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32 ウェルトリィ遺跡攻略2

負傷したハンターたちは階段を上り、地上へ向かう。メルたち一行はそれを見送り、ダンジョン攻略を再開させる。


リズベルがふと口を開く。


「厳しいようですが、彼らは修行が足りませんね」

「うぅ、耳が痛いわ。さっきのカエル、私じゃ絶対倒せないもの」

「いえ、ティシエさんに言ったわけでは」


ティシエはメルとの特訓により、同年代に比べると高い魔力を持つが、戦闘技術はそこら辺の女の子と変わりはない。一方、リズベルは戦闘の才能、努力、実戦経験すべてにおいて恵まれ、すでにその実力は歴戦の戦士の域に達している。


「ティシエ、気にしなくていいよ。リズベルがおかしいだけだから」

「うぅ、メルさんまで……」

「私は先ほどの動き、参考にさせていただきますよ。リズベルさま」

「それはそれで恥ずかしいです……」


さらに階段を下りる。


「うっ……」


メルは急に尿意を催した。


「ちょっと、お花を摘んでくるね」


他の三人は行ってらっしゃいとメルを見送る。


トイレマークのついた木の扉を開け、中に入る。その清潔な環境にメルは満足気にうなずく。柔らかい素材のトイレットペーパー。壁には壺に入った花も飾られていて、いい香りが部屋を満たしている。


ダンジョンもダンジョン同士による競合が激しく、きれいなトイレが設置されていないダンジョンはダンジョンハンターたちに見向きもされない。


ダンジョン学者連が発行するガイドには各ダンジョンの難易度や出現魔物傾向、採取可能素材だけでなく、トイレの有無まで記載されている。


メルはスカート、ぱんつを順に下ろす。小振りな白いお尻がダンジョンの空気に触れる。

そして便座に腰を下ろす。


下半身に意識を集中させ、いきむ。


「ん……」


しゃあああああ。


メルの聖なる泉から湧き出るほとばしりが小さな夢の虹を作る。


「はぁ……」


解放のカタルシスがメルの体をぶるっと震わせる。


事が終わったのでトイレットペーパーで拭く。繊細な聖なる門を傷つけないようそっと優しく。


最後にぱんつを上げ、ちょっとゴム紐の具合を修正し、スカートのジッパーを閉める。


バーを引きトイレを流す。水が流れる動力は魔力だ。


乙女から出づる水の恵みには清らかな魔力が宿る。その魔力はダンジョンが吸収しトイレの清潔を維持するために使われる。まさにWIN-WIN。


常に流水が流れている手洗い口で手を洗う。そして軽く水を切ったあとスカートからハンカチを取り出しふきふきする。おトイレ完了であった。


メルがトイレから出て、みながいたところまで戻るも、そこにはクーデリアしかいなかった。


「あれ、リズベルとティシエは?」

「お二人とも、あちらで『なぞなぞ』を解いておられます」

「なぞなぞ?」


メルはクーデリアが指差した一室に向かう。狭い部屋でリズベルとティシエは壁に向かってうんうん唸っていた。


「あ、メル。そこの石板になぞなぞ書いてあるから読んでみて」

「どれどれ」


壁にかけられた石板にはこう書いてある。


『我が問いに答えよ。さすれば宝は授けられん』


戦闘系職だけでなく知識職も活躍できるようにダンジョンが設置したなぞなぞだ。

クリアするとごほうびに宝箱が手に入る。失敗すると毒ガスが発生したり、壁から矢が飛んでくる。


戦士たちの獣じみた欲望と、知識職の知的好奇心とではまた違った魔力が得られるので、ダンジョン運営に役立つのだ。


続きを読む。



『町がトロールとブラッドウルフに襲われた。全部で25匹いる。

牛を城壁の外へ落とせば魔物たちはそれを食うのに夢中になり町を襲わない。

トロールは一匹につき牛を一日一体、ブラッドウルフは一匹につき一日に牛を三分の一食べる。

三日後に隣の町から援軍が来て魔物たちを追い払ってくれた。牛は全部で31頭犠牲となった。

トロールとブラッドウルフはそれぞれ何匹ずついた?』



「やれやれ……」


メルは読み終わると嘆息する。思ったより簡単で拍子抜けしたのだ。


「えっ、メル、ひょっとしてもう解けたの?」

「うん、解答していい?」

「ダ、ダメですよ。メルさん。もうちょっと私たちにも考えさせてください」

「じゃあ三分待ってあげるね」


リズベルは宝剣で壁の石を切り取り、トロールとブラッドウルフと牛の小さな模型を作り始めた。それが終わるとなぜか豚の模型まで作りだした。

ティシエは壁にチョークで複雑な魔術式を書いている。


メルはその様子を見て苦笑する。



メルは三分経ったので解答を行う。


「じゃあ、解答するよ」

「待ってよ、メル。もうちょっとで解けるから」

「ダメダメ。急がないと他のパーティーに先を越されちゃうでしょ」


「トロール3匹とブラッドウルフ22匹っと」


ゴゴゴゴゴゴゴ!!


