズベルは馬車の屋根をパカっと開いて、後方に迫り来るスライムを観察する。
幸いスライムの動きはゆっくりで距離は少しずつ開いてゆく。だが追い付かれるのも時間の問題だ。重い荷台を牽く馬は疲れるがスライムは疲れそうにない。お腹にたっぷりと栄養を残しているからだ。
走っていると右手前方のなだらかな斜面を下った先に村が見えてきた。旅のコースからはそれるので寄る予定はない村だ。
「あの村に逃げ込みましょう!」
御者が叫ぶ。あそこの村人がどうにか出来るレベルではない。むしろ被害が大きくなるのは明らかだ。しかしとりえずメルたち一行は一息つけるだろう。
「リズベルさん!」
返答を決めかねているリズベルに決断をうながす御者。リズベルは苦渋に満ちた顔をしている。しかしやがて答えを出す。
「ええ、そうしてください。村へ行ってください」
戦うにしても護衛対象の安全を確保してからでないと戦えない。村人からすれば迷惑極まりないが、緊急時のやむをえない判断だ。
スライムは火を嫌うから村人に協力してもらい火矢を射かければ追っ払えそうだな、とメルが算段していたその時、
「あなたたちは!私はヤツを!」
リズベルはそう叫ぶと馬車を飛び降りた。
「殲滅します!」
と言い、剣を抜き構えた。一行はあ然として、距離が離れていくリズベルを見送るしかなかった。
村へ被害を及ぼさないために戦うつもりのようだ。たった一人で。
やれやれ、不器用なヤツだな、本当に。メルはそう思いながらも口元には笑みが浮かんでいた。
メルはリズベルにクレイナイトを三体をお供につけてあげて、馬車に乗ったまま場を離れる。村に乗り込んたが、当然村人たちも困惑するばかり。話を聞くと以前からあの『スライムクイーン』に家畜を殺されるなどの被害にあっているという。
「錬成、クレイウルフ!」
ザックスとマリルを無事、村に送り届けたメルは、土で造った狼に乗り戦場に駆け戻る。ナイト三体のうち二体がすでに取り込まれ、残る一体も左腕を奪われ、バランスを崩していた。
「メルさん!?どうして戻ってきたのです!それに、この土の戦士は……?」
「助太刀だよ。リズベル一人で倒せるの?」
戦闘態勢のため、愛嬌をふりまくのをやめたメルに対してリズベルは困惑しているようだ。
「ごめん、こっちが素だから」
「了解しました。共に戦いましょう」
お互いにこくりとうなずくと、スライムに目を向ける。
「はい、まずはお互いの戦力について情報交換。ボクはゴーレムマスター。土で出来た戦士を戦わせる。精霊魔術は実戦で使えるレベルじゃない」
「私は剣技しか使えません。ただ、我が家に伝わるこの宝剣『オースキーパー』は全ての物体を切断することが出来ます」
全てを切断。すさまじい効果だが、スライムの『核』にまで届かなければ意味がない。
二人そろって物理攻撃しか出来ないのに、相手は最高の物理耐性。メルの口元に苦笑がもれる。
「どうする?どうにも相性が悪いみたいだけど。ゴーレムで向こうに誘導してそのスキに逃げるって手もあるけど」
「いいえ。今、私たちが逃げても、コイツはこの地の人々にとって脅威であり続けるでしょう。ここで排除します」
スライムの体内を見る。無数の動植物のなれの果てが体内に浮かんでいる。一体どれだけの命を取り込んできたのだろう。通常のスライムは30cmくらいで剣で核を突き刺せば動かなくなる。
「同感!こいつは生きてちゃいけない生き物だ!」
とは言ってみたものの、突破口が見つからない。地面の草を酸で焼き溶かしながらスライムはせまってくる。
「メルさん、危ない!」
スライムクイーンの体表から突き出した触手を切り払うリズベル。地面にゼリーの粒が散らばる。切り離された部分は『核』がないから動かない。ただのゼリーでほおっておけば土に還る。
「土に還る……そうか!」
「リズベル!もう少しヤツの体を削れない?」
「やってみます!」
襲い掛かる触手をばっさばっさと切り落とすリズベル。さすがに家伝の宝剣というだけある。並みの剣ならすでに使い物にならなくなっているはずだ。全てを切断するという特殊効果から酸に触れても切れ味も落ちない。
「やはりいくら斬っても、すぐにそこらのものを吸収してしまい体積が減りませんね」
「OK!それくらいでいい。次は……」
「次は?」
「逃げる」
「なっ!?」
戸惑うリズベルにメルはさっさと来いとうながす。当然スライムはメルたちの後を追ってくる。
「このままでは村にスライムが……」
リズベルが言葉を投げかけたそのとき、
ぐじゅうううううう!
