18 case.2 幽霊屋敷にゴーレムはささやく
悲鳴を聞いたメルとリルカが階段を上り、ドアが開きっぱなしになった部屋の中へ入る。
部屋の入口ではリズベルとミルカが剣をかまえていた。
そう広くはない部屋の中央でティシエが自分の首のまわりの虚空をつかみ、苦しんでいる。
目をこらすとティシエの体のまわりに白いモヤのようなものが渦巻いている。それはティシエの体にまとわりつき口から体内に入ろうとしているようだ。
幽霊は本当にいた。
「ティシエ!」
メルは目を見開いて叫ぶ。
「メルさん、聖水を塗布した剣でも斬れません!」
「聖水をぶっかけて!」
四人はティシエもろとも幽霊に聖水をぶっかける。白いモヤがジュバァっと音を立て空気に拡散する。
濡れそぼったティシエは幽霊から解放されてがくんと膝をつく。
思ったより強力な悪霊がこの屋敷に潜んでいたことに一行は動揺する。
「リルカとミルカはティシエさんを部屋の外へ!」
双子はぐったりしたティシエの肩をかつぎ部屋の外へと運び出す。
メルはそれを見送り、幽霊へ向け攻撃を開始する。
「ゴーレム、行け!」
部屋の壁からマッドゴーレムを生み出し、幽霊に襲いかからせる。しかしその攻撃はことごとく空を切り、白いモヤが霧散してはまた集合するだけだ。
それだけでなく、幽霊がゴーレムのうち一体にまとわりつくと、関節のスキマからするっと内部に入りこんでしまった。
「なっ……!?」
メルの驚きをヨソにゴーレムの赤い一ツ目が幽鬼を思わせる青色に切り替わる。
メルの手動操作も受け付けなくなった。ゴーレムは幽霊に乗っ取られたのだ。
ルーラータイプの魔術師にとってミニオンの支配権を奪取されるほど、矜持を汚され、なおかつおぞましいことはないので、メルはあわてて『分解』の呪文を放つ。
「ヴァモオオオ!」
しかしゴーレムは意にも介さず、普段のとぼけた鳴き声とは程遠い雄叫びをあげる。
メルは慌てて他のゴーレムたちで袋だたきにしてそれを破壊させた。
メルが荒い息を落ち着けたのもつかのま、再び他のゴーレムが幽霊に乗っ取られてしまった。やむなく再度他のゴーレムで叩きのめし、同時にそれらもすべて『分解』する。
白いモヤだけが残る。メルの慌てふためくさまをあざ笑うかのように部屋を漂っている。
テリトリー内では無敵タイプなのかもしれない。この屋敷を破壊するか いや土地そのものに根付いているのかも分からない。メルは考えあぐねていたが、ふとひらめく。
「そうだ、聖水でゴーレムを作れば……!」
最後の聖水をありったけ壁にぶちまけ、それをベースにゴーレムを錬成する。
「ホーリーゴーレム、行け!」
「ぶもー!」
青白いジェル状のオーラをまとった大きなゴーレムは『幽体特効:A』、『アンデッド特効:A』のエンチャントを付与されている。
メルが指図するとドスンドスンと床を響かせながら幽霊に向かって歩き、そして。
ズボッ!
床板を踏み抜き、そこに体の半分ほどがハマってしまった。ホーリーゴーレムは抜け出そうともがいたが、わりと早々にあきらめるとその体が崩れ始めた。
そして床に聖水のシミを残し消えてしまう。
「おいぃい!?」
メルの苦手とする『水』と『聖』属性のゴーレムなど成立するわけもなく、聖水をムダにしただけで終わってしまった。
しかしメルとリズベルが焦っていると幽霊の動きが止まった。
さすがにこれだけの聖水の霊力が場を満たすと幽霊も弱まったのかとメルが推測していると、幽霊は壁のほうに向かっていった。
メルがゴーレム錬成に使用し、歯抜けのようになった壁のあたりで白いモヤは動きを止めて凝り固まった。
「なんでしょう?おとなしくなりましたね」
「敵意があったわけじゃないのかな?」
メルはこの幽霊がティシエにとりつこうとした以外は攻撃的でなかったことに気づく。
「この壁になにか思い出の品でもあるとか」
幽霊タイプを神聖魔術以外で浄化するには生前の未練やしがらみを断ち切るのが定石だ。
壁の中にこの幽霊が生前に渡し損ねた秘密の恋文、あるいは財宝のありかを示す地図でも隠されているのかと思い、二人は壁を探ってみたがなにも見当たらなかった。
しかし依然、幽霊は壁のあたりをうろつきさまよう。
「もう一回ゴーレムを作れと言っているのでは?」
「えぇ。また乗っ取られちゃうよ」
「もしそうなっても敵意を見せたら私がすぐ破壊します」
