16 騎士団初日
「メルさん、いえレンシア卿。腰をもっと据えて!」
「はい。リズベル卿!」
チーンチーンと刃が交わる音が青空に鳴り響く。
メルは騎士団本部の訓練場でリズベルに剣の手ほどきを受けていた。
訓練場は石壁に囲まれて、壁のそばには打ち込み用のカカシや射撃訓練用の的がある。メルたち以外にも何人か騎士や兵士が訓練をしていた。
騎士適性が上昇したとはいえ急に剣が上手くなるわけではない。リズベルどころかその部下の双子姉妹、リルカとミルカにもかなわなかった。
「ふっふーん。メルっち、弱し!これにこりたら姉さまをたぶらかすのはやめてよね」
双子のうるさいほう、リルカが肩に垂らした赤髪を揺らしながらメルに指を突きつけて言う。
「こら、リルカ。なんでそんなことを言うんですか!斬り捨てますよ?」
「ひぃっ!?姉さま。ご、ごめんなさい~」
「リルカにだけはドSな姉さまも萌える……」
筋力もリーチもないメルのきゃしゃな体では、本業の戦士職に敵わないのは当然だった。『叡智の泉』で相手の動きを観察してパターンを読み切っても体がついていかない。またリルカの槍に剣をはじきとばされる。
しかしメルは悔しく思ったり、もっと強くならねばと思ったりはしなかった。騎士の腕前を上げる必要性が皆無だからだ。
というのもメルは『ダメージ吸収』『不死』『空間転移』という防御寄りのチートスキルが三つもあるので、接近戦に弱いという魔術師の弱点がオールクリアとなっている。
なので多少、筋力や戦闘技術を鍛えてもさして変わりはない。そもそもメルは『叡智の泉』で詠唱を何節か省略出来るので、よほど高位の戦士でもないかぎりスピード負けもしない。
騎士団に来てるのは義理立てと王からもらった剣を振ってみたいという欲求と運動不足解消のためだった。
「でもメルっちのおかげでやっと二番隊にも魔術師が来たね」
リルカがメルのほっぺをつんつんぷにぷにしながら言う。
メルはリズベルが副隊長をつとめる二番隊に配属された。半ばむりやり王に騎士号を授与させた経緯があるので騎士たちにきらわれているかとメルは思っていたが、二番隊の騎士たちは優しかった。
「二番隊は変わり者、はぐれ者の集まりだからね。ロリ魔術師の騎士なんてむしろウェルカムだよ」
双子のよく萌え萌え言うほう、ミルカが説明してくれた。確かに二番隊の騎士たちはモヒカンだったり素肌に鎧をつけていたりと世紀末度が高く、騎士らしい騎士はいなかった。どちらかというと野盗の集まりに見える。
「……」
「あ、姉さまは違いますよ?あと私たちも違うからね、メルっち」
黙り込んだリズベルに対しリルカはとっさにフォローする。リズベルの家は祖父が汚名を着せられて立場が悪くなった話を聞いたことをメルは思い出す。
リルカは立てかけていた槍を取り、話題を変えるように元気よく言う。
「よし、今度は魔術も使っていいよ。メルっち」
「ふふっ、いいんですか。リルカさん、ボクを本気にさせてしまって」
メルはじゃきーんとマントのポケットから取り出した小さなオークの杖を左手に持つ。父ザックスから入学祝いに買ってもらった杖だ。剣を右手に杖を左手に構える。
剣と杖の二刀流だ。
「おっ、メルっちがなんか強そうに見える!」
リルカは驚いたがメルにとっては両方飾りだ。
剣は重くて片手では振れず、杖はメルの魔力量を扱えるほどランクが高くない。しかしメルはデタラメな呪文をつぶやいてリルカがビクッと反応するのを面白がって観察する。
すると近くで鎧の補修をしながら見物していた二番隊の騎士が騒ぎ出した。
「うおおおい!お嬢が魔術使うってよー!みんな見に来いよー!」
「マジかー!見る見るー!」「ファイアボール!ファイアボール!」「ちっこいのに剣と杖持っちゃってかわいいぜ……」「これで二番隊も脳筋部隊って呼ばれなくなるな」
二番隊で唯一の新人魔術師が魔術を披露すると聞いて、ギャラリーが集まってきた。メルは恥ずかしさにいたたまれなくなる。
するとそこに別の騎士の一団がゾロゾロとやってきた。先頭の男が二番隊の面々に冷やかしの声をかける。
