31 ウェルトリィ遺跡攻略
クエスト対象のウェルトリィ遺跡はミルグラードから南西の森にあった。
メルたちが鬱蒼とした木々に覆われた森の開けた場所にある遺跡の前まで着くと、すでに何人ものハンターや魔術師たちがすでに集まっていた。
全部で三十人ほどいる。野盗のような見てくれの者から学を積んだ魔術師風の男、女司祭、エルフのローグ、と職業や種族は様々。
魔術師協会で出会ったジャックというローグと、ナッツというコビット族もいた。ナッツはメルたちを見ると手を上げる。メルたちも軽く会釈を返す。
しかしメルたち一行の姿を見た他のハンターたちの反応は冷たかった。
「ん?なんだ嬢ちゃんたち。ここは子どもの来るような場所じゃねぇ。帰りな」
「ボクたちもクエストの参加者です」
すると男たちの間に爆笑の渦が巻き起こる。メルはムッとなる。そこに茶髪のおかっぱ頭のエルフが声をかける。
「あ、あなたたちがギリギリで登録したという『灰色の騎士団』さんたちですね」
「私はメリーと言います。今回は大規模なクエストということで魔術師協会から私が監督官として派遣されていまして、皆さまの安全のための連絡係を務めさせていただきます」
メリーは肩に救急箱をかけている。救護技術と連絡魔術を習得した、クエスト監督官だ。
「みなさま、今回は百年物のダンジョン攻略となります。最下層で宝を守る番人は少なくとも『狼災』級であることが予測されます!くれぐれもご注意を!」
「マ、マジかよ。『狼災』級……!」
「へへっ。相手にとって不足はねぇぜ」
ハンターたちはざわめく。Aランククエストを受注する資格のある彼らでも『狼災』級と対峙したことのある者はいないようだ。
『狼災』級は災害指定魔物の中でも最下位に位置する。しかし普通のハンターたちにとって生涯で一度でも『狼災』級を倒そうものなら、その地域で何代にも渡り、語り継がれるほどの偉業だ。それどころかその地の領主から騎士の称号を受け、小さな領土を受領するのも夢ではなくなる。
ティシエやリズベルも一様に顔を険しくする。
一方、メルはすでに『狼災』級、あるいはそれ以上の魔物を何体か倒している。しかもその時よりはるかにレベルアップしているのでまったく動じない。久しぶりの魔物討伐にわくわくしているくらいだ。
「ではすべてのパーティが集まったので誓約書にサインをお願いします」
メリーがハンターたちに言う。誓約書に書かれている内容はこうだ。
お宝やレア魔物討伐は早い者勝ちで、戦っている最中は要請がない限り横殴りしないこと。
お互いを攻撃しないこと。罠にかけたりして陥れないこと。
別のパーティが危機に陥ったのを発見したら助ける努力をすること。
この誓約は破られることもたまにあるが、おおむね守られている。
ハンター、及びクエストを生業とする魔術師たちの横のつながり、絆は案外強い。協調性のない者や犯罪行為に手を染める者の名はすぐに広まる。
ダンジョンに一人で挑むなどまず不可能なのでパーティを組む。そのさい悪評が立っている者は相手にされない。つまりおまんまの食い上げである。
彼ら同士は競争相手という面もあるが、商売仲間の面のほうがずっと強い。
ハンターたちのパーティの代表者が進み出て順番にサインしていく。最後にメルが呼ばれた。
「あー、そんなのいいですよ。ボクたちはポイントが欲しいだけなので。そちらが危機に陥ったのを見つけたら可能な限り助けますけど」
メルの言葉に場がしーんと静まりかえる。
メルは頭の上に「!?」マークを出してあたりをきょろきょろ見回す。
ハンターたちだけでなくリズベルやティシエも体を硬直させている。
「い、今のは冗談です。イッツ、イースタニアジョーク」
ティシエが慌ててフォローに入り、代わりにサインを書きにいく。
「メルさん、落ち着いて。別に減るものでもないですし」
「うん、ごめん。ボクが間違ってたよ」
