25 舞踏会
おかしい。
町を救ったはずなのに、どうしてこんなはずかしめを受けなければならんのだ。
メルは恥辱に震えていた。
『聖竜のご乱心』事件から二日後、王宮では舞踏会が開かれていた。
町はまだ復興のさなかだが、例年通りに開催することで日常を取り戻そうという思いが込められている。
華やかに飾り立てられた会場では、着飾った貴族や騎士たちがワインや料理を口にしながら談笑していた。
部屋の両サイドのテーブルには鳥の丸焼きや魚の香草焼き、南国の果実など料理がずらりと並ぶ。吹き抜けとなった二階部分には楽士隊がいて、時に優雅な、時に軽快な音楽を奏でている。
中央に位置取る王が来場者に向けて合図をとる。
「みなのもの、パーティの主役の来場じゃ。盛大な拍手を!」
会場の扉が開かれ、現れたのは純白のドレスに身を包んだメルだった。
いつもは腰まで下ろした銀髪を結い上げて、白いうなじがあらわになっている。
ドレスは胸元がざっくり開いていて美しいデコルテをさらけだし、ロンググローブが可憐な二の腕を強調する。白磁の肌も今日ばかりは朱がさし、美しさを引き立てている。
「あの子が聖竜を止めたのか……」
「まぁ、なんて可愛らしいお子なのかしら……」
「あれが賢者の弟子か、まるで楽園に住まう妖精のようだ」
貴族たちは今夜の主役にして、王都を危機から救った少女の可憐さに息をのむ。
ウワサで少女とは聞いていたとはいえ、想像以上に年若く、また想像をはるかに越えて美の女神に愛されたものだったから無理もあるまい。
王直属の衛士に手を引かれ、メルはドレスの裾を引きずりながら大理石の床を歩む。初めて着る衣服の歩きにくさに辟易しながら王の御前へと近づく。
「みなみながた。これなるは魔術学院一号生首席にして王立騎士団の騎士メル・レンシア!」
「王都を救った英雄にもう一度、拍手を!」
万雷の拍手とともに会場中の視線がメルに突き刺さる。
「いよっ、王都の守り手どの!」
「そなたがいればこの国は安泰だ!」
「楽士よ、勇ましい曲を奏でい、わははっ」
人々は口々にメルをほめそやす。そのたびにメルは羞恥と恥ずかしさでいたたまれなくなり、かあっと体が熱くなる。
おかしい。町を救ったはずなのに、どうしてこんなはずかしめを受けなければならんのだ。
王が手を上げるとみなは再び踊ったり、談笑しはじめる。そして王はメルに語りかける。
「レンシアよ。こたびは本当によくやってくれた。おかげで王都は救われたぞ」
「いえ、陛下の臣として当然のことをしたまでのことです」
「それより陛下、あの節はご無礼をいたしました」
以前、騎士の位を賢者にムリヤリ取ってもらった時のことを言っている。
「なに、ワシも先見の明がない。そなたがこのような活躍をすると分かっていたら、賢者さまに言われずともワシのほうから申し出ておったものを。わはは」
「ありがたきお言葉」
「そなたにはおって褒賞があるじゃろう。楽しみにしておるがよい」
「臣は幸甚にたえませぬ」
メルが肩肘張った様子なので国王はふふっと笑って言う。
「ワシの前では肩が凝ろう。親しいものたちのところへ行って楽しむがよい」
「はっ。では失礼いたします」
メルは王に一礼して御前をあとにする。無礼がなかったか小心者のメルとしてはドキドキものである。
しかし親しいものと言っても貴族や騎士に知り合いなどほとんどいない。何しろまだ王都に来てから三ヶ月足らずなのだ。
メルが手持ち無沙汰で料理を物色していると声をかける者がいた。
「よっ、お嬢、じゃなかったレンシア卿」
「王子。ぺこり」
王子エリオットだった。流石に今日は瀟洒な夜会服をまとい王子らしい風格を出している。
「緊張してるな。周りの目なんか気にしないで、飯だけ食っとけ。ほれ、この火炎鳥のチキンうまいぞ」
「はぁ」
エリオットは口から火を吹いてみせる。火炎鳥の肉を口に含むと辛み成分によりしばらくの間、火が吹けるようになる。
エリオットのせいでさらに緊張が増したメルだったが相づちを打っておく。するとそこにさらにもう一人男が加わった。
「マイ・レディ。僕と踊っていただけませんか?」
