05 騎士の誓い
森を行く道中、魔物に遭遇したがリズベルが難なく切り払った。
突進してくる大牙猪をかわし、すれ違いざまに叩き切る。
大きな角を持つホーンラビットの群れが一斉に襲い掛かるも、かわしながら横薙ぎで二体、刀身を返しざまに横一文字でもう二体。袈裟斬りで最後の一体をほふる。
「殲滅完了。進みましょう」
呼吸一つ乱さず報告するリズベルに、離れた馬車から見ていた一同は拍手を送る。見事な剣さばきへの賛辞だ。
美しい。その所作にメルも息を飲んだ。無駄な動作を省き、極限まで効率を追及した動き。何年も鍛錬を積んできたものだけが出せる美しさだ。
そしてあの剣。硬い甲殻虫をバターのようにスライスしていた。さぞグレードの高い剣なのだろう。赤く発光する刀身が振られるたびに、光の筋が尾を引いてなんともいえず美しい。
夜になった。ぱちぱちと音を立てる焚き火が、暗闇に染まった木々をかすかに照らす。回り道となったせいで、町へはたどりつけず今夜は野宿となる。晩ごはんはそこらへんで捕まえた野ウサギと野草のソテー。マリルが作れば野飯でも絶品料理となる。
火の番はザックスと御者とリズベルの三人の交代制ですることとなった。メルとマリルは馬車の中で寝させてもらえた。ベッドは一つしかないのでメルはマリルに抱かれて眠る。春とはいえ夜は冷える。マリルは自分の分の毛布までメルにかけてくれた。
ああ、愛されて守られてるなぁ。時にシスコンが過ぎるきらいがあるが、こういうところはお姉ちゃんなんだよな。だからマリルの前では可愛い妹でいてあげたくなる。メルは決意する。
絶対、無事にマリルを王都まで連れていく。そう心に誓い目を閉じる。
……このまま眠れればさまになったのだが、不運なことに尿意が襲ってきた。女の子は尿道が短い。急がねば。メルは毛布をマリルにかけ馬車をおりる。すると朽ちた木に座って火の番をしていたリズベルと目が合う。
「なにごとですか?」
慌てた様子のメルを見て心配そうに尋ねる。
「ちょっとお花を摘みに……」
ああ、と察したリズベルは見送ってくれるかとメルは思ったが、なぜかついてきた。
「あ、あのリズベルさん?一人で大丈夫だよ」
「いえ、夜の森をあなどってはいけません」
「はぁ、じゃあおねがいします」
用を足せそうな繁みの濃い場所まで行く。リズベルはまだぴったりとメルの後ろについてきていた。
「ちょ、近いから、もっとあっち行って」
「でも、何かあったら……」
「『サーチ』使ってるから大丈夫。敵意のある生命体がいたらすぐ分かるから」
「ああ、そうでしたね」
そう言ってリズベルは5mほど後ろの木の裏に半分、身を隠す。
「いや近いよ?」
音とか匂いとかあるでしょ?ねぇ?
「問題ありません」
「20m離れて」
「はい」
歩く音がしたのですかさず、
ばばっ!
すそをたくしあげる。下着を下ろす。かがむ。
「んっ」
出す。メルの体がぶるるっと震える。
「はああ~」
法悦の吐息がもれる。いらないやり取りをして時間をロスし、ガマンしていた分、解放のカタルシスが大きい。
「終わりましたか?」
「!?」
声は先ほどの5mほど離れた木の裏からした。
「あ……あ……」
離れたように見せてその場で歩いてただけ?メルは泣きそうになる。
「さぁ、行きましょう」
ううぅとメルはうめく。女の子になって色んな恥ずかしい思いをしてきたが、こんな恥辱は初めてだ。デリカシーがないのはこの子のほうだ。メルはとなりの騎士を恨めしげににらんだが、夜の森の暗さでお互いの顔はよく見えない。
メルの手をひいて歩き出すリズベル。
「足元に気をつけてください」
「うん、あっ……!」
言ってるそばからメルは地面のつたに足を取られ、バランスを崩す。
「危ないっ……!」
転びそうになったところをリズベルが抱きとめた。フワッといい匂いがメルの鼻をくすぐる。
「あ、ありがとう。リズベルさん」
お互いの体が密着する。その触れた部分の感触の柔らかさに、強くてもやっぱり女の子なんだなとメルは実感する。
体をあずけていてもリズベルの体はまったくゆらぐことはない。マリルに抱かれるのとはまた違う、リズベルならではの信頼感があった。
顔を上げるとリズベルの顔が間近にあった。あ、まつげ長い。リズベルも相当な美人だということに今さら気づく。そしてお互い目が合う。
「だ、大丈夫ですか?メルさん」
「う、うん」
なんだか気恥ずかしくなり距離を取る二人だったが、しばらく歩いているとリズベルが再び手を握ってきたのでメルは握り返す。
旅も四日目となった。
一行はやっと町らしい町までたどり着く。町の四方を囲む壁、石造りのアーチの門、哨戒にあたる兵士たち。今まで通った牧歌的な村とは雰囲気が違う。
メルがきょろきょろ辺りを見回していると、山羊と鳥をかけ合わせたような二足歩行の大型生物が荷物を運びながら目の前を横切る。鳥竜種のピックルだ。羽はあるが退化していて飛べないが、脚の早さとスタミナは馬にも負けないという。向こうの通りの店には貸しピックル屋なんてものもある。
