33 ウェルトリィ遺跡攻略3
広間の扉をくぐり、階段を下っていくと遺跡の最奥に到着した。
巨大な空間に巨樹がそびえ立っている。地上まで続く大きな空洞の上からは陽光が巨大な樹に降り注いでいる。巨樹に続く道には石柱が立ち並び、ところどころ石畳がめくれ土肌が露わになっている。
その巨樹の根元に宝箱が鎮座していた。白金の金地に金で縁どられたエピッククラスの宝箱だ。メルのキャットゴーレムの事前調査の通り、宝箱を守る番人らしき者はいなかった。
一行はこれまでの疲れも忘れて宝箱に駆け寄る。
そこに地響きが鳴り渡る。
「わっ、なんだ!?」
遺跡全体が鳴動しているかのような震動に一行が驚き、腰を低くしていると、樹の根っこが触手のように動きだした。それは宝箱をつかみとると、幹の切れ目にずずっと取り込んだ。
「この巨樹は、魔物……!?」
メルの言葉に呼応するかのように、巨樹の幹の樹皮にすぅっと縦に切れ目が入る。
そこにぎょろんとした眼球が現れた。樹液のような黄色をした眼膜の上に、猫のように縦に切れた赤い瞳孔が躍っている。
ついでその下に横に裂けた口が現れた。中には青石英の歯がびっしりと生えている。
「『エンシェントトレント』……!こいつが真の門番か……!」
トレント、数百年の年月を生きた樹木が邪気を吸い、魔物と化した存在。メルは父ザックスが魔物学の授業でトレントについて、不朽の生命体がどうとか、触手の締め付け具合がどうとか言っていたことを思い出す。
「狼災、いや魔災級だったか」
トレントは目の前の侵入者を敵と認識し、その枝を鞭のようにしならせ振り下ろす。
リズベルとクーデリアはサッと飛びのきかわす。メルとティシエはメルの錬成したゴーレムウルフにそれぞれ乗り、避ける。
トレントはそれを受け、追撃の枝を振り下ろす、リズベルとクーデリアは斬撃を枝に叩きこみ、これを斬り落とす。
しかし枝はすぐに切断面からにょきにょきと再生し、元の大きさに戻る。ただクーデリアの聖槍斧アラドヴァルで切られた枝の先は炭化して再生しなかった。雷や火属性攻撃を食らった部分は再生しないようだ。
「樹木系相手には『火』属性しかないわよね」
メルとリズベルはファイアボールを放ち、枝を爆撃する。いくつか枝を再生不能にしたが枝の根元から分岐したり、幹から別の枝が生えてきてキリがない。本体である幹を攻撃しようにも枝が防衛網を張り、遠隔攻撃すら通さない。
メルはゴーレムソルジャーを十数体錬成する。トレントの周りを動き回り、かく乱しながら殴らせるも大してダメージは与えられなかった。ゴーレムとトレント、同じ土属性だから拮抗してしまうのだ。
こう着状態に陥った時、枝の防衛網が一瞬緩み、幹本体へのわずかな道が開かれた。
クーデリアはそれを認識するとトレントの目をめがけて特攻を仕掛けた。地を蹴り、メイド服のロングスカートを翻して跳躍する。
「クーデリアさん、いけません!」
リズベルの声と同時に、枝の触手がクーデリアの視界の外から襲い掛かり、岩壁にはりつけにする。
「あうっ……!」
クーデリアの悲鳴がこだまする。
――クーデリアはメルとそう変わりのないレベルのため、ステータスはすこぶる高い。さらに今まで戦ってきたゴーレムのすべてのバトル経験が蓄積されている。
しかし、今はそれが仇となった。
ゴーレムは自己を持たないため、自身の身を省みず主人であるメルの敵を倒そうとする。自身が破壊されても、他のゴーレムが目標を達成すればいいという思考回路だ。
そのため回避がおろそかになる傾向がある。クーデリアの主人格を占めるメイドの部分は戦闘経験がないため、戦闘時はゴーレムの記憶に身を委ねている。
リズベルは戦士としての危機察知力で罠だと感づいたが、ゴーレム思考は当たって砕けろである。まんまと敵の罠にはまってしまった。