聖騎士ピエールだった。平素からプレイボーイでオシャレに余念のない彼だが今夜も派手に飾り立てている。
エリオットはまた親友であるピエールの悪いクセが始まったかと思ったが、少し様子が違うことに気づく。
派手好きで目立ちたがりなピエールのことだ。パーティの主役と踊って注目を集めようという思いから、この少女を誘ったのだろうとエリオットは考えたが、親友の目を見てそれは間違いだったことに気がつかされる。
そうだ、この目を見たのはオレたちが十歳の頃だ。
エリオットは回想する。二人の家庭教師となった女性は理知的で母性に富み、ピエールはのぼせ上がった。エリオットもなんとなく対抗心から彼女の気を引こうとしたものだ。
だがその女は既婚の騎士を寝取ったというウワサが立ち、クビになり王都を去った。
初恋の相手は子どもの手には届かぬところへ行ってしまった。その時のショック以来、ピエールは数々の女性相手に浮名は多く流せども、どこか本気ではなかった。
しかし、今のピエールの少女を見る瞳には恋の炎が燃え上がっていた。あの女教師の時よりも強く激しく。
というのもピエールはメルにすっかり心服していた。
目の前の少女が、自分が捕らえ損ねた敵をいともたやすく捕らえたこと。あの非常事態での冷静な振る舞い。そして儚げな容姿。すべてがピエールの心をとらえて離さなかった。
「待て、ピエール。レンシア卿と踊るのはオレだ」
「なに!?エリオット……?」
「お嬢さん、一緒に踊っていただけませんか?」
エリオットもメルに手を差し出してくる。
この世界では十八歳で結婚するのが一般的とはいえ、十五歳以下の娘には手を出してはならないという法律がある。
このメル・レンシアはどう見ても十五歳以下。少女を守るためにも、また友をロリコン道に堕とさせぬためにも、エリオットはどうあっても二人が踊るのを阻止しなければならなかった。
二人の間に火花が散る。
そうとは知らぬメルは、思わぬ事態に生まれた時から石像だったかのように硬直するばかり。そこにさらに男が加わった。
「お、なにやってんだ。おチビと踊ろうってのか?」
メルの所属する部隊の隊長ウルガだった。チキンをほおばりながら現れた。腐っても大貴族の子弟なので正装もサマになっているが、すでに酔いが回っているのか足取りが怪しい。
「おい、おチビ。オレと踊るぞ」
ウルガもメルに向かって手を差し出してきた。
ウルガは事情は知らんが、親友二人がマジになっているので自分もマジにならんでどうするという思考回路でとりあえず誘ってみた。
「もちろん直接の上司であるオレを選ぶよな?」的な顔をして威圧感を放っていて、とても女性を誘う態度には見えない。普段から逆立つ赤毛もさらに逆立っている。
周囲の注目が集まってきた。王子を含む、三人の聖騎士が今夜の主役を取り合っているのだから無理もない。よく知らん女の人がキーっとハンカチをかんでいるのがメルの視界の端に入った。
なんだ、これは?いつ乙女ゲームの世界に迷い込んだんだ?フラグを立てた記憶なんてないぞ。メルは頭が真っ白になる。
進退きわまったメルは助けを求め、周囲を見渡す。
紫紺のパーティドレスを着たリズベルの姿が目に入った。
リズベルはテーブルの自分の好きな料理を片っ端から一心不乱に食べている。料理がなくなると次のテーブルに移る、それを繰り返ししているとメルたちのすぐ近くまで来ていたのだ。
メルはリズベルに声をかけた。
「リズベル。へるぷみー!一緒に踊ろっ」
「もぐもぐ……。……メ、メルさん!?いつ、いらしたんですか?」
いや盛大な入場しただろうが、おのれは飯のことしか頭にないんかい、とツッコミたかったが、メルはぐっとこらえた。
「いいから」
「わわっ……」
メルはリズベルの手を引き、踊りの輪に加わる。
なんだ、友達と踊り出したかと思い、人々の興味はそれた。
三人の聖騎士は差し出した手のやりばに困り、顔を見合わせる。
「飲むか……」
「あぁ……」
「オレたちの友情に……」
「「「「乾杯!」」」
危なかった。メルは安堵する。もう少しで乙女ゲームになるところだった。
「メルさん……。そのすごくきれいです……」
