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13 試験の結果

「どういうことですか。首席合格者は貴族に限るというのは」


メルは白磁の肌をバラ色に染め、語気を荒げて問いかける。筆記も実技もトップなら首席合格のはずだ。血筋が何の関係がある。そう言いたかった。


「あなたのそういう態度が……」

「いや教頭先生。この子になら言ってもかまわんじゃろう。というか言わねばならんじゃろう」


面接官たちの間で意見が割れているようだ。


「貴族しか首席になれないという明確なルールは存在せん」


「しかし、じゃ」

「この学院、及びこの象牙(ぞうげ)の塔の運営には多額の金がかかることはおぬしなら分かるじゃろう」

「貴族からの寄付金は大きな収入源じゃ」


メルは校長が言わんとするところが分かった。平民が首席になると貴族がヘソを曲げて寄付金が少なくなると言いたいのだ。


「いやそれだけではない。お主を守るためでもあるのじゃ」

「ボクを守る?」

「六十年ほど前、ある平民の若者が首席で合格した。じゃが貴族から(いわ)れのない非難や嫌がらせを受けてそれは苦労したそうじゃ」

「まぁ校長ご自身のことなんだけどね」

「速攻でばらすでないわ!」


「事情は分かりました。ですが首席合格でないのなら合格は辞退させていただきます」


メルは言い放った。


「なっ……。落ち着きなさい、レンシア君」


しかしメルは聞く耳持たず、帰り支度を始めた。


「いえ、自分より下の者が上に立つなど到底ガマンできません。さようなら」


「帰るぞ、ゴーレム」


メルは座っていた椅子を素材とし狼を錬成し、背に乗る。わしゃわしゃと撫でるとくーんと鳴くのが可愛い。ここは五階だが部屋から出て階段の窓から駆け下りるなど造作もない。


もともと学校に通うなどボッチ気質のメルには向いていないし、魔術の勉強もすでに一通り終えているのこの塔に用はなかった。ただ一つ問題があるとすればニコライだ。


メルは頭の中ではニコライを闇討ちする計画を立てていた。アリバイ作り、毒、完全犯罪。危険なワードが脳内を駆け巡る。


「ま、待ちなさい、レンシア君!今、なんと?」

「そ、その狼は!?」


面接官たちが急にうろたえ始める。


「ですから自分より下の者が上に……」

「い、いやそこではなく、そのお主が乗っているのは!?」

「い、今確かにゴーレムと……」

「狼型のゴーレムがそんなに珍しかったですか」


形ではなくゴーレムそのものに驚いているようだ。メルがもう一体、普通のマッドゴーレムを眼前に作ってみせるとさらにおののいた。


「そ、そんな確かに精霊ではなく、魔獣召喚でもない……」

「つ、土で出来ている……」


「君は三百年前に失われたはずのゴーレムを操る『ゴーレムマスター』だというのかね!?」



メルの頭に衝撃が走る。失われた?三百年も前に?



その時、メルは強烈な魔力を感知した。出所を探っていると部屋が光につつまれ視界が奪われる。


その強大な魔力は部屋の中央に収束するとやがて光の粒子をまとい顕現する。



それは白い毛玉だった。



いやよく見たら伸びに伸びた白いヒゲと白髪が一体になってそう見えるだけだった。これまた白のローブを着た全身まっしろの老人が毛玉に見えた。


老人は転移魔術により急にこの場に姿を現したのだ。


転移魔術『ワープライト』は光と闇の複合魔術で、あらゆる魔術の中で最も難しいとされる術の一つだ。レベルの低いものが使用すると次元の彼方にぶっ飛んでしまう恐れがある。


老人はすさまじい魔力を湛えている。この象牙の塔に来てからメルがずっと感じていた魔力はこの塔自身が持つ磁場みたいなものと思っていたが違った。この老人が魔力の震源地だったのだ。


