23 竜の宴 ~食~
「なんだ、ありゃあ……」
貴族街区を巡回する兵士は目を疑った。子どものころから慣れ親しんだ町のシンボル、『聖竜の像』が動き出したのだから無理もない。
その動きは緩慢ながらも、脚の爪を石畳に突き立て立ち上がろうとしているようだった。畳まれていた翼もゆっくりとだが開かれつつある。そして体表を覆う石がぱらぱらとはがれおちる。
どうやら像の前で宙に浮き、呪文を唱えている灰色の髪の男の仕業のようだ。魔術の素人の彼にも分かるほど邪悪な魔力が渦巻いていた。
これは何という罪に当たるのだろうか?器物損壊と……黒忌魔術使用罪かな?だとしたら自分では太刀打ちできない。部下を報告に走らせ、自らは男に向かって警告の声を上げる。
「おい、キサマ、聖竜の像から離れ……!」
その言葉は最後まで言い終わることを許されなかった。
「もう少しで終わるから待ってろ」
灰色の髪の男の詠唱を見守っていた青髪の大男が兵士に向かって片手をかざすと、兵士は木の葉のように吹き飛び、塀にぶつかり動かなくなった。
男が詠唱が終えると像を黒い閃光が包み、光が弾けると土煙とともに『それ』は姿を現す。
かつて聖竜の像だったものは首をもたげると、天に向かい咆吼した。同時に体を覆っていた石片がすべてはがれおちる。
「うう゛おおおおおおおん!」
『それ』にかつての聖なる偉容はなくなっていた。
眼球は眼窩から垂れ下がり、ボロボロの皮膚からはところどころ、内部の腐敗した肉が見える。翼もあちこち破れ、かつて空を飛んだとは信じられないほどだった。
おぞましいゾンビと化した竜は象牙の塔に届くかという巨体をうねらせて青黒い瘴気をまき散らす。足下は体内からこぼれおちた腐食酸が水たまりを作り石畳を溶かしていた。
周囲の住民や通行人はそれを見ると悲鳴を上げながら逃げ出した。騒ぎを聞きつけて衛兵たちがやってきたが、周囲の瘴気を吸い込むか、足下の酸の海に飲まれて絶命する。
「ありがとう、バルドス。おかげで無事終わった。この『死聖竜』のお披露目にちょっと遊んでくるよ」
「ああ、ユグド。オレはあいつをやる。あのマントは『十二聖騎士』だ」
バルドスと呼ばれた男は大階段を見上げ、そこにいる騎士を見ながら言った。「ああ、好きにしたらいい」とユグドと呼ばれた男は返事をする。
「おう……。聖竜の像が……」
報告を受けた『十二聖騎士』の『疾風』のピエールが王宮を出て、大階段から聖竜の像があった大広場を見下ろすと、普段は女を口説く饒舌なその舌も凍りついた。
かつての聖竜のおぞましい姿を目にしたからだ。
その時、聖竜だったものの大地を揺るがす咆吼が耳をつんざく。常人なら魂が消し飛ぶような冥界の咆吼だったが、ピエールは剣を一振りし、風の防御壁を作りやりすごした。
「キサマ、聖竜になにをした!」
ピエールは大階段をひとっとびに飛び降り、階下の大広場にいるバルドスに剣を突き出した。バルドスも無骨な大剣を抜き、二人の剣は激突する。互いに得物は剣と剣、さらに使用する属性も風と風。
互いに風と剣を操る二人だが三合ほど打ち合うとピエールは気づく。風も剣も威力は自分の方が上だ。事実、直接剣は触れずとも聖剣が放つ風の刃が目の前の巨漢、バルドスの体にいくつもの傷をつける。
しかしその傷口から血が流れることもなく、バルドスが苦しむ様子も見受けられない。
アンデッドか?しかしピエールたち聖騎士が振るう聖剣はすべて『聖』属性が付与されている。アンデッドにとっては近づくだけでダメージを受けるほどの天敵のはずだ。
「ならば……!」
ピエールがどこからともなく取り出した薔薇の花を宙に舞わせ、風の刃でその花びらを散らせる。
