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41 月夜の戦い

先頭のメルがそっと木板をずらし、梯子から身を乗り上げる。


『サーチ』で探知しても近くに敵はいない。みなも続き上がってくる。


敵にはまだ気づかれてはいない。メルの『マジックバリア』の防御を突破できる出力の『サーチ』を放てる魔術師はそうはいない。


しかし作戦を開始してメルから離れると他のメンバーは捕捉されるだろう。


最優先事項は塔に隔離されている王家一族の安全を確保。リズベルたちがこれを担当する。


次に前国王の側近と近衛隊長の解放、彼らの呼びかけがあれば、兵士たちも寝返るかもしれない。優勢なほうにつくのが兵士というものだ。


次には議会派の領袖トロストの捕縛。弁が立ち、市民にも貴族にも妙な人気のあるこの人物を処断して議会派を打倒しなければ、王宮を奪還しても意味がない。


そして王宮を守っているであろう業魔七騎の掃討。以上をメルが担当する。


メルは『サーチ』であらかた王宮の敵戦力の分析を終了する。


「意外だな、強い戦闘力の反応は二人だけだ。どちらも王宮奥の居住部分にいる」

「業魔七騎というからには七人、昼間のグロームを除いても六人はいるかと思いましたが」

「隠密技術に長けた敵がいるかもしれない。油断はしないように」


リズベルはクーデリア、ティシエ、ナッツ、アマリア、デーニッツを率いて王族が幽閉されている塔に向かう。


メルはそれを見送った後、両手を広げ、周囲の柱、壁から手当たり次第にゴーレムを錬成する。


その数五十体。今では最大百体ほど同時運用できるが、それではメル本体が術式を使用する余裕がなくなるのでこの数にとどめておく。それらを散開させ、王宮全体を攻撃する。



そのころ、ミルグラードの城壁とオーガの七口のちょうど中間あたりのなだらかな丘陵部。そこ岩の陰でジャックとロベールと、ロベールの配下二名が待機していた。


「レンシア卿から通信がありました。作戦を開始せよとのことです。ジャックさん、抜からないでくださいよ」

「ふん、こちらの台詞だ、ロベール」


ローグたち四人で城外に注意をそらす計画だ。少しでも内部侵入組の負担を減らす役目を負う。

ロベールはふと口を開く。


「ジャックさん、なぜあなたは命をかけるのですか?この国にゆかりがあるわけでも、アマリア王女に恩があるわけでもないのでしょう?」

「……王家の横暴や議会派の陰謀は知らん。ただその争いに巻き込まれて子どもが犠牲になることはないと思った。それだけだ……」


普段は感情を現さないジャックだが、その眼には複雑な思いが浮かんでいた。ロベールはふんふんと頷く。


「ロベール 、そういうお前はなぜこんな仕事を?」


「僕は公爵家の六男でしてね。しかも父上がメイドにお手つきして生ませた庶子だ。扱いの悪さは想像にかたくないでしょう?」


ロベールは自嘲気味に言う。


「僕は長兄ピエールを除けば他の兄たちよりすべてにおいて優れていました。それが面白くなかったのか、父にも兄弟たちにも疎まれましたけどね」


「でもピエール兄さんだけは違った。修道院に入れられるところだった僕に兄さんは騎士の仕事をくれた」


「だから僕はこの仕事に誇りを持っているんです。例え、裏方で何の脚光も浴びない仕事でもね」

「兄弟のため、か……」


ジャックは思うところがあったのか、感情を込めてつぶやく。


「さてお互い冥土の土産話にならないよう頑張りましょう」

「ああ」


ローグクラスには『残身』というスキルがある。


意図的に気配を強めて、その場に気配の残り香を設置するスキルだ。見張りなどがそれに気をとられている間に、こっそり裏をすり抜ける、といった場合に使用されることが多い。


今回はそれの応用でわざと気配を強め、城壁を守る兵士たちに侵入者の存在を意図的に知らせる。


ぞわぞわぞわっ!!


ロッドランには感覚の鋭い獣人兵士が多い。彼らのもふもふの体毛が気配を敏感に察知した。


やがて敵襲を告げる鐘が打ち鳴らされる。城壁外にいるのはたった四人のローグにもかかわらず、城壁の兵士たちは厳戒態勢になる。


月夜とはいえ、数百m先は何も見えない。やがて斥候が繰り出されるはずだ。二人はそれを岩の陰から仕留めて、時間稼ぎをする。


しかし上手くいったとしてもせいぜい一時間かそこらだろう。ミルグラードの前方の丘陵に設置されたオーガの七口からも兵士がやってきて捜索が開始されると、挟まれた四人は逃げ場がなくなる。