「り、理事長……」


校長がぽつっとつぶやく。


「理事長!?で、では、このお方が『七賢者』『アクシラオス』さま!?」

「第九層におられるという『アクシラオス』さま、初めて見た……」


その毛玉、アクシラオスという名の老人は校長たちをちらっと一瞥したあと、メルのほうを見る。メルとウルフを見て、次いでマッドゴーレムに目を向ける。


「……」

「ほー?」


老人はきょとんとしている小さなゴーレムに近づくとひざをつき、ぎゅっと抱きしめた。


「お師さま……お会いしとうぞんじました」


そして涙を流す。


老人以外は誰も動かない。彼の魔力に圧倒されているのだ。


やがて永遠に止まったかのように思えた時が動き出す。


老人は歩き出すと校長の前まで行き、そのヒゲで校長を殴り始めた。


「こーのばかちんがあああああっ!」


「いたっ、ちょ、やめてください、先生!いえ、理事長。みなの手前でこんな!うぐぅ!」


威厳に満ちた校長が子どものようにどつきまわされる。周囲の者はあっけにとられるばかり。


「なぜこの子を首席合格にせぬのじゃ!」

「見ておられたのですか!?で、ですから貴族が……」

「アルマイト、お前はいつからそんな日和見(ひよりみ)主義のふぬけになったんじゃあああ」

「いたっ、痛いです!」


老人は次に初老の教官と女性教頭に目を向ける。二人は震えあがる。老人がにらみ上げると二人は気絶し、机に突っ伏してしまった。


大きすぎる魔力にレベルの低い者が触れると起こる『魔力酔い』だ。教官クラスを気絶させるとは隔絶した魔力の持ち主というほかない。


「ふん、近頃の若い者は性根が足りん」


老人は校長のほうに向き直り説教を続ける。


「貴族でないとダメというならなぜレンシア嬢を貴族にしてやらぬのじゃ?アルマイトよ」

「レンシア君を貴族に!?先生、そ、そんなこと私にはできません」


アルマイトは校長の名前らしい。二人は教師と生徒の間柄だったようだ。七十を軽く超えてそうな校長の先生だというこの老人はいくつなのだろう。メルには見当もつかない。


「はぁ~、嘆かわしい。いい歳になって勇気も知恵も胆力もないとは」

「仕方あるまい。ワシがあのボウズに話をつけてくるわい」

「あのボウズってまさか……」


老人はもはや校長を気にも留めず、メルのほうへ歩み寄り手を差し出した。


「おいで。メル嬢ちゃんや」

「は、はい」


メルに対してはまるで祖父のような慈愛のこもった口調で語り掛けてくる。メルはその手を取る。


老人が呪文を唱えるとメルたちの周囲に光の粒子が舞う。完全に光に包まれて何も見えなくなる。しばらくして光が消え、視界が再び利くようになるとそこはさきほどとは違う光景だった。



転移した先は巨大な広間のようだ。



床はピカピカに磨き上げられた大理石で赤い絨毯が敷かれている。大きな柱がいくつも並び天井を支えている。周囲には騎士や豪奢(ごうしゃ)な衣服に身を包んだ文官が並ぶ。


そして絨毯が伸びるさきに玉座があり、そこに座っている者こそがつまり。


「久しいのう、国王よ」


老人は鷹揚と国王に話しかける。


玉座にたたずむはこの国の王、カールマン。


王権を示す赤いマントをはおり、頭には冠をいただく。黒く軽く波打つ髪に威厳をかもしだすひげ。顔に深く刻まれたシワは、国王という重責を負うものの証だった。


メルは想定外の大物との遭遇に浮き足立つ。RPG的にはもっと段階を踏まないと会えないのがセオリーだ。


「きさまぁ!何者だ!陛下の御前にいきなり現れるとは!」


お付きの騎士がいきり立つ。


「よい、この方は『七賢者』の『アクシラオス』さまだ」


王がそれをさえぎり、老人の名を告げると周囲にどよめきが起こる。有名人のようだ。


「して、今日はどのような御用件で参られたのでしょうか、賢者さま。そちらのお子は?」

「うむ、この子はメル・レンシア。ワシの後継者じゃ」


またもやどよめきが巻き起こる。周囲の視線が一斉にメルに向く。


「な、あのような者が七賢者の!?」「なりはああでも凄まじい魔術師ということか」「ちっちゃい……」「可愛い……」


おもに容姿に対するささやき声が聞こえてきて、メルは穴があったら入りたくなる。


周囲の者がざわめくのも無理はない。この場にいるのは(いか)めしい顔つきの騎士や役人だけ。メルのさららかな髪、狭い肩幅、きゃしゃな手足、ぷにぷにほっぺ。厳かで重々しいこの空間には似つかわしくなかった。