「舞えっ!『麗しき薔薇の庭園』ッ!!」
この薔薇の香気は吸い込むとたちまち幻覚効果をもたらす。しかしバルドスが苦にした様子はまったくない。
「くっ、これも効かないのか!?」
ピエールは相手の手ごわさに目を見張る。
「薔薇を武器にするやつが実在するとは。聖騎士、恐るべし……!」
バルドスは別の意味で驚がくしていた。
ピエールとしては大技を放って勝負を終わらせてもいいが、情報を聞き出すために出来れば生け捕りにしたいとの思いから二人の攻防は膠着状態に陥る。
ピエールが攻めあぐねていったん距離を置くと、背後によく知った気配を感じた。
「おい、ピエール。手伝うか?」
現れたのは大剣をしょった、二番隊隊長『炎剣』のウルガ。ピエールとはかねてからの旧友であった。
「ああ、頼むよ。我が友よ。彼にいつまでも時間をかけていられない」
「だな」
ウルガは貴族街区を蹂躙している死聖竜を見て苦々しい表情で言う。
炎と風、二人の聖騎士を見てバルドスは吐き捨てるように言った。
「ふん、炎と風か。奇遇だな。オレもだ」
バルドスは剣を地面に突き刺し、両手を腰に構え魔力をたくわえ始めた。右腕に風の魔力が、左腕に炎の魔力が収束する。
「『フレイムサイクロン』!」
突き出された両手から放たれた炎と風が融合し、石畳をえぐる。
吹き飛ばされた石片が炎の嵐とともに二人の聖騎士に襲いかかる。ピエールは自身の風の剣で相殺したが、ウルガはこらえきれず十mほどぶっ飛ばされる。
「くそっ、痛えじゃねえか」
「のわりにピンピンしてるね」
立ち上がり悪態をつくウルガ。炎剣の守護効果で炎は効かず、風の衝撃ダメージも体が頑丈なのでほぼ無傷だ。
「ほう、これで死なんとは。ほめてやるぞ」
うれしそうに笑うバルドス。戦闘を楽しんでいるようだ。
そのさまを見て、二人の聖騎士は唇をかむ。イースタン王国が大陸に誇る精鋭『十二聖騎士』二人を相手にして上から目線で言われたのだ。
「ウルガ。あいつが炎と風を使うなら目にもの見せてやろうじゃないか」
「魔術師のまねごとなんざゴメンだがそうも言ってられねえか」
二人はあうんの呼吸で視線を交わすと、ウルガが前に立ち、ピエールがその後ろに控える。
ウルガが闘気を込め剣を振るうとその剣筋がそのまま炎へと変わる。その炎をピエールの風の剣がなぎ払うと、炎は酸素を喰らい巨大化する。
「『『フレイムサイクロンソード』』!!」
爆炎の渦がうねりを上げバルドスを包み込む。周囲の石畳は灰化し、黒い跡が残るのみとなった。
「やったか!?」
もうもうと立ち上がる煙をかきわけて人影が現れる。傷どころか服にホコリさえついていないバルドスが悠々と歩いてくる。
「な、なに!?」
「手応えはたしかにあったが……」
長期戦を覚悟した二人の間に新たな騎士が降り立つ。純白の鎧にロイヤルブロンドの髪。王子エリオットだった。
「お前ら遊んでるヒマはねぇぞ」
そう言ってエリオットが放った剣閃は光芒となり、バルドスを襲う。するとその姿はぐにゃりとゆがんでやがて消えた。
「分身だったのか……!今のは二体目か。本体はどこかに潜んでやがるな……」
「エリオット!すまない、助かった」
「ああ。それよりあの竜について今のヤツから何か聞き出せたか?」
「いや、何も聞き出せなかった。すまない」
「エリオット。陛下はご無事なのか?あの竜は陽動で本命は陛下を狙ってやがる、なんてことは……」
「いや、親父には総長がついているから大丈夫だ。そんで自分はいいから民を救えとさ」
「陛下らしいが……。アレをどうしろと言うんだ」
ピエールは貴族街区から坂を下り平民街区に移動しつつある死聖竜を見ながら言った。
