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29 人は見かけによらず

一行はトロイデ大橋を渡る。


トロイデ川は東はイースタン、西はロッドラン、と両国の境界線となっている。


そこにかかるトロイデ大橋は古代に架けられたもので、補修し使い続けられていた。両端にはそれぞれの国の兵士が詰める守備塔が建っている。


「何百年も前からこの橋を人が行き来してきたんだねぇ」


以前は両国が通行税を橋を渡る旅人や商人から徴収していたが、今では経済の活性化のため徴収は行われていない。


橋の維持費は力関係の弱いロッドランが全部受け持つ。『白の賢王』とうたわれた前ロッドラン国王が数十年前に行ったこの決断により、ロッドランは平和と繁栄を享受した。


「まさしく両国の架け橋ですね」


今も多くの商人の荷馬車が行き来している。イースタンからはぶどう酒や毛織物、ロッドランからは銅や魔鉱石、木材などが主に輸出される。



一日と半日後、一行は首都ミルグラードのすぐ近くまでやってきた。


木々に囲まれたその場所ではトンネルが口を開いて一行を待ち受けていた。


「これが有名な『オーガの七口』かぁ」


丘の下部を削って造られた小さなトンネルが七つ連なるこの場所をオーガの七口と言う。


丘の上には見張り砦が築かれ、守衛が異常がないか常に警戒に当たっている。今も上からメルたちを狼型の獣人の兵士が見下ろしている。


最後のトンネルをくぐり抜けると、坂の上に城壁に囲まれたロッドラン王国の首都ミルグラードが見えてきた。この都市は一方が丘陵に面し、残り三方が山に囲まれた天然の要害だ。


当初の予定より大分遅れたが、一行はどうにか門が閉められる時刻までに町に入ることができた。


「なんとか間に合いましたね」

「名物の温泉宿は町の上のほうみたいね」

「へぇ~温泉もあるんだ~」


メルは温泉と聞いて喜ぶ。ホウライ――おそらく日本っぽい文化の国――から伝わった文化なら温泉があってもおかしくはない。

何か大事なことを忘れている気がするが、メルはそれに気づかず温泉への憧憬を募らせる。



しかし温泉宿はこの時間から探していたのでは部屋が空いていない可能性があるので、町に入ってすぐの旅人や行商人向けの宿に泊ることにした。夏の高い空もすでにゆっくりと落ちてきて星が瞬き始めている。


「獣人族がたくさんいますね」

「えーとなになに『かつて野に追放された王子が数々の種族の力を借りて王の地位を取り戻したという逸話があることからロッドラン王国では異種族や異文化に対しても寛容』だって」


「町は明日ゆっくり見るとして何よりも宿探しだね」

「宿を確保するまでが旅だものね」


しかし、宿はなかなか見つからず一同は焦り始めた。


「この町、入り組みすぎよぉ」


曲がり角を曲がってもまた似たような小路に出る。ゴブリンが何匹か坂道の階段の下でメルたちを見ている。ゴブリンたちが寄り集まって出来たゴブリン通りだ。


この町はコビット族はコビット族で、獣人族は獣人族で、とそれぞれの種族が寄り集まっていくつかの居住区が形成されている。


「もうこのさいゴブリン宿でもいいわぁ」

「サイズが合うでしょうか」


その時、路地の奥からがなり声が聞こえた。


「おうおう、この町はゴブリンもたくさんいるんだなぁ」

「しかもいい生地の服、着てやがるときた。金持ってそうだなぁ。ジャンプしてみ?ジャンプ」

「や、やめてください」


旅人だろうか、二人組の男が初老のゴブリンの襟を捕まえてカツアゲしようとしている場面に遭遇した。


メルはすぐさまその男たちに声をかける。


「お兄さんたち。お金欲しいの?」

「ああん!?なんだぁちびっ子ぉ」


メルは財布袋から銀貨を取り出し、親指にセットする。


そして親指で銀貨を宙に弾き、それが再び指先に落ちてくると同時に風魔術で高速で打ち出す。


ビュッ!


銀貨は風切り音を上げ、男の顔をかすめると後ろの家の壁にめりこむ。男のほほからツゥっと血が流れる。


「もっと欲しい?」

「す、すいませんしたぁぁぁああ!」


一目で分かる実力の差を見せつけられ、男たちは去っていく。メルは銀髪をかきあげフンと鼻を鳴らす。


助けられたゴブリンはぱたぱたとメルに駆け寄ってくる。


「ああ、お嬢さん、なんとお礼を申し上げればよいやら」

「いえ、お気になさらず。お怪我はありませんか?」

「ええ、おかげさまで。私はゴブスと申します。これ、ほんの気持ちですが」


そう言うとゴブスと名乗ったゴブリンは懐から金貨を取り出す。メルはぎょっとした。


「そんなに頂けませんよ。それよりおじいさん、この町の方ですか?空いてそうな宿を知りませんか?」

「おお、宿ですか。知っていますとも。ではついてきてくだされ」


ゴブスについていくとゴブリン通りを抜け、大きな通りに出た。


「ここなんてどうですかな?」


ゴブリン老人が示す先にはホテルが建っていた。歴史と風格を漂わせた立派な作りだ。


てっきり顔なじみの宿でも紹介してくれるのかと思ったメルたちは困惑する。こんな高級ホテルでは旅の予算の足が出てしまいそうだ。


子鬼族特有のいたずらかなと思ったメルたちだったが、ゴブスはかまわずホテルのドアを開け中に入っていった。メルたちも仕方なく後に続く。


すると豪奢な服を着た恰幅のいい男が足早に駆け寄ってきた。ホテルの偉い人だろうか。


「これはゴブス総支配人。今日はどのような御用件で?」


メルたちはその言葉に仰天する。ゴブリンがホテルの総支配人など、メルたちのイースタン王国ではありえない。


「こちらのお嬢さんたちに部屋を案内してあげてください。一番いい部屋でお願いしますよ」

「はっ。お嬢様がた、どうぞこちらへ」


「ええと、ボクたち観光旅行中なので出来れば予算内で済む部屋のほうがでいいんですが」

「お代などいりませんよ。助けていただいたお礼にどうかこのホテルに泊まってやってください」

「えぇ!?こちらとしては助かりますが。どうしてここまでしてくれるんですか?」

「いえね、ゴブリンを何の損得もなしに助ける人間なんて滅多にお目にかかれないものですから」


他国だとゴブリンの扱いは非常に悪い。公職につくことや土地を保有することを禁止されているのはザラで、ひどいところだと財産の保有すら禁じられている地域もある。


メルはただ宿が見つからなくて、イライラしていたから男たちを懲らしめてやっただけだったので肩身が狭い。


しかし快く部屋の鍵を受け取ってエレベータで最上階の部屋へ向かう。



「わーい、気持ちいー」


メルはベッドでばふんばふん跳ねてはしゃぎ始めた。


「こーら、メルったら。はしゃがないの」


一行はふかふかベッドで身を休めた。

明日は町の観光、の前に温泉宿を探すことにする。流石に滞在期間中、ずっとゴブスの厚意に甘えるわけにはいかない。


温泉かぁ、楽しみだなぁ。やっぱり日本文化といえば温泉だよね。ん、ちょっと待てよ。まさか混浴じゃないだろうな。んん?今、ボク女の子じゃないか?混浴とか関係なくみんなと一緒に温泉に入らなければならないのでは?うわーん。


やっとそのことに気づいたメルだった。一昨夜とはまた違った意味で寝つけなかったという。

 


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