26 円卓会議と宿星について その1
「『騎士メル・レンシア。こたびの活躍により貴公を『十二聖騎士』に任命す。心してかかるよう』」
メルにとって全くうれしくない出世のお達しが来た。責任と注目ばかり大きくなることは目に見えている。
しかも断るとメルが死聖竜を倒すために使用した大聖堂の光の十字架の修理代を払わされられるという。教会から苦情がきていたが騎士団がかばってくれていたのだ。
大聖堂のその聖なる浄化作用が機能しないと、地下水道にスライムやアンデッドが湧き出たり、周辺一帯の魔物の活動が活性化するので実際、大問題だ。
メルがうなだれて家に帰るとザックスとマリルも帰宅していた。二人で夕食の用意をしている。
「メルちゃん、ちょうどよかった。もう夜ご飯できるからね」
「うん」
メルは椅子に座り待っている間、小指サイズのミニマムゴーレムを作り、遊び始めた。
食卓の上を小さなゴーレムたちは行進する。
「よーし、合体だ」
メルの指令とともにゴーレムたちは合体を始める。数体が土台となり、その上に何体か乗り、さらにその上に一体が乗る。ゴーレムたちはぷるぷる震えながら一つのゴーレムの形を成した。
「ふふっ」
「もう、メルちゃん。ゴーレムちゃんで遊んでないでお皿、準備して」
「うん……」
メルは現実逃避から引き戻され、マリルの指示に従う。
夕飯を食べながらメルはおずおずと切り出す。
「お父さん、お姉ちゃん、聞いて。ボク、十二聖騎士に任命されちゃった」
「え?珍しいな。メルがそんな冗談言うなんて」
「それってえらいの?」
「騎士の中で一番えらいらしいよ」
二人は顔を見合わせた後、笑顔で言う。
「そうか、よかったじゃないか。メル」
「そうね、でも危ないことさせられるんじゃないかしら」
「ごめんね、二人とも」
ザックスやマリルも職場などでいらぬ注目を浴びるかもしれない。平穏に普通の女の子として生きるはずがいつの間にかこんなことになってしまった。そのことに対しての謝罪だった。
「メル、何を謝ることがあるんだい。メルはあの死聖竜を止めたんだ。そのごほうびの出世なら堂々と受ければいいじゃないか」
「そうよ、メルちゃん。私たちのことは気にしなくていいから、自分のやりたいことをやりなさい」
「うん、ありがとうお姉ちゃん、お父さん」
「でも、その……。ボクのこと、その、気味が悪くならない?」
メルはびくびくしながらたずねる。どこの世界に王都に来て三ヶ月弱で、平民から騎士の最高位にまで登り詰める女の子がいるだろうか。異質。異物。異端。どう捉えられてもおかしくない。
「ぷっ……はははははは」
「ふっ……ふふふっ」
「え……なんで二人とも笑うの?」
ザックスとマリルは噴き出した。
「もうそんなこと気にしてたの?メルちゃんったら」
「今さらすぎるよ、メル。ははっ」
「今さらって……!?どういうこと?」
メルは二人の言葉の意味が汲みとれず聞き返す。
「そうだなぁ。まず最初はメルが七歳くらいになってゴーレム君のレベルが上がってきたら、村の周りの魔物の数が激減した時かなぁ」
「メルのゴーレムが倒して回ったんだってすぐ分かったよ」
「魔物学者の私が気づかないわけないだろ?生息数とかのデータを色々取ってたけどパーになっちゃんたっだよなぁ」
「ふふっ、『クラッシャーメル』って陰で呼んでたのよね」
「あとスライムクイーンもメルが倒したってこと知ってるから。リズベルさんとあのスライムじゃ相性が悪いからね」
「そうそう、メルちゃんが指をパチンとやったらスライムが弾けるの遠目で見えてたものね」
……。
………………。
はあああああああああああああ!?
