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02 死戦

 村の中央には馬に乗った老人が陣取っていた。


老人は貴族の格好をしている。周囲には多数の男が整列していた。軍隊?いや男たちの格好からしてただの農民のようだ。遠目では分からないがどこか脱力したように見える。


「今日は皆さんに死んでいただくために来ました」


 村中に老人の声が響き渡る。恐ろしい宣言内容とは裏腹に明るい口調だ。声を張り上げなくても耳朶に響くのは、老人の魔力の熟練度の高さを示している。


「おっと自己紹介が遅れました。私はゾンビ伯爵ヴァイグル。以後お見知りおきを」


ゾンビ伯爵と名乗った老人は確かに肌が青く変色し生気がない。ところどころ皮膚がただれ肉が露出している。乗っている馬もまたゾンビだった。


「皆さん、ゾンビはいいですよ~。痛みや苦悩から解放されますからね。みなさんもゾンビとなり私の『死の帝国』の民となりましょう~!」


陽気な調子で歌うように告げたあと、伯爵は身振りで配下に命令を下す。


「さぁ行きなさい、私のゾンビ兵たちよ!仲間を増やすのです!」


死体の兵たちは村人たちに一斉に襲い掛かる。あちこちで悲鳴が上がる。


「あっあー、若い娘さんは噛まずにつれてくるように。私が手ずからゾンビにしてあげましょう。娘さんたち、どうですかー永遠の美しさですよー」


 ゾンビのうめき声と伯爵の陽気な声、そして村人たちの悲鳴が交差する。



「メル!」「父さん!」


 メルは家と家の間で隠れていた父、ザックスを発見する。


「アイツは何者?」

「酒場かどこかで聞いたことがある。ヤツはゾンビ伯爵ヴァイグル。ゾンビを使役する邪悪な魔法使いだ。以前倒されたと聞いていたが、自身がゾンビとなって復活したようだ」


「ゾンビ伯爵、ヴァイグル……!」

「やつらが嫌がるかと思って、干し草に火をつけたが気休めにもならなかった……」


ザックスの顔は焦燥が色濃い。


「……逃げなさい、メル。お前だけでも」


ザックスの顔には、メルが今まで約十年間ともに生活を共にして見たことのない悲壮感が漂っていた。


「この村はもうだめだ。私はマリルを助けてから行くから」

「お姉ちゃんは?」

「アイツらにつかまった。ほかの娘たちをかばって」

「……!」

「ヤツらは東から来た。きっと東の村の人たちをゾンビにしたのだろう。西に逃げなさい」


「さよならだ。強く生きなさい」


 そう言うとぎゅっとメルを抱きしめる。抱きしめられているメルの瞳は……どこまでも冷たかった。


「お父さん、ヤツについてもっと情報は?」

「い、いやそれくらいしか知らんが……」


父は妙に冷静な娘を見てぎょっとする。娘は恐怖のあまり、事態が飲み込めてないではないかと懸念した。


「そう、ありがと」

「メル……?グフっ…」

 マッドゴーレムの拳がザックスのみぞおちにめりこむ。


「よし、行くか」


 メルは村の中央へと向け、歩き出した。



「なんと美しく勇敢な娘さんだ。我がコレクションにふさわしい」


 村の中央ではとらわれたマリルが伯爵の前に引き立てられていた。恐怖に震えながらもまなざしは伯爵をキッとにらみあげている。


「おお、その意志の強さ、生命の輝き。素晴らしいですね~。今すぐゾンビにしてあげたいところですが、ほかの娘も捕まえてからでないと盛り上がりませんねぇ」


 きょろきょろと辺りを見回す伯爵。ゾンビ兵に村娘たちを早く探すよう指図する。


ごきげんよう、閣下(サリュー ムッシュー)。娘ならここにもいるぞ、ごほん、いましてよ?」


 地獄の戦場と化した村に鈴のような声が鳴る。メルの声だった。


「おおおおおお!?う、美しい!なんと愛らしく、可憐で儚げなお嬢さんだろう!」


 その姿を見て伯爵は歓喜に震える。マリルは森にいるはずの妹を案じていた。どうか逃げていてくれと。しかし、今この場に現れてしまった。


「メルちゃん!?逃げて!」

「大丈夫、お姉ちゃん。ボクに任せて」

「おお、なんと美しい姉妹だろう!」


 天を仰ぎ吠え叫ぶ伯爵のスキをつき、メルはマッドゴーレム二体を左右から挟撃させる。


ずががっ!