メルは気づく。メルにとってクーデリアが大事であるようにこのハンターや魔術師たちにも大事なものがいるはずだ。そのために命を張ってこの仕事をしている。
理解したはいいが、ハンターたちがメルに「なんやこの小娘は」といった視線を投げかけてくるので、いたたまれなくなってクーデリアの肩にしがみつき顔をうずめる。それをクーデリアはぽむぽむとなでる。
「みなさん、お手間をおかけしました。それではクエストを開始してください。ご健闘とご無事をおいのりしています」
監督官メリーのかけ声とともにハンターたちは一斉に遺跡の入り口である下り階段に殺到する。
「メルさん、私たちも行きましょう」
リズベルの声かけにメルは反応しない。まだクーデリアにしがみつき顔をうずめている。先ほどのやらかしが堪えたのだろうかとティシエがメルを揺さぶる。
しかしメルはクーデリアから離れると悪魔のような表情を浮かべていた。
「……おそい、おそいわ。ザコどもが」
メルはすでに『サーチ』を展開し、ハンターたちを識別しレーダーで捕捉していた。その歩みの遅さにほくそ笑む。
そしてカバンからいくつも宝石を取り出す。それを指に挟み持ち両腕を胸の前でクロスさせたポーズを取る。
その宝石は色は黄、日光を受けてネコの目のような光の反射が描き出す縦筋が一本入っている。『猫目石』という宝石だ。
メルはバッと腕を振り、地面に猫目石をばらまくと呪文を唱える。
すると地面からニョキニョキと小さな猫耳が生えてきた。その下に丸い胴体が出現し、中心の窪みにはまっている猫目石が輝く。さらに胴からクモのような足が六本生える。
「這え、キャットゴーレム!」
十体の手の平サイズの猫耳一ツ目ゴーレムはメルの指令に従い、シャカシャカと遺跡へと侵入していく。
メルが片目を閉じ、魔粒子領域視界にアクセスするとキャットゴーレムの数だけウィンドウが表示される。
そこにはキャットゴーレムがその宝石の目でとらえた視界がそのまま映し出されていた。
「くくっ、丸裸にしてくれるわ……!」
キャットゴーレムはメルの意のままに操れる偵察ゴーレムだ。戦闘能力は皆無。その分、遠隔操作距離がとんでもなく長い。
遺跡の全容を知ることで、トラップの有無、魔物の配置などを把握し、最短距離で安全にダンジョン攻略をしようという算段だ。
他の三人はダークなメルを見て困惑の表情を見せている。新ゴーレムの初実験で気分が昂揚し、つい素が出てしまったのだ。メルはごほんと咳払いをして言い直す。
「丸裸にしちゃうんだからねっ。ゴーレムちゃんたち、行っけー!」
マジカル☆ゴーレム少女メルちゃんという設定でいってみることにしたメル。
三人がにっこり笑顔になったのでメルはほっと一息つく。
「オッケー、まだ探索させてる最中だけどとりあえず行こうか」
一行は遺跡に足を踏み入れる。
中は石壁の通路が続いている。案外明るい。松明がところどころ設置されているおかげもあるが、ダンジョンが用意した光の精霊がただよっているから、光が差し込まないとところでも視界が確保される。
後衛はメルとティシエ。前衛はリズベルとクーデリア。
最前衛にゴーレムソルジャー二体を先行させトラップ除けとして使う。たまに落とし穴が発動して、槍がひっしり生えた床に落ち、ゴーレムたちは串刺しになる。
「うっ、ゴーレムちゃんが……」
「罪悪感がすごいです……」
「うぅ……」
落とし穴をのぞき無残な姿になったゴーレムを見るとそれぞれ同情の念を抱く。特にクーデリアからしたらゴーレムは兄弟のようなものなので心が痛むようだ。恨めしげに主人であるメルをジト目でにらむ。
「あはは、気にしない気にしない」
慣れっこのメルは気楽なものだった。新たに石壁からゴーレムを錬成して再び罠避けとして最前衛につかせる。ゴーレムを先行させることでトラップだけでなく、魔物の出会いがしらの不意打ちも避けられる。
「この遺跡って元は古代人が利用してたんでしょ?落とし穴なんてあったら自分たちがはまっちゃわないかしら?」
