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15 ぬいぐるみとか好きそうだね

「ゴーレム術は三百年前、軍事利用されそうになったのでワシの師匠が技術の継承を禁忌とさせた」


メルは塔の入り口まで来て、『脳の部屋』での賢者との会話を思い出していた。他にも魔石を組み込むとゴーレムの寿命が伸び、さらに他者でも命令を書き換えることが出来る、など衝撃が大きい情報が多かった。


ぼけっと考えごとをしながら第一層のエントランスまでくると生徒の集団に出会う。賢者の話を聞いてたらちょうど下校時間と重なったようだ。ティシエもその中にいて、メルに気がつくと声をかけてきた。


「あ、メル。賢者さまのお話はどうだった?なんだかぼーっとしてるみたいだけど大丈夫?」

「うん、平気」

「そう?第九層ってどんなところだったの?」


その話が耳に入った周囲の生徒ががざわつく。


「第九層って」「教師でさえ第七層までしか行けないはずだぞ」「可愛い……」思い思いに口にする生徒たち。騒がれたのでメルとティシエは歩を速めて生徒の集団から抜け出す。


「ごめん、変に注目を浴びちゃったわね」

「ううん」


塔の敷地を出てもまだメルは考えごとをしていて、ふらふら通りを歩いているとそのすぐ横を馬車が横切り、風がぶわっとメルの髪を乱す。


「わっ……!びっくりした」

「メル、大丈夫?馬車はスピード出してるのも多いから気をつけないと」

「しょうがない。私が手をつないであげましょう」


ティシエはメルの手をぎゅっと握る。メルはその手の柔らかさとしなやかさにドキッとする。と同時に安心感を感じる。長年、姉のマリルに甘やかされてきたせいで、メルも自覚していないが甘えんぼさんの妹体質になっているのだ。


そうやってメルが照れながら歩いているとティシエが言ってきた。


「ねぇ、メルは将来なにになりたいの?」

「えー、急に言われても。ティシエは?」


急なティシエの質問に、人生のグランドデザインなど持っていないメルは答えに窮する。


「うん。教師かな」

「へー、偉いね。もう将来のこと考えてるんだ」


ティシエは恥ずかしそう下を向いて石畳を見ながら言う。


「まだ漠然とした夢だけどね」

「それでまたなんで教師に?」

「うん、えっとね。メルに色々教えてもらって勇気をもらえたから」

「だから私も誰かに勇気をあげられたらなって思ったの」


ティシエはちょっとはにかんで言ってみせた。メルは予想外すぎるこそばゆい答えに吹き出しそうになる。


「……」

「ちょっと何か反応してよ。こっちは言ってて恥ずかしいんだからね」


「あ、うん。ごめん。いいと思う」


メルとしては自分がきっかけで将来の夢を持てたなんて言われても、ただただ恥ずかしいだけである。


ああ、こういう「恥ずかしい」もあるんだぁ。本当に羞恥っていろんな形があるよな。みんなちがってみんないい。あはは。


メルがトリップしてしまったのでティシエは話題を切り替えることにした。


「メル。このあと時間ある?どこかでお茶でもしない」

「うん。いいよ。はぁはぁ……」


二人で喫茶店に向かう道中、ふとメルが通りに面した道具屋のショーウィンドウを見るとブーツが飾られていた。羽根飾りがデザインされた一見なんの変哲もない革のブーツだがその売り文句にひかれた。



『ウィングブーツ。移動速度30%UP!!5万リベラから!!』



メルはこの女の子の体になってからというもの、歩幅の狭さ、ひいては歩く速度の遅さに悩まされていた。あとついでに目線の低さにも。


それを解消できるエンチャントのかかったブーツをショーケース越しにほうっと見つめる。杖作りで稼いだ金がまだ残っているとはいえ、メルの経済感覚からすると流石にお高い。


「それ欲しいの?買ってきてあげる」


え?と聞き返すまもなくティシエは店内に入り店員を呼び、ショーウィンドウの品を指さした。それをメルはガラス越しに見つめる。


しかしティシエが指さしたのはブーツではなく隣の巨大なクマのぬいぐるみだった。もっふもっふの毛並で首に巻かれた真っ赤なリボンがかわいらしさに華をそえている。


『安心の呪術耐性!さらに戦闘不能時に身代わりになってくれる、お子さまのお守りに最適!!1000リベラより!!』


メルがやめろーーーー!とショーウィンドウ越しに叫んでも聞こえるわけもなく、ティシエは無事支払いを完了し外に出てきた。そしてメルにぬいぐるみを押しつけた。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがと」