「ありがと。リズベルもすごくきれいだよ」
二人はぎこちなくステップを踏み始めたが、次第に慣れてきて軽快な動きになる。
だが飛ばしすぎてメルはスカートの裾を踏んづけてバランスを崩してしまう。それをリズベルが受け止め、二人の顔が近づく。
「ふふ……」
「はは……」
しばらくの沈黙のあと、自然とお互いに笑みがこぼれた。ダンスは一旦やめてテーブルへ戻る。
「リズベルに出会えて本当によかった……。リズベルがいなかったら、ボク……」
「そんな私のほうこそ、メルさんに出会わなかったら、今ごろ一人で闇雲に剣を振るっているだけでした」
二人が見つめあっていると、視線を感じた。
メルが振り返るとティシエがいた。ティシエはピンクのドレスを着ていて、二人の視線を受けると逃げ出してしまった。
「リズベル、ちょっとごめんね」
「ええ」
メルは逃げるティシエの手を捕まえた。
「ティシエ。なんで逃げるの」
「……」
舞踏会は十二歳のティシエには少し早かったが、親にせがんで連れてきてもらったのだ。するとメルまでいた。
ティシエは二日前、竜の胃袋の中で意識を無くしたあと、気がつけば騎士団の病室にいた。
メルが自分を救出したとミルカに聞いていた。そのさいに心肺停止していた自分はメルのキスによって目覚めたのだというミルカのでまかせを頭から信じてしまった。
普段からメルに対し、お姉さん風を吹かせているクセにそんなお姫さまみたいな助けられ方をしては立つ瀬がない。
そこにきて今日、舞踏会でリズベルと楽しそうに踊るメルがいた。そんな二人を見ていたらなんだか悲しくて逃げ出してしまったのだ。
「べつになんでもないから放して」
「ティシエ。ダンス、教えて?」
「……もう、しょうがないわね」
ティシエは普段の明るい表情を取り戻して言った。
ティシエはメルに教えられるほど、ダンスが上手いわけではなかったが、メルとしてはティシエが楽しそうなのでそれでよかった。
メルはティシエのきゃしゃな腕や細い胴、ほんのりの赤みを帯びた白い肌を見て、ああ、やっぱりティシエは美人さんで可愛いなぁ、と思った。同じことを自分も思われていることには気づいていない。
「メル、助けてくれてありがとう」
「ううん、ボクのほうこそいつも仲良くしてくれありがとう」
二人は微笑みを交わす。
その後、三人はパーティを抜け出して、騎士団寮のリルカとミルカの部屋で女子会を開くことになった。
「王都の無事を祝ってかんぱーい」
未成年でも飲める果実酒で乾杯をする一同。つまみには厨房からくすねてきたジャガイモをスライスして油でさっと揚げて塩をかけたもの。
「そして肴には美少女のあられもない姿……」
「ん、ミルカ?何か言いましたか?」
「いえ……」
メルは落ち着かなかった。やっとアウェー感たっぷりの舞踏会場から抜け出せたかと思ったら、今度は女の子の部屋で女の子に囲まれて女子会だ。
しかもみんな上衣をはだけ、下着に近い姿だった。しかもリルカなどはお行儀が悪く、片膝を立てて座っているのでぴんくのおぱんつが見えまくっている。
「いやー、メルっちはやれば出来る子だと思ってたよ!」
「こんなに小っちゃいのによく、あんな大きいの倒せたよね。えらいえらい」
「いえ、みなさんの力ぞえがあってこそです」
ワシワシと頭をなでてくるリルカの手を振り払いながら、メルは謙遜の言葉を口にする。
「そういえば姉さま、飛竜乗りこなしてましたね」
「ええ、以前祖父に乗せてもらったことがあったので」
「でも姉さま、大丈夫なんでしょうか?ほら、飛竜って免許証ないと乗っちゃダメだったような……」
「うあ、あああ……」
飛竜隊はエリート意識が強い。それだけ飛竜に乗ることを誇りに思っているのだ。規律を重んじるリズベルにとって、非常時とはいえ違反運転はこたえたようだ。とたんにうつろな顔になった。
「……」
一方、ティシエはティシエで悔しがっていた。
飛竜隊発進、聖竜の灰化。自分が竜の胃袋の中にいる間に色々起こったようだ。王都には数十万人から人口がいるのに食われたのはただ一人、自分だけとはどういうことだ。