壁の一部がせり上がり、小さな棚座が現れる。そこに宝箱が鎮座していた。木箱に銀縁なのでランクはそう高くはない。箱の装丁が豪華になるほど中身のランクも高くなる。


「銀箱か。まあ簡単だったし仕方ないね」


「ちょっとメル。なんでそんなにすぐ解けたのよ」

「分かりました。ゴーレムをたくさん作って、動かして実演しながら計算したんですね。なんという策士……!」

「そんなことしなくても解けるったら。やれやれ。別に大した問題じゃないんだけどな」


メルは軽く解説する。



まず最初に25匹すべてがトロールだと仮定して計算する。すると一日の牛の消費量が25体、それが三日で75体となる。


そこから実際の消費量である31体を引く。75体-31体=44体。

実際より44体多くなる。魔物の内訳を調整して、この差分を埋めなければならない。


ブラッドウルフを一匹足して、トロールを一匹減らしていくごとに牛の消費量が三日で2体ずつ減っていくので44体÷2体=22匹。

これで、ブラッドウルフが22匹となることがわかる。従ってトロールは25匹-22匹=3匹となる。



「あ、なるほどぉ。まぁ、言われてみればそうよね」

「なるほど、流石メルさん」


現代日本なら小学生でも解ける簡単な問題だ。問題の文章を数式に変換できる論理的思考能力さえあれば。

しかしお城や騎士が存在して魔法使いが空を飛ぶおとぎ話のようなこの世界では、数学は重視されておらず、論理的思考は身につきにくいのだ。常に頭の中はファンタジー。


一方、メル(の中の人)は前世で現代日本に生まれ育ったというだけで、論理的思考力という点ではそれはもうエリート中のエリートに相当する。あくまでこの世界では。


「ティシエさん、それでも当校の生徒ですか?当校は規律と良識を兼ね備えたうんぬん……」


メルは魔術学院の教頭のマネをしてメガネをくいっと上げるポーズをしながらティシエを叱ってみる。もうひとつクイッ。


「な、なによ~もう。メルったら。魔術的隠喩かと思って問題を深読みしちゃっただけなんだからね」

「それより宝箱を開けてみましょう」


クーデリアに促されメルは宝箱を開ける。中には紅の宝玉がはめこまれた髪飾りが入っていた。メルの『解析』の呪文で鑑定を行う。


『ファイアクレスト』 魔術防御 +10

           属性強化・炎 +30


「炎強化かぁ。じゃあティシエがゲットだね」

「え、いいの?じゃあお言葉に甘えて」


土か風強化ならメルも欲しかったが、炎魔術を使う機会は多くない。メルの高い魔力で炎魔術を使うと火事になるからだ。

譲ってもらったティシエは嬉々として髪飾りをつける。おしゃれ度も高いので普段使いもいける装備だ。


「どう?似合う?」

「うん、かわいいよ」

「とてもお似合いでいらっしゃいますよ。ティシエさま」


ほめられたティシエは満面の笑みを見せる。


「じゃあ、先に進もうか」



しばらく進むとティシエがへばってきたのか、だれた声を上げる。


「メル~。最下層までまだ~?」


メルは石壁でソファを作り、だらーっと寝そべり、それをミニゴーレム二体に下から支え運ばせていたのでまったく疲労はない。


「最下層には行かないよ?罠しかないから」


メルのキャットゴーレムの調査によると、ダンジョンの最奥は最下層ではなかった。

一旦、五階まで下りた後、今度は別の階段を上がり、秘密の扉をくぐって、クレバスにかかる橋塔を渡った先が本当の最奥だった。


「はぁー、便利ねぇ。猫ちゃんゴーレムたち」

「おかげで一番乗りできそうですね」


一行は大広間に出た。天井も高く、柱が何本も並んでいて、その間には騎士の甲冑が何体もたたずんでいた。


「この扉の先が最奥だよ。宝箱はあるけど番人はいないみたいだね」


メルはキャットゴーレムの視界が映されたウィンドウを見ながら言う。


「なーんだ、番人はいないんだ」

「ちょっとガッカリですね」


「みなさま、お気をつけください」


クーデリアが言い終わるか否や、ガシャンと音を立て、居並ぶ甲冑が動き出した。そしてメルたちを囲むような陣形を取り始めた。


「リビングアーマーっ!」

「まずい、囲まれた。みんなティシエを守って!」


不意を食った一行は慌てて戦形を整える。

メルも今回ばかりは全力を振るい、強い魔力を込め石畳からゴーレムナイトを数体作る。


「蹂躙しろっ!ゴーレムナイト!」


ナイトたちは剣でリビングアーマーを真っ二つにし、盾でその鎧をひしゃげ潰す。


十数体いたリビングアーマーは十秒とかからず殲滅された。


「うわぁ……」

「……なんと」

「凄まじいですね……、私の兄弟たちは」


呆気なく戦闘が終了したので、苦戦を覚悟していた三人は毒気を抜かれたように武器を納める。


「んん、まぁね」


メルは得意でもあるが、恥ずかしくも思った。みなの前でゴーレムの全力を振るうのは今までなかったかもしれない。メルがゴーレムを分解していると、後ろでガチャガチャと金属音が聞こえた。


