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36 思わぬ拾い物

「ゴーゴー!パカラー!」


翌日、メルたちはピックル牧場を訪れた。黄色や茶の羽のピックルが数十頭飼育されている、森に囲まれたのどかな牧場だ。放牧場を囲むように一周1500mの調教ダートコースが敷かれている。


平日なので隣接する競羽場はレースは開催されていないが、牧場ではピックル試乗ができる。


メルは自分の愛羽であるパカラを走らせる。併走するのは牧場のピックルトレーナーの親父と、牧場のピックルを借りて騎乗するリズベル。


三人は並んでカーブを曲がる。ゴールであるポールまであと200m。メルの乗るパカラが体半分ほど前に出ている。

メルは拍車をかける。ぐんと加速し、風の壁が顔を打つが、騎乗ゴーグルのおかげで目は開けていられる。


そしてそのまま一着でゴール。


「わーい、勝ったぁ」

「ふぅ、パカラは速いですね」

「お嬢ちゃん、イースタンの貴族かい?こいつぁ、いい羽だ」


トレーナーの親父が感心して言う。


「いえ、貴族ではありませんけど、色々あって……。そう、あれは数年前の冬の日、魔物に襲われて瀕死のこの子の親から、卵を託されて……。ボクはそれをベッドで懐にいだき暖めること一週間、そうして生まれてきた子がこのパカラなんです」

「なんて泣ける話なんだ……!」

「メルさん!?つい数日前に王都のピックル協会で買っただけでしょう?」

「ちっ……、ばれたか」


パカラへの愛着からつい物語をねつ造してしまったメルだった。


ティシエとクーデリアは柵に身を預けてそれを眺めていた。


「楽しそうねぇ。二人とも」

「ティシエさまもピックルを借りて一緒に競走なされては」

「ピックルは乗りなれてないし。そもそも競走もあんまり。男の子じゃないんだから」

「ふふっ。そうですね。ご主人さまとリズベルさまは時々少年のような振る舞いをしますものね」

「あ、あっちの放牧場で羊にエサやりできるみたいだから行ってみましょう」


その時、叫び声が聞こえてきた。


「うわーん!放せったらー!」


ティシエが目を向けるとピックルの放牧場で見覚えのあるコビットが叫んでいた。

二人が近寄ってみるとナッツだということが分かった。ナッツはピックルに襟筋をくわえられ足を宙でバタつかせている。


「こんにちは、ナッツ」

「お、お嬢ちゃんたち。奇遇だな。こんなところで会うなんて」


ナッツは咄嗟にクールな感じを演出しようとしているがサマになっていない。ティシエは抱きかかえてピックルから解放してあげる。


「おうおう、ジャック。相棒が助けを呼んでるのに無視とはなにごとでぇ!」


ナッツはピックルの側面に回り込むと怒鳴りこむ。ティシエもそっちに回り込むとピックルの横っ腹に顔をうずめるジャックを確認した。ナッツの大声に気づくと、顔を離し立ち上がる。


「ああ、すまない。ナッツ……。ん、お前たちは」

「あら、ジャック。こんにちは」


ジャックの顔がピックルの羽まみれになっていたのでクーデリアはそれをぬぐいとってあげる。するとジャックはかたじけないと小声で言った。


「お二人もピックルと戯れるためにこちらへ?」

「ああ、お前さんたちのおかげで当面の路銀は稼げたからな」


メルとリズベルもナッツたちに気づくと駆け寄ってきた。


「ナッツ、それにジャック」

「なんだかオイラたち縁があるのかよく出会うなぁ。どうだ。メルぼん。オイラたちと組まねぇか。世界中をまたにかけてダンジョンを探索してお宝を探すんだ」


「ごめんね、ナッツ。ボクは魔術学院の学生だし騎士団の仕事もあるし」

「そうかぁ。残念だ。しかし多忙だなぁ、メルぼん。魔術師で騎士かよぉ」

「うん、色々成り行きで」


一行が談笑しているとトレーナーの親父がやってきた。


「嬢ちゃんたち。わりぃ、今日は店じまいだ。ピックルたちを厩舎に入れてやらねぇと」

「何があったんです?」


曰く、森を挟んだ向こうの農場で飼われているファングピッグという大きな牙を持つ豚の魔物の品種が逃げ出したそうだ。


「ファングピッグは繁殖力も高くて、丈夫で肉質もいいんだが、毎年この時期になると屠殺されることを察知して暴れちまうことがあるんだ」


「普段ならしばらくしたらおとなしくなるんだが、群れの中に特異種ピッグキングが出現してしまって、群れ全体が強化されてるらしいんだ」


「そんな危険な種族わざわざ飼育しなくても」


「んで、柵を壊して森に逃げ込んだからひょっとしたらこの牧場に現れるかもしれねぇ。大事なピックルたちに万が一のことがあったらいけねぇから厩舎に入れなきゃなんねぇってわけよ」


「なるほど。では、ボクたちが捕まえましょう」


ピックルの愛好家にして騎乗者のメルとしては捨て置けない案件だった。


ジャックはナッツの耳をくいくい引っ張る。ジャックも手伝いたいようで、その意思をナッツに伝える彼ら流のコミュニケーションだ。


「しゃあねぇ。オイラたちも手伝うぜ。報酬ははずんでもらうけどな」


「ええ~今日はミルグラードで午後からショッピングするはずでしょ~?ちょっとリズベル、クーデリア。メルを止めて」

「まぁまぁティシエさん。メルさん、やる気みたいですし」


というわけで一行は林道を行き、件の農場へと足を向ける。


農村では犂を牽く牛がせっせと働き、木造でかやぶき屋根の簡素な家が寄り集まって建っているのが目に入った。畑ではちょうど麦が熟し黄金色の穂を垂らし、刈られる時を待っている。