プライドの高いティシエがうんうん唸っているとミルカが声をかける。
「ティシエちゃん。ケガは大丈夫?私が見てあげようか」
「い、いえ大丈夫ですから。ミルカさん」
ミルカは残念そうに舌打ちする。メルも声をかける。
「ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だから」
「そう……。……ふふ」
「え、なに?メル」
「だって、聖竜のお腹の中でもティシエ節炸裂だったんだもの」
「ぷふっ。ダメですよ。メルさん。危ないところだったんですから……」
「えっ!?あれ、聞こえてたの!なんでよ~。もうメルのばかばか」
ティシエはメルをぽこすか叩く。もちろん本気ではないので痛くはない。
ぷんむくれになったティシエだったが、果実酒をヤケ飲みして疲れて眠ってしまった。メルも舞踏会で気疲れしたのか、頭をがくんと揺らす。
二人はお互いに体を預け合いながら、すやすやと寝息を立て始めた。
「チビっ子たちはおねむかな?」
「あら尊い……」
「ベッドに運びましょう。あ、ミルカはいいです。リルカお願いします」
心外な扱いを受けたミルカだったが、二人の寝顔を観察することで機嫌をよくした。
「ん……。むにゃ……」
メルが気がつくと朝だった。ベッドの上でティシエの股に腕が滑り込み、リズベルの胸が眼前にあった。急いで飛び起きローブを羽織る。
そして朝の日を浴びて輝く王都を歩き出した。
―今回の戦いで得たスキル―
ティシエ 『胃袋の生還者・S』:胃袋の中でも自由に活動が出来る。胃袋の酸のダメージを激減させる。
リズベル 『飛竜騎乗・B』:訓練された飛竜を乗りこなすことが出来る。
メル 『竜言語・C』:竜の言葉がなんとなく分かる。
☆レリックスキル『聖竜の翼』:<未開示>
数日後、魔術学院の日程の途中だった試験が再開されたのでメルは学院通りに向かう。
町のあちこちでがれきが山積みになり、石畳もめくれ地肌がむきだしになっていた。復興のための石材や木材を運ぶ荷車がひっきりなしに往来を行き来している。
教室ではティシエが、聴衆であるクラスメイトに語りかけていた。
メルはこそこそと教室に入り机に座る。
しかしクラスメイトがそれに気づき、話を聞かせてとせがむ。
ぎょっと思ったメルがティシエに視線を送るとこくりとうなずく。
「では『聖竜の怒り』第二幕『華麗なる舞踏会』を語らせていただきたいと思います」
クラスメイトはティシエの周りにふたたび群がり話を聞く姿勢になった。完全にてなずけている。メルはティシエのこういうところは頼りにしていた。
ゆっくり出来ると思ったのもつかの間、おや、なんだか異様な魔力を感じるぞ、と思い探知してみるとティシエの机からだった。
そこにはティシエの愛用する杖、夜天杖があった。杖の分際でビチビチと一人でうごめいていた。
しかも何かのおりにティシエの手が触れ魔力が充填されると、杖先から腐食酸がぼたぼたこぼれて机の表面を溶かしていた。当然、メルは見なかったことにし、これから行われる試験へ備える。
試験が終わると今度は騎士団に顔を出さなければいけない。
騎士団員は今回の『聖竜』事件での活動報告書の執筆や聞き取り調査に協力しなければならないのだ。特に事件の解決の要因のほぼ100%を担ったメルには膨大な枚数の報告書の提出を課され、さらに長きにわたる聞き取りが行われた。
メルは日も暮れたころにやっと解放され、ようやく二番隊に顔が出せた。リズベルたちと会話をしていると隊長のウルガがやってきた。手紙をたずさえている。
「おチビ。また総長からの通達だ」
「総長から?うぅ、もしや直々の取り調べですか?」
「いや、多分、出世だろ。小隊長には任命されるんじゃねぇか。ひょっとしたら中隊長かもな」
「えぇ!?ボク、別に平騎士でいいです」
「まぁまぁそう言うな。『王都の守り手』さまがよ!はっはっはっ」
バシーンと肩をたたかれメルはうめく。メルは不平を漏らすも、いいから開けてみろ、とうながされたので書面を読み上げる。
「『騎士メル・レンシア。こたびの活躍により貴君を『十二聖騎士』に任命す。心してかかられたし』」