20 酒場を求めて
「はぁ~。でっかいなぁ……」
メルは貴族街の大きな広場にある『聖竜の像』をしげしげとながめる。
黒猫通りのメルの家が丸ごと入りそうなお腹に、太く鋭い牙。うろこはその一枚一枚が盾のようだ。そして今はたたまれているが、その翼は風を巻き起こし空を駆けたのだろう。
像といっても石で出来ているわけではない。竜そのものなのだ。
聖竜『イグナーク』。
千年前に傷ついた始祖王イスマンをこの地に運び、この都市を建設するきっかけを作ったとされる。そして自身は王をかばった傷から深い眠りにつき石化したという。
「竜が石化してできた像」というおとぎ話のような言い伝えをメルは当初信じていなかった。
しかし魔術が熟達した今となっては、この石像が秘めている魔力を感じずにはいられない。
今まで出会った事物の中でも比肩するものがないほどだった。
また、王国が危難にさらされた時は石化から目覚め、王都を救うという伝承も伝えられている。メルは流石にそこまでは信じなかったが、それほどまでに、王都の人々はこの聖竜の像を信仰している証と受け取った。
聖竜の像を後にし、広場から伸びている大階段を上り、王宮へと向かう。
長大な分厚い城壁が王宮を囲っている。そして立派な門の左右を兵士が固めている。
門を通り、庭に入る。メルは宮廷の法官に呼ばれたので王宮にやってきた。
というのも先日、発生した『ブラン伯爵逮捕』事件についての件への聞き取り調査のためだ。
ブラン伯爵は黒忌魔術の研究・使用だけでなく、他にも多くの余罪が見つかった。
そのため伯爵の屋敷で働く執事から衛士、果ては皿洗いの召使いまでが関与を疑われ、数十人が取り調べを受けた。
事が大きくなりすぎたので、二番隊だけでなく多くの隊や役人が動くことになったが、あくまでクエストの申請者であるメルの名前が広がってしまったのだ。
確かに事件解決の糸口となったのは屋敷に宿った霊魂、クーデリアとの意思疎通の成功によるものだ。
霊を浄化するならともかく、対話できる術師はそうはいないのでメルの功績が大きいと言えば確かに大きい。
王宮の大理石の床を歩いているとすれ違う人役人や騎士すべてから好奇の視線を向けられているような気がした。
ほとんどはメルの気のせいで、メルの人目を引く容姿に目を奪われているだけだが、心にやましいところのあるメルは気が気ではない。
やましいこととは霊魂のクーデリアにゴーレムの肉体をあてがい、あたかも人間の生命を創造してしまったように思われる錬成を行ってしまったことだ。
人体や血、果ては魂を触媒とする黒忌魔術とは違い、ゴーレム錬成はクリーンな魔術だと自負しているが、それはあくまでメルの主観だ。教会や魔術師協会が『黒』と言えば自分どころか家族にさえも累が及ぶ。
メルはうんうん唸りながら歩いていると回廊に出てきた。柱がずらっと並んで壮観だ。
中庭の噴水から噴出する水は虹を描き、泉は日光を反射してきらきら光ってまぶしくも美しい。
メルは目的も忘れ老後、隠遁生活を送る老人のような気持ちで庭に出てひなたぼっこをしていると、後ろから声をかけられる。
「お嬢さん、ハンカチ。落としましたよ」
振り向くと若い騎士がいた。ハンカチをはたき、メルに差し出してくる。
「え、あれ?」
メルはスカートのポケットを確認する。ちゃんとある。そもそも男が差し出してきたハンカチには見覚えがない。
メルが持っているのはもうちょっと女の子女の子したピンクのハンカチだ。不思議に思いながらも声をかけてきた騎士に返事をする。
「いえ、ボクのではなさそうです」
「そうかい?でもほら、ここに君の名が……」
ハンカチを見るとすみのほうに確かにメル・レンシアと刺繍がなされている。
むむ?
メルはハッと思い当たる。これはナンパなのでは?
