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19 case.3 亡霊は朝もやに消ゆ

クーデリアの話によると、この屋敷が無人となってからは黒忌魔術で使った薬品や魔物の死体捨て場に使われていた。いや魔物だけでなく、人間の死体も多数、裏庭に埋められていた。



メルやリズベルたちだけでは人手が足りないので、騎士団による捜索が始まった。


調査の結果、ブラン伯爵という人物の仕業だということが分かった。


かの人物は孤児院に積極的に寄付するなど慈悲の伯爵として知られていたが、それらの善行はすべてカモフラージュで、麻薬の密売や孤児の売買などあらゆる犯罪に手を染めていたことが明らかになった。


メルの初めてのクエストは後の調査で何人もの逮捕者が出る大事件となった。




メルが騎士団本部へ報告に行き、引き継ぎをすませるのに真夜中までかかった。


そのあと屋敷に戻ると空が白み始め、夜が明けそうだった。


「クーデリア?」


クーデリアはいなかった。錬成をした部屋の台の上には人型ゴーレムのからっぽの肉体だけが残されている。



その時、屋根の上から呼ぶ声が聞こえたのでメルは上がってみる。そこには幽体のクーデリアがいた。今ではもう白いモヤではなく人型ゴーレムと同じ形をしている。


背を向けて屋根から町を見下ろすクーデリアにメルは声をかける。


「クーデリア。もうすぐ日が昇るよ。そこにいると日の光を浴びて消えちゃうよ」

「ご主人さま。物事には終わりがあります」


クーデリアは顔だけをメルのほうに向けて言った。


「え?」

「この屋敷は来月取り壊されます」

「そう、なんだ。なんだかさみしいね」


寂し気なメルの言葉にクーデリアは笑顔で答える。


「いえ、ご主人さまのおかげでキレイに終われました。黒忌魔術の濁った魔力に汚染されたままではこの屋敷も浮かばれませんもの」


「この屋敷は時の王を招待したこともあります。長男が騎士に任じられた時は盛大に祝い、

戦勝の報を聞くと屋敷の者は抱きあい喜びを分かち合いました」


「また時には姉妹同士の確執、遺産をめぐっての争い、ささいな口論からの刃傷沙汰……」


「どれも長い時が流れても忘れがたく、私の精神と分かちがたい思い出です」


そう言って笑うクーデリアの姿にメルは心奪われた。母性と慈愛に満ちた笑顔だった。メルは屋敷の永い記憶をクーデリアと共有したかのように思えた。


話しているうちに太陽が雲を追い越し、顔を出し始めてきた。クーデリアの体の輪郭が次第におぼろになる。


「ああ、お別れの時間ですね」


メルの表情を読み取ったクーデリアは薄れていく自分の手を見て言った。


そして朝の光がクーデリアの霊体を分解していく。


最後にありがとうございます、と言ってクーデリアの体はまるで最初からなかったかのように消え去った。


「さようなら、クーデリア」


メルは亡霊に別れを告げた。少し目に涙をためて。



少し余韻に浸ったあと、メルは屋敷に再び入る。

空っぽとなった人型ゴーレムを分解しようと部屋の扉を開けると信じられないものが目に飛び込んできた。



「おはようございます。ご主人さま」



人型ゴーレムが台から降り、動き出していた。


「あれ、クーデリア、だよね?さっき、さよならを言って別れを果たしたよね?」


「ノン、ご主人さま。私はクーデリア二号、とでも言うべきでしょうか」


メルのちんぷんかんぷんと言った表情を受けてクーデリアは説明を始める。


「確かに私の元の人格である一号、つまりこの屋敷の思念の集合体は天に召されました。しかし主人格から切り離された私だけが残ったのです。恩義あるご主人さまにお仕えせよと一号からの最後の願いを受け取って」