メルは心の中で叫んだ。ゴーレムも月までぶっ飛ぶ衝撃だった。
「いやー、メルの『ボクは大したことしてないよ』アピールがけなげで知らないフリしてたんだよ。なあマリル」
「ねー。メルちゃんのか弱い女の子アピール、可愛いんだもの」
はあああああああああああああ!?
メルは驚きで言葉が出ない。二人が今、言ったことを頭で整理するのが精いっぱいだ。
つまり。
全部見透かすされていたのだ。メルが心配をかけまいと必死に普通の女の子を装ってきたというのに。あまつさえ、それを笑いの種にしていたという。
とすると、メルは人生を懸けた羞恥プレイをやらされていたということになる。冷静になると怒りがこみ上げてきた。
「ふんだ。二人してなにさ」
「これからは可愛い服、着ないからね。肩のところがびりびりに破けたジャケットを素肌の上に着てやるんだからね」
メルはぷんぷんしながら世紀末ファッションリーダーになることを宣言する。
「それとこれとは関係ないでしょ……?」
マリルの顔が絶望色になる。ただしメルにとっての絶望だ。
「ひいっ……。はい、すいません……」
「はは……。しかし魔物学者にもそろそろ本腰を入れてほしいなぁ。王都の治安を守るのも大事だけれど」
本腰も何もないぞとメルは思ったが、もはやツッコミを入れる気力もなかった。
夕食を終え、メルはベッドに入って考える。驚きと羞恥と少しの怒りと、……そして喜びが胸を去来する。
守ってきたつもりが守られてたんだな……。いや、おちょくられてたようなもんじゃないか。でも分かり合えたような気もする。
メルは頭の中がごちゃごちゃになるが、ふと気づく。
いや、違う。自分のことしか見えず、マリルとザックスのことを見てなかったんだ。二人はボクのほうをずっと見ていてくれていたのに。
そう思うと申し訳なさとありがたさがこみあげてくる。明日からは本当の家族だ。
そう決意しながらメルは長いまつげを閉じ、安らかな吐息を立てる。
翌日、騎士団本部の庭。
そこでメルは王子エリオットから聖騎士の正式な任命を受ける。
メルは覚えてきたセリフを言い、エリオットはメルにXSサイズの竜飾りのマントを着せる。これで聖騎士叙任の儀式完了だ。
「ふん……魔術師風情が……」「ひゅー、お嬢、イカスぜー」「聖竜を倒したのも賢者からもらったアイテムのおかげって話だぜ」「可愛い……」
居並ぶ騎士たちの反応は拍手5、不服3、とまどい2。メルが所属していた二番隊のメンバーは指笛を鳴らして祝福してくれる。メルは恥ずかしさにほほをバラ色にそめる。
そしてそのまま騎士たちは解散し、メルはエリオットについていき、庭をつっきり王宮へと向かう。
王宮の壮麗な西口扉から入り、紅の絨毯を歩いて、高級板チョコレートのような扉を開けると丸いテーブルが視界に入る。
これが名高い聖騎士たちの座るラウンドテーブル、円卓だ。
すでに他の聖騎士も序列に従い、席についていた。
上座には零番隊隊長にして騎士団総長ヴァリアルドが座る。
「うぬがメル・レンシアか」
「はい。総長。初めまして」
メルは『うぬ』と呼ばれるのは初めてだったのでちょっと面喰らった。
ヴァリアルドはダマスカス鋼で出来た厳めしいフルフェイスアーマーで身を固めていて、素顔も表情もうかがいしれない。
面甲のわずかなスキマからは青く深い光が出ている。口からは、こおぉっと白い呼気が漏れている。生活感がまるでなく、敵のボスキャラのような風格をただよわせていた。座っているので身長は分からないが、2mはあるのではないと思われた。
「よい目を…………………………しておる」
「はぁ、どうも」
間が長いのが気になったがメルは礼を言っておく。それよりもメルからも言いたいことがあった。
「総長、その鎧はどこで売っていますか?」
