42 対召喚術師
魔界騎士エリゴスの大剣の一振りで、一気に二体のゴーレムが粉砕される。メルはすぐさま補充錬成する。
他のゴーレムを見れば、飛び回るベビードレイクにほんろうされている。メルのゴーレムたちが対応したことのない飛行タイプだ。ゴーレムはベビードレイクの火を浴びたところを魔界花ザリチュの触手に貫かれ、破壊される。
ゴーレムは頑丈で、状態異常にも強く、再生産も容易という強みがある。
しかし対応力や柔軟性といったものはほとんどなく、そこはメルが補ってやらなければならない。
「あらあら。伝説の秘術ゴーレムもこの程度なの?がっかりね」
即席で作ったゴーレムが、一つの生命体である召喚術師の従魔に敵わないのは当然だ。補充したさきから次々に破壊されていく。まず相手の頭数を減らさねばならない。メルは植物ゆえ動けない魔界花に狙いを定める。手をかざし、呪文を唱える。
「『ファイアボ……!』」
「『ファイアバレット』!」
マルヴィナは胸の谷間から取り出した小振りな杖をかかげ、カウンターの呪文を唱えた。杖先から小さな火球をいくつもばらまき、メルの呪文詠唱を阻害する。威力を捨て、相手の詠唱妨害に特化した魔術だ。
こいつ、術師同士の戦いに慣れている……!
メルは王宮中で暴れまわっている他の数十体のゴーレム操作に脳内の術式領域を占有されているので、本来の詠唱速度が出せない。
メルは思考加速スキル『叡智の泉』をフル回転させ、打開策を考える。
まず、ゴーレムは数秒に一体潰されていて、その都度メルは錬成し補充している。補充のタイミングと倒されるタイミングによって戦線に存在するゴーレムが変わってくる。三体の時、四体の時、五体の時。
五体揃った時に勝負を仕掛ける。
そしてマルヴィナが魔界花を展開させている左斜め前方、あそこまで行けば魔界騎士のマントの死角となりマルヴィナに妨害されず、メルは『ファイアボール』を詠唱できる。そして魔界花を撃破し、一気に戦局を変えることができると読んだ。
3、2、1……今だ!
メルがスキをついて目的の場所まで移動し、詠唱を開始したその時。
「そうそう、その位置がいいわ」
魔界騎士の巨体をはさんで向こうから呪聞こえてくるのは呪文詠唱ではなく、マルヴィナの勝ち誇ったような声。
ズボボボッ!!
メルの足元を突き破って、触手が襲いかかってくる。メルがあっと思う間もなく、その細い体は触手にがんじがらめにされる。
マルヴィナはこれを狙っていた。メルがマルヴィナのスキを狙える位置だと思い込んだ場所まで誘導されてくることを。その場所に魔界花の触手を屋根瓦の下から這わせていたのだ。
マルヴィナはカツカツとメルに歩み寄る。メルはもがくも、メルの筋力ではとても触手のいましめを解けそうにない。
「人間、自分の読みや策が的中したと思った瞬間が一番、もろくなるのよね」
マルヴィナは艶然とした笑みをたたえ、言う。
「大丈夫よ、怖がらなくても。別に殺せとは言われていないし。お姉さん、あなたみたいなかわいい仔、すごく好みよ。おまけに度胸も賢さも兼ね備えている」
マルヴィナは瞳に妖しい光をともらせ舌なめずりをする。
「ねぇ、あなたは私みたいなお姉さんは好み?」
マルヴィナは細く長い指でメルの柔らかな太ももをつつっとなぞる。
「…………ぃ」
「え?聞こえないわ」
「大っ嫌いって言ったんだよ、お・ば・さ・ん!」
メルはマルヴィナの耳もとで思いっきり叫んだ。
「ちょ、調教しがいのある子ね!」
圧倒的劣勢のメルから聞きたかった言葉を引き出せずマルヴィナは唇を噛む。少し痛くしないと分からないようね、と思ったその時。
メシメシメシという音がした。マルヴィナが何かと思うとメルの背中から聞こえてきた音だった。
メルを縛りつけている触手のあいだから、何かが外へ出ようとしている。ぶちぶちっと木の繊維を引きちぎり、それは姿を現す。
バサア!!
