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14 賢者の話

試験の結果は上々だった。なにせメルは『騎士』になれたのだから。あと首席にもなれた。


朝、メルが寝ぼけまなこをこするとベッドのかたわらに剣の鞘があることに気づく。国王にもらった剣だ。


「『ステータス確認』」


ステータスを確認してみると騎士適性が100%になっていた。以前は40%だった。この値によって成長スピードにボーナスがつく。100が基準で本職であるゴーレムマスターは300%となっている。


この職業適性は基本的には生まれた時点で固定され、いくら努力しても変わらない。ただ今回のようなイベントでは例外的に増減するようだ。なにしろ王に直接騎士として叙任されたのだ。


王は王権を神から授かったとされ、その身には神性が宿るという。たとえ、それがデタラメでも、何百年もの間人々にそう信じられてきた血筋にはやはりある種の魔力、霊性が宿る。


騎士として身を立てることも不可能ではない適性値を得たことで、メルは騎士を目指すのもアリかもしれないと思い始めてきた。この小さな女の子の体で前衛職は厳しいかもしれないが、ゴーレムたちを駆使すればなんとかなるかもしれない。


だが流石に魔術学院の合格を蹴るわけにもいかない。あそこまでゴネて『七賢者』の『アクシラオス』翁にも手間をかけてもらったのだから。


なによりティシエがいる。そういえば自分のことだけで浮かれていたが、ティシエをニコライから守れたことも喜ばなければならない。あとはニコライが約束を履行するかどうかだ。


ともあれメルは今日も剣を腰に提げ、一番かっこよく見える角度を鏡で見ながら研究した。



そして入学の時期が来た。


全部で三学年ある学生の教室はすべて第二層にある。魔術的紋様が刻み込まれた床を歩き、一年の教室を見つけて入る。


壁はすべて石造りで窓側の木の柵にはツタの葉がからみついていたり、木鉢がつるされていた。三人がけのオークで出来た長机と椅子が目に入る。天井にはシャンデリアがあるが教室を照らしているのは光魔灯ではなくロウソクだ。


「見ろよ、来たぜ。メル・レンシア。『爆炎の姫君』(スカーレットルージュ)」「違うわ。『凍れる叡智』(クールアズアイス)よ。あの筆記試験で満点なんてありえない……」「やっぱりちっちゃくてかわいい……」


メルは教室に先に入っていた生徒の注目の的になる。しかも初日から仰々しいあだながつけられている。



教室を見回すとティシエを見つけた。ティシエもメルに気づくと近寄ってきた。


「メル。首席合格おめでとう」

「ティシエこそ合格おめでとう」


二人は手を取り合い祝福の言葉をかけあう。メルは教室を見渡し、件の人物がいないことに気づく。


「そういえば、ニコライは?いないみたいだけど。落ちたの?」

「合格したけど辞退したわ。と言ってもメルとの約束を守ってのことじゃなくてね」

「どういうこと?」


「ニコライの父親が汚職で逮捕されたの」

「おお……」


ティシエは複雑な表情で打ち明ける。予想外の事態にメルも同じ表情になる。


「それで母親と一緒に実家に帰ったらしいわ。離婚になるかもしれないわね」

「そうなんだ。大変だね」

「当然、私との婚約も破棄」

「じゃあ、ボクが首席合格かどうかなんて関係なかったね」

「ううん、そんなことないわ」

「メルのおかげで私も合格できたし」


ティシエはうれしそうに語るがメルには引っかかていたことがあった。


「あ、でも、その、……聞いていいか分からないけど、借金は残ったままなんだよね」


「ええ。でも父様も母様ももう私を成金に嫁がせようなんてしないって約束してくれたわ。泣きながら『自分たちが間違っていた。これからは心を入れ替えて頑張るから許してほしい』って。そう言われたら許すしかないもの」