再び錬成すると今度も乗っ取られたが、先ほどとは違い、雄叫びをあげなかった。さらには床にころんと寝転がって腹を見せてきた。腹を見せるのは降伏の証だ。
「ばみゅうううん……」
おぞましい声をあげているが、敵意はないと示しているようだ。
「体が欲しかった、とか?」
「そっか、ティシエにとりつこうとしたのも体を欲して?なら少しの間、ゴーレムに宿らせてあげたら満足して浄化しないかな」
しかしゴーレムはひび割れ乾燥するとパラパラと土に戻った。
いくら即席錬成といえど数日は保つはずなのに、こんなにも短時間で土に還るのは、ゴーレムという器に対して魂が大きすぎたからだ。
魂の容量というのは魔術的に限りなく大きい。ゴーレムは魂を入れるために作ったものではないので当然許容量を超えると崩壊する。
幽霊は再び、壁にまとわりついてメルの様子をうかがっている。
「分かった分かった。作ればいいんだろ」
今度はクレイウルフを作ってみせる。幽霊は少し逡巡したかのように見えたが、その白い霊体を狼の中にもぐりこませた。
「ぐもりゅううん……」
幽霊inゴーレムはまたしても耳障りで不可解な鳴き声をあげる。
メルが眉をひそめているとそのスカートを引っ張ってきた。手でおさえるもチラッチラッとぱんつがみえてしまう。
「こ、こらやめろっ。エロ狼!」
「くっ、メルさんのスカートをくわえるとは、うらやま……、いやけしからん幽霊ですね!殲滅します!」
リズベルは剣を払い、幽霊ウルフをしりぞける。その息はやたら荒い。
「まあまあ、落ち着いてリズベル」
「メルさんにおさわりするとは……はぁはぁ」
メルがリズベルをなだめていると幽霊ウルフはとことこと部屋の外へ歩いていった。
そこには双子に介抱されているティシエがいた。廊下にしつらえられた古びた長椅子に座って息を落ち着かせようとしている。
「ティシエちゃん、大丈夫……?」
「はい、おかげさまで」
そこに幽霊ウルフは近づいていく。リルカは暗がりに浮かび出た青い眼光の狼に気づくと声を上げる。
「わっ、今度は狼の幽霊が出たよ!」
「あ、これはメルの使い魔です。ほら、おいでワンちゃん」
幽霊ウルフは差し出されたティシエの手をペロペロとなめる。
そこにメルとリズベルも部屋の扉を開けて出てきた。慌てた様子だったが、ティシエと幽霊ウルフのおだやかな様子を見てほっと息をつく。
「ティシエ、大丈夫?それ、さっきの幽霊が入ってるんだ」
「あ、メル。そうなの?でも敵意はないみたいね。よしよし」
ティシエがなでなでしていると幽霊ウルフはその袖を口で引っ張りはじめた。ティシエは立ち上がり、幽霊ウルフが先導するあとをついていく。
メルが声をかけようとした瞬間、幽霊ウルフはひび割れ砕け、土となり廊下の床に舞った。
体から抜け出た白いモヤは暗がりに拡散し見えなくなった。
「どこかへ連れて行こうとしてたのかしら?」
「体が欲しいだけかと思ったら、なにか伝えたいことがあるのかな」
「そうだ、メル。人間型のゴーレムを作ったら?話せたら何を伝えたいかなんてすぐ分かるでしょ」
確かに元は人間の霊魂がゴーレムに入って言葉を発しようというなら、人間型のゴーレムを作るしかない。
メルは試しに人間型のゴーレムを錬成してみる。
出来たはいいが、人間を作ったことはないのでクオリティが低い。数世代前のポリゴンモデルのようにカクカクしている。
さぁ、入れとメルが促しても幽霊は姿を見せない。
「メル、この幽霊は女性よ。さっきちょっと先っぽが入ってきた感じで分かったわ」
「あ、そうだったの」
手を加えて女性型に作り直す。
すると幽霊が再び現れその体にするりと入る。ゴーレムはギギっとぎこちない動きで体を動かしたあと、口をパクパクと動かす。
「あ……。や、……へや……。…………い」
その口から吐き出す言葉は不明瞭で聞き取れない。そして腕が砕け散ったとかと思うと膝が崩れ落ち全身が土となり、また白い霊魂が出てくる。
「もっと人間っぽく作らないとしゃべれないのね、きっと」
「はぁー。分かりましたよ。即席錬成じゃなくて本式のやり方で作りますよ」
屋敷の一階の出来るだけ日当たりのいい部屋に術式のための台を作り、そこで錬成の用意をととのえる。
それぞれ手分けして着る物や錬成に必要な材料を調達してくる。一時間ほどすると材料がそろったので術式を開始する。