「やれやれ、作戦もへったくれもありませんね。そうだ、どれが先か賭けをしません?退路が断たれるのと、朝日が昇るのと、そしてレンシア卿たちが王宮を奪還するのとで」

「ふん、『奪還』に全賭けだ……!」

「そうこなくちゃ」



一方、議会派の総裁トロストの居室。警報を告げる鐘の音にトロストは跳ね起き、自身の護衛である業魔七騎に詰め寄る。


「お、おい、サリム、なんだ!?国王派の襲撃か!警備はどうなってる」

「『サーチ』……。7、8人、。それにこの反応は……非生物か?数十体いるな。これが『ファントムナイト』か」


「私が出るわ。サリム、アンタはここでトロストを守ってなさい」

「ああ、任せたぞ、マルヴィナよ」



メルは王宮の屋根まで上ってきた。立場上、自身の姿は極力見られないほうがいい。『サーチ』で王宮全域の状況を確認する。


無数の光点がレーダー上に映る。点が大きいほど強い生命力を持つことを示す。白い点はこちらに気づいていないか、敵意がないことを表し、赤い点は敵意があることを表している。


ゴーレムが散開するにつれて赤い光点が増えていく。兵士と接敵した証拠だ。


月に照らされまどろんでいた王宮がとたんに騒然となる。敵襲を知らせる鐘が鳴らせられる。


メルは足元からさぁーっと血が冷えていくような感覚に襲われる。死聖竜の時の騒乱とはまた違う雰囲気だ。今回は敵地な上、相手は人間だ。


メルの役目はできるだけ敵の注意を王宮の中心にひきつけ、塔に向かったリズベルたちの救助を妨害させないこと。


王宮全体を引っ掻き回すのはたとえマスタークラスの精霊魔術師でも召喚術師でも難しいだろう。多数を同時展開できるゴーレムは適任といえる。


メルはふといつか賢者から聞かされた昔話を思い出す。ゴーレムが兵器として使われそうになったという話を。確かにゴーレムは兵士には最適だ。決して術者の意に逆らわず、壊れても再補充も容易。


頭を振ってその考えを否定する。今回はあくまで人命救助のためにゴーレムを使うのだ。


メルの『サーチ』によるとリズベルたちは順調に塔に向かっている。途中に兵士がいるが、なんなく無力化して突き進んでいるようだ。塔の内部に強大な力を持つ敵の反応はない。


北西方向に巨大な赤い光点が二つ灯る。


「『業魔』は二人か。まずはコイツラを片付けないと……」


一人はメルを感知したのか、こちらに向かっている。もう一人はその場に留まっている。守るべき要人、おそらく議会派の総裁トロストの居室で彼を守っている。


そう考えながらふと上を見上げると、尖塔の上に人影がいるのに気がついた。


少女、メルよりいくらか年上の少女だった。


肩のあたりで切りそろえた黒髪に黒い瞳に漆黒のセーターにタイトスカート。首に巻くマフラーだけが血の色のように紅い。


少女は月夜を背にぼんやりと虚空を見つめている。


メルが『サーチ』のレーダーを確認しても少女がいる地点には反応がない。「隠密スキルに長けたローグか?」とメルが思考をめぐらしている刹那。


少女と目が合ったと思った瞬間、その姿は消えていた。


そしてメルは首筋に冷たいものを感じた。

少女が手にする漆黒の短剣がメルの首筋に当てられていた。メルが知覚したと同時に少女はそれを振り抜いた。


メルはどうっと屋根に倒れ伏す。


少女はビュッと短剣を振るい、つぶやく。


「敵、だったかな……?小さな女の子だ。違う、かったかも……。まずい」


少女はおろおろしだす。


「いーや、敵だね」


少女は今しがた手にかけたと思った小柄な銀髪の少女が勢いよく跳ね起きたので、目を見開く。自分の短剣とメルを交互に見る。


「なんで……?血、ついてない……」


『ダメージ吸収』スキルを持つメルにはあらゆる攻撃が通用しない。


「血が見たいなら見せてやる。ただしお前のな。行け、ゴーレム!」


メルの錬成したゴーレムナイトが跳躍し少女に襲いかかる。


「土の人形……?」


しかし少女の動きはゴーレムのそれをはるかに超える。ナイトは少女の短剣を受けようと剣を構えるも、短剣はすっとそれをすり抜けた。


黒い一閃が迅ったかと思うと、ゴーレムは土となり崩れ落ちた。メルはすかさず次のゴーレムを錬成しながら考える。


屋根の石材で出来たゴーレムをあの小さな短剣で、そして少女の腕力で両断できるはずがない。短剣に込められた闇の魔力と、アサシンクラスの得意とするスキル『破壊の一点』か。

『破壊の一点』は生物の致命点を見抜くスキルだ。ゴーレムにも適用できるようだ。


少女の短剣が再びメルの白い首筋を狙う。しかしメルの桜色の唇が不敵に言葉を紡ぐ。


「『覚えた』」


少女は異変を感じ、猫のように飛びすさる。


「なに、これ……」


屋根の床に伸びるメルの影から闇が凝集し、戦士の姿をとる。月夜を浴びながらもその光は反射することはなくただ闇だけが浮き上がる。その両手には短剣が握られている。


闇の戦士はその姿を揺らがせとか思うと、次の瞬間、少女の眼前に迫り、喉元へと斬りつける。


「くっ……!」


少女はすんでのところで短剣で斬撃を防いだものの、これまで無表情だった顔が初めて歪む。


この闇の戦士はメルが作ったゴーレム。その名も『シャドウゴーレム』。先ほど闇属性の短剣で本来なら致死ダメージの攻撃を食らったおかげで、メルは闇属性の魔力適性を獲得した。