「ふふ、お嬢さんたち。王都はもっとにぎやかですよ」
きょろきょろしがちなメルとマリルを見て、御者は楽しそうに言った。一通り町を見て、物資を補充したあと、宿をとり明日へ備える。一日ぶりのベッドで一行は気持ちよく眠れた。
ふとメルが目覚めると、リズベルがいないことに気づく。窓の外を見ると朝もやの中、表で剣を振るリズベルが目に入った。可愛らしいナイトローブのまま外へ出る。
「リズベルさん。ちゃんと寝ないと体に悪いよ。昨日の野宿でリズベルさんあんまり寝れてないでしょう」
「メルさん、おはようございます」
「ですが、訓練をおこたるわけにはいきません」
昨日見た剣技の冴えで、リズベルが人生の相当の部分を剣に捧げてきたことが、剣の素人のメルでも分かる。何が彼女をここまで駆り立てるのだろう。メルは聞いてみた。
「我がヴァイデンフェラー家の名誉を取り戻すためです」
リズベルは少しためらったのち、語りだす。
「祖先は戦場では常に先陣を切り、仲間から尊敬されていました」
「でも、たった一度の失敗で全てが変わってしまう」
「ウチは祖父の代までは城を預かる城主でした」
そこまで話し、リズベルの顔が曇る。
「先の戦争で城は包囲された。祖父は城と自分の命を差し出す代わりに、民の命の安全を願い出た」
「約束は実行された。ただ敵の将軍は祖父の心意気に感じ、命は取らず捕虜とした」
「でもそれが仇となった。戦争が終わり、国に戻った祖父を待っていたのは『裏切り者』の烙印」
「祖父の決断で無用な血が流れず、多くの命が救われたのに……!」
ぐっと拳を握り、憤慨するリズベル。
「私は祖父の汚名をすすぎ、家の名誉を回復したいのです」
「だから私が誰よりも強く清廉な騎士にならないと……」
「ごめんなさい。しゃべりすぎてしまいましたね」
はっとした様子でリズベルはメルのほうを見る。
「リズベルさんはもう十分立派な騎士だと思うよ」
「えっ……」
「だってボクたちを守ってくれてるじゃない」
メルはリズベルの剣技と人柄に十分信頼を置いていた。マリルに毒されつつあるのはいただけないが。
「メルさん……。そう言ってくれるとなんだか気持ちが楽になります」
先ほどの硬い表情が和らぎ、柔らかな笑みをこぼすリズベル。
「やっぱり女の子には笑顔が似合うよ」
「えっ……」
頬をそめるリズベル。し、しまった。こってこての口説き文句を口走ってしまった。自分も女の子なのに!メルは後悔したが口から出た言葉は取り消せない。
「あ、ありがとうございます……」
「い、いえ……」
二人して顔を赤くしながら部屋にもどった。
それから二日ほど、一行は問題なく行程をこなせた。少しずつ、町や村の間隔が狭くなってきて、王都へ近づいたと実感する。
今日も街道を行く。谷を抜け平原に出たところで御者は語りだした。伝声管から聞こえる声にメルたちは耳をかたむける。馬車と並走して荷車を運転するザックスも御者のほうを向く。
「そういえば、前の町でちょっと厄介な話を聞きましてね」
「なんでもこの辺りでスライムの特異種が出るんだとか」
特異種。通常種とは異なる行動パターンや生態を持った個体のことだ。えてして通常種より強い。
「な、なに!特異種!?見たい、見たいぞぉ!」
自称、魔物学者であるザックスだけは興奮している。
「通常より大型で消化能力も高く、ある程度大きくなったら分裂して増殖し、また食べて大きくなるを繰り返すんだとか。だからこの辺ではスライムが異常に増えているらしいですよ」
「子を生み落とすような習性からついたあだなが『スライムクイーン』」
仕入れてきたネタを御者は得意げに語り終えた。ザックスははしゃいでいる。
「おお、なんという生命の神秘!不老不死の秘密が隠されている!」
メルやリズベルは憂慮の念を抱く。もしそのウワサが本当ならかなり厄介な相手だ。
「大丈夫ですよ、お嬢さん方。ふふ、何を隠そう、私は『幸運のアルベルト』と呼ばれるくらい無事故を誇っておりましてね。この道、三十年で一回たりともそういうのに出会ってませんから、ご安心を」
なんだかフラグっぽい発言だとメルが思った矢先、家馬車を影が覆った。雲でも出てきたのかと外を見回したら『ソイツ』はいた。
全長10mはあろうかという巨大なスライムがメルたちを見下ろしている。と言っても目はないが、中心に存在する赤い核が目のように見えるのでそう表現する。
スライムは青く半透明なゼリー状の体の中に様々なものを取り込んでいた。リンゴの実をつけた木をまるごと、小動物の死骸、そして消化中の人間。皮膚が溶けて赤い肉がむきだしになっている。側に剣が漂っていることから剣士だったのだろう。
一同は目の前のスライムの危険性を瞬時に悟り、恐怖に身をこわばらせる。
「に、逃げろおおおおお!」