34 宿屋に帰ってくるまでがダンジョン攻略です
飛来した矢がびゅっと風を切り、メルの耳の横をかすめたかと思うと後方で獣がうめく声が聞こえた。
「ギッ……!?」
メルが後ろを振り向くと、矢が刺さったブラッドバッドが地に落ちている。ジャックはメルを狙ったのではなく、助けるために矢を放ったようだ。
「おいおい、ジャック。一言くらい断ってから撃てよ!」
同じく暗がりからとことこと現れたコビットがジャックをたしなめる。ジャックの仲間のナッツという名のコビットだ。しかしジャックは返事はせず、こくりとうなずくだけだ。
メルたちは『隠密』スキルで音もなく近寄ってきた二人を警戒する。その様子を見て取ったナッツは釈明を始める。
「わりぃ。クセになってんだ。音殺して歩くの」
「……」
沈黙が場を支配する。
「おっと、邪魔するつもりはねぇぜ。ただ開錠に困っているみたいだから、オイラたちなら力になれるかと思ってな」
「どうだ?こっちのジャックは愛想は悪いが腕はピカイチだぜ?」
「いくら?」
「金はいらねぇ」
「俺たちが探しているある物だったら俺たちにくれ。それ以外はいらない」
「ある物ってなに?先に言ってもらわないと」
「それは……言えねぇ。ある魔法のアイテムだ」
「じゃあ、この紙にアイテムの名前を書いておいて。違ったら破り捨てればいいから」
「おう、すまんな」
メルはクエスト成功時に付与されるポイントがあればよいので提案を飲んだ。もしゴネたらゴーレムでぶっ飛ばすだけだ。
話がつき、ジャックは腰のベルトポケットからピッキングツールを取り出すと作業にかかる。
カチリという音が三度鳴る。錠前内部に仕掛けられたピンが上がる音だ。
「……完了した」
ジャックは小さく告げると一歩引き、メルに開けろとアゴで促す。
「では不肖メル・レンシア。開けさせていただきます」
手をこすり合わせたあと、メルは宝箱に手をかけカパッっと上蓋を上げる。
輝きが周囲を照らす。
宝箱の下に敷き詰められた最上質魔鉱石とその上に置かれた鎧の輝きだった。ナッツたちの求めるアイテムではなかったようだ。
「『隕石鉄の鎧』。ひゅーっ。Sランク装備だな」
『アクセルLVブースト』『酸耐性』『劣化無効』『ヘイストLV3』『プロテクトLV4』『リフレッシュLV3』のエンチャントを持つ、鈍色に輝く鎧だった。
鎧なので当然、リズベルがゲットすることになった。歓喜のあまり立ち上がろうとしてまたううっとうめく。
「リズベル、ムチャしないでってば。数日したら装備できるからね」
リズベルはうなずくとまたダウンした。
「騎士の嬢ちゃんは重傷だな。オイラたちの傷薬をあげてもいいが、確か、クエスト参加者に本職の薬師がいたはずだ。ソイツに頼もう」
「じゃあ、まずは地上に戻らないと」
「ん?ダンジョン攻略は初めてか?虫笛も持ってねぇのか?」
ナッツはそう言うとベルトにかかる木のカゴのふたを開くと、中から小さな緑色の光がいくつも出てくる。
体内に発光器官を有する『光虫』だ。ナッツの周りをぶんぶんと飛び回っている。
ナッツは木で出来たオカリナを取り出すと口を当て奏で始めた。すると虫たちが一斉にこの空間の出入口である上層への階段に向かい始めた。
虫たちは他のハンターたちが持つ光虫のもとへ飛んでいき、自分の居場所を知らせる役目を持つのだ。
ダンジョンのボスを倒した時はこうやって他の者に知らせ、集合するのを待つのが基本ルールだ。
「魔術師のお嬢ちゃんたちにはアナログなアイテムかもしれんが、オイラたちハンターの必須アイテムよ」
ほどなくして監督官のメリーとハンターたちがぞろぞろとやってきた。焼け焦げたトレントの残骸を見て驚きの声を上げる。
「うおおおっ!?エンシェントトレントか……!『狼災』いや『魔災』級の化け物じゃねえか」
「こいつをお前たちがやったのか!?」
「うんにゃ、この嬢ちゃんたちだけでやったのさ」
「マジかよ……!」
ナッツの返答にハンターたちは二度驚く。ハンターの中から男が前に進み出た。
「お嬢ちゃんたち、俺だよ、地下三階で助けてもらったジェイル」
