04 騎士リズベル
宿屋の広間でリズベルによる説明会が開催された。目的地の王都イースタニアまで十日かかるとのこと。
一日20km進むとして十日で200km。日本換算でいうと東京から静岡、いや名古屋あたりだろうか。メルはもう十年以上、日本地図を目にしていないのでは自信がなかった。
さらにリズベルは道端に生えているキノコは食べないこと、生食は絶対に控えるべき、など子どもでも知っているようなことをくどくどと説明した。真面目、というか不器用で融通が利かないタイプのようだ。
夕食後はそれぞれの部屋に別れる。男女別、ザックスと御者で一部屋。リズベルとマリルとメルで一部屋。
「ごめんなさいね、リズベルさん。父はデリカシーがなくて……」
寝間着に着替えたマリルは出会い頭の父の無礼な一言を謝罪する。
「いえ、別に。慣れてますから……」
どこか寂しそうな表情で口にするリズベル。
「私たちは騎士さまだって一目でわかりましたよ。リズベルさん、りりしくてかっこいいですから」
「ね、メルちゃん?」
「うん、リズベルさん。素敵」
メルは無垢な少女を装って励ましてみる。リズベルに気持ちよく護衛をしてもらうための方便である。ゴーレムで対処出来ない相手とそうそう遭遇しないとは思うが戦力は多いほうがいい。
「……」
リズベルはほほを染めて押し黙る。
まずい、怒らせてしまった?わざとらしかったか。少女の擬態スキルの未熟さを恥じる。いや恥じなくていいか?メルは混乱した。
「もう寝ましょう。明日は早いので。おやすみなさい」
「あ、はい。おやすみなさい」
「メルちゃん、私たちも寝ましょう」
「うん……」
ランプを消して床につく。ベッドは二つしかないのでメルとマリルは同衾。
メルはリズベルに嫌われてるとまでは言わないが、苦手意識を持たれているような気がした。マリルには普通に接しているのに。マリルのコミュ力がやたら高いというのもあるが。
「メルちゃん、すぐ仲良くなれるから心配しなくていいからね」
「そうかな。なんだか心の壁を感じるけど」
小声でささやきあう。
「リズベルさんは騎士としての修練を積むことに一生懸命で、同年代の同性の友達はあんまりいないみたいね」
「だからメルちゃんみたいな可愛い子に免疫があんまりないのよ」
「だからちょっとそっけなく見えるけど、きっと本心では仲良くしたいはずよ」
「……」
姉の十四歳とは思えぬ的確っぽい洞察にメルはちょっと畏怖を覚える。女の子はみんなこうなんだろうか。自分が鈍いだけなのかもしれない。
「メルちゃんの可愛さは劇薬……。少しずつ慣らしていかないとね、ふふ、ぶつぶつ……」
「お姉ちゃん、うるさい」
旅の二日目。
村を出発し、次の村へ歩みを進める。メルとマリルは馬車に乗せてもらえた。ザックスは家財を乗せた荷車を運転し、馬車の少し後をついてくる。
「うわぁ……。案外広いんだね」
「不思議ねぇ……。魔術ってすごいわね」
馬車の家の中のは外観からの想像よりずっと広かった。闇属性の魔術で空間が拡張されているのだ。ベッドやキッチンがしつらえてあり、窓から外の景色も見える。
「『家馬車』は初めてですか?」
リズベルは戸棚から取り出したリンゴをかじりながら聞いてくる。
「はい、リズベルさん。馬車自体初めてで」
「家馬車は本来は裕福な貴族が旅行する時に使うものですからね」
「パヴァーヌ夫人に感謝しないと。こんな素敵な馬車まで手配してくれるなんて」
平民相手にここまでの心配りをしてくれる貴族はそうはいない。姉の主人となる人物が善良なようで、メルは喜ばしく思う。
馬車の中を観察するメルだったが、リズベルの視線が気になった。こちらをちらちらと見てくる。
今日のメルはツインテール。マリルが結んでくれたものだ。その二つのテールは幼さを強調し、メルの愛らしさを引き立てていた。見る者に少しでも少女趣味があろうものなら、そのスキマをガバッとこじ開け、そこに甘砂糖をねじこみ塗りたくるような、そんな悪魔的可愛さだった。
「リズベルさん、今日のメルちゃん、可愛いでしょ。ツインテールにしてみました~」
「ちょっとお姉ちゃん、やめてよ。姉バカは」
抗議をものともせずマリルはニッコニコのご機嫌だった。どうやらメルの可愛さをリズベルに布教していくつもりのようだ。
「え、ええ……。はい、とっても可愛い、です……」
ほほをそめ、口に手を当て、目線をそらしながらリズベルはぽつっと呟く。布教活動は功を奏しつつあるようだ。
え、なんだ?これ?ひょっとしてこの『ボクを可愛がる会』は旅の間、ずっと続くのか?メルは暗澹たる思いにとらわれながら、馬車に揺られた。
旅の三日目。問題が起きた。
「あの峡谷を越えたら村があります。今日はそこままでですね」
御者が言う。
「待って!」
メルは声を張り上げる。普段おとなしいメルが大声を出したのでみんなが注目する。
「どうしました?メルさん」
「あの谷の影に盗賊が潜んで待ち構えてる。数は10、11……15人かな」
「どうして分かるの?メルちゃん」
「風魔術『サーチ』で常に200m圏内の気配はチェックしてるから」
「なっ、そんなことが……!?」
以前、ゾンビ伯爵の接近を許したことの反省からメルは索敵手段を増やすことにした。精霊魔術はうってつけだった。
精霊魔術は四元素を操る、この世界で最もポピュラーな術系統だ。
四元素とはすなわち火、水、風、土を指す。この術系統だけで攻撃、回復、防御、補助、一通りはこなせる。使い勝手のよい術が多く、魔術師に人気なのもうなずける。
ゴーレムマスターと違い、先天職業ボーナスはないものの<天帝>スキル『学習能力ブースト』があるので本職の者と変わりないスピードで学習できる。と言っても隣村で買った、何十年も前に書かれた初等魔術教本が唯一の教師なので練度不足は否めない。
使えるのも風魔術『ウィンドブラスト』と『サーチ』だけだ。
一行は進路を変えて、森の中をゆくこととなった。