39 奪還への糸口
メルたちは来た道を引き返し、首都ミルグラードの奪還に乗り出す。
途中、一行は議会派の敷いた検問に遭遇するが、メルのゴーレムで難なく突破する。敵をかく乱するため、いつもの土か石のゴーレムではなく、鉄のゴーレムで、人間の兵士に見えるよう偽装させた上で襲う。
「なんという技の冴え……!あれら一体、一体が歴戦の戦士に匹敵するなんて……!」
「すごい……!これなら本当に王宮を奪還できるかも……」
その動きは陰から見ていたアマリアとデーニッツの魔術師観を一変させるに足りたようだ。
世の常なる魔術師は前衛のお守りが必要で、その運用は小回りが利かないとされる。しかしそれは中級位階以下の魔術師の話だ。
メルはもはや一人で一つの部隊となるほどの魔力戦力を有していた。
倒したら金目の物や食料を奪う。鎧や剣などの金属はメルのゴーレムの素材用に運搬しやすい形に成形してストックしておく。
一行は倒した兵士たちに餓鬼のように群がり、素寒貧にする。旅の疲れでかなりストレスが溜まっているので相手への慈悲などない。強奪が終わるとアマリアが小躍りしてメルのもとへと駆け寄る。
「あの方、スライムグミを持っていました。みんなで食べましょう」
アマリアは戦果である小さな革袋を見せつけて嬉し気に言う。スライムグミ は酸抜きをしたスライムゼリーの中に胡桃や果実の欠片を入れた、この世界でポピュラーなオヤツだ。
「アマリア、すっかりたくましくなられましたね」
「あ、これは違うんです。敵を欺くための仮の姿で……」
「うぅ、アマリアさま。私は嬉しいやら、悲しいやら……」
「デーニッツ、あなたまでそのようなことを言うんですか?」
アマリアは珍しく憤慨して形のいい口を尖らす。みなはその様子に忍び笑いをもらす。
その夜は野宿となった。それぞれ手分けして食材を狩ってくる。それをナッツが普段、背に負っている鍋で調理していく。クーデリアも手伝う。八人もいて料理スキルが高いのはこの二人だけだった。
魔物の残留魔粒子は戦闘能力を持たない者が食べると毒になるので、それだけはメルが分解しておく。本来は専門技能で免許がいるが、魔力操作技術が達人の域をはるかに超えたメルにとって簡単な作業だ。
「じゃじゃーん。ホーンラビットのグリルに人食いキノコのソテーだ」
「おいしい」
「ナッツさんはお料理が上手なんですね。人は見かけによりませんね」
「あ、アマリアまでそんなこと言うのかよぅ。へんだ、お代わり禁止だかんな」
「えーっ!?」
「ふふ」
みなでたき火を囲みながら料理を楽しむ。為すべきことが定まったので、あれこれ不安の種を自らの心の中に探したりはしない。腹をくくり、今できることをやるだけだった。
翌日、途上で立ち寄った村でミディール伯が、ミルグラードを牛耳る議会派新政府に対し非難声明を出したとの情報を得た。アマリアとデーニッツはその朗報に喜びの声を上げる。
「やはりミディールに一度立ち寄ったほうがいいのでは。兵を率いれば次第に共鳴する者も増えましょう」
「いえ、それでは遅すぎます。堅固なミルグラードはまともに攻めたのでは落とせません。議会派の体制が整わないうちに、寡兵をもって内部から切り崩すしかありません」
「何より国を二分した戦いとなりますからね。辺境伯が侵攻してきている今、そんなことをしている余裕はないでしょう」
とは言ってもミルグラード侵入作戦も無謀には変わりがない。なにしろ都市内部の情報が足りない。
翌日――。
一行は今日もミルグラードを目指し林道を行く。風が木々の葉をざわめかせ、メルの銀髪をそよがせる。
メルは風のささやきの中に自分の名が混じっていることに気がつく。
誰かが風魔術『妖精のささやき』でメルの名を呼んでいるのだ。メルも『妖精のささやき』でその声をキャッチしようとする。
「メル・レン……殿……メ……レンシア殿……。応答願……ます……」
罠かと思ったが敵対勢力にメルの名はばれていないはずだ。そして交信相手はイースタン王国王立騎士団の符丁を使ったのでメルは信用することにした。
「こちら、メル・レンシア、そちらは?」
「こちら、王立騎士団、裏五番隊、ロベールです」
「通信では傍受される可能性があるのでそちらへうかがいます」
「了解」
裏五番隊という聞いたことのない部隊名だったが、発音も名前も王都風だったので問題ないだろうと判断する。
しかし林道を少し外れた森の中でしばらく待っても交信相手は現れない。『サーチ』にもひっかららない。やはり罠か?とメルがいぶかしんでいると声がした。
「お待たせしました」