「ダンジョンになってるからね。かつて人が住んでた当時とは違うんでしょ」
ティシエの疑問にメルは答える。
ダンジョンの定義は『高濃度の魔粒子を有し、自己変成を成し遂げる領域』である。
かつてはただの洞窟や遺跡だったりするのものが長い時を経て、人の欲望や怨念を吸収し、魔力を蓄える。
そしてさらなる獲物にありつくため、宝箱や罠を用意する。はてには構造自体を変え迷宮と化す。
ダンジョンは休眠期と活性期を繰り返す。十分な魔力を蓄えると何らかの生物にそれを託し強力な魔物に生まれ変わらせ、最下層の宝を守る番人として配置する。
番人が倒され、宝が開けられると休眠期となり、再び魔力を蓄える期間になる。
あまり活性期に放置しておくとどんどん番人が強力になっていくので、適度な間隔でダンジョンを攻略して魔力を解放させなけらばならない。
しかし現実はハンターも人手が足りていないので数十年放置されたダンジョンなどはざらにある。
「『狼災』級が相手なら気を引き締めてかからないといけませんね」
カコカコカコ。リズベルの言葉をさえぎるように音が鳴った。
通路の隅に散らばっていた人骨がひとりでに宙に浮き、人の形を成す。
骸骨の魔物スケルトンソルジャーだ。メルならたやすく倒せるが、レベル上げのため他の三人に倒させる。
「ハッ!」
クーデリアがメイド服のロングスカートをはためかせて、躍り出る。
「いつまでも現世にしがみついてないで浄化なさいませ!」
クーデリアは自分のことを棚にあげた口上を述べ、武器を振るい、スケルトンを粉々に『潰す』。
クーデリアが振るうは聖槍斧アラドヴァル。彼女の身の丈の1.5倍ほどあるハルバードだ。
属性は『雷』と『聖』。追加効果に傷が塞がらなくなる『裂傷』。さらに保護効果として『酸無効』『劣化無効』がついているエピッククラスの武器だ。
メルは十二聖騎士の特権で四番隊に代々受け継がれているハルバードを武器庫から引っ張り出しクーデリアに持たせてみたのだが、案外しっくりくる。
男でも振り回すどころか持つのさえ困難なほど重量が大きい得物だが、そこはパワー系魔物の代名詞のゴーレム。軽々と扱ってみせる。
王立騎士団の者からすると隊長でもなく騎士でもなく、そもそも人間ですらない者に『十二神聖武具』を持たせるなど言語道断だろう。しかしここは王都から遠く離れた異国の地。騎士団の者などいない。
と言いたいところだが、リズベルが息を荒くしていた。
「はぁはぁ」
メルを愛でる時とはまた違った意味合いでクーデリアが持つ聖槍斧を観察する。武器フェチでもあるのだ。
「ご主人さま。リズベルさまの視線がおぞましいのですが、いつものように色仕掛けをして注意をそらしていただけたらと存じます」
「こら、そんなことしたことないったら。リズベル、どうどう」
恍惚の表情を浮かべていたリズベルはメルの言葉に自我を取り戻す。
「それよりちょっと、クーデリア。飛ばしすぎ。リズベルとティシエが攻撃に参加できないじゃない」
クーデリアが振り回すアラドヴァルが生み出す圧倒的破壊空間に存在するものはすべて跡形もなく吹き飛ばされる。危なかっしくて近寄れたものではない。
「いえ、私のためにみなさまにお手間をかけさせてしまっているので、これくらいは私がしませんと」
「うん、気持ちは分かるけど。ほら二人を見て」
リズベルもティシエも魔物を倒したくてウズウズしている。リズベルは元から無類の特訓好きで、ティシエもメルの影響により魔物狩りには積極的だ。
「かしこまりました。では『突き』だけで対応いたします」
「うん、ごめんね、クーデリア」
再び歩みを進める。しばらく歩くとメルが声を上げる。
「おっと、みんな止まって」
そう言うとメルは天井を指差した。
すると天井の石壁のスキマからゼリー状のものが粒がぷつぷつといくつも染み出てきた。それは垂れ下がって地面にべちゃっと落ちると一つの塊となる。
スライムだ。