ティシエはやれやれといった感じで両手をあげて話す。


「そっか、よかったね」


「それに我が家には『盗賊が入っても紅茶を勧めるほど優雅たるべし』って家訓があるから細かいこと気にしてちゃダメよね」

「いやその家訓もどうかと思うけど」


二人が談笑していると横から女生徒がやってきた。


「あなたが首席合格のメル・レンシアですの?」

「あ、うん。そうだけど。君は?」


「私はマルグレーテ・フォン・モルガード。モルガード家は代々続く魔術師の家系でしてよ」


マルグレーテは縦ロールを肩にたらしたいかにもお嬢様然とした少女だった。美人といえば美人だが、胸に手を当てる仕草などがいちいち大げさで、メルからしたら役者かなにかに見える。


「ちょっとマルグレーテ。メルがびっくりするからあっち行っててくれる」

「知り合いだったの。ティシエ」

「ええ、残念ながらね」

「おーっほっほっほっ。相変わらず冗談がお好きね。ティシエさん」


さすが異世界、こんなコテコテなお嬢さまキャラまで用意してくるとは。これから因縁をつけられるわけだ。メルは色々察した。


が、その予想は外れる。十何年もこの異世界にいながらまだメルは理解してなかった。この世界のルールを。


「あーん、かわいいですわ。メルちゃん好き好きっ」

「わーっ!?」


マルグレーテはメルに抱きついてきた。そして高価な磁器人形を愛でるかのように優しくおさわりしてくる。


「絹糸のような髪、降り積もったばかりの雪のような白い肌。そして怜悧な瞳。ラブリー、めっちゃラブリーですわー!」


「ちょっとやめなさいよ。マルグレーテ」


ティシエはマルグレーテからメルをうばいとると、ぎゅむっと自分の胸におしつけた。


「メルをかわいがっていいのは私だけなんだからね」

「あれー、ティシエさん?」


少しずれたかばい方の友にメルはツッコんだ。むふーと鼻息を荒くしたマルグレーテだが、抱っこされるメルのかわいらしいさまを見てほほをゆるめる。


「こんな小さくて愛らしいのに私をおしのけて首席だなんて。傲岸不遜にもほどがあるけど、そこがまたたまりませんわー!」


メルから見ると知性も魔力も感じないこの娘が、そこまで自負心にあふれているとは思わなかった。そう思っていたらマルグレーテの懐から一枚の紙がこぼれ落ちる。


「ん、なにか落ちたよ」

「あ、それは……」


「『マルグレーテ・フォン・モルガード殿。

31/306人中。合格辞退者が一名出たので仕方がないので合格とします。』」


実はギリギリ補欠合格だったらしい。マルグレーテはばっと紙を拾い上げる。


「いやー!ですわー!」


マルグレーテは顔を手でおおいながら走り出し教室の外へ出ていった。


「なんだったんだろう」

「気にしなくていいわ。あの子いつもああだから」

「それはいいけどそろそろ放して」

「あ、ごめんなさい」


そして校長の訓辞のあと、一限目の授業が始まった。


授業は退屈だった。メルにとっては受験勉強時に学び終えていたことばかりだった。唯一、興味を引かれたのが、『地獣学』という授業だ。先生が美人だったのだ。


「『地獣学』を担当するスレイだ。ルツェルン共和国の出身で以前は傭兵をやっていた」

「貴様たちを調教するために雇われている」


カツカツとブーツの音を響かせ入ってきたその教師が、他の温厚、あるいはもったいぶった教師たちとはまるで毛色が違うことに生徒たちは動揺を隠せない。


ルツェルン共和国は国土の大部分が農耕に適していない高地で牧畜と傭兵の派遣が主な産業だ。


スレイは淡い紫色のウェーブがかった長い髪に射殺すような目つきで生徒たちをながめまわし、教鞭をベシベシ手で叩いている。肩には襟の立ったケープ、胴にはコルセットを身につけ、ブラウスの胸元が大きく開いているのは自信の表れか。実際でかい。