振り返ると全身鎧に包まれた少女がいた。


「メールさんっ。どうですか、この鎧」


クローズドヘルムのため顔が見えないが、リズベルがバラバラになったリビングアーマーを着込んでいるようだ。ちょっとサイズが大きいが、全身鎧を着こなししている。


露出した柔らかそうな太ももと鎧のゴツさのギャップはメルの胸をときめきでいっぱいにさせる。


やっぱりフルプレートアーマーはいいなぁ。なんちゃって騎士風鎧のおっぱいの形にそったアーマーなんてファッキンだよぅ。メルは陶然となった。


「結婚しよ、リズベル?」


思わず告ってしまうメルだった。


「ふぁ、ふぁい……」


それに対し、リズベルはクローズドヘルムから気色悪い吐息のような返事をもらす。


「ちょっと、遊んでないで進みましょうよ。ほら、リズベルもそれ脱いで。宝箱はあの扉の向こうなんでしょ?」

「はっ!うん、そうだね進もうか」


メルは正気に戻り、リズベルをジト目でにらみつける。


そんなフルプレートアーマーで純情な男子の心をもてあそぶなんて。


「汚ない、さすが騎士。汚ない」


何がさすがなのか分からなかったが、リズベルは罵倒の言葉を浴び、ショックを受けたようにたじろぐ。


「リズベルさまっ。いけません。その鎧、キレイすぎます(・・・・・・・ )!」

「えっ?」


クーデリアの言葉を聞き返すリズベルだが、急に脱力したかのように腕をだらんと垂らす。


「リズベル!?」


メルが様子を確かめようと近づくとリズベルは剣で切りかかってきた。


「わっ!?」


メルは泡を食って飛びのく。リズベルはリビングアーマーに体を乗っ取られてしまったのだ。


「そうか、この鎧だけやけに原型を保っていると思ったら、自分からバラバラになっただけだったのか」


リビングアーマーはメルのゴーレムに破壊されたかのように見せて、スキをうかがっていたのだ。


「リズベルさま。あなたのことは忘れません、永遠に!」


クーデリアはジャキンと武器を構える。


「こらこら。最初から殺す気マンマンでどうするの」

「冗談です。……私が乗っ取りを試みましょうか」

「だ、だめ!それはしないって約束したでしょ」


元は霊魂であるクーデリアはある程度、魂を自由に出し入れできる。


しかし魂というものはきわめて変容しやすい。鋳型に流し込まれた溶けた鉄のように入れ物の形に影響を受けてしまう。


加えてすでにリビングアーマーの魂が入っているところにさらに肉体への相乗りはリズベルの精神にも危険が及ぶ。


「ですが、このままでは……!」


クーデリアが危惧する通り、すべてを切断する宝剣オースキーパーを持つリズベルは危険極まりない。


メルはとりあえずゴーレムでリズベルを取り押さえて剣をうばう。幸いなことにリズベル本来の動きとは程遠く、なんなく実行できた。


ゴーレムに四肢を抑えられ、地面にはりつけにされる全身鎧の少女の図は危険な感じがしたが緊急時なので気にはしていられない。


「くっ、鎧が取れませんね」

「呪いの武具と化しているみたいだね」


「私に任せて!」


ティシエはヒソプの枝をリズベルの腹に置き、呪文を唱え始めた。


「光神よ、この者の身を聖所と成したまわん、『聖封結界』(ホーリーシール)!」


リズベルの体を中心に魔法陣が広がり白い光に包まれる。光がやむと自然に鎧ははがれおち、砂のように地面へと融けた。


「うっ……」


リズベルはゆっくりと目を開ける。


「メルさんと二人で全身鎧に身を固めて、諸国を旅する夢を見ました……」

「よかった、リズベルさま。お気を確かに。世迷い言をおっしゃってないで」

「いえ、正常よ、これ」


リズベルはたわごとをつぶやいているが、精神は汚染されていないようだ。


「ティシエ、すごい。そんな中級神聖魔術まで勉強してたんだね」

「はぁはぁ。まさか使うことになるとは思わなかったけどね」


「ティシエさん、ありがとうございます」

「軽率すぎるわよ、リズベル。私の付け焼刃の『聖封結界』でなんとかなるような敵だったからよかったものを」


リズベルはちぢこまる。


「まぁまぁ。何事も勉強だよ」

「教訓。落ちている装備はほいほい装備しないこと。ですね」

「はい、肝に銘じておきます」



最後の扉を開ける前にメルはキャットゴーレムを集め、分解して猫目石を回収しておく。石に込められた魔力が尽きるまであと数回は使えるはずだ。


「じゃあ、行こうか。お宝とのご対面だ」


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