突然、鉄を炉に入れたような音が鳴り、リズベルは驚き後ろを振り返る。後方のスライムが動きを止めて、体をわななかせいている。明らかに苦しんでいるようだった。
「スライムが悶えている……!?なぜ……!?」
「おいおい、どうした?食っちゃいけないものでも食って腹を壊したか?」
メルは自分の考えが的中したので、こらえきれず悪魔のような笑みをもらす。
スライムは取り込んではいけないものを取り込んだ。メルの錬成したゴーレムだ。と言っても土のゴーレムではない。
スライムの切り離された部分、それらはすでに生物ではなく土と変わらない。地面に散らばったそれらを元にメルはゴーレムを錬成した。ゴーレムマスターの固有スキル『万物錬成』で生物でないものは全てゴーレムの素材とすることが出来る。
『スライムクイーン』はそのゴーレムを、自分の切り離された体の一部だと思いこみ、体に取り込んだ。スライムの体から造られたゴーレムは、溶解液にも溶けず、体内を泳いで中心までたどりつく。そして無防備な『核』を酸で溶かした。
「悪食は身を滅ぼす」
メルが手を挙げパチンと指を鳴らすとスライムは爆散し、辺り一面に散らばった。
地面に散った無数の断片は死骸なので動かない。しかしただひとつ、うごめくものがあった。
「よう、どこへ行くんだ」
それはクイーンの核だった。ほんの小さな核の断片とそれを覆うゼリーが残り、活動を続けていた。途切れそうな命の灯火をけんめいに燃やしているかのようだった。
「そうか、お前も生きたいんだな……」
今にも絶命しそうなクイーンを突き動かしているのは生への本能だった。今までもその本能だけであそこまで大きくなり、元の自分よりはるかに大きな生物を食らうことが出来た。
幾千幾万の同胞たちの屍の上に、このスライムクイーンは突然変異としてこの世に生を受けた。細胞には他の生物に虐げられた記憶が刻み込まれている。周囲に散らばる断片に入り込めれば再び女王として君臨し、他の生物を喰らうことが出来る。かつて自分たちがそうされてきたように。
あとほんの数ミリで他のゼリーにたどり着くという、まさにその時。
「ダメだ、お前は命を食らいすぎた」
ブーツでグリグリすりつぶされた『核』は今度こそ活動を停止した。
「さてと……。後片付けが大変だな、こりゃ」
周囲を見渡しながらメルは愚痴をこぼす。
――――。
後片付け。断片を一つずつたいまつの火で焼却していく。散らばったスライムの断片と取り込まれていた生物や植物の残骸を片づけるため、近くの村人たちは総出で手伝ってくれた。スライムが退治された祝いに軽い祭りも開かれた。
リズベルは思いのほか重傷となっていた。触手を切り払ったさいに飛び散った断片が皮膚にヤケドをもたらしていたのだ。村人の家で薬師の手当てを受け、今はマリルが看病をしている。包帯を何巻きも巻かれているが、痕は残らないという。
「メルちゃんはケガしてない?」
「う、うん、大丈夫だよ」
メルは<天帝>スキル『ダメージ吸収』があるので全くのノーダメージ。少し魔力を消費したくらいだ。
「ならいいけど。リズベルさんが倒してくれたからよかったものの、なんでわざわざ危険なとこに行こうとするの」
「あ、あの、マリルさん。私はなにも……」
メルはマリルの肩越しにリズベルをじっと見つめ、かすかに首を振る。
「え?なにか言った?リズベルさん」