「はーいスレイ先生。ボクを調教してくださーい」


お調子者の男子生徒がシャキっと手を上げる。


「よかろう!『ハードエフェクト』!」


魔力で強化されたチョークがスレイの手から放たれ、その生徒の脳天に直撃する。そして生徒は轟沈した。


「ふん、戦場にいる時は『マジックバリア』くらい張れ」


『マジックバリア』を張ればチョークはよけられなくても『ハードエフェクト』の強化は解除できた、とスレイは言いたいのだろう。


そんな超反応できるか、そもそも教室は戦場じゃないぞ、と生徒全員が思ったがもちろん発言できる者はいない。


そんな教室をスレイはぐるりと見回す。豊満な胸に目を奪われていたメルと目が合う。


「む、キサマがレンシアか。校長をどう喝したという……」

「い、いえどう喝だなんて、そんな……」

「はっはっはっ。照れるな。若いころはそのくらい元気があったほうがいい」

「そんな。先生もお若くておきれいです」

「ふふっ、初日からそんなことを言ってきたのはキサマが初めてだ」


メルは完全に猫をかぶって好感度を稼いでみる。男子生徒が言ったらギロリとにらまれそうなセリフだが、スレイはうれしそうにメルにほほえみかけてくれた。


『地獣学』は簡単に言えばサバイバル技術の講座だった。魔力を使わずに火を起こす方法や、太陽の位置で時間を測る方法など。食べていいキノコの見分け方など。あるいは路地裏で暴漢に囲まれた時の対処法。実践的な魔術の使い方や生き方を学ぶ授業だ。


便利な魔術に頼ってしまいがちな温室育ちの貴族の子弟たちにとっては目新しく新鮮なようでみなが熱心に聞き入っていた。半年後くらいに30kgの背嚢を背負わされ、ガルカト山を行軍演習させられるとはまだ誰も知らない。


りんごーん。


正午に教会の鐘の音が鳴る。学院も昼休みだ。メルは第一層の食堂でティシエとともに食事をとる。その後、メルの周りによってくる生徒たちの群れを避け、第五層までのぼりバルコニーから町をながめる。


「午後の授業なんだっけ?」

「確か哲学ね」


メルにとって全く興味のない分野だった。メルにはそんな授業より聞きたい話があった。


「ごめん、ボク午後はサボって賢者さまのところへ行くね」

「賢者さま……。そうだった。メルは賢者さまの弟子になったものね」


ティシエは目を細めてまぶしそうにメルを見つめる。


「本当にありがとう、メル……」

「え、そんなボクは何もしてないよ。結局ニコライはティシエの前から姿を消す運命だったし」

「ううん、そんなことない」

「私、一年前、ニコライと婚約させられてから、何もやる気が起きなかったの。どうせ、あんなヤツの妻になるなら魔術を習っても意味ないって」

「成績もどんどん落ちていって、何をしても楽しくなくて……」

「でも、メルのおかげで世界に光が差したの」

「がんばることには意味があるんだって思えるようになったの」


ティシエはぎゅっとメルを抱きしめる。


メルの顔がティシエの胸にうずまる。姉のマリルと比べるとそれほどでもないサイズだがそのほどほどなバストがかえってメルの心をざわつかせる。


「……ちょっとティシエ、もういい?」


メルが離れようといやいやするとティシエは逃がさないようにさらにぎゅっと抱きしめてくる。と、その時。


「あー、こんなところにいましたのね。私にもメルちゃんをかわいがらせなさい!」


野生のマルグレーテがとびだしてきた。しかも他の女子生徒も引き連れている。


「逃げて、メル!ここは私が食い止めるわ!」

「ティシエさん、また私の前に立ちはだかろうというのですね!ここで会ったが百年目。今日こそ決着をつけてさしあげますわ!」

「望むところよ!マルグレーテ!星の海に還るがいいわ!」

「う、うん。じゃ、放課後時間が合ったら一緒に帰ろうね、ティシエ」


よく分からないテンションの二人から離れ、メルは賢者のもとへと向かう。



メルは塔の第七層の階段の踊り場まで来た。第七層以降は階段に魔力で開く仕掛け扉があり、それを開けられなければ上にあがる資格はない。


網の目状の溝に魔力を走らせるのだが、それを魔術理論的に正しい順番、配列で時間内にやりとげなければいけない。途中で失敗すると最初からやり直しという嫌がらせ仕様だが、例によって『叡智の泉』で難なく突破する。