「おやおや、二番隊のみなさんは魔術師ゴッコですか~?」
周囲が一瞬静まり返る中、男は続ける。
「くっくっくっ、ついに騎士の道をあきらめて魔術に走ったか。いいと思うぜ~?ドブさらいから皿洗いに昇格出来るかもしれないからな。はっはっはっ」
いきなり現れて挑発する言動をした男に二番隊の騎士たちはいきり立った。
「ちっ!うるせーぞ!ヴィトー、消えろ!」
ヴィトーと呼ばれた男は背が高く、面長で狡猾そうな顔をしている。二番隊のヤジに対して冷たく答える。
「消えるのはそっちだぜ。修練場は今からオレたち六番隊が使うんだからよ」
「ちょっと今は修練場は私たち二番隊が使ってるんだからあとにしてよね!」
リルカがヴィトーの前まで進み出てつっかかる。
「ちょっとやめてくれよ~。お前たち二番隊と違ってこっちは繊細に出来てるんだからよ~。もし私闘罪で誰かさんみたいに牢獄にぶちこまれたら病気になっちまうだろ?」
ヴィトーは小ばかにした態度を崩さない。
「ちくしょう、あいつら、シモンのことを当てこすってやがる。あの時もあっちが先につっかかてきたくせによ」
以前から二番隊と六番隊はいさかいが絶えないようだ。
「おい、やめろ。ヴィトー。久しぶりに訓練すると言い出したからついてきたら、またイザコザを起こすつもりか」
六番隊の騎士の中のがっしりした体格の騎士がヴィトーを諫めるもまるで聞く耳もたない。
「あぁ?ボルドー。二番隊の連中がいたら訓練に集中できねぇだろうが」
「六番隊の聖人のボルドー、クズのヴィトーはそこそこ有名」
ミルカが説明してくれる。そのまんまなネーミングにメルは眉をひそめる。リズベルはため息をついて言う。
「場所を移しましょうか。問題を起こしたくはありませんし」
「さすが、リズベル殿。その年で副隊長を務めるだけはある。世渡りが上手でございますなぁ」
ヴィトーはリズベルを嘗め回すように見る。二番隊の騎士たちは殺気立った。
その時、メルが言葉を放つ。
「うーん、思ったよりいい剣じゃないなぁ」
「やっぱりボクのこの国王陛下から頂いた剣のほうがかっこいいや」
メルは剣を二振りの剣を持っていた。自分の剣ともう一つは、
「おい、なんで俺の剣を持ってる。いつの間に抜き取りやがった!」
ヴィトーの剣だった。メルは激高するヴィトーに剣を返す。
ヴィトーは眉をつり上げ剣をもぎ取ると一転、笑みをこぼす。こういう展開のためにわざわざ普段寄り付かない修練場に来たのだ。
「くっくっくっ、大した魔術だ。なかなか面白いお嬢ちゃんだな、だが騎士の誇りにドロを塗ろうってんならそれ相応の覚悟をしてもらおうじゃないか」
「覚悟?」
「ああ、お嬢ちゃんがその剣にふさわしいか俺がテストしてやるよ」
ヴィトーは続ける。
「一騎打ちだ」
「なに、安心しろ。体には打ち込まない。オレが嬢ちゃんの剣を弾き飛ばしたらオレの勝ち。嬢ちゃんがオレの鎧に一本でも打ち込めたら勝ち」
「オレが勝ったらその剣をいただく。嬢ちゃんが勝ったら……そうだな、オレたちは今度から二番隊に道を譲るようにする。どうだ?」
「分かりました」
メルはあっさりと了承する。こんなことになるだろうなと思って虚仮にしてやったので望むところだった。
友だちを、そして優しく迎え入れてくれた二番隊の騎士たちを侮辱されて黙っているほどメルはチキンではなかった。
「そんなメルっちはついさっき剣を握ったばっかりだよ」
リズベルはリルカを黙らせる。敵に情報をくれてやる意味はない。だがメルとしては好都合だった。
「おっと、言うまでもないが、今みたいな魔術は使うなよ。ここは騎士団だ」
「もちろん」
その明らかにメルが不利な取り決めにリルカをはじめ二番隊の面々はぎりっと歯がみする。リズベルはメルを信頼しているので取り乱さないが、内心では不安がつのる。
「いくらメルさんといえど魔術なしでは。私がヤツを斬り捨てましょうか?」
「ううん、任せておいて。リズベル」
メルはこともなげに言ってのける。
「それよりアイツの実力はどれくらい?戦士の実力の測り方は分からなくて。リルカさんより強かったらちょっとまずい」