ニッコニコの笑顔のティシエに押し返すわけにもいかず、メルは笑顔をつくろってぬいぐるみを受け取る。


小さなメルが抱えると前が見えなくなるほどぬいぐるみは大きい。ぬいぐるみの毛がメルの鼻をくすぐる。くすぐたくってクシャミが出そうになりメルは目を細める。


その様子をぬいぐるみが気に入ってうれしくてたまらない、とティシエは読み取ってしまいこんな言葉をかける。


「メル、ぬいぐるみ大好きだものねぇ。メルの部屋にいっぱいぬいぐるみあったもんね」


ティシエはうんうんとうなずきながら話すと、メルは真綿で首を締められたような顔になる。


メルの中の人の名誉のために言っておくが断じて誤解である。確かにメルの部屋にはクマやネコ、はてはスライムなどのぬいぐるみがたくさんあったが、メルの趣味ではなく姉のマリルが置いたものだ。メルがクローゼットの中にしまってもマリルが翌日には定位置に戻してしまうのだ。


通りを行き交う周囲の人々は巨大なぬいぐるみを抱えるメルに好奇の視線を向ける。


腕が疲れてきたので石畳から小型のゴーレムを作りぬいぐるみを仰向けにして持たせることにした。ぬいぐるみに隠れてゴーレムはほとんど見えないので問題はない。



そこにメルの見慣れた顔がやってきた。騎士リズベルだった。


「あ、メルさん。魔術学院の帰りですか」

「リズベル。奇遇だね。うん、今友だちと喫茶店に寄るとこ」


メルはリズベルとティシエを引き合わせる。


リズベルもやっぱり美人だなとメルは唐突に思った。


肩まで伸びた金髪に青いリボンが揺れる。メルやティシエとは違い、うっすらと筋肉と柔らかい脂肪をたくわえた鍛えられた体を軽鎧に包んでいる。そして意志の強そうなまなじり。他のだれにもない魅力があった。


今度はティシエを見る。


亜麻色の長い髪は繊細で暗赤色の瞳は宝石のよう。歩き方にも芯が通っていてそれが彼女の月のような美しさを引き立てる。そして近づいたおりにはふわっと柔らかいローズの香りがする。


メルが二人の美しい少女を見比べていると、ティシエがずいと前に進み出てリズベルに問いかける。


「リズベル卿。お噂はかねがね。メルとはどういったご関係で?」

「故郷から王都への旅の時に護衛してくれたのがリズベルなんだよ」

「ふぅん」


え?なんですかティシエさん。その顔は。


メルはティシエが瞳に冷たい光を宿していることに気づく。


「リズベル卿。私はメルの親友です」

「はぁ」


ティシエの主張にリズベルは気の抜けた返事をする。


「メルとはイアイスの森で一緒に魔物狩り、いえ『レベリング』をしたこともあります」

「え、ティシエ?どうしたの?」

「むっ、私とてスライムの特異種をメルさんとともに倒しましたよ」

「リズベル?なに張り合ってるの?」


メルは二人がなぜか対決姿勢になってきたのでおろおろする。


「クレイナイトは騎士である私とともに戦うために生み出されたかのようなゴーレムでしたね」


「くっ、騎士である強みを生かすとは……。やりますねリズベル卿」

「あなたこそティシエさん。メルさんのとなりにいても違和感がない人はそうはいませんよ」


二人はお互いをたたえ合いつつも、一瞬たりとも気はゆるめない。


「まぁ、クレイウルフは私を乗せるために生まれてきたかのようなジャストフィットな乗り心地でしたけどね?」

「ぐはっ!そんなメルさん、私も乗せてもらったことがないのに……」


ティシエの反撃にリズベルはダメージを受けて体をくの字にする。


なんだ。なんの戦いだこれは。メルの疑問に答える者はいなかった。


「ちょっと二人とも。どうしたの?」

「「メル(さん)は黙ってて」」

「あ、はい。すいません」


「メルの部屋で一緒に勉強したことはないでしょう?」

「そ、そんな……。メルさんの部屋だなんて。刺激が強すぎます……!」


ずさぁと砂埃を舞上げながらリズベルが謎の力により後方へ吹き飛ぶ。リズベルは足に力をこめて倒れないようにするのが精一杯だ。


「はぁはぁ。勝った……?」


ティシエも魔力が尽きかけようとしていたが、勝利への確信だけが彼女を支えている。


「仕方ありません。こうなったら最終奥義を繰り出すほかありませんね」

「わ、私はメルさんに……」

「わーわー。もうやめてよ二人とも」


「ちょっとなんですか?リズベル卿。途中まで言いかけて。気になるじゃないですか」

「こんな往来ではとても……」


メルは友達の知りたくない一面を知ってしまった。ティシエは死ぬほど独占欲が強いようだ。さらにそれは感染してリズベルまでおかしくなるというオマケつき。いやリズベルがおかしいのは以前からだったかもしれない。