 馬上に陣取る伯爵の脇腹から突き出た骨がゴーレム二体を串刺しにする。


「ああ、貴女でしたか。この木偶の主は」


伯爵の陽気な声が冷気を帯びたものに変わり、眼前の少女とゴーレムを見比べる。


「なるほど。ゾンビは生命体じゃないから敵と見なせなかった。道理で交戦すら出来ずに破壊されたわけだ。ごほん。されたわけね」


マリルの手前、女の子口調にならないといけないのでメルは気をつかう。


「そういうことですね。ま、交戦してもごらんの結果ですが」


 動かなくなったゴーレムはべちゃっと地面に叩きつけられる。


 やれやれ、まだまだゴーレムたちの行動ルーチンを改良しなくちゃならないな。メルは独りごちた。


「お姉ちゃん、ごめんね」


 姉の顔を優しく撫で、父と同じようにゴーレムで腹を殴り気絶させる。


「おお?せめて意識がないうちにゾンビにしてくれという嘆願ですね?」


 メルはうなずいて見せる。


「なんという涙ぐましい姉妹愛!いいでしょう。貴女のささやかな抵抗に免じて。ではまず貴女から」


「『ゾンビタッチ!』」


伯爵の生気のない手がメルの白磁のようなほほに触れる。


「これで貴女も不死なるゾンビです。どうですか?生まれ変わった気分は?」

「さぁ、可愛らしい笑顔を見せなさい」


「くくっ」


「!?」


 可憐な少女からこぼれた悪魔のような笑みに伯爵はたじろぐ。


「あーあ、びびって損したぜ」

「どれだけやべーやつが来たのかと思ってな。ただの死にぞこないだったとはな」


「な!?私のゾンビタッチが効いていない!?この手に触れた生きとし生けるものは我が死のしもべになるはずなのに!」


「生まれつき『不死』だから」


 正確には生まれるちょっと前だった。上位神に授かった、<天帝>スキル『不死』。


「なああああっ!?い、いや、不死者ならなぜ私の操作を受けない!?」


伯爵は驚がくを隠せない。


「お前の生み出す汚らわしい偽物の『不死』と違って、こっちは神性による『不死』なんだよ。上書きできるものか」

「馬鹿な、馬鹿な……」


伯爵は自身が生涯、いや死を懸けて培った魔術が通用しなかったことに衝撃を受ける。目の前であざわらう少女が悪魔に見えてくる。


「で、ですが、形勢はなんら変わっていませんよ!あなたのゴーレムでは私のゾンビ兵を……!」


伯爵は手振りでゾンビ兵を操り、銀髪をなびかせる少女に襲いかからせんとする。


「お前を倒すのにゴーレムはいらない」


メルは伯爵のほうを見向きもせず、片手を天にかざし、村を覆うほどの魔法陣を展開して叫ぶ。


「『うつろなる肉体に縛られし者たちよ!汝ら、形解き土くれに還れ!!』」

『分解』(ブレイク)!!」


 ヴぁああああああああ!


 魔法陣から放たれた白い光芒がゾンビたちを浄化する。皮膚をはがし、肉を溶かし、そして骨を臓器を塵へと変貌させる。


 魂を持たないのであれば、人の形をしていようがただの肉と骨の塊。であるならばゴーレムマスターにとって分解はたやすい作業だ。


 死者たちは灰となって宙を舞い、そして土へと還る。村を襲っていたゾンビたちは一体残らず消えた。


「こ、こんなことが……、私の帝国がぁ……」

「しぶといな。頭部だけ残ってるなんて」


先刻までとは打って変わって静まりかえった村を伯爵のうめき声だけが聞こえていた。


メルは足下に転がった伯爵の頭にブーツを乗せ体重をかける。


「い、いやだ。死にたくない……っ」

「だめだね、お前はボクの家族を傷つけようとした」

「もう死んでるだろうけど、もう一回死ね」


 最期の手向けとして伯爵がほめたたえた、可憐な顔で笑顔を作って見せる。足を踏み抜くとぐちゅっと音がした。そして後悔した。


「……しまった。ブーツが汚れた」


 その後、ゴーレムたちが救助活動に当たった。幸いなことに村人に死者はいなかった。ゾンビ兵のほとんどが行き倒れた旅人や墓から掘り出された死体だった。


 問題は『悪魔姫』と陰で呼ばれるようになったことだ。ゾンビ伯爵を踏み潰すところを村人が見ていたらしい。その時に悪魔のような笑みがこぼれていたのが由来だそうだ。


 傷つくなー。こんな美少女を捕まえて悪魔って。


 元々、村で浮いてたのがさらに悪化し、腫れ物に触るような扱いとなる。以前は子どもたちもゴーレムと遊ばせて、とせがんできたがそれも無くなった。近づくなと親から言われているのだろう。


 だがこの問題もやがては解決する。


 一年後、王都へ引っ越すこととなるからだ。

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