「な、なんなの、それは……!」
メルは触手をぶちほどき、聖竜の翼を広げ、月夜に浮かんでいた。煌々と輝く月の光を背にばさばさと羽ばたく。メルが聖竜から授かったレリックスキル『聖竜の翼』だ。
これだけは使いたくなかったが、仕方ない。
翼をはためかせ風をマルヴィナとそのしもべたちに吹き付ける。
メルは魔界花が口から吐き出す息には毒が混じっていることに気づいていた。メルには毒は効かないが、その息を逆に利用しマルヴィナやベビードレイクめがけて送り込む。
「魔界花の毒に気づいたの?お利口さんね。でも当然、対策してるに決まってるでしょ」
言葉通り、マルヴィナもベビードレイクも毒が効いた様子はない。ドレイクは竜種なので『毒無効』スキルを標準装備している。マルヴィナは毒避けのアミュレットか何かで防御しているのだろう。
しかしメルの本当の狙いは別にあった。
メルは浮遊をやめてベビードレイクめがけて急降下した。ベビードレイクはメルの翼の威容を見て面食らっている。自分より大きな翼を持つ者に委縮するのは竜の本能だ。
そこをメルは両手をかかげドレイクの小さな体を抱きしめた。
「きゅいい!?」
「こら、暴れるな、よしよし」
ベビードレイクは敵にいきなり抱きすくめられたので、目を丸くし、手足をばたばたさせる。
しかしメルの体から伝わる体温、その柔らかさ、かわいらしい甘い匂い、それらを全身で感じると、
なんだか気持ちがとろんとしてきた。
「きゅいぃ」
やがて心からリラックスしたような面持ちになり、母に身を預けたような甘えた声をだした。
メルがちょっと本気でかわいらしさを出したならスキル『聖なる乙女』が発動し、魔物の心を支配できるのだ。
「ちょっとパピー、どうしたの!?早く振り払いなさい!」
「きゅ、きゅい……」
ベビードレイクは主に呼ばれるも、バツが悪そうにぷいっと顔をそむける。
本来、従魔の支配権の奪取など到底成功するものではない。しかし『聖竜の翼』と『聖なる乙女』の合わせ技一本でそれに成功したのだ。メルはプライドをかなぐり捨てた術が効いて胸をなで下ろす。
「よしよし、いい子だ」
「そんな、そんな……!」
マルヴィナはこの世の終わりを見たかのような表情になる。
「くっ!あとでお仕置きだからね、パピー!『召還』!」
『召還』は召喚した魔物を送り返す術で、魔物を呼び出す『召喚』と並び召喚術師の基本魔術だ。
もし召還できたなら従魔にかかった『魅了』状態は解除できる。その後、再召喚すれば再び戦力として計算できる。
しかしマルヴィナの精神集中は千々に乱れていた。卵のころからかわいがってきた従魔が反旗を翻したのだから当然だ。目の端には涙がたまっている。
そんな状態で術が発動するわけもなく、虚しく詠唱が夜空に響くのみ。
そのすきにメルはベビードレイクにスキル『ベビーフレイム』を命じる。ドレイクはメルに抱っこされたまま口から体に似合わぬ大きな炎を吐いてみせた。
魔界花の一体を焼き払う。硫黄の腐ったような匂いが鼻をつく。メルは次いで二体目に矛先ならぬ、ドレイクの口先を向けた。
そうはさせまいとマルヴィナは魔界騎士の盾でガードさせる。盾は炎を浴びてもビクともしない。
しかし魔界騎士は巨体をグラつかせるとばたーんと大きな音を立て崩れ落ちた。
ゴーレムナイトたちが鎧のすきまから剣でめったざしにしていたのだ。