「い、いえ。…………申し訳ないですが、少し疲れたので一人にしてくれませんか?」
「あ、そうね。何かあったら隣の部屋にいるから、この鈴鳴らして呼んでね」
マリルが出ていきメルとリズベルと二人きりになる。
やばい。メルは焦った。視力も知能もない単細胞生物相手にほくそ笑みながら語りかけてたやべーやつだと思われてる。あと猫かぶりカマトト野郎とも。
「メルさん」
「は、はい」
「あなたは何者なんですか?」
リズベルのまっすぐな瞳がメルを射貫く。メルはその瞳を見るとぎゅっと胸にこみ上げてくるものがあった。
「ボクは……。確かにボクはみんなにたくさん嘘をついてる」
「心配をさせたくないから、家族に」
「ボクは遠いところから来た。本当にこの世界の人が誰も知らないような、遠い、遠いところから……」
「そんなボクを優しく迎えてくれたのがあの人たちなんだ」
メルはずっと胸に秘めていたことを思わず吐露してしまう。そうさせる力がリズベルの瞳にはあった。
「でもこれだけは信じてほしい。リズベルが立派な騎士だって言ったの。あれはウソじゃないよ」
メルは肩をふるわせながら、声を絞り出す。
「ええ、信じていますよ」
リズベルは柔らかく微笑んでみせた。
「普段の可愛らしいメルさんも、先ほどのメルさんもどちらも本当のメルさんですから」
「それに、私にはあなたたちが本当の家族にしか見えませんよ」
「リズベル……」
メルはずっとこの話を誰かに聞いて、受け入れてもらいたかったのだと今、気づいた。
「それに私も告白しないといけません。私は当初はこのクエストに乗り気ではありませんでした」
「もっと功を上げられるようなクエストをしたかったのです」
リズベルは罪を告白するかのように言葉をはきだす。
「でもメルさんがこの間、宿で言ってくれた言葉で気がつきました」
「私は家名のためと言いながら、ただ名誉にとらわれていただけだったのだと……」
「真の騎士は、名誉を捨てでも弱き者を守るもの」
「そうだね、リズベルのお祖父さんみたいに」
ふぅーっと息を吐いたリズベルはすがすがしい面持ちになっていた。
「おかげでつきものが落ちたかのようです。さて……メルさんもご家族に告白してみては?ちょいワル不良少女だということを」
「ええ、ムリムリ!」
そもそも少女ですらないんだが、とメルは思ったが流石にそこまでは言えない。
「い、いや。ダメだって」
「むぅ~……」
あ、コイツ秘密とか隠しごとか無理なタイプだな。というかモヤモヤした状態を許容できないというか。ク、クソ仕方ない。メルは奥の手を使うことにした。
「リズベル」
メルは顔を近づけ、リズベルのほほにちゅっと桜色の唇を当てる。唇に柔らかな熱を感じた。
「これでダメ?」
リズベルの白いほほが朱に染まる。メルは体を離し、部屋の扉の前まで行き振り返る。
「余計なこと言ったら承知しないんだからね!」
メルはびしぃっとリズベルに指を突きつける。コクコクと壊れた人形のようにうなずくリズベル。よし!メルは部屋を出て扉を閉める。
「……」
メルは一呼吸置いて今の行動を振り返ってみる。
うわああああああ。
メルは頭を抱えしゃがみこむ。
口止め料としてキスって、なんだその小悪魔系女子みたいな行動はあああああぁぁ!
メルは自分がますます業が深い生き物になっていく気がして、ゆううつになった。