そして塔の第九層までやってきた。


「話がしたくなったら第九層までおいで」と『七賢者』『アクシラオス』翁は言っていた。

下の階はその層にいくつもの部屋があったが、この第九層はただひとつ大きな部屋があるだけだった。


魔力を込めた手で古代の紋様が刻まれた扉に触れ開ける。



その部屋は球体の形をしていた。



人一人歩く分のスペースの外周を残して。中央に球体の底から頂点まで垂直に伸びる支柱があり、その柱の中央あたりに巨大な球体状のイスというかベッドなようなものがある。


そこに白い毛玉こと賢者アクシラオスは身を沈めていた。


賢者は大きな鼻ちょうちんをふくらませていた。年寄りだからお昼寝が必要なのかもしれない。メルが呼びかけても返事がない。この部屋は広いから遠くて聞こえないようだ。


クレイウルフに乗り、すり鉢状になった球体の底へと下る。その時、ごおん、と部屋全体が眠りから覚めたような音がする。床と壁に刻まれた溝が青く発光する。


「な、なんだ……?」


そしてそこから文字が浮かび上がる。共通語だったり、古代言語だったり、はたまたメルが見たこともないような文字まで。その文字は部屋をおおいつくさんほどの勢いで無限に湧き出る。


それらは部屋全体を無軌道に巡り、やがてメルの視界が幾千幾万の文字で埋めつくされる。そしてメルの網膜から脳へと侵入してくる。 文字は情報へと変換され、脳がそれを処理しようと全力疾走する。


「ぐっ……」


それは人間が処理できる情報量ではなかった。目を閉じても効果がない。このままでは脳が焼き切れてしまう。焦燥がつのる。


「むっ、鎮まれい!」


その時、賢者が目を覚まし、一喝する。すると文字は動きを止め霧散した。青く発光していた部屋の溝も輝きを失う。


「大丈夫かね、メル嬢や。すまんかった。来るのは放課後かと思って油断しておった」

「……いえ、大丈夫です」


よく考えたら『ダメージ吸収』のチートスキルがあるので体にも脳にもダメージはいっていない。精神的なショックが大きいだけだ。メルは賢者に今のは何だったのかたずねてみる。


「この部屋は思考を加速させる部屋じゃ。この『部屋自身』の思考を」


「部屋が意思と思考を持っている?」

「うむ。部屋に入った者の脳を使い、術式を組み立て知識をたくわえる。目的はこの部屋を作った大昔の魔術師しか知らぬ」

「うまく使えば調べものもできて便利じゃが、レベルの低いものがこの部屋に来ると情報が流入しすぎて『考え殺される』こともある」


この部屋の『生きた文字』は自分の知識を書き込んだり、溜まった他人の知識を閲覧できたりするようだ。パソコンみたいだなとメルは思った。ただしこちらを食い殺そうとすることもあるパソコンだ。よく見たらこの部屋は球体ではなく脳の形をしている。