メルたちは声のするほうを向く。しかし姿はない。その時、後方でガサガサと音がした。次いで金属がぶつかり合う甲高い音。
「っと……!」
声がしたほうに一行が振り向くと、木の上から人影が二人降り立った。
ジャックと、もう一人は見知らぬ青年だ。
「くだらんマネはやめろ……」
ジャックはその青年に低く告げる。
青年は宵闇色の軽装鎧にフードをかぶっていた。
服装からして正規の騎士ではなく、ローグナイトだろうか。少しカールした栗色の髪と青い瞳が人目を引く。まだ顔に幼さが残っていて、年の頃、十六、七と見受けられる。
青年は風魔術で自分の声をメルたちをはさんで向こう側に送り、自分の位置を誤認させていたのだ。それをジャックは見抜き、彼を引っ張り出したのだ。
メルも『サーチ』で索敵していたが、『サーチ』ではローグの『隠密』スキルは探知できない。『隠密』スキルを看破できるのは同じローグの『気配探知』しかない。
「別に悪意があったわけじゃないんだけどなぁ……。おっと、レンシア卿。初めまして」
「私はロベール。裏五番隊、密偵部隊の長を務めています」
「密偵部隊……」
メルはロベールと名乗った青年が誰かと似ている気がした。
「お気づきですか?私は聖騎士ピエールの弟です。兄がお世話になっております」
「ああ、ピエールさんの」
確かに兄に似て美男子だが、眼光や身にまとう雰囲気にどこか影がある。
「まいったなぁ。こんな大勢の人の前で自分の姿をさらすなんて。密偵部隊失格だ」
ロベールはそう言うと、かすかな殺気をジャックへと向ける。
「ロベールさん。仲間の非礼は詫びます。ですが時間がありません。話を聞かせてください」
「すいません、レンシア卿。私は兄ほど人間ができていないのでつい」
言うほどピエールが人間できてたか?と思ったがメルはスルーする。
「私たち密偵部隊は各国の主要都市に潜んでいて、集めた情報を王都へと送っています。数年前、国王がかわって以来、情勢が不安定なミルグラードをは特に注視していました」
「イースタン王国は今回の件にからんでいないんですね?」
「ええ、議会派の新政府樹立も辺境伯の侵攻も想定外のことです」
メルはその情報に胸のつかえが取れた気持ちになる。
万が一、今回の事件がイースタン王国の陰謀だったなら、それを阻害しようものなら国家反逆罪で、メルだけでなく家族まで危険にさらされると危惧していたのだ。しかしそれは杞憂だった。
「今、王都の王侯議会は対策を練っています。議会でも意見が割れているようです。外交で慎重に事を進めるか、剣を突きつけるかで」
戦争となると侵攻されたほうだけでなく、侵攻する側も大きな負担となる。いくら国力に大きな差があるとはいえ、侵攻か否かは早々結論が出るものではない。
「ボクたちはミルグラードに潜入し、王宮を奪還し、王族を救出するつもりです」
「なんと……!?手はずは、兵力は?」
「手はずはボクで、兵力もボクです。千の兵に匹敵すると謳われた『聖騎士』なら可能なことでしょう?」
「……あっはっはっ。兄が言った通りの人だ」
ロベールはメルの言葉に呆れたように笑い出した。
「兄から言われています。もしレンシア卿がまだロッドラン国内に滞在していて事を起こそうとするなら力になれ、と」
聖騎士が王都を離れる時は、騎士団に行き先と理由を告げなければいけないので、騎士団の者なら誰でもメルがロッドランにいることは知っている。
「ピエールさんが。ではお言葉に甘えさせていただきます。現在のミルグラードの状況は?」
ピエールは説明を開始する。
まず、議会派の領袖であるトロストという評議員が総裁として君臨していること。
王族は王宮に隣接する塔に幽閉され、国王の側近たちや王宮の守備隊隊長は地下牢に囚われている。王宮は議会派の私兵が占拠し、防衛に当たっている。
「どうもその私兵の中に魔術師がいるようです。王宮に潜入し探っていたこちらの密偵が首都近郊の森で死体で発見されました。隠密技術において私が何よりも信頼をおいていた部下なのですが」
「魔術師……。厄介ですね」
索敵能力が高く、敵対者をためらいもなく殺せる魔術師の存在。当初の想定以上に敵は手ごわいかもしれない。メルは質問を続ける。
「辺境伯侵攻について議会派の対応は?」
「主だった動きは見られません。市内の混乱を収めるのに苦心しているとはいえ、動きが無さすぎると言っていいかもしれません」
「やはり辺境伯と議会派は結託している?」
「かもしれません」
「だとしたら議会派は憂国の士でもなんでもなく国賊ですね」
