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24 竜の宴 ~解~

『遠見の鏡』にははっきりと映し出されていた。『死聖竜』がその顎門にティシエを飲む込むところを。


「ああっ……!うっ、ああ……!」


メルは目の前がまっくらになり、冷たい手に心臓を握りつぶされているかのような錯覚に見舞われる。


「おちつくんじゃ!メル嬢、まだ死んだと決まったわけでは……!」


賢者の言葉も耳をすり抜ける。


メルは塔の欄干に足をかけそこから飛び降りた。


「『空間転移』!」


メルはスキル『空間転移』を連続使用し、『死聖竜』のすぐ近くの民家の屋根まで移動する。

視界と脳を揺さぶられ足元をふらつかせる。『空間転移』の連続使用の反動だけではないだろう。


そしてメルは狂ったように火炎魔術を放ちはじめる。


「『ファイアボール』!くそっ!ティシエを吐き出せ!」


爆炎が『死聖竜』に当たり、皮膚や肉がぼろぼろと崩れるが、数秒後には再生し始め、十秒後には前より禍々しい形となって竜の体を構築する。


それでもメルは詠唱をやめない。


もはや精神集中は乱れ、火球は竜に命中する前に爆発し、その用をなしていなかった。親しい友人が竜に食われたショックで恐慌状態になっていた。


そこにメルの体をつかみ、揺さぶるものがいた。


「メルさん!」


騎士リズベルだった。


リズベルが最前線で救護活動に当たっていると『死聖竜』に命中した火球の火の粉や、崩れ落ちた竜の骨やうろこが落ちてきて二番隊のメンバーや自分に直撃した。


火球の出所をたどると民家の屋根の上で、メルが壊れたかのようにファイアボールを唱えているところを発見した。



「リズベル……!ティシエが、ティシエが食われた……!アイツに……!」


メルの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。リズベルは一瞬、その言葉にぎょっとなったがすぐに気を落ち着けて、目の前の少女に向き直った。