村人たちがメルたち一行の旅人とは一線を画した風貌を見て、近寄ってきた。事情を話すと拝み始めたのでそれを制止してファングピッグの行き先を聞く。近くの森へと案内された。


まず水辺近くでメルはジャックの隠密スキルでともに待ち伏せ。そこに他の者たちに追い立てられて水分を失ったファングピッグがやってくる。それをメルの土魔術『土の堅牢』で捕獲。二時間ほどですべて捕獲できた。


――かくしてこの事件はメルたちの活躍により無事、解決した。


「ありがとう、ジャック。ジャックのおかげで楽に終わったよ」

「なに、ピックルのためだ……」


ジャックはピックルの羽毛を一枚手に持ちいじくっている。


そういえばナッツも毛並みがいい。ナッツは相棒のつもりなのかもしれないが、ひょっとしてペットなのではという考えがちらりとメルの頭に浮かんだ。失礼なのでぶんぶんと頭を振ってその考えを忘却の彼方へと葬る。


そのあと、村の祭りに参加していたら、日が暮れてきたので一行は村に泊めてもらうことになった。




――翌日。一行はロッドランの首都ミルグラードに向かっていた。


「今日こそ絶対ショッピングを楽しむんだからね」

「はいはい」

「思えば早いものでミルグラードに着いてからもう五日目ですね」


一日目 町に着いた時は夕暮れ時。宿探しで終わる。

二日目 ダンジョン攻略 温泉。

三日目 観光 温泉。

四日目 ピックル牧場 ファングピッグ狩り 村で祭りに参加。


とゆっくり町を回ったのは三日目だけしかなかった。


ジャックとナッツもともにミルグラードへの道に同行している。


ナッツは普段は馬にジャックと二人乗りしているが、今日はジャンケンで勝ったリズベルの懐に抱かれている。


林道を走っているとジャックが速度をゆるめる。そして馬車に座るメルに向けて言う。


「むっ、メル……。気づいたか?」

「うん、数百m先で二人組が馬に乗って追われている」

「相手は十人ほどだな。野盗か……」


ローグクラスの索敵スキル『ホークアイ』は風魔術『サーチ』と同等以上の性能を誇る。


「助けよう」

「リズベルとクーデリアとナッツは前衛、ジャックはかく乱&援護、ボクとティシエは後衛」


メルの指示に一行は散開する。



数百m先の林道では初老の男と若い乙女がそれぞれ馬に乗り、拍車をかける。その顔には憔悴が色濃く出ている。


「アマリアさま!ご無事ですか!」

「ええ、デーニッツ」


初老の男が乙女を気遣う。二人は主従関係のようだ。


その後ろに鎧を着込んだ野盗が乗る馬がつけている。


野盗が放った矢が初老の男の脚を射抜く。馬は驚きバランスを崩し、どうっと倒れた。


「アマリアさま、私のことはかまわずお逃げくださいっ!」

「そんなあなたを置いてはいけません、デーニッツ」


アマリアと呼ばれた乙女が逡巡しているうちに野盗たちの馬が追いつき囲まれる。


「アマリアさまには指一本触れさせん!」


デーニッツという初老の男は脚に刺さった矢を引き抜き、筋肉操作で止血すると立ち上がる。そして剣を抜き、乙女に迫らんとする野盗たちに斬りかかる。


「へへっ、諦めな。生かして捕らえろと言われてるのは女だけだ」


デーニッツは奮戦するも多勢に無勢。次第に劣勢となりいくつも斬りつけられ、ついに地面に倒れこむ。


「ぐっ!」

「ちっ、手こずらせやがって。死んどけ、じじい」


野盗の剣が振り下ろされようとしたその時。ひゅるひゅると音がした。


「なんだ、この音は?上か」


野盗たちは音のする上空を見上げると光の球が弾け、閃光が場を貫く。


「うおっ!?」


野盗たちは視界を奪われ、狼狽する。メルの放った光魔術『ライト』だ。


そこへリズベルはじめ前衛が襲いかかる。リズベルの宝剣が野盗たちの武器を両断し、無力化していく。そこにクーデリアがゴーレム格闘術を駆使し、ダウンを奪っていく。流石に人間相手に聖槍斧を使うとオーバーキルになるので自重している。


残り一人となった野盗は逃げ出そうとするが、音もなく現れたジャックがとりおさえる。

特に出番のなかったティシエは嘆息する。


「はぁ~。みんな強いわね……」


助けられた初老の男と乙女、デーニッツとアマリアは思わぬ助っ人にまだ信じられないといた様子だ。


「ご無事ですか、ご婦人。私はイースタン王国の騎士、メル・レンシアと申します」


「助けていただいてありがとうございます。騎士さま」


その乙女は年のころ。十七、八。風になびく金髪は絹糸のような繊細さ。精密な銀細工の翼飾りで髪をまとめている。桃色のほほの上で煌めく深い藍色の瞳が見る者の視線を吸い寄せる。


しかしメルは乙女の顔の整った造作よりもその所作、雰囲気がかもしだすオーラのようなものに気圧される。


「高貴な方とお見受けしますが名前をうかがっても?」


メルは騎士の礼に則りたずねる。すると乙女から弱々しかった雰囲気がウソのように消えた。そして自らの名を口にする。


「わたくしはロッドラン王国第一王女、アマリア・テレーズ・クリスティナ・ロッドラン」


「王女、さま……!?」


予想外の言葉にメルは目をぱちくりさせる。


「わたくしたちは首都ミルグラードを脱出して東へ向かうところでした」


「ミルグラードを脱出?」


メルは言葉の意味がうまく飲み込めず聞き返した。王女アマリアは一呼吸置いて口を開いた。


「ミルグラードは陥落しました」

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