サイズは1mくらい。地上で出現したなら大きめのサイズだが、魔粒子が濃いダンジョン内では標準サイズといえる。
ザコ敵の代名詞だが、リズベルは明らかに腰が引けている。以前、スライムクイーンにこっぴどくやられたのがトラウマになっていた。メルもリズベルのほっぺにちゅーしたことを思い出すのでなんとなく苦手だ。
それに構わずティシエは杖を突き出し呪文を唱える。
「『ファイアーボール』!」
ティシエが放った火球はスライムに命中し、爆裂し、スライムの体液が四方に飛び散る。ティシエはかわいくガッツポーズを取る。
「ティシエさん!そんな安直に倒してはいけません。スライムの体液は酸を持つので飛び散ると危険なんです」
「ああ、ごめんなさい。前衛の人のこと考えてなかったわ」
そういうがリズベルに酸はかかっていない。
リズベルの新スキル『光の盾』で飛び散る酸をガードしていたからだ。今も白く光る二つの小盾がリズベルの両肩の辺りを浮遊している。
「でも、その盾ステキね」
その言葉で途端にリズベルの顔がふやける。本当ちょろいなコイツ、とメルは呆れる。
地下一階、二階の魔物はメルが出張るまでもなく、三人で余裕で対処できる魔物ばかりだった。
地下三階まで下りると通路の向こうから悲鳴が聞こえてきた。
数名のハンターがメルたちのほうへ息を切らせて走ってくる。
「はぁはぁ……!あ、お嬢ちゃんたち、に、逃げろ!アイツが来る!」
メルたちが何事かと聞き返す間もなく、その男の胴に通路の向こうの闇から伸びてきた触手のようなものが巻き付き、男は闇へと引きずり込まれていった。
「うわあああああ!!」
通路の先にいるのはジャイアントトード、牛さえも一呑みにできそうな巨大なカエルの魔物だった。
捕らえた獲物を宙に舞い上げるとパクリと一呑みにしてしまった。
「きゃああ!!ジェイルッ!!!」
仲間の女戦士が甲高い悲鳴を上げる。
全部で三体いるジャイアントトードは次の獲物へと狙いを定めた。
トードの一匹が女戦士めがけて舌をと矢のようにシュバッと飛ばす。
しかしそれをリズベルの宝剣が防ぐ。
だが剣は舌でグルグル巻きにされてしまう。この舌は人間の筋力では絶対にほどけない。それでもリズベルはみじんも慌てた素振りを見せない。
「オースキーパー!力を示せ!」
リズベルの呼び声とともに宝剣は赤い光を放ち、強靭な弾性と粘性を持つはずの舌は紙くずのように千切れ落ちる。
「ぐげげっ!!」
「はっ!」
残りの二体が舌をリズベルに放つも、リズベルは跳躍しなんなくかわす。
「『アクセルLV5』!!」
さらに飛びざまに壁を蹴るとスピードを加速させ、すれ違いざまに二体を真っ二つにする。
そして振り向くと、最後の一体の頭部を斬り落とした。仰向けに倒れたトードの腹をかっさばくと先ほど呑まれた男が姿を現す。まだ溶かされてはいなかった。
「殲滅、完了です」
その言葉とともにリズベルはビュッと剣を振り、魔物の体液を落とす。この間、ものの数秒。鮮やかな手並みに拍手が起こる。
「ジェイルッ!大丈夫!?」
駆け寄った女戦士がジェイルという男の顔を叩くと目を覚ます。ショックとカエルの体内のマヒ毒で体が痺れて動けないようだ。
ティシエが前に出てジェイルに杖をかざす。
「私に任せてください。光神よ、天の御座よりこの者に癒しの光を!『ヒールライト』!」
ティシエの杖から放たれた光があたりを包む。神聖魔術による範囲回復魔法『ヒールライト』だ。
「うっ……。はぁはぁ、あ、ありがとう。少し楽になったよ……」
ティシエは死聖竜が倒された時の膨大な神聖力の渦の直撃を受けて神聖力が高まり、簡単な神聖魔術を使用できるようになっていた。
「その黒いマントからして本職はメイジだよね。なのにその若さで神聖魔術も使えるなんて大したものだ」
「いえ、私なんてまだまだです」
「すまなかった、地上で君たちを笑ってしまって。オレたちは帰還するけど、この礼はいつか必ずするよ」
地上に帰還していくハンターたちを見送り、一行は攻略を再開する。