「メルさん、落ち着きなさい」


パァンと乾いた音が鳴る。リズベルの平手打ちがメルのほほをぶった音だ。


「リズ、ベル……?」


絶対に自分には手を上げることはないと思っていた者からビンタを受けてメルは目を丸くする。


「あなたがここで取り乱してどうなるというんです。ティシエさんを助けたくはないんですか!」


その言葉と貫くようなリズベルのまなざしにメルはハッとする。


そうだ、ティシエを助けるんだ。自分が逆上してどうする。


ぶたれたほほの熱が逆にメルの思考を冷まし冷静さを取り戻させた。


ティシエが体内の酸で消化されるまで時間はある。ティシエはメルの影響を受けて年齢のわりに高い魔力を持つ。


加えてティシエが持つ夜天杖。あの杖は所持者に「水」と「闇」の守護効果をもたらす。腐食酸にはめっぽう強いためしばらくは酸から身を守れるはずだ。


「ごめん、リズベル。ボクが間違っていた」

「分かってもらえたならいいのです。ならば行きましょう!」



メルは思い出す。


ゴーレムマスターの固有スキル『万物分解』で『魂』を持たないアンデッドを分解できることはいつぞやのゾンビ戦で証明済みだということを。


あれだけの巨体と魔力を持ち合わせるものに効果があるかは自信がないが、こころみるほかない。


しかし体の中心に『分解』を打ち込むには距離が遠すぎる。


『ダメージ吸収』のスキルを持つメルは竜の周囲の酸の海を泳いでもいいが服は溶けてしまう。真っ裸で酸の流れに抗いながらではとても詠唱に集中できない。


「まずは、近づかないと、何か手立てはない。リズベル?」

「あ、あれは……!?」


空を見上げるリズベルにつられ、メルも上を見上げるとと飛竜が空を舞っていた。


『死聖竜』の周りを舞い飛び、格闘しているようだ。『死聖竜』よりはるかに小型だが雄々しく翼を広げ、一歩も退くところがない。全部で十数体はいる。


「あれは飛竜隊です。七番隊の方たちが駆る、特殊空戦部隊」


七番隊が操る飛竜隊は騎士たちの花形であり憧れである。厳しい訓練を積んだものだけが特製の騎竜服に身を包み、王都の空を守る権利が与えられる。


しかし騎竜士が放った矢や投槍が竜の体に突き刺さるが、みじんもダメージを与えている気配はない。


二人が様子を見守っていると飛竜から何かがずり落ちた。


人だった。


『死聖竜』のまき散らす瘴気に耐えかねて騎竜士が手綱を手からこぼして落下してしまったのだ。


とっさにメルは手を掲げ風魔術で風のクッションを作り、落下の衝撃を和らげてやったが、重体は免れないだろう。


「くっ、飛竜隊の方でさえも……!」


メルがほっとしたのもつかの間、今度は乗り手を失った飛竜が二人めがけてつっこんでくる。


運動音痴のメルは頭をかかえしゃがみこんだが、リズベルはひらりとかわすと、暴れ狂う手綱をキャッチして飛竜に飛び乗ってしまった。


「リズベル、すごっ!」

「これなら近づけます。さぁ、乗ってください」

「二人乗り出来るの?」

「私たちなら問題ないでしょう」


メルはリズベルの後ろに乗り、胴に腕を回し、しがみつく。


飛竜はぐんぐんと高度を上げる。首を回し、眼下を見下ろすと王都の町並みがミニチュアのように見えた。


家や建物が無残に崩れ、聖竜の広場から死聖竜が進行したルートがくっきりと見て取れる。


専用装備をつけていない二人をすさまじい風が襲うが、メルの風魔術で防風壁を作っているので問題なし。風魔術の便利さは異常、とメルは使用頻度の高い風魔術に感謝する。


「リズベル、飛竜の騎乗なんて出来たんだね」

「祖父に乗せてもらったことがあるので。案外簡単ですね」


初めてかよ!メルはちょっと股間がひゅんとなったが、よく考えたらひゅんとするものもなかったが、とにかく今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


「とりあえず、近づいて」

「アイサー!」


『死聖竜』の上空まで行くとメルは呪文を紡ぎはじめる。きゃしゃな手が掲げられると光の魔法陣が王都の空を覆う。


「我、汝に命ず。うつろなる肉体を捨て、土へと還れ!『分解』(ブレイク)!」


魔法陣から降り注ぐ光の粒子が『死聖竜』を包む。体表が蒸発し、ついで肉、骨と分解していくが、先に分解された皮膚はその間に再生されていく。


「クソっ。分解した先から再生していく!元を断たないと……」


メルに焦燥がつのる。いくら魔術師であるティシエといえど竜に飲み込まれてからかなり時間が経過している。


ふとその時、声が聞こえた。苦しみを訴えるようなうめき声が。


「このホラ貝から……?」


懐からのぞいているのは先ほど賢者にもらったホラ貝だった。取り出して貝に耳を当てると声がより鮮明に聞こえてきた。


「少女よ……。聞こえるか……?」


まさか、と思いメルは眼下の竜の貌を見る。眼窩から垂れ下がった眼球はあらぬほうを向いているが首はこちらに向いている。


「あなたは、まさか、聖竜イグナーク……?」

「さよう、今は見苦しい姿をしておるが……。かつて人の子らから聖竜と呼ばれしもの」


千の黒山羊の鳴いたようなおぞましい咆吼とは別に、ホラ貝から理知的な声が聞こえてきた。


このホラ貝、冥貝は死者と交信するための道具だった。


「目も見えず、体も言うことを聞かぬ……。寒く、暗く、恐ろしい……」


メルの心に憐憫の情と恐怖が湧く。万物の長たる竜種に、こんな言葉を吐き出させるとはどれほどの苦痛と苦悩かはかりしれない。


「どうすればあなたを、……破壊できますか?」


メルはおずおずと尋ねる。


「ぐほぉ!?」

「え!?どうしました」

「い、いや先ほど喰ろうた娘が中で暴れておる……!」


耳をすませば確かにホラ貝からティシエの声が聞こえる。


ファイアボール、とか私を誰だと思ってるわけ、早く出しなさい、とか聞こえてくる。アンデッドドラゴンの胃袋の中でもティシエはいつも通りの調子のようだ。


「ははっ……。す、すいません。ボクの友人が……」

「ふふ、大丈夫じゃ。それに娘が溶けるまで猶予はある……」


笑っている場合じゃないが、メルはなんだか元気が出てきた。


「いいんじゃ、それより話の続きじゃ……」


「我を止める方法……。我をこの世につなぎとめんとするものが無くなれば、あるいは……」

「あなたをつなぎとめるもの……?」


「元はただの飛竜である、我がここまで大きくなり、強大な魔力を得るに至ったのは、この町に住む、人の子らの思い……」

「我はいつでもそなたらを見守ってきた……。そして子らも我を思うてくれた……」


途切れ途切れに吐き出すかのように聖竜はうったえる。


「長く信仰されたものには力が宿る……。その力を中和するには……」

「そうか、分かりました」


メルはホラ貝をかかげ、風の魔力を送り込んだ。竜の声が風を伝わり、町中に響く。



う゛おおおおおおおおん!!



