01 幼少期
前世で少年だったボクは上位神の寵愛が仇となり、この世界の女神の怒りを買ってしまった。しかもうっかりミスにより女の子として生まれ変わってしまった。
少年は嘆いた。生まれた瞬間から前途多難を予感させられる。平穏に生き延びたいだけだというのに。
そして、時は流れ現在。かつて前世で少年だった少女、メル・レンシアは十歳になった。
「はぁ~……」
少女は鏡の前で自分の下着姿を見る。
「これが今のボク、か……」
腰まで伸びた銀の髪は朝の光に透け、きらきらと光っている。雪のように白くきめ細かな肌、深い海のような瞳。下着の隙間から見える薄く膨らんだ胸。すらりと伸びた脚。完全無欠の美少女が憂いを帯びた表情を浮かべている。
この体に転生し、はや十年。メルは自らの美貌に感嘆の念が浮かばない日はない。神が作りし精巧な人形、といった表現がしっくりくる。生まれた時に、女神がスクリーンショットで見せてくれた姿とそっくり同じだった。
「はぁ~……」
ベッドに置かれた服を見て、またため息をつく。ミニのフリルワンピースにニーハイソックス。姉のマリルが用意してくれたものだ。
「メルちゃーん、もう着た?早く見たいなー」
部屋の外から姉のマリルの声がする。
「あ、今着るから。もう少し待ってて、マリルお姉ちゃん」
「もう待てなーい。入るねー」
マリルが部屋に入ってくる。そしてメルに服を着せにかかる。マリルはメルとは違い黒髪で萌葱色の服を着て、大抵いつもエプロンをしている。
「うぅ……」
「はい、出来たー。あーん、可愛いよ~。メルちゃん~」
メルが鏡を見ると少女趣味の見本のような女の子が立っていた。気恥ずかしさにほほがかあっと熱くなる。
こんな女の子らしい格好より、術士っぽいローブに身を包みたいと思ったが、そんなメルをお構いなしにマリルはぎゅーっと抱きしめる。
「く、苦しいよ、お姉ちゃん……」
マリルはメルの二つ年上だから13歳のはずだが、メルより背が頭二つ分ほど高く、胸がやたらでかい。抱きしめられるとちょうど顔が胸にうずまる。この十年間ですでに抱きしめられすぎて、ありがたみがなく、息苦しいだけだった。
これ以上は付き合ってられないと、メルはすりすりしてくるマリルをひっぺがして部屋を出る。
「ちょっとボク、ゴーレム起動してくるから」
「うん、気をつけてね。メルちゃん」
マントをはおり家を出て村の入り口に向かう。木で組まれた粗末なアーチと柵が立っている。
「おはようございます」
村の自警団の青年にあいさつする。
「おう、おはよう。お嬢」
「アレ、また頼むぜ」
青年が指を示した先には動かなくなった泥人形があった。
メルが泥から作ったマッドゴーレムだ。魔力切れで動かなくなっているのだ。
メルは手をかざし魔力を込め再起動の呪文をつぶやく。すると再び、一つしかない目に光がともり活動を再開する。
「ほー!」
元気よく飛び跳ねるマッドゴーレム。
「こら、ムダなエネルギー使わないの。また魔力切れちゃうでしょ」
メルは前かがみになり両手を腰に当てぷんすか怒ってみせる。もう十年も女の子をやっているので、女の子らしい仕草も年季が入ってきている。
「ほー……」
村の警固用に配置してあるのだからいざというときに動けません、では困るのだ。
「おお、いつ見てもすげえぜ。さっすが、お嬢」
「いえ、そんな。では次の場所に行ってきます」
村人の中にはお嬢と呼ぶものもいる。この天性の美貌に加えて、姉のマリルがこの村には似つかわしくないほど、メルを着飾らせるのでお嬢さまっぽく見えるからだ。
村の外周の四方に配置してある警固ゴーレムの魔力充填が朝の日課。隣村が魔物や盗賊に襲撃されて何人か死んだ、なんてよく聞くがこの村ではそんなことはない。この警固ゴーレムは中級の魔物程度なら簡単にノシてしまえるからだ。
村の西方で二つ目のゴーレムの点検にかかる。
「こいつはダメだな。新しいの作るか」
誰もいないところでは素の口調に戻る。かわいらしい少女の声のまま。
ゴーレムの性能は元となる素材、注ぎ込む魔力の量によって決まる。警固ゴーレムは使い捨て用の雑な作り方で作ってあるので1週間ほどでガタが来る。メルはゴーレムに手を当て詠唱をくちずさむ。
「汝よ、形解き土くれにもどれ」
『分解』の呪文が終わると動かなくなったゴーレムは土に還った。
「さて、次は……」
今、分解して土に戻った箇所のはマナが少なくなっていてゴーレム錬成には使えない。