男はすらっとした長身で栗色の髪にはカールがかかっている。鎧を着けているので騎士だろうがとにかく派手だ。
剣をとめるベルトには宝石がはめこまれ、肩にはブラッドウルフの鮮やかな青の毛皮をかけてバッチリ決めていた。顔もなかなか整っている。いかにもプレイボーイっぽい。
メルがどう対応したらいいか困っているところに助けが来た。
「ピエール。そのへんにしとけよ。『十二聖騎士』の名が泣くぞ」
廊下の向こうから金髪の騎士が現れた。
その騎士のマントは青く染め上げた生地に金で竜をかたどった模様が描かれている。『十二聖騎士』の証だ。
ピエールと呼ばれたキザな騎士もよく見たら同じマントだ。派手な衣装に隠れがちで見落としていた。二人の『十二聖騎士』に同時に遭遇したことになる。
「悪いな、嬢ちゃん。コイツは女グセが悪くてな」
「おお、我が友エリオット。開口一番、友に言う言葉がそれかい?」
「ああ、お嬢さん、申し遅れました、僕はピエール・ド・ロランツェ。五番隊隊長、『疾風』のピエールとはボクのことさ」
こんな軽そうなヤツでも聖騎士になれるのかとメルは面食らう。
それよりもエリオットと呼ばれた騎士をどこかで見たことがある気がして気になった。
「よっ、久しぶりだな。嬢ちゃん。活躍したって聞いたぜ。やっぱり牙は隠せなかったみたいだな」
「あ、あの時のナンパ師さん……?」
王都にたどり着いた日、ゴーレムをひそかに使い、スリを捕まえた時、それを見抜いていた人物だったことを思い出す。
「エリオット。君もスミにおけないねぇ。流石『光の王子』」
「お、おいナンパなんてしてねぇだろ!?人聞き悪いこと言うな!」
「あ、間違えました」
メルがとっさにナンパ師に仕立て上げただけだった。
それよりも今、ピエールというキザな騎士がエリオットのことをなんと呼んだかが気になった。
「今、王子って……」
「ん、知らなかったのかい?このエリオットこそこのイースタン王国の王子、エリオット・フィリップ・アレクサンダー・イスマン・ウェルトリア・イースタンだよ」
「あとおまけに一番隊隊長もやっているよ」
「おおぉう……」
メルは驚きのあまり変な声が出してしまう 。
偉い人だったか。それをナンパ師扱いしてしまうとは。
あんまり王子っぽくないが顔は整っていて確かに王子系かもしれない。メルはなんとか取り繕おうとしてみた。
「王子さまとは知らずご無礼を……。ひらにご容赦を」
スカートを指でつまんで片足をもう片足の後ろに回し軽くお辞儀をする。マリルと一緒に貴族の礼の練習をした成果が出た。
「まあ堅苦しいことはいいんだよ。それよりお前が親父の前に転移してきた時は驚いたぜ」
王子の親父、すなわち、国王である。それにしてもこの王子、言葉遣いが雑だ。
「あの日、ボクが陛下に騎士号をさずかったとき、殿下もその場におられたのですね」
「ああ、一番隊は国王の警護と王宮の守護が主な仕事だからな」
「おおん、あのエリオットがボクの女性を横取りするなんて、悲しいやらうれしいやら……」
ピエールがよよ、とおおげさな仕草で驚きを表現する。
「違うつってんだろ。お前と一緒にすんな。つーかこんな子どもにまで手ぇ出すんじゃねえよ」
「おお、すべての女性は生まれながらに愛され、その美をほめたたえられ、恋に落ちる権利を有するんだよ。まだつぼみだろうと僕の手で花開かせてみせよう!」
「ああ、麗しの『破滅の妖精姫』。君になら僕は破滅へと導かれてもかまわない!」
ピエールは大仰な仕草とセリフでメルへの思いを吐露してきた。
『破滅の妖精姫』はどうやらメルのあだ名らしい。確かに初クエストで偶然とはいえあれだけの人数を破滅に導いたが、あんまりなネーミングだ。
それよりも女性扱いされたことにメルは全身がカユくなる。
「こんなもの持ち歩いてるくせによく言うぜ」
「あ、こら。やめないか」
王子エリオットはキザなピエールのマントの裏のポケットに手を突っ込むと、そこからハンカチがボロボロこぼれおちてくる。そのどれにも女性の名前が刺繍してある。
女性を口説く時に気を引くため、事前にハンカチを用意してあったのらしい。かなりの金と労力がかかっているだろう。メルはあきれはてた。
しかし女慣れしてそうなコイツでもボクが本当は前世は男ということは見抜けないのか。
安心すると同時に自身の仕草や表情が完全に女の子ってことなのでは?と思い至り、ぐおおおっとメルは頭を抱える。
いや、待て、だってもう十二年も女の子やってるし。そりゃ芸も肥えてくるわ、セーフセーフ。メルはなんとか精神の均衡を保とうとした。
「ああ、ジョゼフィーヌ、マチルダ、フランソワーズ。ごめんよ、今キレイにしてあげるからね」
地面に落ちて汚れたハンカチを愛おしそうに抱えて走りだすピエール。見る間に建物の陰に消えていった。
「あんなヤツだけど悪いヤツではないんだ……」
「はい……」
どこへぶつけたらいいか分からない虚しさが二人を包んだ。
「ええと、だ。とにかく困ったことがあったらオレに言いな」
「はい。殿下のお言葉、頼もしゅうございます」
「お前を敵視するものが現れるかもしれないからな」