「魔力で抑えれば鎮まるんじゃが。本当に危ないところじゃった。やはり医務室に連れて行こう」

「いえ、もう治りました。話を聞かせてください」

「む、確かに魔力にいささかの乱れもないようじゃ。やはりお主は……」


驚く賢者をよそにメルは質問を始めた。


「まず最初になぜボクにあそこまで肩入れしてくれたんですか?」


貴族の反発をやわらげるため、わざわざ国王に交渉してまで騎士の称号をメルに取らせてくれた理由とは。


「よりよい教育環境を子どものために用意するのは教育者の義務じゃよ」

「いや、本音を言うとこの学院、いやこの塔からメル嬢を失うのは大きすぎる損失だと思っての」


確かに、とメルは納得した。次の質問に移る。本題だ。


「ゴーレムは失われた技術だったんですか?」


「うむ、三百年も前にの。むしろこちらが聞きたいくらいじゃ。なぜゴーレムを操れるのか。何かの文献にでも書いてあったのかね?」


女神が用意してくれた職業一覧にあったからとは言えない。前世のゲームか何かで見たゴーレムをまねて作っただけだ。


「子どものころに土遊びをしていると自然と土が動き出して……」


「そうかね……。まあ発明というのは同じものが何度も世界各地でくりかえし作られるものじゃが……」


「次はワシが答える番じゃな」


「ワシの師匠がゴーレムマスターじゃった」

「しかしゴーレムが王国に軍事利用されそうになっての」


それまで常に明瞭だった賢者の声のトーンが暗くなる。


「ゴーレムを軍事利用……?」

「うむ、ゴーレムを兵士にしようという動きが当時の軍内部であったそうじゃ。ゴーレムは命令を下せばどんな非情なこともやってのけることからの」


「そんな……。ゴーレムはそんなこと……」


反論しかけたメルだったが、ふと子どものころの出来事を思い出す。


メルがゴーレムを作れるようになったばかりのことだ。ゴーレムに「目の前の敵を倒せ」とシンプルな命令を下した。すると敵意のある魔物だけでなく、視界に映るすべての生物に攻撃しはじめた。魔物も人間も子ウサギもすべてを。


そのころはメルの魔力も低いため、錬成されるゴーレムも攻撃力が低く、大事にはいたらなかった。


ゴーレムには知性や判断力といったものはほとんどない。


「心あたりがあるようじゃな。そう、


『ゴーレムには魂がない』。


つまり善悪がないのじゃ」


メルはしばし押し黙ったあと質問を投げかける。


「……自分のゴーレムに人殺しをさせるゴーレムマスターがそんなに多くいたんですか?」


「ちょっとやってみるかの……」


賢者はメルの問いかけには答えず、壁まで移動すると手を当て呪文をつぶやき、子どもほどのサイズのゴーレムを作った。メルのゴーレムとはまた違うデザインで、簔をかぶり森の妖精を思わせる姿をしている。


「メル嬢のものと比べると見苦しいが許しておくれ」

「ははっ、かわいい」


観察しているとゴーレムは腕立て伏せを始めた。と言っても腕が短く胴が太いので地面に腕が届いていない。腕がこっけいに宙をかいているだけだ。


「今はワシが腕立て伏せをしろと命令している。ちょっとこのゴーレムに別の命令を与えてみなさい」

「はい」


自分が錬成した以外のゴーレムに命令するのは初めてだった。勝手が分からず、腕立て伏せしているゴーレムに手を触れ、魔力を送りこみ命令を下してみる。


「ゴーレムよ。スクワットをしなさい」


以前、ゴーレムは腕立て伏せを続けている。メルは困り顔で賢者の顔を見上げる。


「うむ。次はこれで試してみよう」


そう言って賢者はヒゲから拳ほどの大きさの青い水晶を取り出した。魔石だ。


それを手の平を壁にあて、壁の一部をゴーレムに作りかえた。魔石はゴーレムの中に取り込まれた。


「魔石が、ゴーレムの中に……!」

「さぁ、命令をくだしてごらん」


先ほどと同じ要領でメルは命令をくだす。すると今度はゴーレムが腕立て伏せをやめスクワット始めた。胴が長く足が短いので、足を曲げると地面に胴がガコガコ当たっているだけだが。