おそらく何らかの裏取引があるのだろう。議会派政府をのさばらせておくわけにはいかない理由が見つかった。アマリアを新女王に据えて安定を図るのが、ロッドランひいてはイースタン王国のためとなる。
「市民の反応は?」
「市街ではまだ小競り合いが続いていますね。国王を支持するものもまだまだいます」
議会派の貴族もおおっぴらに国王派の市民を弾圧するわけにはいかない。人口の大部分は市民なのだから。
「諸侯やそのほかの都市の反応は?」
「まだ調査中ですが、王殺しを歓迎する者はいないでしょう」
「なら王宮を占拠する議会派さえ倒せば」
「ええ、まだ間に合うかもしれません」
王権の復権はまだ可能だということだ。議会派が倒れると辺境伯もロッドラン侵攻の大義名分を失うので、やはり最優先事項は議会派の打倒ということになる。
そのころ、首都ミルグラードの『王宮』、あらため議会派が『総裁府官邸』と呼ぶ建物の一室。議会派の幹部たちが議論を交わしていた。幹部が総裁であるトロストに質問を投げかける。
「トロストよ。市民たちの中にも我らを非難する者が多いようだ。王殺しはまずかったのではないか」
「あれは事故だから仕方あるまい。なに、兵たちさえつかんでおけば問題はない」
「王族や側近たちの処遇はどうする?」
「まだ使い道はあるから生かしておくほかないだろう。処刑しても反発を招くだけだしな」
「イースタン王国の辺境伯が侵攻を開始したとの報もあるが」
「国王派のデマに決まっておる。和平条約はまだ有効なはずだ。侵攻してくるわけがなかろう」
総裁であるトロストは自分にすがるような目を向ける幹部たちを振り払うように、ぽんぽんと答えていく。議論の最中にもかかわらず、チキンをむしゃりとほおばる。でっぷりとした巨体をまだ肥えさせるのかと幹部たちは思ったが、そこがこの男の頼もしいところでもあった。
「今日の会議はこれくらいでいいだろう。なに、市民も支配が王家から我ら大評議会に変わるだけだと分かれば抵抗もそのうち収まる」
納得した様子で幹部たちは席を立ち、会議室をあとにする。
一人になった途端にトロストは机に突っ伏す。その額には脂汗が浮かぶ。そんなトロストに声をかける者がいた。
「トロスト。なんだそのみっともないさまは。それでも議会派総裁か」
ぬうっと男の影が浮かび上がる。気配を消してずっと前から会議室にいたのだ。
「だ、だだ、大丈夫なんだろうな?お前たちの言う通りにして」
トロストに先ほどまでの威厳はなくなっていた。単に虚勢を張っていたにすぎない。
「ああ、我らに任せておけばな。今までもそうだっただろう?お前が総裁の地位にまで上りつめたのが誰のおかげか忘れたとは言わせんぞ」
「あ、ああ。覚えているとも」
「しかし辺境伯が本当に侵攻してきたのなら手を打たねば」
「大丈夫だ。対策はしてある」
男はなおも疑いの目を向けるトロストに冷たい視線を突き刺す。
「いいか、お前が不安を見せれば下の者も不安になり、そこから決壊する。自分の命が惜しければどっしりと構えていろ」
「わ、分かっている!」
トロストは乱暴に扉を閉め、部屋を出て行った。
そこにさらに人影がうっすらと浮き出る。大柄な男と細身の女の影だ。
「ほんと、使えない男ね」
「まあいい、所詮ヤツは飾りにすぎない。束の間の総裁さまを楽しませてやればいいさ」
「それより王女アマリアはまだ見つからないのか。『アレ』の在り処を知っているのはもはや王女しかおらんぞ」
「ああ、王女はミディールにもラッセルにも向かっていない。かといってイースタン王国の辺境伯領を通過できるわけもない」
「そこらの城主がかくまっているのかしらね?」
「ミディール方面の検問が潰されたらしいが」
「やっぱりミディールに逃げ込んだの?」
「いや、それがどんどんミルグラードに向かってきているようだ」
「何が起きているの?国王派が結集して軍を編成したというの?」
「分からん、少数らしいが。部下の話によると何の前触れもなく現れた兵士に襲われたとしか。凄まじい速さと統制の取れた動きで襲撃され、一瞬で部隊が壊滅したそうだ。人間離れした動きから、そいつらを『ファントムナイト』と呼んで恐れている」
大柄な男は困惑を隠しきれない様子で言う。
「『ファントムナイト』……。召喚術師ね、それも高位の」
「腐っても国王派。まだそんな魔術師がいたか。厄介だな」
「ふん、『七騎』が三人も集まってうろたえるな」
リーダー格と思しき男がぴしゃりと言い放つ。
「しかし敵を捕捉できんことにはな」
「ふっ、簡単だ。いぶりだせばいい。こちらには駒がそろっている」
その男はニヤリと笑って言った。