「ああ、トードに食われてた……」
「命を助けてもらった礼になるか分からないけど、これを使ってくれ」
ジェイルはカバンから瓶に入った赤いポーションをメルたちに渡す。
「レア素材で作った最上級ポーションだ。死体も歩き出すって代物さ。あとこれ痛み止めの軟膏。患部に塗れば痛みが引く」
柱の陰でクーデリアとティシエはリズベルに治療をほどこす。
「おかげで良くなってきました。ありがとうございます」
「よかった。でもムリはしちゃいかん。数日は安静にしときな」
一方、メルはハンターたちがトレントの残骸を細かく解体し、拡張カバンに詰めていくのを眺めていた。
ダンジョンマスターは大抵は大型でその死骸は武具や薬の素材となる。どれも値が高くつくものばかりでそれをハンターギルドや魔術師協会に売るのがハンターたちの大きな収入源となっている。
一つのパーティでは素材すべてを持ちきれないので山分けするのがハンターたちの常だ。
ボスを倒したパーティが9割、残りを他のパーティで分け合う。こうすることで食いっぱぐれを減らし、ハンター人口の減少を食い止めている。なにせ死と隣り合わせの仕事だ。就職希望者は年々、減少の一途をたどっているのだった。
グレードの高い『拡張カバン』の所持数がそのパーティの財力、ひいては実力を示すといわれる。
ハンターたちはせっせとメリーの協会特製のSランクの拡張カバンに素材をつめていく。これがメルたちの取り分となる。
「はーい、みなさん、お疲れさまでーす。もう一杯なので残りはご自分の取り分としてくださーい」
それが終わると自分たちの取り分を自分たちのCかBランクの拡張カバンに入れる。
さて今回のエンシェントトレントの残骸から取れる素材を見てみよう。
トレントの枝で作る弓や杖はしなやかさと魔力を兼ね備え、かなりランクが高くなるだろう。
葉っぱを拾い集めて蓑を作れば、水と土耐性を持つ『隠れ身のマント』が製作できる。
地面に散らばった青石英の歯は錬金術の触媒に使ってもいいし、矢じりに使ってもいい。
木炭は一束もあれば向こう十年は燃料に困らなくてすむ。
その昔、イースタン王国のとある都市は平原に出現した巨竜を勇者が倒し そこに商人が集まってできたという。
司祭は竜がアンデッドにならぬように祈祷におもむき、
肉屋はまだ見ぬ最高の竜の肉を調理するため出向き、
鍛冶屋は竜の牙で武器を、仕立て屋は竜の血で染め上げたマントを作るために足を運ぶ。
各職業の人間が集まり、そこにそのまま町が出来たという逸話がある。多少、誇張はあるがA、Sランクの魔物をハントするということはそれくらいの大ごとなのだ。
メルたちはメリーの帰還魔術で地上へ戻り、ハンターたちと首都ミルグラードへの帰路をともにする。メルたちは大名行列の本陣に据えられ、ハンターたちの喝さいや歌を聞きながら馬に揺られた。
リズベルはクエスト参加者の本職の女司祭の回復魔術の治療を受けて、かなり回復したようだ。
「ありがとうございます。大分よくなりました」
「よかった。でもまだ無理しちゃダメよ」
メルは痛感する。周囲への気配りと協調がいかに大事かを。最近王都や魔術学院でチヤホヤされて調子に乗っていたかもしれない。
「みなさん、すみません。クエストの前にあんな態度を取って」
「なーに、気にすんな。それよりオレらこそ謝らなきゃなんねぇ。最初からかっちまったからな。しかしそんな嬢ちゃんたちが魔災級を屠ったってんだからこっちが大恥かいちまったぜ」
「いやぁ、こんな大物のおこぼれにあずからせてもらって本当に助かるよ。普通は数日かけていくつものパーティがローテーションでボスのHPを削っていくものだ。魔災級相手じゃ装備や回復薬を消耗しすぎて赤字になっちまうところだ」
「そうだ、そうだ。嬢ちゃんたち観光中らしいが滞在中に困ったことがあったら言ってくれ。力になるぜ」
町に着くと、ダンジョン攻略成功の報を聞いた市民たちは大通りを闊歩するハンターたちに歓声をあげる。
とりあえず魔術師協会で素材をすべて買い取ってもらう。ポイントを使うまでもなく、目的の魔石が買える金額になった。