台の上に王都のそばを流れるリーン川で採取した処女土を盛り上げ、同じくリーン川の水でこねあげて人の形を作る。おおまかに人の形にしたあと細部を作り込んでいく。
クリエイターオタク気質のメルはその作業に没頭した。
幽霊はそのかたわらでふよふよ漂っている。時たまメルの手元にまとわりつき、顔のパーツの配置や大きさなどにダメ出しをする。そのリクエストに答えていたらかなり美形になってきた。
「おお、すごい。人間っぽくなってきた。しかも美人さんだねー」
「メルっち……。これ、黒忌魔術じゃないよね?」
ミルカが珍しくそわそわしながら聞いてくる。
黒忌魔術は『闇』よりも深い『暗黒』属性を使用する禁忌術で、各国政府・教会・魔術協会はその研究・使用を禁止している。破れば即追っ手がかかり、しばり首だ。
「安心・安全・エコロジーのゴーレム術です。でも念のためこのことは内密にお願いします」
かなり女性らしい体つきになってきたので人形に服を着せてあげる。
幽霊の身分が分からなかったので普通の町娘が着るような服だ。麻の白いシュミーズにコルセット、ゆったりとした濃紺のスカートと足には革編み靴。
そして作業を開始してから数時間後、土の成形が済んだので次はそれに生命を込める作業を開始する。
「よーし、始めるよー」
人型ゴーレムを作るには土台となる土だけでなく、他の火、水、風の魔力も加えてやらなければいけない。
メルはまず火の魔力を台の上にある土の人型に込めたのち、その周りを呪文を唱えながら七周まわる。
すると人形が赤く輝き、土の肌に赤みがさした。
次に水の魔力を込めて同じく周りを七周まわる。
すると人形が青く煌めき、その肌にうるおいが加わった。
最後に風の魔力を以て七周まわる。
すると人形の全身がぴくりと動いた。全身に空気が行き渡った。
「すごい、生きてるみたい……!」
そして最後の仕上げ、古代イェール語でギメル、ラメッド、メムの三文字を額に描く。これは古代語におけるゴーレムのつづりの子音を表す。
こうして作られるゴーレムは中でもツェレームと呼ばれ区別される。古代語で似姿や偶像と言った意味だ。
いよいよ最後の行程だ。
本来なら術者が呪文を唱え命を吹き込むところだが、今回は幽霊を鼻から人形に入り込ませる。
白いモヤがすべて入り込むと人形が震え、固く閉じられていた目がパチリと開く。
錬成は成功した。
人型ゴーレムはセミロングの青い髪を揺らし上体を持ち上げ、首をギギッと横へ向け灰褐色の瞳でメルを見る。
「おはようございます。ご主人さま」
人型ゴーレムは美しいくちびるを動かし、滑らかな言葉を発した。
「おはよう。どこか痛いところはない?」
「全くございません。すこぶる快調です」
「そうか、よかった。君、名前は?」
メルの問いかけに人型ゴーレムは答える。
「名前はありません」
「私はこの屋敷の主人であり、召使いであり、厨房係、乳母、庭師であり、また賓客でもあるのです」
メルが不可解な面持ちになるとゴーレムはさらに付け加える。
「私はこの屋敷に残った残留思念の集合体なのです」
メルは納得いったようないかないような表情になる。
幽霊入り人型ゴーレムは台から降り、メルのほうへ歩み寄る。まだ生まれたての赤子のように動作がぎこちない。
「名前をいただけますでしょうか、ご主人さま」
「えぇ?そんなこと言われても」
名前を与えたら、長く居着かれそうだなとメルは思った。言いたいことを言わせて霊魂を昇天させてやったあと、この人型ゴーレムは分解するつもりだった。
そんなメルの思いをヨソにティシエやリルカは早く名前をつけてあげなよと囃し立てる。
人型ゴーレムは機械のような冷たい瞳でメルをみつめてくる。その瞳にメルは押され、分かった、とうなずくと名前をさずける。
「我、汝に名を与えん――。汝の名は『クーデリア』」
メルの言葉に呼応して人型ゴーレムの身が光に包まれる。
「かしこまりました、ご主人さま。これより私はクーデリアです」
クーデリアと名づけられたゴーレムは身を屈め、うやうやしくメルの手を取ると口づけをする。メルはたじろいだが、周囲の者は拍手している。
なんとなく見た目からクーデレっぽいと思ったので名付けた名前だった。
「ええと、早速だけど話したいことあるんでしょ」
「はい」
クーデリアは語り出す。