そしてメルはもはや物質だけでなく影という概念からもゴーレムを錬成できる領域にまで到達していた。


シャドウゴーレムと少女は短剣で斬り結ぶ。


「おそい……」


気を取り直した少女はボソリとつぶやくと、先ほどよりさらに加速し、シャドウゴーレムを胴から両断した。


しかしメルはすでに次のシャドウゴーレムを錬成し終えていた。


「何度やっても同じ……。ぐっ……!?」


またもや少女は苦悶の声を上げる。シャドウゴーレムの斬撃が予期せぬ速度と角度で少女に襲いかかったからだ。


「もう一回言っておくか。『覚えた』」


メルの言葉通りさらにシャドウゴーレムは速さを増し、少女を追い詰める。少女の動きを学習してそれをゴーレムに反映したのだ。


「終わりだ。もうお前じゃボクに触れることすらできない」


少女は少しひるんだが、目を赤く光らせると魔力を展開した。シャドウゴーレムの足元の影から何本もの手が伸びる。


闇魔術『闇の従者の手』。闇に干渉できる数少ない魔術だ。その手はシャドウゴーレムを捕らえて放さない。


メルは顔をしかめる。そこに少女はゆっくりと近づいていく。


「あ、ひょっとして一体ずつしか出せない……?」


感情の乏しい少女の口元にわずかに笑みが浮かぶ。


メルはふんと鼻を鳴らし。、広げた両手の手の平を上に向け、さーっと腕を上げると影から四体のシャドウゴーレムが現れる。


「うそ、ずるい……」

「試運転だから一体ずつにしてただけだ。別に何体でも出せる」


「おっと、もう一体。『分解』」


『分解』で影の手に捕らえられていたゴーレムを分解し、ゴーレム錬成数の空きを確保する。そして再度影からシャドウゴーレムを作り出す。


アサシンの少女は奥の手もあっさり破られ、たじろぐ。


「お前は危険だ。再起不能になってもらうぞ」


「うっ……」


メルの冷酷な眼光に射抜かれた少女は怯む。しかしそこに閃光が照射され、光を浴びたシャドウゴーレムたちは霧散する。


「くっ、仲間か!?」


カツカツとブーツのカカトを鳴らし、歩いてくる女がいた。


「ラミィ、大丈夫?加勢しにきたわよ。客であるアンタを死なせたらボスに叱られるものね」


「あ、おばさん、あとはまかせた……。この子、むり……」


ラミィと呼ばれた少女はぴょんぴょんと飛んで屋根を伝い、やがて見えなくなった。


「コラ!誰がおばさんよ!つーか逃げんな!」


「人の命がかかっている。遊びに付き合ってるヒマはない」


メルは静かに告げる。時間を浪費したことと首を斬りつけられたことから、冷気を帯びた怒りの炎は沸点に達していた。


「魔術師同士の対峙よ?名乗りくらいあげなさい」


「私は『業魔七騎』、女主人(ミストレス)のマルヴィナ」


マルヴィナと名乗った女は赤髪を腰まで伸ばし、胸元が大きく開き、深いスリットのある闇色のウィッチドレスを着ていた。服の薄い生地が腰や胸の肉感的なラインを浮き出させている。


「ボクは……ヘクサメトロスだ。邪魔をするなら容赦はしない」


身分を明かしたくないメルはとっさに魔術師名を口にした。


「OK、そうこなくちゃね。あなた、古の秘術、ゴーレムを操るのね。ならこっちも私のしもべたちで相手してあげるわ」


「汝、契約に従いて我がもとに来たれ!火の岩をねぐらとする竜よ、魔界に咲き誇る腐れ花よ、そして魔界の誇り高き騎士よ!」


マルヴィナが召喚の呪文を終えると地面に魔法陣が浮かび上がり、光を放つ。そこから魔物が現れる。


「きゅいいぃ!」


『ベビードレイク』。火竜の幼体で赤い鱗をもち、小さな翼をパタパタはばたかせ、口から炎の呼気を吐いている。


「ぬちゅぬちゅ……」


『魔界花ザリチュ』。真っ赤な毒々しい花弁の中央には獣のような口が開き、禍々しい牙が顔をのぞかせ、触手のようなぬめりを持つ根を屋根瓦にに突き刺し根を下ろしている。三体いて主の前面に立ち、壁のよう立ちふさがる。


「がしゃんがしゃん」


『魔界騎士エリゴス』。3mはあろうとかいう巨体で漆黒の鎧を着込み、グレートソードを右手に、耐魔術の紋様が刻まれたカイトシールドを左手に構えている。


「私の仔たちとあなたのゴーレム、どちらが上手く調教できているか、比べあいっこしましょ?」


メルもゴーレム錬成を終わらせ、陣形を組ませる。


他のゴーレム数十体を展開しているため、メルが手動操縦できるのは五体だけだった。この五体で目の前の敵を撃破しなければならない。

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