「くっ!『フルアクセル』!!」
リズベルは地面を蹴り跳躍し、タタッと枝を駆け上がると宝剣を振りおろしクーデリアのいましめを解く。
落下するクーデリアをリズベルは抱きかかえようとするが、別の枝の横薙ぎが二人を直撃し、二人は岩壁に叩きつけられる。
「ぐうっ……!」
「リズベル!クーデリア!」
メルはすぐさまゴーレムを向かわせ二人を保護する。ゴーレムが枝で叩きつぶされる間にゴーレムウルフに乗せ、自分の下へと移送させる。
リズベルの胸当ては粉々に砕けている。クーデリアはゴーレムなのでタフだが、リズベルは鍛えてはいるが、女の子だ。痛みを忘れて久しいメルにはどれほどの苦痛か計り知れない。
メルはリズベルの苦悶に歪む顔を見て、血がふつふつと煮えたぎるのを感じた。キッとトレントをにらむとメルは両手を組み合わせ、頭上にかかげそれを正面に振りおろす。
「『ゴライアス』!錬ッ!成!」
空洞の岩壁がボロリボロリと崩れ落ちたかと思うとトレントと同等の大きさのゴーレムの巨兵が姿を現す。
黒光りする岩の鎧に身を包み、手には『斬岩剣』を持つ。岩で出来た武骨な巨剣で『岩特効』のエンチャントが付与されている。
テーレッテー!テレテテッテー!
メルの脳内で勝利確定BGMが流れる。
ケガ人が出ていなければ魅せプレイに走りたかったメルだが、最初から手動操作で戦いを終わらせに行く。
ゴライアスの剣が襲いかかる枝をバッサバッサと斬り払う。
一気に間合いを詰めたゴライアスはトレントの口に剣を突き刺し貫通させる。樹液の血ヘドを吐きもがくトレントを踏みにじるかのように、剣の握りを持ち替え縦へと斬り上げる。
剣が口を裂き、眼球を縦に切り裂くとトレントは奇声を上げ、全身を震わせる。
勝負あった。――メルがそう思った瞬間だった。
そこでゴライアスが糸が切れたかのように崩れ落ちる。
「なに!?」
気づけばゴライアスの足元に根がからまっている。それは脚甲のスキマから内部に侵入し、ゴライアスの全身をむしばんでいた。
どしぃんと重い音を立て地面と激突して、水分と魔力を吸われ乾き切った巨兵は粉々になった。
「吸収タイプか……!」
ゴライアスの魔力を吸ったトレントは目と口の傷を再生させた。枝も再生したが、数は少なく先ほどまでの勢いはなくなっていた。ゴライアスから受けた多大なダメージを再生しきれてはいないようだ。
「クソッ、再生を止めないと……!」
再生を止める方法。
あらゆる魔物には核となる部分があるでのそれを破壊する。しかしゴライアスが切り裂いたあの目は核ではなかったようだ。それに再びゴライアスを作るとこの空間が崩壊するだろう。
「なら答えは一つだ。全部燃やし尽くす」
メルはカバンからある鉱石を取り出し、地面に撒きそれをもとにゴーレムを錬成する。
それらを普通の石のゴーレムとともにトレントのもとへと向かわせる。しかしすぐに何体か枝にからめとられ、取り込まれてしまう。
ティシエは自身のレベルでは足手まといにしかならないことを悟り、ダウンした二人を介抱しつつ戦況を見守っていた。巨大ゴーレムが倒されたかと思うと、新手のゴーレムも吸収されてしまったので、やきもきしているとメルが声をかける。
「ティシエっ!ファイアーボールをヤツの口めがけて撃って!」
「えっ!?」
「いいから早く、足止めのゴーレムがまた全部破壊される前に!」
なおも戸惑うティシエにメルはニッと笑って言う。
「さっき吸収されたのはサルファーゴーレムて言うんだ」
「っ!分かったわ!」
「OK!ボクは風魔術でガードしてるから思いっきりやって!」
「『ファイアーボール』!」
ティシエの杖から放たれた火球がトレントの口奥に吸い込まれる。トレントはとっさに口を閉じるが間に合わなかった。
ぼごん!