「魔石を組み込んで錬成したゴーレムは、他の魔術師でも命令を書き換えることができる……!」


「そうじゃ。魔力の支配権が術者から魔石に移るからの。より大きな魔力の持ち主であればゴーレムを乗っ取ることが出来るのじゃ」


「そして魔石なしのゴーレムより長持ちするんじゃ。貴族の屋敷の照明なんかは、光魔術の『ライト』がこめられた魔石が組み込まれておるが、見たことはないかの?」


メルは一部の裕福な貴族は照明や火を起こすのに魔石が使われているのは話には聞いていたが、それをゴーレムにも適用することは思いつかなかったので目からうろこだ。


「もう分かったじゃろう?ゴーレムマスター自体、マイナーじゃから術者はそんなにおらんかったが、悪意ある魔術師ならいつの世もくさるほどおる」

「そやつらがゴーレムマスターに錬成させたゴーレム兵に命令をくだす」

「無慈悲な命持たぬ軍団のできあがりじゃ……」

「もし実現していたら各国、いや世界中の脅威となったじゃろう」


「ゆえにワシの師匠オーダンはゴーレム使役術をこの世から消し去ることにしたのじゃ」

「消し去る……?」


「自らの著書を焼き、弟子の杖を折り、そして自ら作ったゴーレムを砕いた……」

「ワシはゴーレム術をほとんど学んでおらんうえ、ほんの小僧じゃったから見逃してもらえたがの……」

「師匠は反逆者の汚名を着せられ国を追放されたが、それでもゴーレム術の根絶をやめなかった……」


「いつしか魔術師の間でこうささやかれるようになった」


「『土をこねくり、命をもてあそぶ者は自身が命を落とす』と」


「精霊魔術においても土属性を専攻するものがほとんどおらんのはこれが理由じゃ」


「そう、だったんですか……。賢者さまのお師匠さまがそんな……」


「それであの時、師匠をなつかしんで涙されたのですね」

「うむ、いい年して恥ずかしいわい」


賢者はヒゲをぼりぼりかきながら言った。


「というわけでこの国、いやこの大陸ではゴーレム使役術の研究はタブーとなっておる」

「隠棲して野に隠れておる魔術師の中にはまだ伝わってるかもしれんが、メル嬢ほどのレベルには到底ないじゃろう」


「それでボクはどうすればいいんでしょう。邪悪な魔術師に目をつけられるとまずいから ゴーレム術をあまり使うなと?」

「いや、そこまでは言わんが……。分からんのじゃ、ワシにも。メル嬢がゴーレムマスターの資質を持って生まれたことが、何かこの世界にとって意味のあることなのかもしれん……」


ぼっちでも楽しそうだったから選んだだけだったが、この世界においてゴーレムが思わぬ境遇になっていたことにメルは衝撃を隠せない。


「……ゲホッゲホッ」

「賢者さま、大丈夫ですか?」

「ああ、すまんの。ちょっと昔話をしたらいろんな感情がこみあげてきての。年は取りたくないわい」


賢者はつらい昔話をして心が沈んできたようだ。メルは賢者に恩義を感じていたので一計を案じてみる。


「そうだ、魔石を貸してもらませんか?」

「うむ?よいが……」


メルは賢者から受け取った魔石を壁に当てゴーレムを錬成する。


「こうだったかな……」


術式が終わると元気よくゴーレムが生まれてきた。普段のメルが作る小さい兵士のようなゴーレムとはちがう、角兜のようなものをかぶったデザインのゴーレムだった。


「ほー!」


それを見た賢者は動揺しだし、体を震わせる。


「おお、そんな。その昔お師匠さまが作ったゴーレムとそっくり同じじゃ……。どうしてこのデザインを知っておるのじゃ?」

「さっき、脳に入り込んできた情報をもとに作りました。賢者さまのお師匠さまもこの部屋の『文字』に書き込んでいたんですね」


メルは指で脳を指しながら賢者の問いに答えた。


「結構魔力をこめたので長持ちすると思います。よければおそばに置いてあげてください」

「おお、おお、そうさせてもらうぞい……。メル嬢や、ありがとう……」


賢者は目に涙をためて体を震わせる。メルのささやかな贈り物は気に入ってもらえたようだ。


「いえ、ボクのほうこそ賢者さまに色々していただたいので」


それではまた、と別れを告げメルは部屋をあとにする。


部屋に残された賢者はメルが作ったゴーレムを愛おしげになでていた。




―スキル獲得―


『知識の大海』(バテンカイトス)C 象牙の塔の第九層にためこまれた知識にアクセスできる。かなりの集中と時間が必要。


ゴーレム魔石錬成 魔石を用いた錬成が可能となる。使う魔石によって付与効果が違う。

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