「王より飛車をかわいがり、ってな」
「そんな……!?エリゴスまで……!」
魔界騎士は光に包まれると、その姿を消した。召喚された魔物は一定ダメージを受けるか、術師の魔力供給が途絶えると強制的に還される。
「『召喚』!汝、契約にもとづいて……!」
「させるか!」
マルヴィナは詠唱を言い終わる前にゴーレムナイトによって屋根瓦へと叩きつけられた。
「ああっ!!」
「さて、再起不能になってもらうぞ」
メルがマルヴィナに歩み寄る。そこに立ちはだかるものがいた。
「きゅ、きゅいぃ……」
マルヴィナの従魔のベビードレイクが体を震わせ、腕を広げ、主人をかばおうとしている。そのさまを見るとメルの攻撃的な気持ちがしぼんだ。
「ちっ、しょうがないなぁ」
「どうしたの?私にトドメを刺さないの?」
「そんだけ従魔が懐いているんだ、アンタが悪人でないことは分かる」
「ふん、甘いわね、お嬢ちゃん。……でも、そういう子嫌いじゃないわ。ほれちゃいそう」
メルの背筋にぞくぞくっとおぞ気が走る。怖くなったのでゴーレムに首をトンとさせマルヴィナの意識を飛ばしておく。従魔も強制的に召還された。
そしてマルヴィナを『土の堅牢』でガチガチに閉じ込めておく。メルは二人の敵を退けたので一息つく。しかしのんびりもしていられない。
「まずい、かなり時間を浪費した」
やるべきことはまだ多く残されている。議会派総裁トロストの捕縛、残りの業魔の撃破、王の側近たちの解放、塔に向かったリズベルたちへの加勢。体力、MPは少し消費しただけだったが、時間を浪費してしまったことが痛かった。
メルは再び『サーチ』のレーダーに視線を落とし、王宮全体の戦況を確認する。
ゴーレムナイトは一体でゆうに並の兵士十人分の力はある。にもかかわらず作戦開始から兵士の数はほとんど減っていない。
「おかしい。たとえ獣人兵士でも、こんなに苦戦はしないはずだ。……うっ!?」
メルがレーダーを注視していると急に敵を示す赤い光点が大きくなった。そしてゴーレムを示す緑の光点に覆いかぶさったかと思うと、ゴーレムとの魔力交信が途絶えた。それも一体だけでなく、十、二十と同時に。
兵士が急激に力を高め、ゴーレムを破壊したということになるが、にわかには信じがたい。
総裁トロストの居室に残っていたであろう業魔が魔力を増大させたのをレーダーが探知した。
「コイツの仕業か……!」
全体補助効果魔術?いくらなんでも効果範囲が広すぎる上、上昇幅も高すぎる。憑依系?催眠暗示系?思考を巡らせても答えは出ない。
答えがどうだろうとやることは一つだ。この業魔を直接叩きのめす。
メルは窓から建物内部に侵入し、業魔がいる場所を目指す。
T字になった廊下の曲がり角の左から、兵士が歩いてくることを『サーチ』で察知した。とっさにメルは大理石の彫像の陰に隠れた。
兵士は姿を見せる。メルの隠れている廊下のほうをちらと見て何もないことを確認する。そしてそのまま歩いてメルから見て右側の通路に進み、姿が見えなくなった。
今の兵士を見ても特段変わったところは見受けられない。術の影響を受けているなら、魔力で感知できるはずだ。
メルが兵士を右の通路に通り去ったのを確認し、左の通路へ向かおうとした時だった。
大理石に隠れていたメルを影がおおう。
「なっ……!?」
先ほどやりすごしたはずの兵士がぬっと顔を出し、メルをのぞきこんでいた。