それよりもいつの間にか賢者の後継者にされていたが、小心者のメルに口出しできる雰囲気ではなかった。


「このたびこの子は我が魔術学院に入学が決まったのじゃが、ちと事情があってこの子に『爵位』が必要になっての」


「なんでもよいから『爵位』(しゃくい)を与えてやってくれぬか?」


国王に直接話をつけて『爵位』をもらう。普通は考えないし、考えても実行はしない。賢者のこの国に対しての影響力の大きさがうかがいしれる。


「どこか辺境の地でよいぞ。どこか余っておるじゃろう」

「いえ、いくら辺境の地といえど功なき者に領土を与えるなど、まつりごとの根幹が揺らぐというものでございましょう」

「ええい、冗談じゃ。騎士号でいいわい」

「それでしたら。今すぐにでも」


国王はほっと一息つく。取引先の会長に無理難題を言われている子会社の社長のようだ。


国王カールマンは幼少のころ継母(ままはは)に殺されそうなところを賢者に助けてもらったことがある。その恩は海よりも深いが、さすがにいきなり現れた小娘に領地を与えるわけにはいかない。


「では……、レンシアよこちらへ」

「行っておいで」


メルはカーペットを踏みしめ王の前へ進み出てひざをつく。王はその肩に軽く剣を当てる。


「始祖イスマンならびに聖竜よ、そして光神よ、この者、御身らの新たな騎士となるもの。導き、祝福を与えたまえ」


「メル・レンシアよ。そなたに騎士の位を授ける。そなたが王国の楯となることを願う」


「ははーっ」


メルはうやうやしく剣をちょうだいし、立ち上がって賢者の元へ戻る。


「王の手、おんみずから騎士に叙任していただけるとは」「魔術師風情が……」


嫉妬と羨望の声が聞こえてくる。今日はよく周囲からヒンシュクを買う日だとメルは思った。


「うむ。王よ。手間をかけさせてすまなんだ」

「いえ、賢者さま。構いませぬ。有望な若者がこの国の力となるのであればこのようなことくらい」

「うむ。ではさらばじゃ」


賢者が再び転移魔術を唱え、二人は光の帯に包まれ塔へと戻る。


面接の場である校長室には四人の人間がいた。面接官三人とそれにメルと同じくらいの年の男子受験生。口をあんぐり開けている。いきなり目の前に白い毛玉とメルが現れたのだから無理もない。


「すまんの、少し外してもらえるかの?」


受験生はこくこくうなずき、場を後にする。賢者は子ども全般には優しい口調で話すようだ。


「メル嬢に『騎士』の称号をもらってきてやったぞい。騎士でダメじゃったらもう一回、国王にかけあってくるがどうじゃ?」

「なっ、なんと……!ええ、よもや否とはいいますまい」


「レンシア君が首席です。間違いありません」


校長が重々しく宣言する。


「うむ。……これで得心いったかね?メル嬢や」


賢者はふりむきメルに優しく尋ねてくる。


「は、はい。ありがとうございます」

「そうかね、よかったよかった」

「すみません……。ワガママを聞いていただいて」

「なんのなんの。さて今日は疲れたろうからもうお帰り」

「聞きたいこともたくさんあるじゃろうが、入学してからのお楽しみじゃ」


聞きたいこと。なぜそこまで肩入れしてくれるのか。ゴーレムを使役する術がすでに失れているらしきこと。そして賢者がゴーレムを抱きしめ涙を流した意味。確かに謎は多かった。


「ではまたいつか会おう。レンシア『卿』(きょう)よ」


賢者はそう言っていたずらっぽくウィンクしてみせる。その言葉にメルはハッとする。



レンシア卿……。メルは騎士になったのだ。



メルは夢うつつで塔を出て家に帰る。なぜ魔術師になる試験を受けに行って騎士になったのかはよく分からない。魔法にかけられたかのような気分だった。



しかし国王からもらった剣の重みがメルを現実に引き戻す。



お隣の道具屋で買った帯剣ベルトの鞘に剣をセットして鏡で何度も見る。少女騎士も悪くないとメルは思った。夕食の間も剣を離さなかった。


ザックスとマリルは剣をたずさえて帰ってきたメルにあれこれ聞いてきたが、メルは首席合格したよ、とだけ伝える。メルはその日、剣を抱きしめて眠りについた。

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