「いえ、酒とタバコと不摂生で動ける体が作れていませんね。力はともかく速さではリルカのほうがよほど上でしょう。あと、ドライブは20、アクセルは15、いや20ですね」
「分かった。ありがとうリズベル」
メルとヴィトーは数歩離れて対峙する。文字通り大人と子どもほどの体格差がある。
「始め!」の声とともにヴィトーが間合いを詰め、剣撃を見舞う。その一撃にメルの小さな体はよろめく。
「そうら、どうしたぁ?」
しかし周囲の予想とは裏腹にメルは案外持ちこたえている。どころかヴィトーの剣をことごとく受け流し、揺らぐことがない。
先ほどのリズベルたちとの三十分ほどの訓練で身につけた『受け流し:D』の効果だ。さらに『叡智の泉』で早々にパターンを見切った。防御に専念することでこの程度の相手なら非力なメルでも何とかしのげる。
「ちっ、仕方ねぇ!『15%アクセル』!」
ヴィトーの打ち込みが急激に激しさを増す。
『アクセル』とは戦士系全般が使用する二大基本スキルの一つで筋力や瞬発力を瞬間的に高める効果がある。『〇〇%アクセル』とは瞬発力をその数値%分だけ高める効果がある。しかし使い過ぎると反動で筋肉を傷めてしまう。
もう一つの基本スキルは『ドライブ』といって、こちらは身体能力や持久力を高める常時発動型スキルで反動はない。
『アクセル』、『ドライブ』。この二つのスキルレベルが高いほど俊敏に動けて、重い物を持て、強力な一撃が放てるということになる。
騎士は重い鎧を着るためドライブ熟練度が上がりやすい反面、アクセルレベルは上がりにくい。ローグ系のクラスはドライブは低いがアクセル係数を高めるスキルを数多く有する。
例外的にブラッドナイトは己の生命力を燃やすことでドライブ、アクセルともに高い数値をたたき出す。
達人になると相手がまとうオーラで使えるドライブとアクセルのレベルが分かるらしいが、戦士レベル1のメルからするとまずオーラの意味が分からない。
「やべぇ、お嬢が押されてきた……!」
『15%アクセル』は高い数値ではないが、元の身体ステータス差があるのでメルにとっては大きい。
横殴りの一撃を剣で受け止めたメルの体はずさあっと大きく横に流れる。
「終わりだ!『20%アクセル』!」
そこにヴィトーのとどめの一撃がメルの剣に振りかかる。しかしその瞬間だった。
「ぐっ!?」
ヴィトーは視界が真っ白になり何も見えなくなる。メルの剣が日光を反射し、ヴィトーの網膜を焼いたのだった。ヴィトーの剣が空を切った瞬間、
「『50%アクセル!』」
叫びとともにメルの体が疾風のように舞い、ヴィトーの脇をかいくぐりすれ違いざまに鎧の胸当てへ斬撃を見舞う。
「あ……?」
ヴィトーは視界が回復すると、信じられないといった様子で自分の背後にいるメルと胸に残る感触を確かめる。
ダメージは皆無だが、胸当てにはしっかりと横一文字が刻まれている。
「ヒャッホー!お嬢が勝ちやがった!」「ざまぁねぇな。ヴィトー!」
二番隊の騎士たちは喝さいをあげる。
「お、おい、イカサマだ!こんな魔術師の小娘が『50%アクセル』を使えるわけがねぇ!魔術を使ったんだ!」
確かにメルが使ったのはスキルとしての『50%アクセル』ではない。
人間の脳は普段三割しか使われておらず、残りの七割は眠っているとされる。『ナイトヘッド』と呼ばれる部分だ。それを『叡智の泉』で少しだけ起こし、体の力を引き出したのだった。
名付けるなら『ナイトヘッドアクセル』と言ったところか。
無理がかかる体への負担は『ダメージ吸収』で反動を無くす。メルの肉体にかかる過度の負荷はすべてダメージとして扱われ無効化される。
とはいえ普段使わない筋肉を使ったせいで全身に倦怠感がある。メルはリズベルの懐にぽふっと身を預ける。
「メルさん、お見事です」
「ううん、リズベルたちが稽古をつけてくれたおかげだよ」
そこにリルカとミルカがメルに抱きつく。一方ヴィトーはまだ暴れていた。
メルの貧弱ステータスが50%上がろうと大して変わりはない。『相手が最も油断する瞬間』、すなわち『相手が自身の勝利を確信した瞬間』を上手くメルが突いた。ただそれだけに尽きる。