「これは伝説のドワーフの鍛冶師、ドゥアルヴが作りしものだ」
「ほ~、かっこいいですね」
「うむ」
誉められたヴァリアルドだけでなく、他の騎士たちもうなずいた。
鎧は騎士の命である。
実用性が許すかぎり、見た目にこだわり自らの名を誇示しようとする。騎士はみんな鎧大好き人間なのだ。相手の好きなものをほめるのは人間関係の基本。つかみはバッチリだ。
「じゃなくって、早く席につきなさい。レンシア卿」
トゲのある口調で話すのは浅黒い肌に赤い髪の女騎士だ。六番隊の隊長テレジア。なぜかメルを敵視しているようだ。
「まぁ、そうカッカしなさんな。テレジアちゃん」
そう諫めたのは、七番隊の隊長、『竜騎士』ホークウィンド。三十がらみの男で口元には無精ひげ、頭にはゴーグルをつけている。飛竜隊の隊長だ。
「『王都の守り手』サマに対してよ。くくっ」
「とっつぁん、そうイジメてやんなよ」
「おう、ウルガ。お前ントコにいたんだってな。流石、二番隊。問題児ばかり集まりやがる」
「 とっつぁんにだけは言われたくねえぜ」
「ははっ、ちげえねぇ」
二人はソリが合うようだ。メルとしては問題児という自覚はないので心外だ。
「まぁ、突っ立ってねぇで、座りな、メルちゃんよ」
うながされてメルは一番下座に座る。しかし机の背が高いため、他の者から見たら机に隠れメルの顔の上半分しか見えなくなる。円卓は体格のよい騎士に合わせて作られているので小さなメルには合わないのだ。
周囲から忍び笑いがもれる。先ほど突っかかってきたテレジアでさえちょっと笑っている。
最近、恥辱プレイが多い。ぷんぷんしながらメルは椅子から飛び降りる。
「ちょっと作り変えていいですか?」
なんだと?といった反応の騎士たちの返答を待たずにメルは椅子に手を当て、魔力を込める。すると椅子の豪奢な背もたれが最低限の支えを残し分解され、それが脚の底に移され、かさ上げされ背が高くなった。
「これでよしっと」
メルがぽむっと座席に座るとジャストな感じで机の高さと合った。
騎士たちはぽかんとしている。高位の魔術を目のあたりにして驚いているようだ。しかしメルからしたら、重い鎧を着てぴょんぴょん飛び跳ねる騎士たちも大概であった。
「さて、ともかく全員そろったか?」
「メイバーンさんは欠席のようですね」
「ふん、またか。魔術師は信用ならんわい」
アクエリアの言葉を聞き、憤るのはドワーフのフリディン。騎士団では装備の補修や兵器開発を任されている技術部隊である十二番隊の隊長だ。
十四の席のうち、空席が三つある。十二聖騎士と言っても常に十二人いるわけではなく、一定の実力がないと空位のままなこともある。あるいは十三人以上の時代もある。現在は新加入のメルを入れて十一人である。
国王もこの会議に参加することがあるが、今回は不在だ。
「では今回の会議の主な議題についてですが……」
会議の進行役を務めるのはアイスバーグ。『鉄仮面』のハイラインの上司だ。メルは彼から『死聖竜事件』について執ような事情聴取を受けたので、苦手意識しかなかった。
八番隊の隊長で事務仕事や騎士団内での規律の維持など憲兵のような仕事をしている。
会議が始まり、王都の防衛システムの見直しや死聖竜事件についての議論が交わされる。
「あの死聖竜事件の首謀者についてですが、心当たりがある者はいますか?」
みんなの注目がメルに集まる。メルはゆっくりと口を開き、賢者から聞いたことをみなに話す。
「首謀者は『魔将』の一騎、『創死術師』ユグドです」
「魔将……!」
「って言やぁおとぎ話の存在じゃねぇか」
「『六魔将』は先の大戦で『七賢者』によりことごとく滅せられたはず。強力な個体が出てきて新たに魔将を襲名したというのか?」