大規模クエスト成功の暁にはクエスト成功者のおごりで、酒場を貸し切って夜通し騒ぐのが慣例となっている。メルたちは夜通しとはいかないが、少しだけ付き合うことにする。素材換金報酬が銀貨袋数十個分になってしまい、旅の邪魔になるので散財することにしたのだ。
「『灰色の騎士団』バンザーイ」
「すまねぇな、ほんと。オレらなんもしてねぇのに」
「いえ、お金持ちすぎてても物騒ですし」
ハンターたちは飲めや食えやの大騒ぎだ。貧民街の者もウワサを聞きつけ、酒をせびりに来た。店員たちは調理に給仕におおわらわとなっている。
メルたちは度数の低い果実酒で乾杯し、料理に手をつける。仕立て屋や、鍛冶屋もやってきてメルたちに礼を言い始めた。先も述べたように、魔物の素材の加工の仕事が舞い込んでくるからだ。
そんな大騒ぎの中、一人だけ無関心な者がいた。というのもその老人は酔いつぶれて寝ているからだ。
酒場の主人が酒場のカウンターに突っ伏して居眠りしている老人に声をかける。
「おい、じいさん。起きな」
「ふが……?」
ボロボロのマントを羽織った老人は目を覚ます。
「このビール、アンタにもって。ハンターたちがダンジョン攻略した祝いに酒場にいる客全員におこぼれをくれてんのさ」
「おお、そうか。そいつは粋だねぇ。ありがたくいただくとしようかね」
老人は木のジョッキをぐいっとあおった。それを飲み干すと椅子に座ったまま体をテーブル席のほうに向け、ジョッキをかかげ大音声で呼ばわる。
「いよーーう!」
そのバカでかい声に、騒いでいたハンターたちやメルがびくっと振り向く。
「どなたか存ぜぬが、お恵みありがたく頂戴した!いやはやロッドラン男児、快なるかな!!」
「じいさん、寝てたのか?男児じゃねぇ。この嬢ちゃんたちが主役だぜ」
「なんと!おう、すまんかった。嬢ちゃんたちに酒神の加護があらんことを!ってまだ飲んじゃいかん年の頃だな、わっはっはっはっ!」
老人は一人でひとしきり笑ったあと、リズベルの姿を見て、声をかける。
「ん、よくみるとそっちの騎士っ子は、それはイースタン王国の鎧か?」
「はい。ご老公」
「そうか、総長は元気かね?」
老人の思いがけない言葉にリズベルは身を乗り出す。
「えっ、ご老公はイースタン王国の騎士団の方なんですか?」
「まぁ昔な。今は風来坊よ」
老人はよくみたらボロボロのマントの下に立派な鎧を着込んでいる。腰のベルトに提げられた剣もリズベルが目を見張るような業物だった。
「私とこちらのレンシア卿も王立騎士団の騎士なんです」
「ほう?ほうほう。こんなちまっこいのがかね?いやよくみると場数を踏んでるな」
老人はあごに手を当てメルを見定めた。メルはその酔っ払ってふやけた瞳の奥に鋭いものを感じた。
「さておいとまするか。おっと、そうだ。嬢ちゃんたち」
「酒の礼だ。ワシはしばらくこの町に滞在するから、斬りたいやつがいたら教えなさい。一人だけ斬り伏せてくれよう」
そう言ってちゃきっと剣の鯉口を切って見せる。
「はっはっはっ、じじいが何言ってやがる」
鼻で笑うハンターたちだったが、老人が立ち上がると思わず絶句する。
その堂々たる体躯、すきのない身のこなしに愕然としたのだ。立っているだけでその威風があたりを払う。メルも剣士のことはよくわからないが、何かを感じ取った。
「じゃあな」と言い残し老人は酒場を出て行った。
ハンターたちは少し静まったが、またすぐにバカ騒ぎに戻る。メルたちもそろそろ宴会を抜け出すことにした。
温泉宿『宝花亭』に戻り、部屋でクーデリアの魔力属性の調整をする。
「うん、これでオッケーなはず」
「ありがとうございます、ご主人さま」
「感触はどう?」
「お肌にあのころの張りとツヤが戻った気がいたします」
クーデリアは自分のほほに触れながらほうっとため息をつく。
あのころってどのころ?とメルは思ったが、喜びに水を差しそうなので差さないことにする。
「じゃあ、温泉に入りましょうか」
「そ、そうだね」
メルに試練の時がやってきた。