「泣き言言っても始まらねえ。アンデッドが相手なら聖職者全員集めて、神聖魔術の合同詠唱をさせるしかないだろ」
「オレは二番隊の部下を連れて市民の避難と竜の誘導をやってみる」
「僕は今のヤツを追って情報を聞き出してみる。倒し方は分かったからね」
聖騎士たちは三手に分かれ行動を開始した。
「ティシエ、逃げよう」
「でも、お父様やお母様が……!」
貴族街区を散歩していたメルとティシエは遠くに見える巨大な竜の出現に驚いていた。
ティシエは自分の家の方角を見つめ声をあげる。メルも父、ザックスと姉、マリルが心配だがティシエを放っておくこともできない。
「大丈夫、きっと避難してるよ」
通りは家財を詰め込んだ荷馬車を押す者や逃げ惑う人々で一杯となっていた。ティシエは首を振って言った。
「メルもご家族のところに行きたいんでしょ?ここで別れましょう」
「ティシエ……。分かった!ムチャはしないで危なくなったら逃げてね!」
メルは走っていくティシエの後ろ姿を見送った。
メルは屋根の上に登り、遠方で暴れる竜を観察する。
動きは緩慢で進行スピードもゆっくりで、知性があるようには見受けられない。目的地がある風でもなく、東へ行ったかと思えば、南西に進路を変えたりと予測がつかない。
まずいことに竜は姉、マリルの勤め先である仕立て屋のある区画に徐々に近づいてきた。メルはこちらに注意を引くため、屋根を伝い、竜に近づき手を掲げ火球を放つ。
「『ファイアボール』!」
火球は竜の前腕に命中し、その腕を崩れ落ちさせた。しかしすぐにその断面がうごめき、黒い瘴気の灰が結集し腕の形を成した。
「再生……!?やっぱりアンデッド化させられているのか……!」
この王都のどこにあんな巨大な竜族の死骸があったのか、メルは皆目見当がつかなかったが、目の前の現状を受け入れるしかない。
竜族は言わずもがな、すべての生き物の中で最高の生命力を誇っている。それが痛覚も命もないアンデッドと化したなら、何よりも手がつけらない存在となる。
定石としては神聖魔術を打ち込むか聖水をぶっかけるかだが、メルはゴーレムマスターを選択したことにより神聖魔術の適性はかなり低くなっているので習得していない。
聖水も竜のあの巨体を浄化せしめるにはタル何百個分と必要になるので現実的ではない。
最後の頼みの綱は本職の司祭たちによる神聖魔術の合同詠唱だが、教会はまだ事態に対応できていないようだ。
メルとして出来るのは被害を拡大しないよう、足止めするくらいだった。メルはゴーレムを数十体、錬成し竜の足下に向かわせた。
大型ゴーレム『ゴライアス』なら太刀打ちできるかもしれない。しかし避難が完了していない今、市街地で戦いを繰り広げたなら周囲の人々への被害が増すばかりとなることは目に見えている。
竜はゆっくりとかまくびをもたげると、そのただれ落ちた眼球で周囲を見回す。火球が飛んできた方角を探しているようだ。
しばらくするとそれまでの進路を変えたが、火元であるメルの方角とは全然違っていた。やはり知性はないとうかがえる。
メルが屋根から道路を見下ろすと一人、青髪の背の高い男が目に入った。竜から逃げようとする群衆の群れの中、流れに逆らい一人たたずむその姿は目立った。
周囲を見渡し何か探しているようだ。あいつが使役者か、あるいはこの騒動の首謀者の仲間かと思い、メルは男のもとへと駆けおりた。
近づく前にメルはその男の正体を見抜き、光魔術『ライト』を喰らわせた。
「む……?何が起きた?」
バルドスの本体は高い建物の屋根に上り、分身を操っていた。次に戦う相手を、自分の力を試す相手を探していた。