クーデリアはその硬質な瞳でメルを見つめながら話す。いつの間にか青い髪と同化し頭から生えていた獣耳をピコピコさせながら。


メルがその耳はなんだと尋ねたら、体を留守にしている間に雑霊もいっしょに入り込んでしまったとのこと。混じり合ってしまい追い出せないらしい。




というわけで現在、メルの部屋にメイド服姿のクーデリアがいる。


家に住み着く気マンマンの獣耳ゴーレムメイドにメルは頭を抱える。属性盛ればいいってもんじゃないだろと思ったがそこは問題じゃない。



ゴーレム術の伝承者がほぼメル一人しかいないこの世界では、この人型ゴーレムは端から見たら黒忌魔術にしか見えないだろう。


もし教会や魔術師協会から黒忌魔術師に認定されたら、火あぶりの刑に遭うことは目に見えている。


『分解』しようにも魂が入り込んでいるので効かず、教会に連れて行って除霊しようとしても自分が黒忌魔術師と認定されそうなので手の打ちようがなかった。



「土しか食べないしお給金もナシでその上、こんなに美人なメイドは市場を探してもいませんよ、ご主人さま」



マリルもザックスも似たような売り文句でコロッと住み込みメイドを快諾してしまった。


しかもメルが魔力を込めたさいに今まで作ったゴーレムの記憶がいくらか流れこんだらしく、他人が知り得ない情報で二人に気に入られてしまった。


二人とも昔からいる無口なゴーレムが人間の女性の形をとっただけ程度に思っている。


「ていうかちょっとキャラ変わった?一号の時よりずうずうしくなってない?」


メルは椅子に座り机に頬杖をつきながら、胡散臭げな目でクーデリアを見る。


「一号は屋敷にかかわったあらゆる職業、身分の者が入り交じった人格でしたが、私は数々のメイドの人格だけで構成されています。ゆえに自分の売り込み方は心得ておりますとも」


無機質な笑みをたたえ、クーデリアは勝ち誇る。


「はぁー分かったよ。側に置けばいいんでしょ。でもくれぐれも軽率なマネはしないでね。君の存在はかなり違法スレスレなんだから」


「承知いたしました」


こうしてゴーレムメイドとの生活が始まった。


部屋数が足りないのでリフォームが済むまではメルと同室で衝立で部屋を仕切る。


ある日、メルが学院から帰ってくるとクーデリアが部屋にいた。


「お帰りなさいませ。ご主人さま」


アルカイックスマイルをたたえたクーデリアは裸だった。いわく、鏡で自分の体のチェックをしていたのこと。何十年か何百年かぶりかは知らないが、久しぶりの生身の肉体を得たらうれしく思うのも当然だ。


むしろなぜ同性の召使いの裸でそれほど騒ぐのかとメルに疑問をぶつける。


「ご主人さま?体温と心拍数の上昇が見受けられますが?」

「いや、ほら、思春期だから色々あるでしょ」


目の前でおっぱいぷるるんってされたら誰でも心拍数の一つや二つはあがるわ!元は男だからな!


と言ってしまえば楽になれたかもしれないが、もっとひどい事態を招きかねないなのでやめておく。


「おお、『わたくし、紅茶と茶菓子だけで生きておりますのよ』といわんばかりの浮世離れした麗しいご容貌のメル様でも私めの裸でそのような些末な感情をおいだきになられるなんて。親近感が湧きました。一生ついてまいります」


「いや、ついてこなくていい……。ていうかほんとキャラ変わったよね」


メルは頭痛を抑えるかのように頭に手を当てて言う。


二人きりの時はこんな調子だが、マリルやザックスの前では有能メイドの皮をかぶる。


実際有能でマリルの家事の負担も減るし、ザックスも娘が増えたと喜んだ。


ただ一つ厄介な点があるとすれば。


「クーデリア、今日はメルちゃんにどの服を着せようかしら」

「マリルさま。こちらのフリルがよろしいかと」

「流石、クーデリア。いいチョイスだわ」


可愛がり役が増えたという点だけだ。メルにとって今さらどうということもない。


「やれやれ」


メルは二人のためにかわいいポーズを決めながら心の中でつぶやいた。




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