メルはその言葉に表情を曇らせる。自分一人ならいくら敵視されて例え暗殺者を仕向けられようがチートスキルにより絶対にキズ一つつくことはない。
しかし家族は別だ。普通の庶民である父と姉が悪意にさらされたなら。だから目立たないように生きようと決めたはずだったのに、その決意を忘れ、上達した魔術を考えもなしに行使していることを悔やむ。
メルが考え込んだ顔をしているとエリオットの手がメルに伸びてきた。
「ほれ、そんな顔すんな。ぷにぷにぷにぷに」
「あ、もう、殿下。お戯れが過ぎまするっ」
メルは顔をバッとそむけ、エリオットの手から逃れる。エリオットは笑いながら「じゃあな」と言い背中を向け去っていった。
メルはやたら馴れ馴れしい王子の背中をにらみつつも、王族に面識が出来たのはいいことかもしれないなとポジティブに考えることにした。
翌日、魔術学院に向かい、教室に入るとメルはクラスメイトに囲まれる。
「おう、サー・メルのお通りだ」
「我ら三百三十三期生の誇り!」
などとはやしたてられる。なんとかやりすごし自分の机に向かおうとすると、そこにはティシエを中心に人の輪が出来ていた。
なにをしているのかと女子生徒に問うと『ブラン伯爵大捕り物』の講談を披ろうしているらしい。
その話ではメルがブラン伯爵邸の地下で、伯爵の禁忌召喚で出現したアンデッドキングを魔術で調伏したことになっていた。
実際は二番隊や他の隊の騎士が大した戦闘もなく、検挙しただけだ。
予鈴の鐘が鳴り、席についたティシエのお腹をつつく。二人は小声で話し合う。
「なに、今の話」
「しょうがないでしょ~。メルが何日か学院に来ないからみんな私に色々聞いてくるんだもの。だからつい話を盛っちゃって」
「だからっていくらなんでも盛りすぎだよ~」
「でもまさかクーデリアのこと話すわけにはいかないでしょ。私はゴーレム術だって知ってるけど他の人から見たら死霊術にしか見えないわ」
「うっ、それはそうだけど」
メルがうなだれながら横目でティシエを見ていると、机にたてかけられている杖に目がいく。白いフレームにアクセントに青と黒の装飾杖。
「あれ、ティシエ、その杖……」
「ああ、これ、私の新しい杖、その名も……」
メルにはその杖にどこかで見覚えがあった。
「夜天杖……?」
「やてんじょ……。ってメルったらなんで名前知ってるの」
それはメルがかつて魔術教本を購入するための資金を得るために作った杖だった。
「いや、ええと『魔術工房』で見かけていいなと思ったから名前も覚えてて……」
「ほんと?偶然ね。でもやっぱりメルもいいと思った?コレ、お父様にちょっと遅いけど入学祝いに買ってもらったの」
ボクが作った、なんて言うとまた騒がれそうなのでメルは黙っておく。それよりも値段のことを思い出す。
「いくらしたの?」
「値段?うーん、いくらだったかしら。覚えてないわ。別にびっくりするほど高くなかったと思うけど」
確か作成した時はびっくりするくらいの値段を提示されたことをメルは思い起こす。
「最近、お父様が投機で一発当てて機嫌がいいの。家全体の雰囲気もなんだか明るくなったし。やっぱり『金貨の輝きは家庭を照らす』っていう我が家の家訓は間違ってなかったのね」
「そう……」
割と品のない家訓に引きつつメルは相槌をうった。
来週から試験なので授業は午前で終わった。
試験と言っても教師よりメルのほうが知識も魔力も上なので試験を試験してやる心づもりだ。もちろん家に帰って勉強するなんてことはしない。ティシエは親族の集まりがあるとかで足早に家に帰った。
帰り道、通りを歩いてると騎士団の双子姉妹騎士リルカとミルカが通りかかった。
「リルカさん、ミルカさん。クエストですか」
「お、メルっち。うん、クエストー。その名も『グラン通りの巡回』。もう飽きたけどね」
「リルカ、お仕事飽きたなんて言っちゃダメ……。私も飽きたけど」
「はは。がんばってください」
メルは確かにつまらなそうだと思い、はげましておく。がんばれ。するとリルカが腕を回してくる。
「あーん、町の巡回なんてつまんないよー。ねぇ、メルっち、クエストしにおいでよー。最近あんま騎士団来ないけどさー」
「メルっちがクエスト申請したら大きな事件になりそうな気がするんだよね」
「『破滅の妖精姫』の力を見せつけよう……メルっち」
そのあだ名が流行っているようだ。『破滅』ももちろんだが『妖精姫』もかなり精神にくる。
こんなあだ名をつけられるのならしばらくクエストはごめんだったとメルは思ったので、適当に答えておくことにした。
「今度行きますから」
「ほんと?絶対だからね!」
「それじゃあまたね、メルっち」
ふぅ、この町にボクの安息の場所はないのか。……ここは一杯やるか!
メルはストレス解消のため酒場を探すことにした。
酒場へ行こう。心が癒やしを求めている。マリルには近寄らないように言われているが酒場に行かずして何がファンタジーか。
人との出会い、別れのドラマ。酒場の親父との世間話。傭兵たちがうわさするもうけ話。女を巡っての酔っ払い同士のケンカ。
そしてミルクを飲んでいると『ママのおっぱいでも飲んでな』と言われる。などなどイベントの宝庫だ。
メルは適当な酒場を見つけてドアをくぐった。