ふと大きな魔力を感じたので探らせてみたが、その使い手らしきものはいない。あたりを探っていると急に、分身の弱点である光魔術を喰らい、かき消されてしまった。
戦うに足ると思い、もう一度、分身を作り差し向けようと思った矢先、背後から声をかけられる。
「お前が使役者か?」
振り向くと銀髪を風になびかせた少女がいた。その胴はバルドスの太い腕より細く、触れれば折れそうなほど華奢だ。もちろん、メルである。
「なんだ、お前。いつからそこにいた?小娘」
「いや、違うな。分身から本体までの道のりに、あんなに魔力の痕跡を残すようなヤツがあの竜を動かせるわけないからな。おっさん、アレの使役者はどこだ?」
互いに質問を投げかける。バルドスにとっては目の前の相手が何者であろうと屠るだけなので、質問に答えてやることにした。
「言うと思うか?」
「言いたくなると思うね」
少女の返答にバルドスの口元に残忍な笑みが浮かぶ。間髪いれず、虚空に突きを放つ。風の魔力を孕んだ渦がうなりを上げる。
なるほど、風属性の探知型の魔術師ならば、分身から本体である自分までたどりつくことも不可能ではない。
しかし、一人でここまで来たのはうぬぼれと言うほかない。風でずたずたに切り裂いて、その傲慢を償わせる。少女が惨たらしく風の刃に切り裂かれるさまがバルドスの目に浮かんだ。
腕から放たれた暴風が屋根の瓦を巻き上げ、粉砕し、そしてメルを呑み込む。
その瞬間、メルの姿はぐにゃりとゆがんで消失した。
「なっ……!?」
「結構、便利だな、これ。風の魔力で光の屈折率と波長を分散させ、魔力で実体を持った幻影を生み出すわけか」
背後から聞こえる鈴のような声に驚がくする。今、目の前でかき消えたのは少女の分身。しかも自らが血ヘドを吐いて習得した『幻風身』の術をそっくりそのまま模倣したものだった。
「ば、ばかな……!?どうしてお前が『幻風身』を!?ぐわっ!」
振り向く間もなく屋根瓦へと叩きつけられる。かろうじて視界の端に土で出来た騎士の腕甲が見えるだけだった。
思考加速スキル『叡智の泉』を持つメルにとって『幻風身』程度の術は一秒で術素解析を完了し、自分のものとすることができる。
「いいか、時間がない。これからは慎重に言葉を選べ。魔力神経をずたずたにされたかったら別だが」
「ぐっ……」
脊椎を走る魔力神経に害意のある魔力を流されば、どんな熟練の魔術師だろうと二度と魔力を練れなくなる。それどころか仕掛ける側の魔力が高いと廃人、最悪、死に至る場合もある。
「くくっ……。どうせお前たちに『死聖竜』は止められない。いやユグドにさえも止められないだろうよ」
「『死聖竜』……!……そのユグドってヤツが使役者か。そいつを止めれば『死聖竜』も止まるのか?どこにいる?」
「さぁな……。ぐっ……!おいやめろ!本当に知らないんだ!くそ、小娘が!」
メルがびちちっと魔力をちょっと流し込むとバルドスは顔を苦痛にゆがめ、悪態をつきはじめる。
コイツから情報を聞き出すのにもう少し時間がかかりそうだ、まいったぞ、とメルが思っているとそこに一人の騎士が屋根を上ってきた。騎士ピエールだった。
メルはええと、誰だっけコイツと一瞬考えて、その鎧姿の派手な装飾から王宮で出会ったナンパ騎士ピエールであることを頭の隅から引っ張り出した。
「君は……。ええと、メル・レンシア嬢。そうだ、賢者の弟子の子だったね」
「ピエールさん!ちょうどよかった。コイツの尋問を交代してください」
「あ、ああ……。それはいいが、君、一人でコイツを捕らえたのかい?」
「はい。あ、魔力神経をちょっと焼いておいたので、もう分身とかは使えないと思いますけど一応、気をつけてください」