少しでも地味が肥えてそうな、つまり魔力が多く含まれていてゴーレム錬成に適していそうな場所を探し、地面に魔法陣を描く。
「土くれにかりそめの命を与えん」
呪文を唱える。地面の土は見るまに五歳児くらいの大きさに膨れ上がる。そして頭部の一つ目に赤い光が宿る。
「よしよし頑張るんだぞ」
「ほー!」
こんな調子で全ての箇所の点検を終え、朝ごはんをとりに家に戻る。
朝ごはんはハムとエッグをはさんだパンにスープ。料理はマリルの仕事だ。というかゴーレムが出来そうな力仕事以外の家事のほとんどがマリルの仕事になっている。メルも父であるザックスも家事はからきし。母は数年前に亡くなった。
「お疲れさま、メル。ゴーレム君たちの調子はどうだい?」
「うん、上々だよ。お父さん」
「我が娘ながら末恐ろしいな」
「はは」
「メルちゃんも学校行ったら?同年代の子とも遊ばないと」
この村で天才ともてはやされて、周囲から浮きがちな妹を思いやった至極まっとうな一言。
しかしだ。前世の年齢を加算すると今年でこの少女の体に宿る精神は27歳だ。その年齢で小学生相当の子らに混じり授業を受け、泥遊びに興じるには厳しいものがある。
メルはこの村の学校を5歳で卒業した。学校といってもこの辺境の村にあるのは寺子屋レベルのもので学ぶことはほとんどなかった。この世界特有の歴史や宗教くらいのものだ。
この世界の最大宗教は光神教という。つまりあのやかましくてヒステリックな女神の
ことを信奉する団体のことだ。
もう少し高等なことは学者である父、ザックスが家庭教師となって教えをつけてくれる。
魔術を教えられるような人材はいなかったのでほぼ独学だ。
「何を言っているんだ、マリル。メルは父さんとたのし~い魔物学の授業するんだから、メイソンさんの授業なんて受けてる場合じゃないぞ」
ザックスは魔物学者だ。書斎には魔物の牙や体液などの瓶詰めがたくさん並べられている。かつて大陸中、とは言わないが国中をめぐってフィールドワークで集めたらしい。
ザックスのおかげでこの田舎にしては、高水準の魔物の知識を取得できることをメルは感謝している。
玉にキズがあると言えば、
「メル。どうだいこの見事だろう。このサラマンダーのしっぽ。今にも動き出しそうだろう?メルがもう少し大きくなったら一緒にとりに行こうな。ふふ、ふふふ」
こんな風にコレクション自慢してくるとこか。
メルは自衛知識として魔物の情報が欲しいだけで、別に魔物そのものが好きなわけじゃない。そんな娘の気も知らず、ザックスは娘を魔物学者に仕立て上げたいらしい。
昼からは完全自由時間。村の裏手に広がる森でゴーレムの生成訓練。
少し開けた所で地面に魔法陣を描き、ザックスの書斎から借りた本を広げる。ページを繰り、目当ての挿絵を見つける。甲冑を着込んだ騎士の絵だ。その絵を元に土を造形していく。
「出来た。名付けてクレイナイト」
メルに忠実な土で出来た騎士の誕生だ。鎧の精細な作りこみがメルの心を躍らせる。五歳くらいまでは、ハニワのようなゴーレムしか作れなかったことを思えばかなり進歩した。
ただ、土で出来るので白銀に光り輝く鎧、というわけにはいかず土褐色なのでちょっと締まらない。鉄で作れば理想に近づくだろうけど、この田舎では大量の鉄なんて望めそうにない。
試しにクレイナイトとマッドゴーレム五体を戦わせてみる。
「ふふ。強い、強い」
土の騎士は剣でマッドゴーレムを真っ二つにし、腕甲で殴りとばし、盾でひしゃげつぶす。
全く寄せ付けずクレイナイトの勝利。作成にかけた時間と魔力量がまったく違うので当然といえば当然。
次はクレイナイトで森の魔物を一狩りしレベル上げもしておく。この森の魔物相手ならクレイナイトはオーバースペックなので、レベリングならマッドゴーレム複数体のほうが早く済む。新加入の騎士を試してみかったのだ。
そもそもこの森ではいくら狩ろうが、大してレベルは上がらなくなっていたので大差ない。
ちょっと疲れたのでメルは休憩のため切り株に腰を下ろす。するとリスがひざにすべりこんできて、つぶらな瞳でメルの顔をのぞきこむ。
「うぅ……」
リスだけでなくウサギや鹿まで集まってきた。
「わぁ、森の動物さんたち、来てくれたんだ。今日はどんな歌を歌おうかしら、うふふ」
和やかな時が流れる。森で動物と戯れる美少女。
「って、なんでやねん!」
「なんでこんなに動物集まるんだよ!エサなんて持ってないぞ!」
畜生どもにメルの主張は届かず空にこだまするだけだった。マッドゴーレムはウサギにじゃれつかれて困惑している。