「よせ、ヴィトー。お前の負けだ。君たち、すまなかった」
「クソッ。離せボルドー。勝負はまだ……!」
ヴィトーが急に絶句する。視線のさきのメルの背後にあるなにかにおびえるように。
「おう、なに騒いでんだ」
メルが振りむくと大柄な男が立っていた。
燃えるような赤い髪と日焼けした肌、鎧のすきまから見える隆起した筋肉が猛獣のような印象を与えている。
「十二聖騎士、ウルガ……!」
「ん?なんだ、お前。確か前もウチと問題起こしたヤツだったか?」
「違ぇよ!この小娘がオレの剣を侮辱しやがったんだよ!」
「ほう、この剣を?」
ウルガと呼ばれた男が指をパチンと弾くと剣が真ん中からポキンと折れた。ヴィトーはまたしても絶句する。
「もうちょっとマシなモン買え」
ウルガはほうほうのていで逃げ去っていくヴィトーをちらりとも見ず、次は二番隊の面々をにらみつける。
「お前らはサボってねぇで働け!」
ウルガががなり散らすとギャラリーたちはクモの子を散らすように逃げ去った。
そしてメルのほうをぎろりとにらむ。
「お前が陛下をゆすって『騎士』になったチビか」
「いえ、別にゆすったわけじゃ……」
メルは最近誰かに似たようなことを言われた気がした。
「はっはっは!いいじゃねぇか!どんな経緯であれ、騎士になっちまえばこっちのもんよ!」
豪快に笑い飛ばして、メルの肩をズンズン叩く。なんだか兄貴と呼ばれてそうなヤツだなとメルは思った。そこに二番隊の騎士が声をかける。
「兄貴~!例の盗賊団の件についてちょっといいっすかー?」
「おう、今新入りにヤキ入れてるからあとにしろい!」
じっさい呼ばれていた。
「オレは二番隊隊長ウルガだ」
「『十二聖騎士』の『炎剣のウルガ』とはこの人のことだよ、メルっち」
「ボクはメル・レンシアです。よろしくお願いします。ウルガ隊長」
『十二聖騎士』。最高位である聖騎士の称号を持つ数少ない騎士。
「隊長見てました?メルっちがあのヴィトーをこらしめてやったんですよ!」
「あぁ?今来たから見てねぇよ」
ウルガは興味なさげに言い放つ。騎士レベル1(今は2になった)のメル視点ではなかなかの強敵だったが、最上位の騎士から見たらヴィトーなど路傍の石ころ程度の存在なので仕方がない。
「メルっち、ウルガ隊長がメルっちのこと二番隊に引き取ってくれたんだよ。魔術師で賢者の弟子で陛下に直接叙任させたとかいう、めんどくささ満点で他の隊からあれこれ言われそうなメルっちを」
「あ、ありがとうございます。隊長」
「このおチビは魔術師としてはかなりのもんなんだろ。言いたいやつには言わせとけ。あとリズベルがうるさかったからな」
リズベルは縮こまっている。よほどしつこく言いつのっただろうか。
「流石、王国屈指の家柄に生まれたにもかかわらず、出奔して各地の盗賊団を討伐して自分の配下に仕立て上げ帰ってきただけあります。世間体にとらわれない」
「てめっ。なんだその説明くさいセリフは」
「メルっちへの説明と隊長への精神攻撃をかねております」
ミルカの説明にメルはふむふむと納得する。いかにもそんなことしそうな風貌だった。
「ちっ、まあいい。リズベル、双子。このチビの教育係しっかり頼んだぜ」
「はい、隊長。お任せください」
「いい加減、双子って呼ぶのやめてくださいよー!」
「双子は双子だろうが。じゃあオレ行くわ」
ウルガは手を振って双子の抗議をさえぎり去っていった。
「とまあ、あんな感じで雑な隊長だけど」
「部下の面倒見はいいし、うるさいことも言わないし、まあ外れではない隊長だよ」
自分の上司である隊長をやたら大上段から評価する双子だった。
「今日は訓練はこれくらいにしておきましょう」
「はい、リズベル卿」
メルを抱きしめていたリズベルだが、急にメルの二の腕やお腹を触り始める。
「やはり筋肉にかなり負担がかかったようですね。わ、私がマッサージをしてあげましょう。さぁ、医務室へ」
リズベルの鼻息が荒かったので、メルは丁重に断って帰宅することにした。