今度はピエールがバルドスを押さえつける。
確かにこの青髪の男の魔力も生命力もガタ落ちしていることを感じる。ピエールは聖騎士二人がかりで苦戦したこの相手を、この年端もいかぬ少女が捕らえたことに驚嘆を禁じ得ない。
「なにかあの『死聖竜』について情報はありますか?」
「あれは聖竜イグナークの像、だったものだ。おそらく黒忌魔術でアンデッド化させられたのだろう。あ、ちょっと待って……。今、部下から通信が入った……」
風の魔術師同士だと『妖精のささやき』で風に声を乗せて会話が出来る。しばらく耳に手を寄せて会話をし、首を振るピエール。
「部下の話によると今、エリオットが聖職者を集めているが、肝心の大司教がまっさきに逃げ出して行方が知れないそうだ。あまり期待は持てないかもしれない」
「分かりました。ボクは賢者さまに『死聖竜』の止め方を聞いてきます」
「うん、分かった。コイツは僕に任せて君は行きたまえ」
「はい、ありがとうございます」
言うや否や、メルの体は何の予兆もなく数十m先の屋根に移っていた。
「なんて頼もしい子なんだ……」
去って行く少女を見つめながら、ピエールはそう漏らした。
メルはいつもの第九層ではなく最上層のバルコニーにいた賢者を見つけ、駆け寄り問いかける。
「賢者さま!なにかお知恵はありませんか?あの『死聖竜』を止める方法を!」
メルは必死になっていた。家族のためもあるが、王都に越してきたこの二ヶ月間で他にも守るべきものが増えていた。
ティシエや学院のクラスメイト、リズベルに双子のリルカとミルカ、他二番隊のメンバー、酒場の女将に獣耳の店員たち、そしてこの王都という町自体。
何でこんなに必死になっているんだ、ガラじゃないだろ?と冷めた自分もいるが、守りたい人たちのために力を尽くすことにどこか心地よさを感じている自分もいた。
何より、もし竜を操りこの町を破壊して影でほくそえんでいる者がいるかと思うと、怒りがふつふつとこみあげてくる。
賢者は『遠見の鏡』を見ていた。遠くの事象が映し出せる魔法の道具で、今は『死聖竜』の動向を注視していたようだ。
鏡から視線を外し、メルのほうを見ると、来るのを待っていたかのようにうなずく。
「うむ……」
メルは賢者の純白のローブの袖が切り裂かれていることに気づく。
「賢者さま。お怪我を?」
「ヤツを、使役者を追っ払う時に少しの。まあどこか遠くで見ておるじゃろうが、それより今はあの死聖竜じゃ」
賢者が死聖竜の使役者を追っ払ったと聞き、メルは少しほっとする。
「なにか、こう賢者さまの極大魔法でぶっ飛ばせないんですか」
「……やってもいいが、それは最後の手段じゃな。多分、今のワシの体で強い魔法を放つと体中の血管から血が吹き出て死ぬ」
「そんな……。賢者さまをぎせいにはできません」
「大丈夫じゃ、これがある」
賢者がひげの中から取りだしたのは法螺貝だった。殻の色の紫と青のグラデーションが鮮やかだ。
「これは?」
「『冥貝』じゃ」
「はぁ、冥貝……。これをどのように使うのですか?」
「むっ、ちょっと待ちなさい。メル嬢や」
「えっ?」
賢者がのぞきこんでいる『遠見の鏡』をメルもつられてのぞきこむ。
するとそこにはティシエが映っていた。かたわらには小さな女の子がいる。親とはぐれた迷子を保護してあげていたのだろうか。
そんな二人の背後に黒い巨大な何かが映り込む。画面が寄りすぎて一瞬分からなかったがそれは竜の開いた口だった。
画面の中のティシエは少女をかばい突き飛ばすと、自身は闇に飲み込まれた。
メルは絶叫した。
「ティシエーッ!」