「もうっ、仲良くしてよ。二人とも大切な友達なんだから」

「すみません。ですが騎士には時としてゆずれないものがあるのです」

「それが騎士の誇りです」

「同じく魔術師としての矜持よ」

「……」


メルは押し黙る。答えようがなかった。はぁはぁと息を荒げていた二人だが、リズベルが思い出したかのようにメルのほうを振り向いて言う。


「それはそうとメルさん、いえレンシア卿」

「あ、騎士になったって聞いた?」


メルはやっと話題が変わったので、しかもうれしい話題だったので顔をパアッっと輝かせる。


「はい。メルさんは私の隊に所属になったので、今度騎士団に顔を出すようにと隊長からの言伝です」


「え、騎士団で働ないといけないの?称号だけもらうってやっぱりダメだったの?」

「ええ、騎士団は常に人手不足で、賢者の弟子ともなれば年少の者だろうと連れてこいとのことで」

「うぇ~ブラック企業~」


リズベルはメルの現代風な言い回しにキョトンとする。


「あ、ううん、なんでもない。でもよかった。騎士団に知り合いなんてリズベル以外いないからそこは不幸中の幸い」

「これも運命、でしょうか……」

「え、うんそうだね」


リズベルは顔を赤く染めてうつむいた。二人に温度差があったが気にせずメルは続ける。


「じゃあ今度、騎士団に行くよ。よろしくお願いします、リズベル卿」

「はい、こちらこそレンシア卿」


二人はふんぞりかえって、ぎょうぎょうしくお互いを呼び合ったあと同時に笑い出した。


横で聞いていたティシエだが、大人びたティシエにしてはめずらしくほほをぷくっとふくらませている。


「メル、そろそろ喫茶店に行きましょう。そうだ、リズベル卿も一緒にどうです?まだ勝負はついてませんし」

「ええ、ご一緒しましょう」



三人は喫茶店に入った。コーヒーの匂いが鼻腔を満たす。貴族の令嬢であるティシエが通うような店なので客も店員も品がよく、小さいがこじゃれた店だ。


店員は鎧をつけた少女騎士と巨大なぬいぐるみを抱えたメルを見ると一瞬ぎょっとなったが、すぐに接客スマイルを思い出し、三人を席へと案内する。


四人がけのテーブル席につく。リズベルとティシエが対面、メルは椅子に座らせたぬいぐるみと向き合うことになった。ぬいぐるみの黒曜石のつぶらな瞳がメルを見つめる。


「騎士団の仕事なんて危険なんじゃありませんか」

「私が守るのでご安心を」

「象牙の塔こそ陰湿でネチネチしてそうですけど」

「印象で語らないでください」


二人は当事者のメルを差し置いて議論を戦わせる。仕方がないのでメルは注文したミルクをちびちびすする。


ふと向かいの席を見るとぬいぐるみが椅子からずり落ちそうになっていたので、席を立ち椅子にきちんと座らせてやる。


しかし、直したとたん、ぬいぐるみは再びずるっと滑り落ちそうになる。メルが椅子のひじかけにぬいぐるみの腕を絡めたり、色々工夫していると後ろからため息が聞こえてきた。


メルがふりむくとリズベルとティシエがこちらを向き、法悦の吐息をもらしていた。


「はぁぁぁ~、かわいい~」

「ふああぁぁああ~」

「え!?なに!?」


メルは予想外の事態にあわてふためく。二人はほほを赤らめ、口に手を当て体を震わせ、ヘヴン状態になっている。


「ぬいぐるみがかわいくお座りできるベストポジションを探してるんだわ」

「あふれ出すぬいぐるみ大好き感……!」


とんでもない誤解だったのでメルは釈明しようとしたが、ティシエの次の言葉で叩きのめされることとなる。


「見た目だけじゃなくて、もう精神がかわいすぎるのよね、メルって」

「ええ、まったく同感です」


ブバシャアアアア!!メルは心の中で吐血した。


今までかわいいと言われても、それはあくまで容姿についての賛辞だった。しかしここに来て、ついに精神までかわいいと言われてしまった。メルの精神はズタボロに切り裂かれた。


「ティシエさん、私が間違っていました。メルさんのかわいさの前では争いなど無意味でした」

「ううん、私こそごめんねリズベル。以前から知り合いだって聞いて嫉妬しちゃって」


二人はガシィっと固い握手を交わす。


その友情の深め方おかしいよね、とツッコむ気力もメルにはもはやなかった。


その後、精神ダメージでぐったりしているメルは二人に両脇を持たれて、黒猫通りのメルの家まで連れて行かれた。そしてメルの部屋でぬいぐるみとともにいろんなポーズを取らされた。


窓辺で顔をぬいぐるみに埋めてこちらを上目遣いで見るメル。ベッドにころんと寝転がってぬいぐるみを抱っこし、無垢な表情を見せるメル。二人はいろんなメルを堪能した。


さらにそこに仕事から帰ってきたマリルが降臨し、二人に教えを説いた。二人はひれ伏してその言葉にありがたく聞き入った。


信者が十人になったことでメルを愛でる会、『メルメデル教』がついに発足した。


信徒には信仰ボーナスとしてステータスに補正がかかり、今後信徒が増えると特殊なスキルも獲得できる。


開祖であるマリルに『話術』『集団扇動』、ご神体であるメルには『チャーム:C』『チャーム耐性』のスキルがついた。


メルが解放されたのは日も暮れてからのことだった。


メルは騎士団で鍛えてもらってムキムキマッチョガールになろうと心に決めた。



―獲得してしまったスキル―


『ぬいぐるみ好き』S ぬいぐるみの販売価格が30%オフになる。人からぬいぐるみをプレゼントされやすくなる。

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