女の子特有のいい匂いでもしてるのかな、と思いクンクンしてみるが自分では分からない。しまいには小鳥が頭の上に乗っかってきたので休憩終了。訓練を再開して夕暮れ時には家に帰る。
「メルちゃん、どう?今日一日、その服を着た感想は」
「うん、とっても良かったよ。動きやすくて」
「本当?頑張って作ったかいがあったわ」
マリルは仕立て師で幼いながらその腕は村でも随一とされるほどだ。このロードエンドの村は特殊な編み方で作られた衣類を特産としている。
都市の貴族たちが好んで着るらしい。その美しく精密な刺繍だけでなく、魔法や呪いの類から身を守る効果が秘められているからだそうだ。メルが今着ている服も窮屈そうに見えて体にしっかりとなじむ。
「村の人はなんて言ってた?」
「え、うん、か、可愛いって……」
あんまり見せたくないからマントで隠しながら歩いてたとは言えない。
メルがこの村で浮いている、というかお嬢様扱いされてるのはこういう服のせいだ。
おかげで村人の前では常に気品ある所作をするように気を付けなければいけない。
いや、別に幻滅されるような大きなクシャミとかタンとか吐いてもいいけど?なんか負けた気分になるし。これが女子としてのプライドってやつか?メルは考えてちょっと落ち込む。
メルの苦悩も知らずマリルはご機嫌だ。しかしメルも、マリルが家族のために自分の時間を削って、仕立ての仕事と家事を両立させていることを知っているので強くは言えない。自身が着せ替え人形ごっこに付き合うことでストレスが軽減されるなら、と思ってしまう。
メルはこの十年間の生活ですっかり愛情が湧いてしまった自分に気づく。生まれ変わってすぐのころは、どこか他人の家にお邪魔しているような疎外感があったが、それも今では消えつつある。
メルが風邪で高熱を出した時、マリルとザックスは寝ずに看病をしてくれた。その時のぬくもりとありがたさは今も体にしみついている。
レンシア家のちょっと風変わりな次女メルちゃん。その立ち位置に足が慣れてきた。
女の子の体にはいまだに慣れないが。
朝、うつらうつらしながら、服を着替えるためにメルはパジャマを脱ぐ。
鏡を見ると美少女が目の前に立っているのは慣れた。しかし下半身に目をやると眠気が覚める。
最近カボチャパンツを卒業して、より体に密着したパンツに変えたことを思い出す。
マリルが買ってくれたフリルとリボンが可愛いピンク色の下着だ。
なんで女物の下着はレースやらフリルやらがつくんだ?誰が何のために作ったの?変態なの?こっぱずかしいだけだよ?誰ともわからぬ先人に文句をつける。
カボパンと違い、腰からふとももにかけてのラインがはっきりと分かる。ああ、顔だけじゃなくて腰まで美しいな、この子は。
少し前まで平坦だった体のラインが柔らかな曲線を描くようになったみたいだ。それはすなわち少しずつ女性の体に近づいてるということに気づく。
ああ……、ああ!
それに胸もだ。乳房も乳腺が発達してさきっぽが少し大きくなっている。認めたくなかったけど一年前より確実に大きくなってる。
これはいわゆるおっぱいなんじゃないか?おっぱい。だってさきっぽが服にこすれると「んっ……」ってなるもん。
なんで男のボクにおっぱいがあるんだ。変態か?いや今は女の子か。女の子なら当然じゃないか。メルは苦悩した。体が熱くなり心が動揺する。
「メルちゃん、朝ごはんよー」
マリルの声で我に返り、服を着込む。別に自分の裸を見ていただけなのに羞恥で顔が真っ赤になる。
こんな感じの幼少期。こうやって、こののんびりした村で平和に過ぎていくと、メルは思っていた。
そのころ、あの事件は起こった。
昼下がり、いつものようにメルが森でゴーレム生成・操作の訓練をしていた時、異変は起こった。
村の警固を任せていたゴーレムの一体との魔力交信が途絶えた。
メルは戦慄を禁じ得ない。
破壊されること自体は想定内。ただ、破壊のされ方に問題があった。ゴーレムは破壊されるにしても3つのプロセスがあるはずだった。
敵を発見、
交戦
そして破壊される。
それにもかかわらず、発見も交戦も経ずに、ただいきなり破壊されるなんて。今の自分では太刀打ちできない魔物が襲来したとでもいうのか。いやただの魔力の不調か、暴走して崖から落ちて通信不能になったか。メルの思考にいくつものパターンが浮かぶが、答えは出ない。
狼を模したゴーレムを作り、背に乗り、村へと駆ける。村へたどり着いた瞬間、急造の狼は崩れ落ち、土へと還る。
村は炎に包まれていた。