「そんな……。『魔将』の名は禁忌中の禁忌。魔国の中でさ忌み恐れられた名前。それを再び用いるとは」
騎士たちは険しい顔つきで話す。
「とすると魔国が条約を破棄し、侵攻を開始したということか?」
「三百年前の第二次ラグナロクより一度も破られなかった和平条約がついに……?」
「いえ、諜報部隊からそのような情報は入っていません。国境でも大きな争いやそれにつながるような問題が起きたとは聞いていません」
諜報部隊を部下に持つピエールはそう告げる。
「魔国も人間と同様、一枚岩ではないからな。過激派である魔族解放戦線の先走りかもしれん」
この世界の秩序は大陸の『三大国』のパワーバランスの均衡の下に成り立つ。
東のイースタン王国 ―メルが生まれ育ち、現在も所属する国。騎士たちの勇敢な戦いぶりで知られる―
西のウェストラント帝国 ―若き皇帝シグムント七世が支配する国―
北のノース魔国 ―子鬼族や竜人族、黒妖精族など七つの魔族による連邦国家―
もし魔国がイースタン王国に侵攻を開始したなら、帝国もそれに乗じて事を起こし、さらなる戦線の拡大と混乱が巻き起こる。
つまり六百年前と三百年前に大陸の人口を半減させたという『ラグナロク大戦』が三度起きることになる。
「そこまでの事態になると外交に任せるしかない。騎士団としては警戒と情報の収集に努めるしかないな」
「業魔バルドスのほうはどうですか?何か新しい情報を吐きましたか?」
「いや、アイツからはもう情報は得られないだろう」
「業魔は主人からの魔力供給を断たれると廃人になりますからね」
業魔は黒忌魔術によって人為的に魔力を強化された人間を指す。
先の協定で業魔の『製造』は表向きは禁止されているが、裏社会では往々にして業魔手術がまかり通っている。手っ取り早く強力な戦士、あるいは魔術師として使えるからだ。
メルが捕らえたバルドスは牢獄にぶちこまれたが、ほんの数日で老人のようになり、口も聞けなくなってしまった。
「結局、その魔将を名乗るなにがしが聖竜をよみがえらせ操った理由はなんだったんだ?」
「さぁ、そこまでは賢者さまもなんとも……」
議論が行き詰り閉塞感がただよう。
「まぁ、その件は引き続き調査するとして……」
「本日の主題に入るか」
「『みんなでレンシア卿の二つ名を考えようの会』~」
ぱちぱちと拍手が起こる。
「いえ、ボク、そういうのいいんで……」
会議が思わぬ方向へ舵を切ったので、メルは面喰らう。そんなメルをヨソに騎士たちはおのおのの意見を出す。
『破滅の妖精姫』×5『おチビ』×1『お嬢』×2『姫』×1
なんとも素敵なニックネーム案が出たことにメルはむせび泣く。
最後に今までおとなしかったピエールは立ち上がり、万感の思いを込めて言葉を発する。
「『汚れなき天使姫』、でどうでしょうか、我が姫?」
汚れまくってるつーの。メイン汚れ役だっつーの。毎日けがされてるわ、自尊心をな!つーか姫から離れろや!
心の中で散々ツッコミまくったメルだが、新人で立場も弱いこともあり、うなることしか出来なかった。
「じゃあ、もう『姫』でいいな」
「ほい、決定」
「よし、締めのあいさつを。復唱願う。『アワーソーズアーフォーザキングダム!我らの剣は王国のために』!」
王子エリオットの標語暗唱を騎士一同は復唱する。そんな標語初めて聞いたメルはうろたえる。
「うむ、今回もよい会議であった。ではまた来月集うように。解散!」
総長ヴァリアルドが告げると騎士たちは思い思いに席を立ち部屋を出る。メルは死ぬほど言いたいことがあったが、衆寡敵せず。郷に入りては郷に従え。押し黙るよりほかなかった。
「アクエリアと姫は残るよう」
「あ、はい」
新たに四番隊長となった姫、もといメルのためにアクエリアが聖騎士について説明をしてくれるとのこと。