その絶望と苦悩に満ちた咆吼が町中にとどろく。逃げ惑い城門に殺到していた住民たちも足を止めた。


「みなさん、聞いてください。聖竜イグナークは邪悪の魔術師の手によりアンデッドとしてよみがえり、苦しめられています」


自身の声も風に乗せ、現在の状況を説明する。


「そんな、あれが聖竜さまだっていうのか……!?」

「ちくしょう、こんなことが……」


「みなさんの祈りが必要です。避難することに手一杯でそれどころではないかもしれませんが、どうか聖竜を眠らせる手助けをしてください!」


メルの声を聞くと、最初は戸惑っていた人々も次第に足を止め、今の話について考え出す。


「祈り?こうか……?」

「聖竜さま……」


天を仰ぎ祈る者、ひざまずき祈る者、その姿はさまざまだったが思いは一つだった。


出稼ぎ労働者や行商人など王都にゆかりもない者も多かったが、それでも大広場の『聖竜の像』の偉容に畏敬の念を抱かない者はなかった。


メルが描いた魔法陣に人々の祈りが集約されていく。光の粒が幾重にも連なり光の檻を形成する。聖竜の動きが明らかに鈍った。


信仰は神聖力を生む。


聖竜に千年の間、貯められていた神聖力を黒忌魔術(ブラッドマジック)によって反転されたそれを中和するには同じものをぶつけるしかない。


「よし、これなら……。ぐあっ……!?これは……」


魔法陣に手をかざしたメルだが、あまりの魔力の高まりに腕をはじかれてしまった。


この魔力量を生身で扱い、ロスなく聖竜に打ち込むのは無理があった。魔力を伝達する器、すなわち杖が必要だった。


「杖になるようなもの、……!リズベル、大聖堂に行って!」

「了解!」


飛竜は滑空し大聖堂に向かう。メルはストックしておいた土で作った巨大な腕、ゴーレムアームを構える。尖塔のてっぺんの『光の十字架』をすれ違いざまにその腕でもぎ取る。


「これなら使えそうだ……!」


飛竜は旋回して再び聖竜の頭上を舞う。すべての準備が整った。


メルは十字架を携え飛竜の背から飛びおり、聖竜の背に着地すると十字架を突き刺し詠唱を開始する。


「終わりだ、今度こそ!」


「我振り下ろすは降魔(ごうま)の剣、()()て狂宴に終止符を打たん!」



『万物分解:鎮魂歌』トータルブレイク・レクイエム!!」




目もくらむばかりのまばゆい光が聖竜を包み、皮と肉と骨を、そして縛られた魂さえも浄化した。



光の中で、メルは夢を見た。竜の夢だ。



この町が名もなき小さな都市だったころ、誰かが最初に石化した竜の頭に花飾りを乗せた。城壁が築かれて、人が増えた。


都市を治める者は王と名乗るようになり、竜の前で誓いを立てた。竜に祈る者が絶える日がなくなった。


干ばつが起きた時、人々は竜に羊をそなえた。雨が降り、収穫の時、人々は大地の恵みを竜にも捧げた。


竜には人の子は愚かだが、とても愛しく思えた。


「本当に千年の間、この町を見守ってきたんだな。でももう、大丈夫だから、ちょっと眠るといいさ……」


夢の中でメルは竜のまぶたをそっと閉じてやる。そして自身も目を閉じた。


夢が安寧の暗闇に閉ざされる間際、竜の体から浮き出た光の球がメルの体へ移った。メルはそれを受け入れた。




人々は光に包まれた竜の行く末を見守っていた。


光が消えた時、人々は目にした。


土の巨腕の左腕で亜麻色の髪の少女を抱き、右腕で光の十字架をかかげる銀髪の小さな少女を。



戦いは終わった。



聖竜の灰が風に乗り町中をただよい、メルのほほにも灰が触れる。もう声は聞こえないが、ありがとう、と言われた気がした。


「ん……」


ティシエは無事で寝息を立てている。多少、服が溶けているが肌に傷はついていない。大事そうに抱えている夜天杖のおかげだった。


最前線で救護活動に当たっていた二番隊の面々がわっと集まってくる。リズベルも飛竜を着地させ、飛び降りる。クールなリズベルにしてはいつになくドヤ顔だったという。


奇跡的にも死者は出なかった。がれきに押しつぶされたり、酸の海に飲まれ、心肺停止したものは数多くいた。


しかし町に降り注いだ聖竜の灰がその体にふりかかると息を吹き返した。聖竜の最後の贈り物だったのだろう。


ミルカにティシエの看護を任せてメルはほっと息をつく。流石に魔力を使い果たしてしまっていた。この世界に来てから初めてのことだった。



しかしメルにはさらなる苦難が待っていた。

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