トレントの口中からくぐもった爆発音が聞こえてくる。
さらに爆発音は連続し、トレントは口から目から火を噴く。大気の振動が空間を揺るがし、木の焦げる匂いが鼻をつく。乱舞していた枝はだらんと地面に垂れ、ピクピクっと脈動すると動かなくなった。
「ご主人さま。今の爆発は?ティシエさまの『ファイアーボール』ではあのような規模の爆発は……」
クーデリアは爆風で乱れる髪を抑えながら聞く。メルは解説を始める。
まずトレントのところどころ火球の爆発を受け、炭化した部分、『木炭』。
つぎに吸収したゴライアスから、素材となった岩壁に含まれた『硝石』。
そして最後に取り込まれたサルファーゴーレム。サルファー、すなわち『硫黄』。
『硫黄』『硝石』『木炭』 この三つが化学反応を起こし出来る混合物とは――。
「ご存知……、『黒色火薬』だ……!」
メルのその言葉とともに最後の大爆発が起きる。
トレントの体そのものが錬金炉と化し、ファイアーボールを引き金とし、黒色火薬の大爆発を起こしたのだった。
トレントは消し炭となり、ほとんど原型をとどめていなかった。しかし根はまだ何本か残っていたのでメルはそれを焼きつぶしていく。動きが弱まったところで『土操作』で根を丸ごと掘り起こす。
すると根っこの中心にどくどくと脈打つ心臓を発見したのでこれも焼いておく。トレントは完全に命の鼓動を止めた。
「ふぅー、終わった終わった」
メルはふうっと息を吐き出す。
リズベルも目を覚まし、上体を持ち上げようとしたが、うっとうめきまた体を横たわらせる。
「リズベル、動かないで。私のヒールライトじゃ全然追いつかないくらい重傷なんだから」
「リズベルさま、申しわけありません」
「いえ、大丈夫です……」
クーデリアの謝罪にリズベルは力なげに微笑む。
そこにパンと乾いた音が響く。メルがクーデリアのほほをぶったのだ。
普段表情を変えないもクーデリアも目を見開く。しかしすぐに無機質な表情を取り戻す。
「ご主人さま……。申し訳ありません。私のためにリズベルさまが……」
「それもそうだけど、自分の命を大切にしなかったことについてだよ。あんな無茶な特攻して」
メルはそう言うとクーデリアをぎゅっと抱きしめる。二人は互いの鼓動を体で聴く。
「朝も言ったけどクーデリアも大事な仲間で一人の人間なんだ。そのことを忘れないで」
「はい、かしこまりました。ありがとうございます」
クーデリアは優雅な曲線を描く眉を再びゆがめる。しかしそれは喜びと感謝からだった。命への。そして主人であるメルへの。
「と言っても戦うのこれが初めてだもんね。次から気をつければいいよ」
メルは自身が最初からゴライアスを投入しなかったこと、さらに勝負をあせって足元をすくわれそうになったことは棚に上げておく。
それはさておきメルは銀髪を揺らしながらくるっと後ろを向く。
「ささっ、お楽しみの宝箱開けタイムだよ。ぱふぱふ~」
メルは暗くなった雰囲気を拭いとるように明るく言う。ゴーレムに爆発で吹っ飛んでいた宝箱を持ってこさせ、みなの中心にボムッと置く。
多少、煤こけてはいるが白金の宝箱はいささかもその魅力を損なうことなく輝いている。しかし問題が一つあった。
「で、この錠前を外さないといけないわけだけど。誰か開錠スキル高い人いる?」
みなは押し黙る。ゴーレムマスター、騎士、精霊魔術師、ゴーレムメイド。どれもローグ系クラスとは縁遠い。
仕方がないのでメルがカギ穴に土をねじこみ、『土操作』で鍵型を作り、開けようとするもまるで歯が立たない。『分解』を試みるも特殊魔法抵抗が凄まじくて効果がない。
メルはいったん、はやる気を落ち着かせるためうーんと伸びをすると、出入口のほうの暗がりに男の姿がぼんやり浮かんでいるのをとらえた。
白髪に黒ずくめの軽装鎧。そして鋭い眼光。メルたちが魔術師協会で出会ったジャックというローグの青年だ。
ジャックはすうっと腕につけたアームドボウガンをメルに向ける。
そしてメルがぎょっと思う間もなく、ボウガンから矢は放たれる。